105話 岩の住人達 その2
サブタイトル考えなくていいのは楽だ
町の一角にある下水処理施設。
中央に建設された領主宅と同規模の大きさを誇るその施設はどれだけ街にとって重要なものかが分かる。
岩に囲まれた街グランドラガン。岩に囲まれているということは水はそこまで足りているということではない。生活に関する水の用途はいくらでもあり、それらを循環させて使わなければこの街では圧倒的なまでの水不足に陥る。
恐らくは街に住む人間にとって領主よりも大切な存在であることだろう。
そこにマカは突撃した。
「だから、入るには許可証が必要なんだって!」
「えー、ちょっとくらいいいでしょー」
「駄目なものは駄目!」
通算5回ほど、このやり取りがマカと下水処理施設の管理人との間で行われていた。管理人も相手が子供ということもあって乱暴な手には出ないが、それでも頑なにその場から動こうとはしない。
「入らせてってー」
そして6度目。
マカが挫けることなく管理人に施設への入館許可を求めると、
「……しつこいなあ。分かった、私の負けだ」
管理人が根負けした。
そもそもで許可証さえあれば入ることのできる施設であるし、冒険者という身分があるマカが絶対的に入ることのできないということもない。
入れる必要が無いから入れなかっただけだ。
「見たところ、君は冒険者だね?」
「うん、そうだよ!」
管理人の目にはマカの装備が映っていた。
この街にいるどのプレイヤーと比べても遜色ない装備は管理人のような素人目にも使い込まれた強固なものであった。ただ強固なものであれば金に物をいわせた装備であり実力が伴っていないと思われてしまうが、マカの振る舞いは装備を普段から使いこなしていることが分かるため職業レベル、二つ名レベルも相応に上がっているだろうと管理人は推測する。
「許可証の発行には何かしらの名目が必要なのだよ。君が入れてと言ったから入れた、なんて知られるわけにはいかない。分かるね?」
「うん! 私の我儘でおじさんが怒られるのは嫌」
「ありがとう。だから君には私から1つ依頼を出させてもらおう。それさえクリアしてくれれば後は自由に見学してくれて構わないよ」
管理人は好奇心からマカが下水処理施設を見学したいと言っているのだと思っていた。だから、施設のその先である下水道はマカにとって行きたい場所ではないと勘違いしていた。依頼、つまりはクエストをクリアするには下水道に行く必要があるが、それはマカにとってはおまけ程度だと。
「実は、下水道っていうのは人の立ち入りが少ないんだ。処理施設の方は街の地上にあること、そして私が出入りしているからモンスターは現れにくいのだが、下水道は何体か住み着いてしまっていてね」
「それを私が倒せばいいの?」
「ああ。だが、下水道は街の地下全てに設置されているから広い。だから依頼自体はモンスターの全滅ではなくそうだね……10体倒してきてくれればそれで大丈夫だよ」
管理人はそう言って、10体だと多すぎたかなと後悔する。
実力的な問題ではない。それは問題ないだろうと管理人の直感は言っている。だが、下水処理場もそうではあるが、下水道はそれに輪をかけて悪臭が酷い。一刻も早く下水道から抜け出せられるようにも、もう少し数を減らしてやるべきかと考える。
下水道に住み着いたモンスターというのも、下水道に流れる小さなゴミや小動物を喰らって生きるような無害に近いものばかりだ。排水溝から這い出て街の住民を襲う危険性はあるが、冒険者が街中を闊歩する現状、すぐさま排除すべき対象ではない。
「うーん……やはり10体ではなく――」
「分かった、本当に10体だけでいいの?」
「う、ん……? むしろ、本当に10体も倒してくれるのかね? 私としては減らしてもいいのだが」
「全部倒して来てもいいんだよ! 時間は少しかかっちゃうかもしれないけど……」
どうするべきか。
目の前の少女はやる気を見せている。これを止めてしまうのは、やる気を削いでしまうのは駄目だと管理人の心が叫んでいる。
「だが……」
10体ではなく全滅。それは予定していたこの少女ならば10体は倒せるだろうという管理人の推測を外れる可能性もある。
「ふむ、ならば私も同行しようかね?」
だが、管理人の杞憂とはよそに1人の男がやってきた。
下水道に潜る。それ一点であれば似合いの作業着を着た男が。
「あ、竹田さんだ」
「マカ君、遅くなってすまなかったね。話は途中からであったが下水道のモンスターの処理、私にも手伝わせてくれないか?」
管理人は竹田と呼ばれた作業着の男の登場に安堵する。
どのような男かは分からないが、これならばまだこの少女へのモンスターの全滅という依頼はクリアできそうだ。
「うん、勿論いいよ! 実はね――」
と、マカが竹田に耳打ちしようとした瞬間であった。
「ほう、小娘……マカであったか。奇遇だなこのようなところで」
また別の男が現れた。
「もしや我と同じ目的でこの場に来たのか? それならば話が早い。我も下水道に赴こうではないか」
その男もマカに同行すると言う。
だが、管理人はその男の目を見て、安堵するどころか恐怖で足が竦んでいた。
人を人として見る目ではない。
殺すか殺さないか、人間の価値観を自分で決めてその処遇まで自分で行ってしまう殺人者。かつて管理人が幼い頃に一度だけ見た処刑されゆく、それでも最後まで人間を殺すことしか考えていなかった殺人鬼と同じ目をしていた。
「あ、剣客さんだ! いいよ、一緒に行こう!」
しかし朗らかな笑顔でマカはその殺人鬼を受け入れる。
管理人は目の前の少女を図り切れなくなった。
冒険者としての強弱ではない。人間の、度量の広さがである。
「き、君はいったい……?」
「私? あ、そういえばまだ名前言っていなかった!」
自己紹介を忘れていたことにマカは焦る。
成長して大人になることを目指している身としては自己紹介は当たり前にやらなければならない。
「私はマカだよ! よろしくねおじさん!」
「あ、ああ……よろしくマカさん」
竹田と呼ばれた一般市民のような作業着の男を見るのと、剣客と呼ばれた殺人鬼を見るのと、全く変わらない笑顔でマカは管理人に挨拶をしたのだった。
管理人はそんなマカに圧倒されながらもクエストを発行する。
「ええと、人数は3人で……依頼内容は下水道に巣くうモンスターの全滅、と。確認してみてね。これで間違いないかな?」
マカは管理人の発行したクエストを見ると、
「うん、大丈夫だよ! 3人だから早く終わらせられるかもしれないけど、もしかしたら迷っちゃって遅くなるかもしれない。それは大丈夫?」
と、クエストを受注しながら不安げな顔を見せる。
そんな年相応なマカの表情を見て管理人は心配ないさと笑顔を見せた。元より、後ろに控える男2人の形相が恐ろしいものであったから管理人には文句は言えなかったが。
「ああ、特に急ぎでない依頼だからね。でも、早く依頼を終えればそれだけ早く下水処理施設を見学できることを忘れないでね」
「見学……? あ、そっか! うん、分かったよ」
一瞬、不思議そうな顔をしたマカであったがすぐさま笑顔で頷いた。
それを見て管理人はあれ?と思いながら背後の男を見るやすぐその思考を脳から排除する。余計なことを考えれば命は無いような気がした。
「下水道への入り口は下水処理施設の奥だからどっちにしても見ることには変わりないんだけどね。さあ、3人とも付いてきておくれ」
管理人を先頭にしてマカ、そして竹田と剣客の2人も大人しく付いて来る。管理人の気のせいでなければ2人は睨み合っていた。だが、飛び火されるわけにはいかないため、黙って置く。なんとなくだが、その睨み合いもマカには知られてはいけない気がした。
下水処理施設を通り抜け、その先の下水道へと繋がる扉を開ける。
「頑張ってきてね。あ、下水道の道は地上の街の道路と同じだからグランドラガンの地図を持ってれば大丈夫だよ。灯も付いているから転ばないよう足元にだけ気を付けてね」
「持ってる!」
ならばこれで危惧することは無いだろう……あの2人以外には。
管理人はそう判断すると、
「全滅したかどうかは冒険者なら分かるんだったよね。じゃあ行ってらっしゃい」
クエストをクリアした時にプレイヤーにのみ聞こえる声。管理人はそれを指して言っていた。
「行って来まーす!」
下水道へと繋がる扉の先にある階段。それを元気よくマカは駆け降りて行った。
あ、管理人はNPCです




