107話 岩の住人達 その4
童話は数あれど、実在した人物を基にした物語は限られている。
なぜなら人間は魔法を使わない。動物と会話は出来ない。動物は人間に変身しない。鬼は存在しない。小人は存在しない。巨人は存在しない。人魚は存在しない。妖怪は存在しない。天国は存在しない。地獄は存在しない。神様なんてものは存在しない。
だからこそ、童話というものはある種の憧れと畏敬の念を抱かれて世界中で語り継がれている。自分もこうでありたいと、あるいはこうしてはいけないと尊敬と教訓の意を持たれている。
しかし実在の人物が存在する物語もある。
その1つがシャルルペロー作『青ひげ』である。
「内容はどこかのドラマにでも出てきそうな有り触れたものだ。青ひげ王の下に嫁いだ娘が見てはいけない部屋を覗いて死体を発見してしまう。それが王に発覚された娘はあわや殺されかけてしまう」
「それで……どうなったの?」
竹田の言葉にマカが恐る恐る尋ねる。
まるで小さな子供に絵本を読み聞かせている親のようだなと傍で見ていた剣客は思う。
ならば自分は……と、そこまで考えた剣客はその思考を振り払う。そのような家族ごっこを演じるのは自分のキャラではない。
「(それは、剣客ではない。剣客は武人でありPKでなくてはいけないのだ)」
現実の自分ではないのだ、と剣客は自分で考えた剣客の設定を思い出す。
現実世界で憧れた人物にはなれなかった。だからゲーム内だけでも目指すと決めたのだ。
「娘はいざとなったら兄に駆けつけてもらえるよう合図を用意しておいた。そのおかげで辛うじて助かったのだ」
「そうなんだ! 良かったー」
竹田の言葉の一つ一つに一喜一憂するマカの表情に、剣客は思わず口元が緩むのを自覚した。
自覚したが最後、後悔し、硬く口を閉じたのは言うまでもない。
「(最近、妙だな。どうもこの娘と関わり始めてからだろうか……。PKの頻度も質も変わってはいない……少しギルドの連中との会話を増やしてみるか)」
朱に交われば赤くなる。
作ったキャラクターであればそれがすでに素の自分から外れている。
尚更他の人間に影響される可能性は高くなる。
マカの空気に当てられたのであれば、PKを主とする者達の空気に当たれば良い。
それで剣客というプレイヤーは戻るはず。
「(そうだな……そろそろブラスとザッサーのやつの教育でも始めるか。ついでにシザースも。あやつらは奥底に能力を眠らせている。叩き起こすためにも少しばかりきつめの起こし方を考える必要があるな)」
「――さん! ―客さん……剣客さん!」
マカに強く名を呼ばれ、剣客は初めて会話が自分に振られていたことに気づく。
「……なんだ?」
少しばかり重苦しく返事を返す。
「剣客君はこのまま進むことについて何か意見はあるかね? マカ君は進めば分かると言っているのだが……」
剣客の事情を知ってか知らずか、竹田はこれまでの会話を纏めるようにして剣客に意見を求める。
「クエスト名からして青ひげというのは敵生体である可能性が高い。モンスターか人であるかは別にしても、だ。悪意の持ち主であることに間違いはないだろう。だからこそ、その本拠地に迂闊に忍び込むことについて私はやや否定的なのだがね」
「罠の有無、か。しかし我も貴様も、そしてマカもそれを打ち破る手段は持っているだろう? 生半可な罠も、そしてモンスターも我らの強さが上まればそれで良かろう」
剣客は竹田の言葉を臆病だとは思わない。
それが竹田が自身のことだけを言っているのであれば別であるが、竹田はマカや剣客を含めた3人の身の安全を考えた上で言っている。それは臆病ではなく慎重を期しているだけ。
「これはゲームだ。歩みを遅くすることはあろうが、危険を避けることに意味は無い。我らは勇敢に闘えば良いだけ。死んだのならばそれは弱かった、それだけに過ぎん」
「じゃあ剣客さんもこのまま行くってことでいいの?」
「最初からそう言っているだろう。我には退却も迂遠の道もない。生か死か。それがこの先決まるのであれば我はただ殺して生きるのみだ」
これですぐに進むへの票を入れたのはマカと剣客。
「ふむ。……ならば先陣は私に切らせてもらおうか。警戒はさせてもらう。根の探知でな」
そして、しばし考えた後に竹田も領主邸への潜入に賛成した。
ゲームである、それを剣客に思い出させられたのだ。
大人であるとか、子供であるとか。そんなのは関係なく、楽しむためにプレイすればいいのだと。
「我は後陣に就こう。能力的にも、後方へ刃を残せる我が最適だ。マカは前後両方に対応出来るため中間が相応しい」
「異論はないね。……進行方向だが、そこはマカ君、君に任せてもいいかね?」
「……? いいよー!」
それに剣客も反論しない。
竹田も剣客も分かっていた。
直感と僅かなヒントのみで下水処理施設に辿り着いたマカのセンスを。
領主邸内を捜索するのであれば内部の地図が不可欠であるが、それは残念ながら存在しない。ならばマカのセンスこそ最も頼りになる。
「任せて! 私、道に迷ったことないんだよ」
「頼りにしているよマカ君」
「我は口出ししない。存分に自らの道を進むがよい」
そうして3人は領主邸に繋がる下水道より領主邸内に侵入したのであった。
「うーん……こっち!」
領主邸内は昼間であるにも関わらず仄暗い。灯が灯されていた下水道内の方がまだしも明るかったかもしれない。
板張りの廊下は3人が足を進めるたびにギシリと音が鳴ってしまうため、足を持ち上げずすり足で進んでいく。
3人のうちで先頭は剣客であるが、先導はマカである。
どこを目指しているのか、それはマカだけにしか分からない。
「マカ君、君は何処を目指しているのかね?」
「それは勿論、領主さんのところだよ!」
「手っ取り早くこのイベントを終わらせるならば家の主を探すのが良案か。だがマカ、どのようにして領主とやらの居場所を特定する?」
「このおうち、そんなに人の出入りが無いところがあるみたいなんだ。埃が積もっている廊下は避けて、よく見てみれば足跡の付いた道がある。そっちを選べばきっと領主さんも見つかるよ!」
竹田と剣客が地面を見る。
なるほど、薄っすらとだが積もった埃が廊下にはあり、そこに足跡が残っている道とそうでない道がある。
カーテンさえ閉め切られて灯が差し込まれてこない廊下道ではよくよく目を凝らさないと見分けが付かない。
「よく気が付いたものだ。やはりマカに任せて正解のようだ」
「うむ。偉いぞマカ君。私も言われるまで気が付かなかった」
「そう? えへへー」
しばらく廊下を進むと死臭が漂ってくるのを剣客は感じた。
「……剣客君」
「貴様も感じたか。マカはどうだ?」
「何のことー?」
先頭に立つ竹田は気づいていたが、マカは何のことだか分からないようだ。
臭いの元ではなく、顔をしかめていないことから臭いそのものを感じていないかのよう。
「マカ君、君はこの臭いが分からないのかね?」
「竹田さんと剣客さんは何か嗅いでるの?」
「……どうやら、一定の年齢以下には分からないようになっているようだな。セーフティ機能というやつか」
「マカ君のような幼い者には知らせない方が良いということかね」
「このような光景、我らで十分だろう」
剣客が感じたものは死臭だけではない。
廊下を歩けば扉をいくつか通り過ぎる。
マカの後方を歩いている剣客は、マカが過ぎた先から扉を静かに開けて中を確認していたが、それら全てに拷問された人間の跡があった。
千切れた肉片に砕け散った骨片、放置された内臓はすぐさま腐ったために死臭がより濃くなったのだろう。床にこびりつき染み込んだ血液は取り返しのつかないほどに赤黒く塗りつぶしていた。
「……これは酷いものだね」
「ああ。我は殺すことに躊躇いは無いが、無駄に苦しめることは無い。生を終えるまでの輝きというものは死に抗うことで初めて増す。拷問とは死を望ませるもの。それは輝きを鈍らせることに他ならない」
剣客が空いた扉を竹田がのぞき込む。
「他の部屋も全て同様なのかね?」
「全ての部屋で人間が殺されていた。まるで多々ある拷問を試すかのように」
「どうしたの?」
と、2人が止まっていることに気づいたマカが部屋を覗き込んだ。
「む」
見せるべきではない。そう思うが遅かった。
マカが部屋を見るや目を大きく見開く。
「うわー! 骸骨が置いてある。ぶきみだねー」
「……骸骨かね? 他には何も見えないと」
「うん。2人には他にも見えているの?」
「……いや、それだけだ。他には何もない」
それをマカに聞かせたところでどうにもならない。
ただ胸のむかつくものを知ったところで負の感情が大きくなるだけ。
「先を急ごう。ここにはヒントは隠されていない」
進む先には階段がある。
地下へと続く階段と2階へと続く階段。
「マカ君、足跡はどちらにもあるが、どうするかね?」
イメージ的には地下だろうか。
地下に閉じ込められた人間の入った檻が剣客の脳裏をよぎる。
「2階……かな? 特に根拠はないんだけど」
「ふむ……いざとなれば地下よりも脱出はしやすい。私としては賛成だが、剣客君はどうだね?」
「我もそれでよい。マカに道は任せると言っている」
3人は2階へと続く階段を選び、慎重に上がっていった。
そして、3人は気が付かない。
選ばなかった地下からは何かが湿った何かを這いずるような音が聞こえてくることを。




