100話 おやゆびひめ
あ、100話だ
「あのー」
顔に皺のあるネズミは声からして老婆のようであり、太ったネズミはそれよりも少し若いものである。
先ほどの会話から親子であることは察せられるが、とりあえずすぐさま敵対することはないだろうとリュウキは声をかけた。
「うん? なんだいあんたたち」
「俺達はポーラ姫に言われてここに来たんですけど……」
「……ポーラ姫はネズミとの結婚を嫌がっている。……止めさせにきた」
「そうだよ! ポーラちゃんにはもう王子様がいるんだもん。他の人との結婚なんてできないよ!」
リュウキ達がこの洞窟に来た理由を一から説明していくと、ネズミの老婆はわなわなと全身を震わせ顔を赤くしていく。
怒らせたかな、とリュウキは後悔する。これで戦闘になるのであれば、この場にいる老夫婦をどうにか逃がすことも考えなければならない。
だが、リュウキの後悔は杞憂であった。
「あんた、店の手伝いもしないで! サボっているだけかと思っていたら人様に迷惑なんてかけて!」
と、息子ネズミの尻を叩く。
「ギャァァァ! ごめんって、悪かったって、母ちゃん!」
それから五分ほど、リュウキ達はネズミの老婆が息子の尻を叩く様を見させられた。
何人かは自分の尻を抑えながら恐怖に慄いていた。具体的に言えばマカとクラムバーであった。
「さてと、ポーラ姫といったね」
「は、はい!」
すでに恐怖は身に沁みついているようで、誰もが浮かれた態度など取ることは出来なかった。
「そうか、ポーラは姫になったんだね……。だが、それを真っ先に聞くのは私じゃあない。この二人だろうよ」
そうネズミの老婆が示すのは老夫婦であった。
「このお二人はポーラの親さ。とは言っても血は繋がっていない。育ての親さね。ポーラがいなくなったことに悲しみ探しに出たのだが、一向に見つからないと嘆いていたところを私が見つけたのさ」
老夫婦はリュウキ達を見る。その眼差しはよく晴れた風のない海のように穏やかなものであった。
「優しい二人さ。腹をすかしたネズミを見つければそれが自分の飯だって分け与えちまうくらいにはね……だが、その恩を仇で返すバカ者がこいつだ」
ネズミの老婆はそこで息子ネズミを睨みつける。
「あろうことかもらったおにぎりを兵士に変えちまったこいつは量産するためにこの二人をここに監禁した。風の便りでそれを知った私がここに来た時にあんたたちも到着したんだが……本当にこいつは大馬鹿だね!」
ネズミの老婆はリュウキ達に向き直り、深く頭を下げる。
「だが、こんなバカでも私の息子だ。さすがに殺されるのを黙って見ていられない。私の命でよければどうぞもらっていってくれ。だから……金輪際こいつには何もさせないと約束させるから……こいつだけは見逃してやってくれ……バカだけで可愛い息子なんだ」
「母ちゃん……」
ネズミの老婆の言葉に息子ネズミは顔をあげる。
そして母親と同じく頭を下げ、土下座をした。
「すまなかった! 冷静になってみれば俺が全面的に悪い。嫌がることをしてはいけない。それを忘れて俺が幸せなら皆が幸せだと思い込んでしまっていた……母ちゃんは悪くない。俺が全部悪いんだ!」
「どうしようかお兄……」
リュウキ達はどうするかと相談する。
このまま分かったと頷くのが一番簡単だ。闘いもしないし、ネズミが諦めたとポーラに報告すればそれで解決する話だろう。
ポーラがそれで許すならばそれでいいか、とリュウキ達にはそれ以上関与できないという結論に達する。
どの道このネズミの老婆がいれば息子ネズミはこれ以上悪事を働かないだろう。
「ネズミのお婆さん、この息子さんはあなたが厳しく叱りつけておいてください。俺達からはそれ以上何も言いません」
それを聞いてネズミの親子はすまないとありがとう、謝罪と礼を繰り返す。
「あとはこの二人だけど……」
と、老夫婦をどうするかとリュウキは悩む。
だが、
「とりあえずポーラちゃんのところに連れていこうよ! そうすれば解決するよ」
マカがそれしかないと提案する。
グリム童話『親指姫』と同じストーリーをなぞっているならばヒキガエルに誘拐された後に様々な動物の下を右往左往してきたはずだ。この老夫婦も、ポーラも再会を願っているはず。
「私達にポーラのいる国に行く資格はない。何より怯えさせてしまう。すまないがこのお二人をポーラのところに連れて行ってくれないかい?」
ネズミの老婆の言葉に否と答える者はいなかった。
「まあ! お父様、お母様!」
ポーラが老夫婦の足元に駆け寄る。
背丈の違いはあるが、互いに互いを思い合う気持ちはなるほど親子のようだ。
「リュウキ様、シズネ様、マカちゃん、竹田さん様、クラムバー様。本当にありがとうございました」
「お父さんとお母さんはここで暮らすのー?」
「そうしたいのですが……この国の方々とのその……大きさが違いまして……どうしようかと」
大きさの問題。
やはりこれが立ちはだかった。
何かないか、とリュウキは考えふとこれまで使い道のなかったアイテムの存在を思い出す。
これまで説明文でも特記すべきことは無かったが、ここまでクエストを進めたことで書き付け足されたことがあるのではないかと考えたのだ。
そしてその考えは当たっていた。
「使い捨てアイテム『幸福の青いツバメ』か」
効果は対象の望む大きさに一度だけなれるというもの。
「これを使ってください」
リュウキの持っているものと竹田の持っているものを老夫婦に渡す。
「これを使うとあなた方はポーラ姫と同じ小人になることが出来ます。しかし、使い捨てなのであなた方が望むのなら、ですが」
それを聞いて老夫婦は迷うことなくアイテムを使用し、ポーラと同じ大きさになった。
「これで大団円かな?」
「一件落着、というべきなのかね」
「マカ、竹田さん。これは昔話でしょ、ならめでたしめでたしって言うんじゃない?」
老夫婦はこれまで息子ネズミに監禁されていたということもあり小人の兵士達に休憩室へと案内されていった。
「ポーラちゃん、王子様と仲良くね!」
「ええ、マカちゃんも。皆と仲良く……それと、マカちゃんも王子様を早く見つけられるといいわね」
「私はまだいいかなー」
「何言っているの。女の子なんだから恋をしないといけないのよ!」
「う、うん……」
マカとポーラが姦しくおしゃべりをしていると兵士が布に包まれた丸い物体を運んできた。
布を取り外すとそこには卵らしきものがあった。
「遅くなりましたが此度のお礼です。魔物と心を通わせる者がこの国を救うことがあれば渡すようにと言われていたのですが……」
ポーラはシズネとクラムバーを見て首を捻っている。
魔物と心通わせる者、つまりテイマーは2人。対して報酬は1つしか用意されていなかったのだろう。
「あ、ボクはいいよ別に」
クラムバーは何ともないように言う。
報酬はいらないと。
「代わりにこれもらってっていいかな?」
クラムバーがアイテムボックスから取り出したのは『幸福の青いツバメ』であった。
「ボクもおにぎりを倒した時に拾ったんだけどさ、お爺さんとお婆さんがこれから先使わないっていうんならボクがもらってもいいかな? 使いようによっては便利そうだし」
「クラムバー様がそう仰るなら私は構いませんが……」
ポーラはシズネの方を見る。
「……私は大丈夫。……もらえるなら卵の方が良い」
シズネが頷くことで交渉は成立した。
「他の方には申し訳ございません……これ以外に私共にあなた方にあげられるものがありません……」
テイマー専用のクエストであったためにテイマー以外への報酬は用意されていなかったのだろう。
臨時パーティーであれば喧嘩が起きていた。
だが、リュウキ達はシズネの強化はパーティー全体の強化に繋がると考えているためそれで大丈夫だと笑う。
シズネが卵を受け取った後、ポーラは再度頭を下げる。
「本当にありがとうございました……倒されてしまったモグラ様も直に復活されることでしょうし、ネズミ様と同様に諦めて頂ければよいのですが」
「え、復活するのあのモグラ!?」
しかし考えてみればモンスターのリポップというのは普通にあり得るものだ。
「じゃあボクがその辺は上手くやっておくよ。暇だしね、ネズミのところに行ってモグラに諦めさせるように手伝わせてくる」
クラムバーが挙手する。
「よろしいのですか?」
「大丈夫大丈夫。ボクに任せておきな」
「ではあのモグラ様……モグ夫様にお伝えください。いつまでもお友達でいましょうと」
「うん。まあ伝えておくよ……」
この期に及んで友達にはなるのかとクラムバーは突っ込まない。
「モグ夫って言うのかあのモグラ……」
「ええ。ネズミ様の方のお名前は確かネズア――」
「ストップストップ。いいよ最後まで言わなくて。何だか安易な名前だし、モグラとネズミだと配役が逆じゃないとか思ったけど、これ以上は何も言わなくてよろしい。ボクが万事終わらせておくから」
それを聞いてポーラはニコリと笑う。
「それではよろしくお願いしますクラムバー様。マカちゃんたちはこのまま地上に送らせていただきますね」
「さよなら皆。また会ったときはよろしくね!」
すでにクラムバーとはフレンド登録をしている。
いつでも連絡は取れる。
「今度は街中でお茶でもしよう」
あのお節介なPKが経営する喫茶店をリュウキは思い浮かべながらお茶に誘う。
「クラムバーちゃん、まったねー!」
マカが大きく手を振り、他の3人も手を振る中で景色が一変し、気づいた時には地上にいた。あのモグラの穴のところであった。
「長かった……」
「気づけばこんな時間かー」
現実時間で夕方過ぎ。シズネは帰らなければならない時間であるし、リュウキ達も夕飯が近い。
「私もそろそろログアウトするとしよう。……街まではすぐそこだな。君達は3人でログインするということだったね。私がいなくても先に進んでしまって構わない。私も明日中には街に辿り着いて現地の苗木でも見ることにするからね」
別れの挨拶をして竹田がログアウトしていった。
「シズネ、卵はどんな感じ?」
「……アイテムボックスに入れて1週間だって」
「そっか。すぐには孵らないんだ」
「何の卵なのー?」
「……分からない。……説明欄にもモンスターの卵としか書かれていない」
「一週間後を楽しみにってことか」
時間も時間である。
長い闘いの余韻を噛みしめながら3人もログアウトした。




