108話 岩の住人達 その5
「嫌なものだね」
竹田が剣客に話しかける。
2人は決して良好な関係というわけではない。マカという両者に対して友好的な存在が介しているためこうして共に歩いているわけであるが、もしマカがいなければ殺し合いにこそまでいかないが会話すら起きなかっただろう。
木々という命を育む竹田と刀で以てして命を奪う剣客。
それだけが原因ではなく、むしろ竹田も木々で命を奪うことを目的のためなら厭わない性格であるため、気が合わないと言われれば違うと答えるしかないだろう。
ならばなぜ2人が出会えば険悪な雰囲気になるのか。それはひとえに剣客も竹田も他者にそもそもで会話を求めるような性格ではないからだ。
人間とは木々を荒らす存在。
人間とは斬るべきかそうでないかの存在。
親しくない人間に対して好意的でない性格をしている2人であるからこうしていがみ合い睨み合っているのだ。
「何がだ……とは言うまい。分かっている、あの拷問だろう。『青髭』とクエスト名にあるから予想はしていたがな。まさかここまで直接的に出てくるとは」
「君でも思うところはあるのかね?」
「ふん、思うも何も我は気にはしないし当然引きずらない。貴様こそどうなのだ? 死体なんぞ見慣れていないだろう?」
「あのようなもの、どうということもない。君も言っていた通り、これはゲームなのだ。従って死体もゲーム内でプログラムされたそれに違いない。それならよくできたフェイクと同じではないかね」
竹田はゲーム内の映像であるならば、スナッフビデオにも劣る映像と捉えた。実際に殺す場面も無い上に死体は原形を留めておらずただ血肉が飛び散っていただけであるため、拷問が行われていたと想像させるためだけのものに過ぎない。
だから、竹田にも、勿論剣客にも臆することは無かった。
「大人には拷問を匂わせるものを見せ、子供には不気味な雰囲気を味わわせる。妥当だとは思うが、心構えが無い者には厳しそうだね」
「心構えが無いのならばとっくにリタイアしていただろう。下水道にまで進んでいる時点で気丈な者がクエストに進んでいると判断されているに違いない」
「ならば、いいのだがね」
さて、と剣客は考える。
次の行動は、何をするべきなのか。2階に上がりマカの指示通り進んでいるがここから何が現れるのか予想出来ていない。恐らくは拷問に通ずる何かであろうか。どちらにせよ心の安寧には程遠い。
「ここ! ここから人の声がしない?」
と、2階の廊下を進むと最奥の扉の前でマカが止まる。
「調べてみよう。中に人間がいるかどうかくらいならば分かる」
竹田が扉の隙間から木の根を這わせる。
数秒もしないうちに竹田は内部の様子を把握した。
「生きている人間は1人だね。男のようだが、領主と見て間違いないようだ」
「なぜ領主だと分かる?」
「根が言っている。男はいくつもの貴金属類を身に着けていると。外の警備を乗り越えて強盗が入った……ならばその経路は下水道からだがそれならば私達と鉢合わせしただろうし、この家の主で合っているはずだ」
生きている人間、と竹田は言った。
ならば死んでいる人間が少なからずいると言外で言っているのだが、それはマカの手前控えたのだろうか。
「踏み込む他に無いのだがね。剣客君とマカ君はどうする?」
「他に無いのならそうするまでだ。中がどうであろうとマカにはフィルターを通したものしか見えないようだしな」
「マカ君はどうする? 正直、言葉を濁したところで視覚を誤魔化したところで、中身はどうしようもなく人間の醜さが表に出たようなクエストだ。君のような年齢の子が受けること自体が間違っているとさえ思えるほどにな」
「それでも私も行くよ!」
だがマカは行くと答える。
「だって、街の人に元気が無いのがここの人が原因なんでしょ? なら元気にするように言ってあげなきゃ」
「言って……聞かないような人間だったらどうするかね?」
「そしたら怒る! 駄目なことは駄目だよって言わなくちゃ。ちゃんと言えばきっと伝わるよ!」
「そうかね……ならば私から言うことはないが」
恐らくだが、言って聞かないような人間がこの中にはいるだろう。
『青髭』……あのフランス王国の元帥がモデルとなった者だとしたらその物語の最後は死で以てハッピーエンドを迎えるしかない。
「では、開けよう」
竹田が扉を開ける。
そこには部屋の中だと言うのに廊下よりも更に暗く、深く沈み込んだ闇のようであった。
「あそこに誰かいるね」
しばらくして目が眩闇に慣れてくると部屋の内装が見えてきた。
教会のようだ。神を祀る祭壇といくつかの椅子。血で塗りつぶされて光を通さないステンドグラスと血のように赤く黒いカーペット。
その祭壇には1人の男が立っていた。
「……違う。これではない。あの人は……あの聖女は決して最後まで神を呪うことなど無かった。死を諦めることは無かった……」
男は執拗なまでに祭壇に寝かされていた女……の死体にナイフを突き立てていた。
すでに顔には死相が浮かんでおり、ナイフの衝撃に合わせて体が動いているだけのただの置物。そこには命が入っていなかった。
「そこまでにしておきたまえよ。領主であるならば殺すよりも生かすことを考えるべきだ。……どのような理由があろうともね」
「……誰だ?」
ナイフを持つ男の手が止まる。
振り返ればその顔は病的にまで痩せていた。
「この街の観光者だね。そして冒険者でもある。私は竹田。木々を愛する者だ」
「私はマカだよ!」
「我は剣客……殺人に関しては貴様に言うべきことがあるようだな」
「観光者……? 冒険者……? ああ、最近妙に街が騒がしいと思ったらそういうことか」
男はナイフを3人へと向ける。
そのナイフからは血が滴り落ちる。何人の肉と骨を削り血を吸ったのか、ナイフは欠けて錆びついていた。
「我らと闘うのであれば相応の武器を用意せよ。そのようなものでは数秒と持たん」
「闘う……? それは俺の役割なのか? ……違う、俺はあの人を探すだけ。醜悪な王によって奪われたあのお方を再び現世へと蘇らせるために俺はこうして生きている」
男はナイフを地面へと突き立てる。
「蘇らなくて良い。その残された肉体を俺のために役立てることを誇りとせよ」
ナイフから地面に落ちる血を見て剣客は気づいた。
ただ無駄に地面へと滴っていたわけではない。それは1つの魔法陣のようなものを描き上げていた。
「『マリオネットバインダー』」
男の呪文と共に祭壇に置かれていた死体が起き上がった。
目は虚ろであり、手足は筋肉によってというよりも糸のようなもので頭上から吊られているかのような動きである。
「蘇生かね?」
「いいや違う。俺は神官ではなく、そしてネクロマンサーでもない。……『死肉漁り』だ」
頭上にある天井を破りいくつもの死体が落ちてきた。
すでに生を強制的に終わらせられて尚動かされる死体が。
「こいつらはあのお方ではなかった。たとえ手足を失おうとも、内臓を引きずり出されようとも……そして火炙りにされようとも決して神への祈りは忘れてはならない。敬虔な信徒ではないこいつらは俺を謀ったあのお方の偽物だ」
「……狂っているな」
どのような手筈で死体となった女達がこの領主邸に運ばれてきたのかは分からない。
だが、明らかに殺害してみせた男の方が加害者であり女達が被害者であることには変わりない。
それをまるで女達が悪であるかのような言い方。
善悪の区別を見失った男。
神という名の狂気を信仰する男。
「昔の名はとうに忘れた。だから俺は現在の異名を名乗ろう。『青髭』、それが俺の名だ」
カーソル上ではNPC。だが、その殺気と狂気は下手なモンスターよりも上。
「お前らはあのお方なのか? ……そこの男2人はともかくとして、娘は可能性がある。ならば俺は再び元帥として御旗を飾ろう。剣を掲げよう。行けお前たち、男は始末して構わない、娘を生け捕りにするのだ」
死体達が『青髭』の指令下で竹田と剣客へと襲い掛かろうと爪を、咢を向ける。
「マカ、そして竹田よ。ここは我に任せろ」
剣客が死体達を前にして一歩出ると刀を数度振るう。
死体達は剣客の刀に対して警戒しているのか、じりじりと近づいていく。
「こいつはモンスターではない。NPCだ。ならば殺すことに最も躊躇わない我が向いている。貴様らは後ろで大人しく――」
しかし剣客が言い終わらないうちに木と剣がそれぞれ死体達を貫く。
幾本ものそれらは死体の頭部を的確に貫き、動きを止めさせる。
死体達はじたばたと手足を動かしてはいるが、頭部を地面に木や剣で縫い付けられているためその場から動くことが出来ていない。
「大人しくしているわけがないか。貴様らは自由なのだからな」
「殺すことに躊躇わないというならね、私だってそうさ。モンスターであろうと人であろうと、大切な存在の前にはそれらは等しく価値は地に落ちる」
「1人で闘うよりも3人の方がいいんだよ! だってあっちもたくさんいるんだもん」
木々と剣により死体達は動きを止めている。
だが、完全に動きは止まっているわけではなく、ただその場から動けないだけ。つまりは、竹田やマカが能力の発動を止めればそこでまた死体達は動き出すことだろう。
「ネクロマンサーという職業はゾンビのように死体を操ると聞いたが、これらはそれとは違うようだね。まるで傀儡子に操られる人形のようだ」
「なら、糸を斬っちゃえばいいの?」
「死体を吊っているのが糸であればだがね。しかし、どうも違うようだ。それがスキルによるものなのかは分からないが、すぐさま私達は動くことは出来ないね」
「ふん、だから言ったであろう。我に任せろと」
剣客は刀を鞘に納める。
「……死体は封じ込まれたか。ならば俺が直接手を下すとしよう。怪我をさせない、などと配慮をしてもらえると思うなよ。どの道痛みを与えるのだから今与えようとそれは関係ない」
近くに抑え込まれている死体の胸に『青髭』は手を当てる。
そして、皮膚を破り体内に手を食い込ませると、心臓を取り出した。
「職業を気にしていたか? 『死体漁り』と『人食い』の上級職たる俺の職業は『死肉喰らい』。こうして、死体を喰らうことで自らの肉体を活性化させる」
『青髭』は心臓を口元に運ぶと、そのまま咀嚼し、ついには嚥下した。
「……マカ君、大丈夫かね」
「……うん、大丈夫」
マカにはこの光景がどのように映っているのか。
竹田や剣客ほどではないにしろ、とても気持ちの良いものではないことには変わりない。
「さて、俺の準備は整った。……そこの男、武器を仕舞ってどういうつもりだ?」
『青髭』の肉体は見る間に膨らんでいく。
痩せ細っていた体は肉体を構成するものが筋肉だけだとでも言うかのように肥大する。
「我の役目はすでに終わっている。貴様には用が無い。だから、早く死を実感するがいい」
「ほざけ」
巨体となった『青髭』はその見た目からは想像もつかない程に俊敏な動きを見せる。
一瞬のうちに剣客との間合いを詰めると、
「他愛もないとはこのことだ……あぁ?」
持っていたナイフを剣客へと突き立てようとして、首が胴と離れていることに気が付く。
「な……ぜだ……?」
モンスターではなく『青髭』はNPC。人間は首が飛べば死ぬ。
『青髭』の疑問は解かれぬまま死んでいった。
「『刀身残心』……まさか、一撃で死ぬとはな。人間とはその精神力と反して脆いものだ」
剣客の周囲には煌く斬撃の跡が残されていた。
刀の軌跡を残す能力、それが剣客の二つ名である。
「結局のところ、『青髭』の行動もこのクエストの意味も何も分からなかったな」
「そうだね。領主邸内の探索に手間取れば他に戦闘もあったかもしれないが、直接ここの主を倒すことが出来たのもマカ君のおかげだね」
その頃、地下で蠢いていた20体程の死体は全て動きを止めていた。
死体の保管所として使われていた地下室は役目を果たすことなく、誰の目にも止まらないままに終えることとなった。
「でも、これで街の人は元気になるよね! 悪い人はやっつけられたんだし」
「そうだね……そうなると願っているよ」
「ふん、祈るのも大概にしておかぬとこの男のようになるぞ」
そう言って剣客は『青髭』の死体を一瞥する。
聖女を探すために女を拷問にかけていたと言っていた。決して見つかるはずはないのに。延々と人間を殺し続けていた。
「君もだよ剣客君。PKを続けるうちに人間を殺すことに快感を覚えぬようにな」
「そんなわけあるか」
それだけは違うと剣客は否定できる。
なぜならば
「我は剣客であるからPKを行うのだ。殺すことに快感なぞ覚えるわけがない」
喜びを覚えるとするなら、そうマカや他の強者達を始めとした者達と殺し合った末に生き延びた時であろうか。
剣客という強者を演じるためには、現実の自分との境界線をはっきりと分ける必要がある。
だからこそ、剣客は剣客であり続けられるのだ。
「さて、街へと戻るとするか。クエストの報酬を貰わねばな」
死体から木々と剣を抜いている2人を置き去りにして剣客は階段を降りていく。
すでにクエスト達成のメッセージは『青髭』を殺した際に届いていた。これ以上敵が現れることもないだろう。
色々な意味で胸糞の悪いクエストであった。
割に合う報酬であることを剣客は望みながら下水道を戻っていった。
そろそろ本編?に戻ろう




