104話 岩の住人達 その1
そのいくつまで続くかは分からない
「とおりゃあぁぁぁぁぁ」
細い通路内でマカの剣がモンスターの体に深々と刺さる。
狭い空間では剣は振るのではなく刺突に使う。二つ名を十分に生かすことのできないマカであったが、それでも剣士としてのステータスの高さは前衛として活躍するに足るものがある。
「ギュユアッァァァl」
胴を剣で貫かれた『シープシーマン』という魚の顔と羊の胴をした人型のモンスターは断末魔の悲鳴を上げながらHPを0にした。
凶暴な顔つきとは裏腹に防御主体とした闘い方をするモンスターであった。主な攻撃法法は鋭い歯が生えそろった口での噛みつきであるが、それよりも胴の羊の毛は打撃や斬撃の衝撃を半分まで吸収してしまう。
人型のモンスターではあるが知能も言語も人のそれではなく、噛みついては毛に覆われた手足を体の前で交差して防御態勢を取る。決められた行動をなぞるかのように、本能のままに身を任せる様は野生の動物を彷彿させる。
しかしながら、行動がパターン化されているため、フェイントをしてくるといったこともしない。攻撃の直後はこちらが何をしなくとも防御姿勢を取るためやや臆病な気概のモンスターである。
行動パターンさえ読みきれば攻撃の瞬間にこちらがカウンターを決めてしまえば良い。
マカは噛みつこうとする『シープシーマン』が前のめりに突っ込んできた瞬間、持っていた剣を二つ名『舞空剣技』の能力で胸に突き立てた。
打撃も斬撃も吸収し半減させてしまうが、刺突系の攻撃に対しては上手く衝撃を吸収することもできず、自らの突進の威力が相乗してしまったマカの剣の前に『シープシーマン』は崩れ落ちたのであった。
「うん、完璧!」
マカはここまでで攻撃に一切当たることなく闘いを進めていた。
目標はリュウキのような回避を主体とした戦闘。攻撃が当たらないということはそれだけで闘いを有利に進められる。無論、相手の攻撃の威力を知ることが出来ないが、それだけ回復アイテムの温存や、避けた先にある攻撃に繋げることが出来る。
無論、リュウキは秀でたAGIがあってこその回避技術を会得しているのだが、その速度を持て余すか活かせるかは当人次第だ。
だからまずマカは自分の出せる速度での回避を試みていた。
結果は成功。ともあれ攻撃が噛みつきだけであり、そこまで速くはないモンスター相手ではあったが。
「うーん……でももっと強いモンスターと闘った方が避けるの上手くなるかなー」
マカは不満げに言うが狭い空間内、満足に避ける場所も無い中で無傷というのは下手をすればリュウキ以上のものである。
リュウキは速度依存による回避であるが、マカは空間を把握していることによる回避。
それはかつてマカが苦汁を舐めさせられたアザリカ寄りのものである。
「まあもっと奥に行けば強いモンスターいるよね!」
マカの現在地はグランドラガン……の下水道である。
下水は浄水されていないため、何とも言えない臭いが周囲から漂っている。
「ふむ、回避だけに専念するのであれば私の木々を使うかね?」
「見えぬ斬撃。己の直感と触れた瞬間の回避を鍛えるならばこれ以上のものはない」
そしてこの場にはマカとモンスター以外にもう2人程、マカに付いて回る男達がいた。
「ふむ、見えぬ攻撃などそもそもで仕掛けてくる者が少ない。ここは一般的な見える攻撃である木々で訓練を行った方が良いのではないかね?」
「貴様の言う通り、我のような攻撃が希少であることは認めよう。だが、だからこそ備えることが重要であろう」
男達は両手に木の苗を持ち、腰に下がっている刀に手をかけると互いに睨み合う。
マカによって一触即発の空気となったその場を乱したのは、やはりマカの一言であった。
「竹田さーん、剣客さーん! 早く来ないと置いていくよ!」
「うむマカ君、すぐ行くぞ」
「マカ、追い付くまで待っているがいい」
かつて敵味方であった同士の3人は仲良く下水道を進むのであった。
マカがリュウキ、シズネと別れた後であった。
ひとしきり街を歩いたマカは通りの中央で立ち止まっていた。
「ふっふーん。私は大人だからお兄としず姉を2人にしてあげるんだー。きっと二人は今頃でぇとを楽しんでいるだろうなー」
リュウキはきっと1人で気ままに街を見たかったのだろうとマカを子ども扱いしていたが、一方でマカはリュウキとシズネを思ってあえて1人で行動を始めていた。
「さて、私はこの街の人とたくさんおしゃべりしようかな!」
グランドラガンの住人はマカに見向きもしないが、かといってプレイヤーと全く関わっていないかと言われれば違う。
商人のNPCや飲食店を営むNPCはプレイヤーに対して媚びへつらうことはないが、それでも頑なに無視をすることはない。
だが、街行く他の住民たちはプレイヤーが話しかけようとも顔を見ることなくそのまま歩き去っていく。
「どうしてだろ……?」
うーんうーん、と他のプレイヤーの挑戦と失敗を見て考えていたマカであるが、答えは出なかった。
なぜただの住人であるNPC達はプレイヤーにああまで頑なな態度なのか。人間というのは対話からコミュニケーションが始まるのであって、それを無視するなど引きこもりのそれと同じである。
だから、マカは思い切って道行くNPCの1人に話しかけてみることにした。
「ねえねえ! 私とお話しよう」
これまでプレイヤーとNPCとのこの街での会話を見ていたにも関わらず、マカは何ら臆することなく大柄な男性へと話しかけた。
「……」
男性はマカを一瞥することなくそのまま通り過ぎていく。
マカのことなど眼中に無いかのようだ。
「あれー?」
マカは悩んだ素振りを見せた後に、
「ねえ!」
「きゃっ!? な、何かしら?」
傍にいたプレイヤーの目の前に飛び出た。
「やっぱり透明人間になったわけじゃなかった!」
自身が視認されていることを確認したことで、
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「私でいいのかな? どうしたのかしら?」
透明化していないことを確かめるためとは言え結果的に驚かせてしまったプレイヤーに尋ねる。
「この街の人たちって私たちのこと見えていないのかな?」
「うーんとね……いえ、歩いているNPCの前を遮るように立てば避けられるらしいから、見えてはいるんじゃないかしら」
「じゃあ、何で返事してくれないの? さっきから見ているけど、みんな無視されてるよ」
「それは分かっていないのよ。分かっていることは1つ。老若男女関わらずこの街の住人だけが口を開くことがないということ。他の、ギルドや商店などの働いているNPCは例外なのよね」
やはりマカがこれまで見て来たことで立てた推測に間違いはないようだ。
「返事してくれるお店の人は何も言ってなかったの?」
「なぜこの街の住人はプレイヤーと話そうとしないのか、そう尋ねたプレイヤーもいたにはいたらしいわ。だけど、何も答えてくれなかったみたい。キーは別にあるらしいわ」
ならばキーとは何なのだろう。
虱潰しにこの街の全NPCに話しかければいずれ返事をするNPCが見つかり、そこからこの街の住人の謎が解けるかもしれない。
あるいは、何かしらの行動をすることでNPCに変化があるかもしれない。
「働いているNPCかー」
マカはグランドラガンのマップを開く。
まだ未到達の場所は埋まっていないが、8割がたは埋まっている。
その中で一点、街の中央にある建物を指さす。
「ここって何がどんな場所か分かる?」
他の建物と比べても一際大きい。ギルドと比べても遜色ないほどである。
「そこ? ……確か、この街の領主みたいな立場のNPCが住んでいるところよね。大きな屋敷よ。ただ、門にいる兵士に追い払われるみたいよ。兵士は特別強く設定されていて、誰も勝てないって」
「そっかー」
領主という立場は一応は職業人であるはずだ。住人よりは働いているというカテゴリーに入る。そして街の異変などは必ず報告があがっているはず。
だが、領主の屋敷には兵士が居る。それを突破することはどうやら難しいようだ。
キーであるならここのはず。
だが、何か足りていない。
「何かないのかなー」
誰も入れないのならば領主の屋敷など設定されるはずがない。まして、厳重な警備を敷くならそこに何かしらの意味があるはず。
マカはマップを穴が空くほど凝視する。
屋敷だけでなく他の家々、商店やギルドまで。そしてそれらを繋ぐ道までを拡大縮小を繰り返しながら見て行く。
「あ、そっか!」
そして気づいた。不確かだが、試す価値はある。
「ありがとうね! ちょっと試してくるよ」
「何のことか分からないけど、どういたしまして。……あ、ちょっと待って」
すぐさま走り出そうとしていたマカをプレイヤーが呼び止める。
「どうしたの?」
「よ、良ければでいいのだけれど。せっかくだし私とフレンドになってくれないかしら? 強さはともかく、それなりの情報通と自負しているからまた何か知りたいことがあったら遠慮なく尋ねていいわよ」
「うん、いいよー!」
「あ、ありがとう……じゃあ早速心変わりが無いうちに……」
その、全身黒タイツの男性プレイヤーは鼻息を荒くしながらマカにフレンド申請を送る。
「ジョン・クーバーさんだね」
マカは送られてきたフレンド申請を了承しながら相手の名前を確かめるように言葉として繰り返す。
「ええ。名前はこんなのだけど、日本人だから安心してねマカちゃん」
「よろしくね!」
「よろしく。……呼び止めてしまった私が言うのもなんだけれど、急いでいるのかしら?」
「あ、そうだった。また何かあったら連絡するね!」
そう言ってマカは領主の屋敷……とは真逆のグランドラガンの入り口目指して走っていった。




