102話 ホームラン王 後半
「ふうん、PvP用の空間ってのはこんなふうになってるのか。スタンドよりも広いじゃねえの」
「俺もこれを使うのは2度目だ」
「そうかい。なら、そこまで有利不利は無いってことかね。……いや、一回でも試合に出たやつと一回も出たことの無いやつじゃ顔が違うか。少なくとも経験がある。それが俺に対するお前の強みの1つだ」
「それだけじゃあなたに勝てないでしょ」
「違えねえ」
くっくっくっとMr.バッターはひとしきり口元だけで笑うと、
「そんじゃ、まあ闘うとしようかね。観客はいなくとも、俺達の燃え滾る闘志が冷めちわないうつにな」
Mr.バッターは硬くバットを握りしめリュウキへと向けた。
「1つだけ約束してほしいんだけど」
「あん? 言うだけ言ってみろ」
「俺が負けてもあの2人には手を出さないでほしい」
Mr.バッターの握るバットの先が僅かながら下に落ちる。
「そんなに大事なのか?」
「1人は俺の妹。そしてもう1人は……大事な幼馴染だ」
「……そうか。幼馴染のために自分が犠牲になるってか」
「犠牲になる気はない。俺は全力であなたを倒しに行く」
リュウキの設定したPvPのルールは体力の全損で負けとし、敗者は通常の死亡と同じく死に戻り地点へと戻される。
命を賭けた死闘を前に、リュウキは未だ2人のことを考えていた。
「俺の体力を半分でも削れたら考えてやるよ」
「了解。それでいいよ」
カウントダウンが始まる。
5から始まり、数字は秒ごとに減っていく。
そして、0になった瞬間にはリュウキはMr.バッターの視線から消えていた。
「っ!? 早い」
リュウキはPvPのカウントダウン前から『悪鬼変身』を発動していた。
悪鬼の足で加速し、Mr.バッターの知覚速度を超えた速度で背後に回りがら空きの背中にスキルを放つ。
「『サイドクロウ』」
ステータスも二つ名もSTR補正のものでありAGIは大したことない。
そう判断した上での攻撃であった。
だが、リュウキの拳は振り向くことなくMr.バッターを守るように向けられたバットに防がれた。
「消える魔球使いなんざいくらでも対決してきたさ。消えるってことは視界外にあるってことだ。ならば視界外にバットを振れば必ずそこに球はある」
残るバットを振り向きざまに振り回す。
リュウキは深追いすることなく下がる。
「野球歴は長いの?」
「俺の人生の大半は野球だって言っただろ? ……12年だ。野球だけをやってきた。それ以外に何もやらなかった」
「それだけやっていて何で……」
「約束だ。叶うことの無かった約束を果たすために俺は野球に人生を捧げた」
「叶うことの無かった……?」
リュウキは踏み出そうとした足を止める。
Mr.バッターの言葉に引っかかったのだ。
「俺がプロの選手になってホームラン王になったら結婚する。そう約束した相手が死んじまっただけさ」
「だけって……」
「今から思えばくだらねえ約束さ。そんな簡単なものじゃねえ。一握りどころか、砂漠の砂に眠る一粒の金を見つけるよりも難しいものに俺は命も人生も賭けた。その結果がどれだけちんけな末路になるのかを知らずにな」
「後悔しているの?」
「後悔、か。ああ、そうかもなぁ。やらなければよかった。もっと他のことをしておけばよかった。そう思ったことはある。もっとあいつと一緒に居れば良かったって何度思ったことか」
リュウキは何かを言おうとして喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
迂闊に口出しできない。したが最後、シズネやマカまでも殺される未来になりかねない。
「世の中ってのは幸福と不幸のバランスが取れている。じゃなけりゃ街の中は笑顔か絶望かのどちらかで満たされているからだ。だが、そうじゃない。幸福なやつもいれば不幸なやつもいる。バランスが取れているんだ」
「幸福と不幸のバランス……あなたは幸福になるために皆を不幸にしているの?」
バランスが取れているならば、幸福な者を不幸にすることで誰かがまた幸福になる。それが巡り巡ってMr.バッターの幸福となる。
リュウキはそうMr.バッターの言葉から察した。
「いいや、違う」
しかしそれは否定される。
「俺は絶望を味わった時に思った。絶望を味わわないで小さい幸せを幸福だと勘違いしているやつらが多いとな。そういうやつらを見ていると……心が苛立つんだ。潰せってな。絶望を味わって尚、幸福へと到達できるやつだけが笑っていい。俺はそう思った」
そう締めくくるとMr.バッターはバットで地面を巻き上げた。
砂塵はそれだけでリュウキの肌を傷つける散弾と化し、小さなダメージを与える。
「ハッハァ! お前も幸福を味わいたいのなら絶望に浸れ! やはり先ほどの約束は無しだ。全員殺す。そして絶望から這い上がってみせろ!」
右と左。Mr.バッターはその両方を警戒する。砂塵がリュウキとMr.バッターを挟んでいる今、それを避けるであろうリュウキの行動はどちらかを読んでおけば良い。どちらからも現れないのならまた背後をバットで守れば良い。
そしてもし、正面から砂塵を突っ切って来るならば……
「その時こそ大ホームランだ」
砂塵の壁が薄くなる。
右からも左からもリュウキが現れる様子は無く、正面にもいない。
「……後ろか」
片方のバットを背後に回し防御しつつ、もう一本のバットを背後に振り回す。
「食らえや」
しかしMr.バッターのバットは空を切った。
「……は?」
振り返ったMr.バッターの視界内にリュウキはいなかった。
右にも左にも、前にもそして後ろにもリュウキはいない。
「残念。ストライクだね」
そして、頭上からリュウキの声がした。
「あなたの話は分かった。要するに、あなたは幸せな人に嫉妬しているんだ。自分が幸せになれなかったから、そして何も持っていないと勘違いしているから」
背の黒い翼をはためかせながらリュウキはMr.バッターの頭を蹴り飛ばした。
「ぐおっ」
当たり所が良かったのか、Mr.バッターのHPは2割にまで減っていく。
リュウキは地上に降り立ち、地面に転がるMr.バッターを油断することなく見る。
「悪いけど嫉妬なんかでシズネもマカも殺させない。絶望を味わわせる? すでに味わっているんだよシズネは」
「あ?」
「彼女は小学校で苛めを受けていた。表にこそ出さなかったけど、出せなかったけど心の中で泣いていた。俺はもう見たくはない。笑顔だけを見たい。小さい幸せで十分なんだ。それでシズネが笑っているなら、小さい幸せだって十分な幸福だ」
リュウキはMr.バッターに追撃をかける。
すでに今までの攻防でMr.バッターの大まかなステータスは分かっていた。
攻撃有利であり速度や防御にはそこまで力を入れていない。
どういう理由でそうしているのかは分からないが、それを補うだけのバット捌きと手首のスナップが彼の強みだろう。
「もう『幸せ潰し』なんてものは止めた方が良い。あなたは他人の絶望を見るよりも自分の幸福を考えるべきなんだ。それだけのことを今まであなたはしてきたんでしょ?」
「……」
Mr.バッターは無言でバットを振る。
その軌道は見えず、Mr.バッターの持つSTRで振られたバットは音をも置き去りにして空気を切り裂く破壊の塊と化していた。
しかしそれらを寸前でリュウキは避けていく。
バットは見ない。それを操る手首だけを見てその軌道を予測する。
「見切った!」
バットの届かない地面すれすれで翼を使い低空飛行するとそのまま拳を放つ。
残り2割。Mr.バッターの破壊力は恐ろしいものだが当たらなければどうということはない。
リュウキの拳がMr.バッターに到達する。
だが、その拳は到達するだけであり、Mr.バッターのHPを変動させるほどの威力を出すことは出来なかった。
「『一人二役』」
Mr.バッターはバットを持つ2本の腕、そしてそれとは別の腕をさらに2本、体から生やしていた。
「それが俺の二つ名だ。正直なところそこまで扱いやすいものじゃねえ。こうして、お前の翼を掴むのがせいぜいだ」
新たに生えた2本の腕はMr.バッターの腹部辺りから生えていた。
そのため、低い姿勢になったリュウキの翼をちょうど掴みやすい高さとなっており、破壊力を伴っていないリュウキの翼の進路に手を添えて当たった瞬間に掴むことでリュウキを捉えていた。
「さあ絶望しろ。お前の負けだ」
Mr.バッターが手に力を込めると、リュウキの翼は根元から引きちぎられた。
「っ!?」
痛みは無い。だが、ようやくあることに慣れていた翼が無くなったことによる違和感はぬぐい切れない。腕が無くなったかのような感覚がリュウキを襲う。
しかし翼を千切られることでMr.バッターの拘束は解ける。その機会を逃さず、リュウキはすぐさまMr.バッターから逃れる。
「この2本の腕の動かし方は2つある。1つは俺が直接動かすもの。複雑な動きも出来るが、4本を同時に動かすにはちと脳みそを使わなきゃいかなくなり闘いに集中できなくなる」
Mr.バッターの4本の腕がそれぞれ別に動き出す。
バットを振り回し、あるいは地面の石を投げ、あるいは石を上に投げてバットで振る。
「だが、あらかじめ命令しておくことで自動的にこの腕は動く。実はお前の翼を掴んだのも命令したことだったりするんだな」
今度はMr.バッターの4本の腕は2本のバットをお手玉のように転がしていく。
その間、Mr.バッターは全く腕もバットも気にしている様子はない。リュウキとの会話だけに専念しているように見える。
「試合再開といこうじゃないか。絶望の時間はまだまだ続く。コールド負けなんてつまらないしてくれるなよ?」
Mr.バッターはアイテムボックスからバットを更に2本取り出すと持っていない腕にそれぞれ持たせる。
「野球の世界でも二刀流の選手はいたが、四刀流は俺が初めてになるだろうな」
Mr.バッターはそれぞれのバットを振っていく。
そのどれもが凶悪なまでに空気を切り裂く音を出している。
「ああ、言っておくが俺のステータスはSTRに特化している。それだけを上げた、ひたすらにな。この2本の腕もその力は宿っている。掠ってもいいだなんて思うなよ。その部位が持っていかれるからな」
掠っただけでも致命傷足り得るバットが4本。
それが絶えず振り回されている。
それをあえて、リュウキは正面から突撃した。
「自暴自棄になったか?」
Mr.バッターはつまらなさそうにリュウキに向かってバットを振るう。
リュウキはそれを避けるが、次のバットが迫る。
それをも避けると次のが。そして次のが。その間にも最初に振られたバットは戻ってきており再度振られる。
「避けるだけじゃ、俺に近づけねえぞ」
台風の目のごとくMr.バッターを中心としてその周囲はバットによって綺麗に粉へと砕かれていく。
「避けるだけじゃない。俺はあなたを倒しに行く!」
バットが降られ、リュウキが避ける。
そして、リュウキは加速した。
「……は?」
その速度はこれまでに見せたもの以上のもの。
知覚できずとも予測の範囲で振るっていたバットすらも潜り抜けてリュウキはMr.バッターの懐へと入る。
「これで、終わりだ」
そして今度こそ、何も阻むことなくリュウキの拳は威力をそのままにMr.バッターの体力を削り取った。
リュウキの速度はプレイヤー中でも最高位に位置する。
Mr.バッターが攻撃特化であるならばリュウキは速度特化。攻撃にもステータスでは伸ばしているが、その速度は悪鬼によっても大きく補正されている。
しかしながら固有スキルで生やした翼が大きな空気抵抗を生み出してしまい、速度を削いでいた。
強くなるための固有スキルがリュウキの特性を奪っていたのである。
そして、その特性を奪っていた翼はMr.バッターによって奪われた。
鎖は解き放たれたのであった。
「……絶望を知ってなお、前に進んだか」
Mr.バッターの体力が0となるが、すぐさまポリゴンとなって消えることは無い。
リュウキは最初にPvPの設定をした際に感想戦の時間をつくっていた。
「絶望か……それを決めるのは他人じゃなくて自分だよ。あなたが勝手に決めることじゃない」
感想戦とは言いつつも時間はそう残されていない。
それはリュウキにも、Mr.バッターにも分かっていた。
だから、Mr.バッターは会話を続けた。
「俺が勘違いしているって言ったな?」
「うん?」
「俺が何も持っていない。そう勘違いしていると。なら、俺は何を持っているんだ? 幼馴染であり、初恋であったあいつを失った今の俺は何を持っているんだ?」
「野球」
リュウキは短く答える。
「無駄なんかじゃない。あなたが奉げて来ただけの価値が野球には必ずあったはずだ」
「そうなの……か?」
「そうじゃなければ、きっと続けてこれなかったはずだ。約束以外にだって、野球に楽しみを見つけていたはずだよ。俺は野球は良く分からないけど、打った時とか、勝った時とか、そんな時あなたは嬉しくなかったの?」
Mr.バッターは思い出す。
これまでの野球人生を。同時に死んだ幼馴染を思い出し、涙が頬を伝うが、それでも思い出し続ける。
「あった……」
そして見つけた。
「俺が最初にホームランを打った時。あいつだけじゃない、チームメイトが喜んでくれた。家族が喜んでくれた。そして、俺も嬉しかった」
「もっとだ。もっとあるはずだ」
「俺が開幕ホームランを打った時。満塁ホームランを打った時。逆転ホームランを打った時」
見事にホームランに関わるエピソードしか語られないが、それでもMr.バッターの表情は嬉し気なものである。
「あれはまだ絶望を知らなかった時だ……だが、俺は幸福だった。小さいものじゃない、確かな幸福があった」
感想戦の時間の終わりはすぐそこまで迫っている。
「ああ、そうか……俺は勝手に絶望していたんだな。俺の人生に。俺自身に。俺が幸せになろうとしないから俺は絶望していたんだ。そして言い訳を並べて周囲も同じ気持ちにしようとしていた……」
倒れていたMr.バッターは静かに立ち上がると、頭を下げた。
「すまなかった。迷惑をかけた。償いきれない程の事をしていたことをようやく自覚した」
Mr.バッターは顔をあげる。
そこには憑き物が落ちたかのような晴れやかな野球男児の顔があった。
「『幸せ潰し』なんかもうやらない。俺は『幸せ探し』を始めようと思う」
「うん。その方がいい」
「幼馴染のことは心の整理が出来ていたんだ。だけど、やっぱり諦めきれなかったみたいだ。もう一度、あいつの家に行ってあいつの両親と話してくるよ。あいつとの思い出を」
そう言って、笑顔のままMr.バッターはポリゴンとなり砕け散った。
PvPの空間も消え去り、シズネとマカが駆け寄ってくる。
「大丈夫お兄……って、翼無くなっちゃってるじゃん!?」
「……これってもう治らないの?」
Mr.バッターによって千切られた翼は生えることなくそのままとなっていた。
「うーん……高級な回復アイテム使えば治るのかな? それとも死に戻りしたら治るのかな……?」
どの道すぐには治すことは出来ない。
それに目の前にはグランドラガンがある。
そこに行けば何かしら手段は見つかるだろう。
「行こう。あの人はもう人を襲わない。きっとこれからは幸せに生きる」
「……? ……リュウキがそう言うなら」
会話の内容を知らないシズネは首を傾げるもリュウキがそう言うならと納得する。
「お兄、シズ姉! 早く行こう!」
マカはそう言って走りだし、岩陰を見つけた瞬間に立ち止まって恐る恐る覗き込んだ。
それを見てリュウキとシズネは笑いながら追いかけた。
幼馴染とのあれこれとか全部語るとくそ長いので省略
感想戦って将棋だけの用語じゃないよね? まあ闘いの後にHPの消費無しで闘えるみたいな時間だと思っていただければ
もうちょいこの辺は話ちゃんとしたかったけど、頭痛くなりそうだからこれくらいしか書けない




