110話 すれ違い
なんでもないのに無駄に引き延ばしてた(笑)
「……本当に、この顔だけは見せたくなかったのだけどね」
ジョン・クーバーはリュウキ達を焦らすかのように、ゆっくり丁寧に顔を露わにしていく。
徐々にだが、青髭に覆われた顎、整った鼻、鋭い目が周囲へと曝されていく。
ジョン・クーバーという男はリュウキ達が思っている以上に有名だったのか――その能力だからなのか黒タイツで言葉使いが異様であるからなのかは分からないが――4人の周りにはプレイヤーが集まっていた。
やがて、顔の全てが空気に晒される頃にはジョン・クーバーは観念したのか、一気にタイツを引き剥がした。
そして、一言
「……これよ。この空気感が嫌だから私は顔を隠していたっていうのに……」
心底嫌そうに周囲を見渡した。
「……ヤダ、イケメンじゃない」
「ねえ、話しかけてみない?」
「ワイルド系イケメンってやつ? 悪くないわね」
女プレイヤー達が黄色い声を出す。
ジョン・クーバーの嫌悪感とは対照的に彼女らの声は好奇に満ちていた。誰もがお近づきになろうと画策しているようだ。
ジョン・クーバー。全身黒タイツのその下に海外プレイヤーらしき顔などは無かった。黒目黒髪がそこにしっかりとあり、キャラクターメイクなどで誤魔化したような不自然さは無い。
少し濃い目ではあるが、精悍な趣の日本人の顔がそこにはあった。
「……これで満足かしら?」
少し不機嫌そうにジョン・クーバーはシズネを睨みつける。
「……ごめんなさい。……勘違いだった」
「その、本当にすいませんでした。……あれ? でもその顔どこかで見たような……?」
謝りながらも、どこかで見たような顔だなと思いながらもリュウキは思い出せない。
話したことはないはずだ。
ほぼ共に行動しているシズネやマカですら首を捻っているのだから。
「……まあ、いいわよ。私も初対面の2人のことを知ったような口を聞いてしまったもの」
「あ、やっぱり初対面なのですか」
「厳密に言えばね。でも、私は一度あなたたちを見たことがある。あなたたちが私を見たかが分からないけどね。あの時はそんな余裕無かったみたいだし」
苦笑しながらジョン・クーバーはタイツを再び被り始めた。
周囲の女性プレイヤーからは残念そうな声が上がる。
「……あの時? ……どの時?」
「ええ!? ジョン・クーバーさんって私達とどこかですれ違ってたの?」
どこで会ったのか、とリュウキは記憶を辿る。
だが、一向に出て来ない。
と、リュウキの足元で何かが動いたのを感じた。
「ん?」
見ると、そこには1人の小人がいた。
あの地下世界で出会ったのと同じくらいの大きさの小人が。
違う点を挙げるとすれば、その小人は地下世界の小人よりも格段に豪華な衣装を着させられているということだ。
ここでの衣装、それは装備という意味ではなく文字通りの衣服。
ドレスをあしらったような衣装を男の小人が着ていた。あの小人の姫よりもだ。
「あら、帰ってきたのね。ご苦労様」
ジョン・クーバーはその小人に手を伸ばす。すると、小人はその手を伝って腕を昇り、そして体の中に潜り込むかのように消え去った。
「これってもしかして……」
リュウキが小人の消えた個所を指さすと、
「ええ。これが私の二つ名。『百人小人』よ」
その瞬間、リュウキの脳裏に1つの叫び声が蘇った。
『幼女は俺が守るぜ!『百人小人』』
それはあの狼型のモンスター、『ウルフ』との闘いの場面であった。
どこかの初心者プレイヤーが『ウルフ』を倒しきれずに仲間を呼ばれそれが続いた結果、途方もない数のモンスターの群れが出来上がってしまった。
プレイヤー達は互いに牽制し合い二つ名を見せずにいたため、満足に実力を発揮できず中々『ウルフ』を全滅させられずにいた。そんな中、リュウキ達が率先して二つ名を使ったため、それに続いて何人かのプレイヤーも二つ名を使うことで『ウルフ』を全滅出来たのであった。
そしてその続いて二つ名を使ったプレイヤーの中に『百人小人』という二つ名を持つプレイヤーがいたのであった。
だが……その時と今では全く様子が異なっていた。
そもそもで台詞だけ取れば幼女趣味の類である。ロリータコンプレックス。一歩間違えば補導されかねない。
「あの時、リュウキちゃん達が二つ名を使ってくれたおかげで私はこうして人前でも二つ名を使えるようになったのよ。そして、諜報活動にも向いていると分かったの」
「はあ……」
「他プレイヤーの能力や職業を把握することで自分の選択肢も広まったわ。美味しい狩場やクエストに行くことが出来たり、PKなんかを避けることもできたしね」
「……へえ」
「おかげでここまで強くなることは出来たわ。対人戦もこの間、童話系クエストの1つである『白雪の如く』で経験することが出来た。全部あなたたちのおかげよ」
「そうだったんだ! でも、それはジョン・クーバーさんが頑張ったからだよ!」
二つ名の能力も職業もどうでもいいわけではないが、それよりもなぜ『ウルフ』との闘いと180°違うような恰好と話し方をしているかの方が気になる。
それは絶対にリュウキ達が関わっているはずがない……無いと信じたい。
分からないままにそこまで気になっていない話をされるからリュウキもシズネも返事が曖昧になってしまっている。マカはちゃんとコミュニケーションを取っているが。
「話を戻しましょうね。それで、私は以前からリュウキちゃん達のことを知っていたのよ。小人を使って情報を集めてもいた。これはごめんなさいね、あなたたちがもし危険になるようだったらいつでも助けられるようにって気持ちからついついやっちゃったのよ」
「それはいいんですけど……」
「……もっと違うことが気になる」
「あら、そう? そうだったのならいいのだけれど。ええと、イベントの話かしらね? それなら私の知っていることはほとんど話してしまったのだけれど。というか、今はまだ公式から出ている以上は分かっていないわね……」
と、ジョン・クーバーは時間を確認するかのような仕草をした後に
「あらやだ、もうこんな時間……悪いけどこれで失礼させてもらうわ。ちょっとこの後に、あの二大性癖プレイヤーとの話し合いをしなきゃいけなくなってしまったの」
「二大性癖プレイヤー?」
ジョン・クーバーの過去から現在への心の性転換並みに気になる単語ではある。
「あら、知らない? 『幼女趣味』と『熟女専門』よ。『幼女趣味』はちょっと前の私だったら意気投合したのかしらねぇ……今はそんな趣味もう無いのだけれど」
じゃあね、とジョン・クーバーは人込みを器用に避けながら去っていってしまった。
「……なんていうか」
「……情報量の多い人だった」
「だね」
リュウキとシズネは疲れたような顔で見合った。
「楽しい人だったねー。次はいつ会えるかなー」
マカだけはジョン・クーバーとフレンド交換をしているようでいつでも連絡を取り合える。
先ほどまでの会話から味方どころかリュウキ達に恩を感じているようで、ちょっとした頼み事くらいなら聞いてくれそうな様子であった。
キャラクター性はともかく、この繋がりは大事にしようとリュウキとシズネは頷き合う。
「それにしても、イベントか……」
「……プレイヤーボス攻略もイベントのようなもの」
「確かに。『五行同盟』の闘いなんてプレイヤー全体を巻き込んでたし」
もしプレイヤー側が負けていればどうなったかは分からない。だが、今よりも酷いことになっていたのは分かる。
「今週末は予定は何も無かったよね」
「無いよ! 土日はお休み!」
マカは嬉しそうに返事をする。
「……ある。……大事な用事が」
「え? 何かあったっけ?」
「……一週間」
「一週間?」
はて、何の事だったろうとリュウキはまたも記憶を辿っていく。
しかし、何も出ては来ない。
「……地下世界の報酬の卵が次の土日で孵化する予定」
「ああ、そうか!」
アイテムボックスに入れて一週間で孵化するとシズネは言っていた。
まだあれから4日であるが、次の日曜日には確実に孵化する。
週末にイベントと言っていた。ならばイベント当日に孵化するのだろうか。
「強化は間に合いそうにないかな」
「……まだ赤ちゃん。……大事に育てないと」
「……だね」
ラビもアリアもテイムしたモンスターである。基礎となった『ブラッドラビット』や『クラッシュタイラント』から引き継いだためにテイムする前の時間が存在している。
だが、これから孵化するであろうモンスターは生誕した瞬間にはシズネのテイムモンスターとなる。
シズネやリュウキ達の育て方がそのまま反映されていく。
「私達で良い子に育てるぞー!」
今までラビなどの小さなペットをよく可愛がる傾向があったマカであるが、それは兄や姉の存在が大きかったのだろう。
この中で一番年下であるマカがそう拳を空に掲げた。
それは自分が末っ子ではなくなるという期待に満ちた声であった。




