109話 黒の男
リュウキ達がグランドラガンに到着してから数日。
これまでに街の至る箇所で見られたプレイヤーとNPCとの隔たりは、嘘であったかのように霧散していた。
プレイヤー側から声を掛ければ笑顔で返してくれるだけでなく、NPC側からもプレイヤーに話しかける程に良好なものとなっていた。
「号外だ! 号外だー!」
何人もの記者の職業にあるNPCが記事を配布している。
手分けをして街中に配ることで、より早くより詳細な情報を住人達へと広める。
それがどれだけ重要な情報か、広める記者の必死な表情と記事を受け止った住人の喜ばし気な表情がそれを物語っている。
その記事の中身は簡潔にまとめれば、
『青髭領主は自宅内にて連れ去ってきた多数の住人を凄惨に殺害。先日にその領主が殺されたことにより明るみに出た凶行。死体は何らかの魔法と拷問により破損が激しい模様』
A4程の紙に書かれた領主宅での惨劇はすでに噂で知っていたのか、それ自体に驚く者はいない。だが、領主が殺されたという事実。それに対して驚く者は多かった。
厳重な警備とかつて戦争を経験した領主自身の強さ。
警備を必要としないと言われていたほどには領主の実力は高かった。
誰が倒したのか。それを気にする者は多かったが、どのような者が倒したのかは容易に誰にでも推測出来た。
プレイヤー…とりわけ冒険者が倒したに違いない、と。
領主という街を収めるべき、最終的に頼らなければならない存在が家族を、恋人を、友人を殺しているかもしれないという事実は住人達を不信感に駆らせていた。
プレイヤーはその最たるものだ。突如街に溢れかえるようにして現れた冒険者達はもしかすると領主が呼んだ私兵の類かもしれない。
心を開くことなど出来やしなかった。
しかし領主は討たれた。恐らくは冒険者の手によって。
冒険者は領主の私兵ではなかった。むしろ街の周囲のモンスターから街を守ってくれる存在でもあった。
住人と冒険者との隔たりは領主の死によって払われたのであった。
「なんだか街が活気づいてきたね」
「……明らかに笑顔が増えている」
「道行く人も心なしか増えているような……?」
リュウキとシズネは首を傾げているがその心当たりが全くないため疑問は解けない。
隣を歩くマカも
「何か良いことでもあったのかなー」
と、自身の行いが現在の街の状況に結びついているとは思っていないため呑気に構えている。実際はマカを始めとした剣客、竹田によって領主が討たれたのだが。
「あらマカちゃんじゃない」
三人が街を歩いていると、全身黒ずくめタイツの女言葉を話す……恐らくは男がマカに声を掛けてきた。
道行くプレイヤー達は――NPCすらも――奇怪な目でその黒タイツの男を見ている。
唯一、タイツに開けられた箇所は目だけであり、そこからは妙に優し気な瞳が覗いていた。
「ジョン・クーバーさん!」
「ええ、ジョン・クーバーよ。この間ぶりね。そちらは仲間の方かしら?」
黒タイツの男――ジョン・クーバーはリュウキとシズネに目を向ける。
タイツ越しに声を発しているはずなのになぜか声はくぐもっていない。
「そうだよ! お兄としず姉!」
「マカ、それじゃ紹介になってないぞ。どうも、リュウキです」
「……シズネ」
「あら、お兄さんにお姉さんなのね。兄妹仲良くていいわぁ。リュウキちゃんにシズネちゃん、よろしくね」
黒タイツの男、ジョン・クーバーは距離を詰めてくる。
人によっては近いと思う距離であり、シズネは少し遠ざかる。
リュウキはマカと同じくらいの距離感だなと思うが害はないためそのままの距離感と保つ。
「マカがお世話になっているようで。その、プレイヤーですよね?」
「そう見えないかしら? 良くも悪くも自由な服装と言動、そして自分を作れるのがこのゲームだからね。思い切ってこうしちゃったわ、ふふふ」
思い切り過ぎだろう、とシズネは思うが口にしない。
リュウキはそういうものかと受け入れる。思えばPKという行為を趣味としている者がいるくらいだ。これくらいならまだ現実にだっているだろうなと思えてくる。
「あ、そうそう。マカちゃん聞いた? リュウキちゃんとシズネちゃんも」
「なーにー?」
「これまで散々公式で言われていたイベントが今週末に行われるらしいのよ。今夜あたりに参加申し込みが来ると思うわよ」
「イベント?」
マカが初耳だとばかりに聞き返す。
その横でそう言えばあったなとリュウキは思い出す。
確か、国単位で行われるイベントだっただろうか。
「国家間対抗らしいわよ。難易度みたいなのがあるらしくて最低が1、最高が100らしいわ。プレイヤーは自分のレベルや二つ名を考えてどの数字の難易度に挑むか決めかねているらしいわね。なんと、あのダラークさんは100に行くらしいわ」
「へえ、ダラークさんが」
当然といえば当然だろうか。
ジュガさんやアザリカさんも共に難易度100なのだろうなと容易に予想出来る。
「……私達はどうする?」
「どうしようかな……」
どうせなら100に挑戦してみたいという気持ちもある。まだ詳細は分かっていないがダラーク達がいるならば頼もしい。
それに、一番難しいというのなら強い敵と闘えるかもしれない。
「ああ、そうそう。数字が大きければそれだけ報酬も豪華みたいね。私は50くらいに行くつもりだからそこまではもらえないけど、リュウキちゃん達は実力的にも100に行くのかしら?」
豪華な報酬。それを聞けば俄然やる気も出るというものだ。
「そうしようかなって――」
――考えています、と最後まで言う前にリュウキはシズネの顔が険しくなっていることに気づく。実際には少しシズネの眉が震えているくらいであったのだが。
「……どうして」
「うん?」
「……どうして私たちの実力だなんて言った? ……今会ったばかりの私たちの強さを知っている?」
「――ッ!?」
思わずリュウキはジョン・クーバーから離れる。
全身黒タイツから覗く目、それが恐ろしく光っているように見えた。
「……やあね」
少しトーン落とした声はこれまでの陽気な雰囲気とは別種のものであった。
「何が……目的ですか?」
「……イベントは国家間の争い。……日本のプレイヤーの情報を集めに来た?」
黒タイツであるならその容姿を隠せる。
ジョン・クーバーがその名の通り海外のプレイヤーである可能性もある。
受け入れていたはずの容姿が途端に胡散臭く得体の知れないものとなってしまった。
「……私が、海外のスパイだって、そう疑っているのね?」
「可能性はあるかと」
リュウキ達もこれまでプレイヤーボスや『五行同盟』と闘い名前は知られている。そのため、ある程度の実力も相応に知れ渡っていることはリュウキも既知ではあるが、一度芽生えた疑惑は拭えない。
そもそもで初対面のはずだ。
思い返してみればここまで慣れ慣れしいというのも怪しくなってくる。
「……その顔を見せて」
「……別に面白い顔ではないわよ?」
ジョン・クーバーは頑なに顔を見せることを拒む。
「……いいから」
シズネはすでに喧嘩腰でジョン・クーバーに詰め寄っている。
「どうしたの、しず姉?」
「マカはいいから、こっちに俺といようね」
状況を飲み込めていないのか、マカがシズネに尋ねもリュウキに抑えられる。
「……顔を見せられない理由でもあるの? ……たとえば、その顔が明らかに白人系や黒人系だとか?」
無理やりにでも剥がしかねないシズネに圧倒されたのか、ジョン・クーバーは両手を挙げると首を横に振る。
「……やれやれ。情報を持ちすぎるのも考えものね。出来るならば見せたくは無かったのだけれど」
そう言ってジョン・クーバーは静かに黒タイツを顔部分だけ剥ぎとったのであっ




