97話 合流
「助けてくれてありがとう。ありがとう!」
「私はマカだよ! あなたのお名前は?」
「ありがとう。ありがとう!」
檻の中に入れられていたツバメは壊れたラジカセのように機械的な口調で礼を繰り返す。
「うーん……お話は駄目そうなのかなぁ」
マカが落ち込んだような表情を作ったため、竹田が取りなすように提案する。
「マカ君、これはアイテム扱いのようだ。生物ではなく、ツバメ型のロボットなのだろう。これを持っていくことでネズミとの闘いに有利になるのではないかな?」
「有利って?」
「親指姫の物語ではツバメは親指姫をモグラから逃がす役割……うん?」
「どうしたの竹田さん」
「いや、思い出して見ればネズミがボスであるならば、ネズミが親指姫の結婚相手の候補なのだろうが……ネズミの登場人物は老婆だけだったはずだが……」
いや、と竹田は思い直す。
世界の童話など翻訳作家の読み方次第だ。もしかしたら、老婆以外にもネズミの夫候補が出てくる物語があったのかもしれない。
「まあともかく、これは私が持っていてもいいかい? 闘いの場でサポートアイテムとして使うのであれば後方の私の方が良さそうだ」
「うん、いいよ!」
代わりに竹田はアイテムボックスから1つの苗木を取り出す。
それは竹田が成長させると見事な花を咲かせた。
「わぁ」
「季節は少し外れているが桜だ。木の成長ではなく花弁に対しての成長をさせてみた」
もはや花束とも言えるような木の枝の許容量限界まで咲き誇る桜の花。それはマカに笑顔を与えた。
「アイテムボックスに入れておけば何時まででもその状態のはずだ。生命力も強化させておいたため、取り出した状態でも一月は咲き続けるだろう」
「貰っていいの?」
「ああ。マカ君が元気になってくれるのであれば安いものだ。……いつか、満開の桜の花びらを咲かせてみせよう」
「やったぁ! あ、でもそれはまず初めに娘さんに見せてあげてね」
喜ぶマカであったが、竹田に一言告げる。
「竹田さんがこれだけすごくきれいなお花を咲かせられるってこと、娘さんに教えてあげないと!」
竹田の最も大切なもの。
それは木々でもマカでもなく、娘。それを忘れないでとマカは言っていた。
「そうだな……では私の娘が一番目。そしてその後は皆でお花見でもするとしようか」
「お花見! 賛成!」
マカが桜を持ちながら飛び跳ねる。それに伴い桜の花びらが周囲に舞い散る。
「……いいものだな」
それを見て竹田は微笑んだ後、
「行こうかね。リュウキ君達もすでに合流地点に到着しているかもしれない。その桜はアイテムボックスに隠して、後で驚かせるとしよう」
「そうだね。お兄もシズ姉も桜は好きだからきっと喜ぶだろうなぁ」
おにぎり兵士によって阻まれていた道をマカと竹田は進む。
その場には幾ばくかのピンク色の花びらが地面へと落ちているのみであった。やがて時間とともに花びらが消える瞬間まで、そこには無人の空間をそれでも花が色づかせていた。
「結局のところはネズミをどうにかしなきゃいけないみたいだけど……」
「……ツバメ……テイムしたかった」
鳥かごに入ったツバメが今はガラクタ同然のものだと知ったリュウキとシズネは洞窟内を進んでいた。
足取りこそおにぎり兵士という強敵を倒したことで軽いものとなっていたが、シズネの表情は少しばかり暗いものであった。
「次は鳥型モンスターが欲しかったの?」
「……リュウキだけ空を飛べてずるい。……私も空を飛びたい」
「ああ、そういう……」
単純に空を飛びたいならばリュウキがシズネを抱えて飛び上がるのが一番早いのだがこの年になって異性に抱き着くのは羞恥心がどうしても勝ってしまう。シズネに抱き着きたくないわけではない。むしろ抱き着きたいが、それをシズネからも言いださないあたりシズネもそれは望んでいないのだろうとリュウキは自分からは言い出せない。
「でもツバメじゃ小さすぎるでしょ。もっと大きな……って、今まで空を飛ぶモンスターって出会ったことあったっけ?」
リュウキは記憶を辿るが、鳥型のモンスターで一番印象が強いのは『ライフル・フェゼント』であった。あのモンスターは飛行能力よりもあの鳴くと銃弾が発射されるという特異的な能力が目立っているため飛んでいたかどうかすら定かではない。
「いっそのことドラゴンでも見つけてテイムするっていうのはどう? 強そうだし、シズネを守るのにもいいよ」
「……ドラゴン」
シズネがドラゴンで思い出すのはプレイヤーボスであるアスタロトの二つ名『竜魔激闘』によって召喚された竜である。
飛行というよりは力の塊のような竜であった。まるで子供が考え出したような不細工なまでのバランス。純粋に相手を叩きのめすだけの破壊だけを極めた存在。
シズネとしてはもっと、空を駆けるスマートなドラゴンを見てみたい。
「そういえばシズネはアスタロト戦でドラゴンと闘ったんだよね。羨ましいなー」
「……そんなに羨ましがられるものじゃない」
「そうなの? デーモンに比べれば格好いいと思うけど」
「……ドラゴンなら綺麗なのがいい。……もしくは可愛いの」
「綺麗なのか、可愛いのかか。どっちもドラゴンという条件で探すと難しそうだなー。似たようなのだとトカゲ型モンスターが見つかっているみたいだけど、あれは空を飛ばないみたいだし」
「……空を飛べることが最低条件」
「……ドラゴン以外の大型の鳥型モンスターの情報でも探してみるかな」
よもや『ライフル・フェゼント』でいいかだなんて言えない。あれは共に闘うには特殊過ぎるだろう。
「そういえばラビとアリアをテイムしてるけど、ラビ以外にちゃんとテイムスキルを使ってその辺りのモンスターをテイムしたことないっけ」
「……アリアはクエストの報酬?みたいなものだったし」
こうして2人きりになってロマンティックなムードになるかと思えば、過去を振り返っているだけになってしまっている。
リュウキとしては一歩前進して見たいところだが、むしろ後退しているようにも思えて仕方がない。
「……何かアクションが必要なのかなぁ」
「……何か言った?」
思わず口に出てしまったようだ。シズネは聞こえてはいないが、リュウキが言葉を発したことだけは分かったらしい。
「いや。……シズネに相応しいモンスターは何かなって。そこいらのモンスターじゃ俺は認めないから」
「……娘が彼氏を連れて来た時のお父さん?」
「ぐはっ」
シズネの彼氏を想像してしまいリュウキは吐血したような感覚を味わう。
それだけは避けたい。シズネに彼氏など紹介されたくない。
「……勿論冗談だけど……どうしたの?」
「いや、本当に何でもないです……」
「あ、付いた」
シズネと2人で話していれば長いと思われていた洞窟も案外短いもので、実際には15分以上歩かなければ付かない道のりもリュウキの体感では数分であった。
「お兄ー! シズ姉ー!」
「マカと竹田さんが先だったか」
合流地点にある大きな扉。その前に竹田が座っており、隣でマカがこちらに手を振っていた。
「早かったね。俺達もそんなに時間がかかったようには思わなかったんだけどなぁ」
「私達もさっき付いたところだよ!」
見れば座っていたと思った竹田は扉を調べていたようだ。
到着して扉を探っていたのであろう。
「後はクラムバーさんを待つだけか」
「ボクを呼んだ?」
「うおっ!?」
天井から声が聞こえ、上を向いてみるとコウモリ型のモンスターに吊られたクラムバーがいた。
「あはは。驚かせちゃってごめんごめん」
コウモリ型モンスターが消え、クラムバーは重力に逆らうことなく落下する。途中、空中で半回転するとそのまま足から着地した。
「ボクはテイマーだからね。上級職のヴァリアーステイマーだけど、知ってるかい?」
「……確かテイム出来るモンスターの数が一番多い」
テイマー同士、シズネが一番テイマー系統の職業に詳しい。
シズネはテイムモンスターを強化するテイムリーダーを選んだが、クラムバーは違うらしい。
「そうそう。シズネもテイマーなんだっけ? ヴァリアーステイマーは全てのモンスターに対するテイム成功確率の微補正とテイムモンスターの上限数を最大限にする職業さ」
「最大って?」
「さあ? 今は10体を越えたけど、まだまだみたいだね」
「10って……」
仮にそれを一度に使われたなら……クラムバーは1人で10人分の戦力を持っていることになる。
テイムスキルはそもそもで成功確率が低いから最大数が多くても届かないとは思うが、それでも上級職にしては強すぎる。
「制限があるとか……?」
「うーん……まあ調べれば分かるから教えちゃってもいいかな。テイムモンスターの召喚時間が極端に短いんだよ。一日に5分。この時間を越えちゃうと強制的に送還されちゃうんだ」
「ああ……ならバランスは取れているのか……」
そもそもでテイムリーダーのようにテイムモンスターに強化が行われていないのならその強さは初期プレイヤーに毛が生えた程度だろう。
テイムモンスターのレベルはテイマーの職業レベルと二つ名レベルを合計した半分。リュウキの記憶が確かならギャブーがそう言っていたはずだ。
「ボクの闘い方は数で押せ押せだよ。でも他のプレイヤーとパーティを組むことはしない。自由に行きたいけど1人じゃ寂しい。テイマーを選んだ理由の1つがこれかな」
面白そう。そういった理由でテイマーを選んだと言っていたが、寂しくないようソロでプレイする。条件に合ったのがテイマーだったのだろう。
「ふむ。話はそこまででいいかね?」
と、扉を調べていた竹田が立ち上がる。
「どうやらこの奥にモンスターがいるようだ。数は1体だが強さでは先ほどの『ライス・ボール・ソルジャー』以上だろう。大きさからして一回りほど違う」
「どうやって分かったの?」
扉は固く閉ざされている。
マカの疑問は他3人の疑問でもあった。
「なに、簡単なことだよ。扉の下はさすがに土だろうと思ってね。苗木の成長を根に限定して向こう側へと伸ばしたのだ。直接見ることは出来ないが、根が感じ取った感覚は私にも分かった」
「ほえー」
マカが納得したように頷いているが、それを聞いている他3人はますます疑問を大きくする。
根が感じ取った感覚を分かるとはどういうことだろう。
それは『植木職人』としてのスキルかもしくは職業のスキルなのだろうか。
もし……竹田のリアルでの生活から得た竹田独自のスキルだとすれば竹田も相当人間離れしている。
「私もねー、時々犬さんとか猫さんが何を言っているか分かるんだよー」
「ほう、それなら私とマカ君が揃えば動植物との対話が可能になるな」
「だね!」
人間離れしている者はもっと身近にいたらしい。
リュウキはまさか、とシズネの方を見るがシズネは静かに首を振る――横に。
どうやらシズネは普通であったようだ。リュウキは安堵の息を吐く。
「扉を開けるのは俺でいいかな? いざとなればすぐに対応できるし」
この場で最も早く動けるリュウキが前に出る。
全員が頷いたのを見て、リュウキは扉を押す。
重々しく扉は軋みながらゆっくりと開いていく。
そしてその扉の向こうにいた見覚えのあるシルエットは見覚えのない色をして名乗った。
「吾輩は『ライス・ボール・ジェネラル』。具材は全てであるぞ」
おにぎり兵士――ではなく、おにぎり将軍のお出ましであった。




