19話 悪鬼と夜叉
「行きますよ!『悪鬼変身』」
リュウキの手足が黒い靄に覆われ鬼の手足が鬼のものへと変わっていく。
リュウキは思う。このまま『悪鬼変身』のレベルが上がっていけばさらに鬼へと変身できるようになっていくのだろう。ただ、悪と名付けられた二つ名である。少し嫌な感じがしないでもない。
「『悪鬼変身』?お前は鬼になるってのか?はっはっは。こいつはいい。見せてやるよ、俺の二つ名。鬼はお前だけじゃねえぞ?『雪国夜叉』」
ゾクリ、とリュウキの背筋に寒気が走った。最初は威圧感や恐怖によるものかと思った。だがそれは違うことに気づく。ダラークの足元に氷が広がっていた。寒気は単に気温が下がったからだった。
氷が広がると同時にダラークの手足も変化していく。それはリュウキの手足と同じように鋭く、尖り、リュウキよりもさらに大部分、肩までが鬼に覆われていく。
ダラークの鬼がリュウキの鬼と違うのはそれだけでない。リュウキの鬼は黒い靄がかかっている。それが悪を示すかのように。対してダラークの鬼は白かった。まるで穢れを知らぬ雪のような白さであった。
「じゃあ行くぜ?」
ダラークの動きはそこまで速くない。闘い方はリュウキと同じ武器を使わずの拳や蹴りのようだが、リュウキと比べやや劣っているように感じる。
「……?」
これが最前線の力か?先ほどの二人は確かに強そうだった。だが、今相対している相手は恐らくサービス開始から始めているDNOガチ勢。職業レベルも二つ名レベルも技量も自分よりも圧倒的に上回っているだろう。リュウキの中で違和感だけが膨らんでいく。
ダラークの蹴りを受け止め、蹴り返す。こちらの蹴りを受け止めながらダラークは笑う。
蹴りと蹴り、拳と拳を重ねるうちにお互いにダメージを負い、少しずつHPが減っていく。
リュウキの二つ名である『悪鬼変身』の特徴は攻撃と速度。攻撃は互角。だが、速度では上回っている。最大限、出せる速度でダラークの後ろに回る。ダラークはまだ正面を向いたまま。いける!そう思いリュウキは攻撃にスキルを使用し始める。
「『ナックルリボルバー』」
「速いな!だが、それだけだ」
ダラークは振り向きざまにスキルによって発生した20の打撃を受けきる。
「攻撃スキルなんてのはモンスター相手にでもやっとけ。プレイヤーの中にはスキルを知り尽くしてるやつもいるんだからよ」
ダラークの拳と蹴りが同時にリュウキへと突き刺さる。かろうじてこちらも受け止めたが、わずかにHPが減っていく。だが、よく見れば先ほどの攻撃はかすかにだがダラークにダメージを与えていたようでHPが少しばかり減っている。
やはり妙だ。一か月このゲームをやっている者が昨日始めたばかりの自分と互角であるだとは思えない。
リュウキの『二つ名』は攻撃と速度に特化した鬼に変身する。だからダラークも同じだと思っていた。だが、それは思い違いだったのでは……。
「そろそろ、だな」
リュウキはまたもダラークの死角となる場所に動く。ダラークに勝る速度があってこその芸当であった。だが、今度はダラークはしっかりとリュウキの姿を捉えていた。
「もう逃がさねえぜ」
ダラークは明らかにリュウキに追い付いていた。
しかしこれはダラークが急激に速くなったわけではない。むしろ……
「俺が遅くなっているのか」
「ご名答。お前の鬼はお前の身体能力を上げるだけみたいだが、俺の夜叉は俺に触れただけ相手の速度を落とすという能力も備えている。たくさん俺に触れてくれてありがとうよ」
寒さは体を鈍らす。雪の名を関する『雪国夜叉』のその真の能力は速度の減少。時間が経てば経つほど相手が不利になっていく。
「手土産にいいことを一つ……いや、ここまで楽しませてくれたんだ。二つ教えてやるよ。PvPで死んでもアイテムや金を失うこともないし、死に戻り地点まで戻されることもない。ついでに言うと今回の闘いはHP全損でしか決着は着かないようにしておいた。だから安心して死ね」
周囲の温度がみるまに下がっていく。霜が降り、氷が広がり、結界は天井が見えないほどの高さにあるはずなのにも関わらず氷柱が下がる。
「二つ名ってのはな、レベルが5になると特有のスキルを覚える。おそらくこれ以降もな。俺が最前線にいるのは俺個人の身体能力や速度を下げる能力だけじゃねえ、このスキルのおかげってのもあるんだ。『アイス・プリズン』」
鋭く尖った氷柱が地面へと落下していく。当たれば容易に串刺しになるのは必須だろう。
リュウキは慌てて避けるも氷柱の数が多い。
「心配すんな。避けようとも俺のスキルはまだ続くんだからよ」
氷柱を避け、避け、避けるうちについに逃げ場がなくなる。リュウキは四方を氷柱に囲まれ、天井を見上げながら氷柱を受け止める体制を取る。
「氷柱に囲まれたな?なら、これで完成だ」
天井から新たに一つの氷が落ちてくる。これまでの氷柱とは違い、それは一枚の氷の板。
氷柱の上に檻の天井となるように落ち、これでダラークのスキルは形としては完成する。
「『サイドクロウ』」
このままここにいるのは危険だ。そう思ったリュウキは今やリュウキを逃がさない檻の柱となった氷柱に向け格闘スキルを放つ。
だが、ガキンと音がしてリュウキの拳が弾かれる。
「無駄だ。その氷柱は攻撃によっぽど特化したやつでも『二つ名』の能力を使わない限りは壊せねえ。……まあ後はあの憎たらしいボスくらいだ。さあ、檻は完成した。後は死を待つのみだ」
寒気がしていた。今まではその寒さでリュウキの速度は減っていった。
だが『アイス・プリズン』の中で減っていくのは速度だけではない。
「HPが……⁉」
リュウキのHPは減っていた。おそらくこの速度なら1分も持たないだろう。
「『サイドクロウ』」
早く檻から出なければ。リュウキはスキルを放つ。
「『ナイフスティック』
貫通力のあるスキルでも意味なし。ひびすら入っていない。
「大人しく諦めるのもいいと思うぜ?お前の強さは十分分かったからよ。普通なら俺と格闘戦ができるのだってあんましいないんだからな」
ダラークの言葉でピタリとリュウキの動きが止まる。
「お、諦めたか。まあ闘い方ならいくらでも教えてやるよ。どうせお前らはボス戦に必要な戦力だ。それぞれに合った修行くらい付き合ってやるさ」
「『チャージブラスト』!」
スキルを放つと同時に凄まじい音が結界内に響いた。
「あん?」
そこには折れた氷柱。そして檻から何とかもがき出てきたリュウキの姿があった。
『チャージブラスト』は溜めを必要とするスキル。隙を大きく生じてしまうため使うことはないと思っていたが、敵は檻の外。十分に溜めることができた。HPは残りわずか。だが、生きていれば攻撃できる。
「『サイドクロウ』!」
今出せる全速力、全ての力で『サイドクロウ』を放つ。ダラークは未だ驚いた顔をしている。
当たる。そう思った直後、
「いくらなんでも遅すぎだ。自分の状態くらい把握しとけ」
トン、と何が起こったかも分からないうちにリュウキの胸にダラークの拳があたり、リュウキのHPは消え去った。
リュウキであったポリゴンが消えゆく中、結界が解けていく。




