野獣の別離 4
「バーニー……てめえ、何しに来た……」
唖然とした表情で呟くボーイ。レイモンドも、意外といった様子だ。
「お前らは……あれ? マルコじゃないようだな……何しに来たんだ?」
「うん……あのね、オレの話を聞いて欲しいんだ」
飄々とした態度で言いながら、前に進み出てきたバーニー。一方、レインコートの男は車椅子の横に付いた。すると、異形の者たちがにわかに色めき立つ。
「レイモンド、あいつ吸血鬼だぞ!」
異形の者たちの一人が、レインコートの男を指差して叫んだ。すると、レイモンドも表情を堅くする。
「何だと! あいつはガロードなのか?」
「いや、違う……ガロードほど強くはない。あいつなら勝てる」
そう言うと、異形の者たちは再び動き出す。しかし――
「なあ、まずオレの話を聞いてよ。マルコはね、顔は怖いが凄く優しい奴なんだよ。あんたらだって、差別される辛さは理解できるだろうが。マルコは今まで、ずっと差別されてきて……今、やっと実の母親と会えるんだよ。オレはね、その機会を奪わないで欲しいんだ」
バーニーの表情は、静かなものだった。レイモンドや異形の者を恐れる様子がない。レイモンドは訝しげな表情を浮かべ、立ち止まる。だが、異形の者たちは違った。
「ふざけるな……オレたちはな、お前らにずっと差別されてきたんだぞ。お前らの言うことなんざ、今さら聞けねえ。マルコなんて奴がどうなろうが、オレの知ったことか」
吠える異形の男……バーニーは悲しそうに首を振った。
「そうか……あんたらは、どうしても力で解決したいようだね。だったらオレも久しぶりに力を使うよ……マット、二人を連れて孤児院に行ってくれ」
バーニーは悲しそうな表情でそう言うと、ゆっくりと目を閉じる。
と同時に、マットと呼ばれたレインコートの男も動いた。凄まじい腕力で、タイガーとボーイの二人を一瞬にして担いだのだ……そして、一気に走り去る。
「何やってる! お前ら追え!」
レイモンドが怒鳴った。異形の者たちはタイガーたちの後を追うべく、一斉に動こうとしたが――
次の瞬間、足を止めた。 そこの一角は、いつの間にか異世界と化していたのだ……。
「見えるかい……このエメラルド・シティに、未だしがみついている者たちの姿が。肉体は朽ち果て、もはや自らが何者であるかの記憶すらない。それでも現世に留まり続ける……これこそが、エメラルド・シティの裏の真実なんだよ。レイモンドさん、大陸の人間たちには……こいつらの怨念を受け止めることなんか出来やしない。さっさと、元いた場所に帰るんだ……」
バーニーの声が、夜の通りに響き渡る……そしてレイモンドたちは、死霊の群れに囲まれていた。
透き通るような体の亡者たちが、怨めしげな表情でじっとレイモンドたちを見つめている。亡者たちは何を言うでもなく、何をするでもなく……その場に留まっていた。
「な、何だコイツら……」
レイモンドは拳銃を抜き、じりじりと下がって行く……しかし次の瞬間、異形の者たちが次々と叫び始めた。それと比例するかのように、死霊たちが消えていく。
唖然として、周囲を見回すレイモンド……だが、異形の者たちの叫びは止まらない。胸の悪くなるような叫び声が、周囲に響き渡り――
そして彼らは、お互いを襲い始めた……。
「き、貴様! 何をしたんだ!」
吠えるレイモンド……だが、バーニーは悲しそうな表情で頭を振る。
「死霊たちは、生者に直接危害を加えることは出来ないんだ……だけど、取り憑くことは出来る。彼らの恐怖、そして怨みや嫉妬といった負の感情……死霊たちはそれを感じとり、そして取り憑いたんだよ――」
だが、レイモンドはバーニーの言葉を聞いていなかった。計画の失敗を悟ったレイモンドは、振り向いて一目散に逃げ出す。
阿鼻叫喚の修羅場を後にして……。
レイモンドは走り続けたが……ようやく立ち止まった。そして、携帯電話を取りだす。
「おい、イーゲン……計画は失敗だ――」
「よう、レイモンド……何処に行くんだい?」
そう言いながら現れた者は……不健康そうな顔色、冷酷そうな目、痩せてはいるが強靭さを感じさせる体つきの男だった。
ダイアンだ。
「ダ、ダイアン……」
呆然とした表情で呟くレイモンド……ダイアンは冷たい表情で、こちらに近づいて来る。
「イーゲンは死んだよ。オレが殺した。悪いが、あんな奴じゃあオレを殺るのは無理だ」
「だったら、今オレが殺ってやる!」
わめきながら、レイモンドは拳銃を抜く。そして発砲――
だが、ダイアンは素早く前転して間合いを詰めた。同時に、延髄めがけ針を突き刺す。
レイモンドは、痛みすら感じることなく絶命した……。
「前に言ったろ、レイモンド……お前が妙な真似をしたら、オレが殺すと」
・・・
「どういうことだ……あんたが……あんたが……オレの本当の母さんなのか?」
「そうだ……私がお前の母親だ……私が……憎いだろう……」
椅子に座り、淡々とした口調で語るタイガー。一方、マルコは体を震わせていた。様々な感情に襲われ、どうしていいのかわからないのだろう……横にいるギブソンは、複雑な表情をしていた。
孤児院にいきなり現れた黒いレインコートの大柄な男……彼は小柄な警官と、タイガーを担いでいたのだ。男は警官を降ろし、タイガーを椅子に座らせると、無言のまま立ち去って行った。
その後を、狂ったように吠えながら追いかけて行くロバーツ。さらに、ジョニーがロバーツを追いかけて行った……。
だが、今はそれどころではなかったのだ。いきなりタイガーの口から、恐れていた言葉が飛び出したのだから……。
「マルコ……私がお前の、本当の母親なのだ……」
「何故だ……何故オレを捨てた!」
凄まじい形相で吠えるマルコ……ギブソンはマルコの前に立ちはだかった。
「マルコ……落ち着け。まず、タイガーさんの話を聞け――」
「どういうことだ! 言え! オレが醜いから捨てたのか!」
涙を流しながら、なおも吠えるマルコ……ギブソンはちらりと、タイガーの顔を見る。そこにいるのは、冷酷非情なギャングの女ボスではなかった。実の息子の追及に、苦悩の表情を浮かべる母親だった。
「違う……私は……裏の世界に……お前を入れたくなかった……」
「ふざけるな! お前のせいで、オレがどんな思いをしたかわかってるのか!」
怒鳴り、そして詰め寄って行くマルコ。ギブソンが必死で止めようとするが、マルコの前進を止められない……。
だが、その時――
「マルコやめて!」
叫んだのはケイだった。そして彼女は歩いていく。両手を前に出し、手探りでマルコのもとにたどり着いた。
「ケイ……」
マルコは呟くように言った。そして動きを止める。ケイはマルコにしがみつき、叫びだした……。
「お母さんに……お母さんに捨てられたくらい何だっていうの! あたしとお姉ちゃんは……あたしとお姉ちゃんは、実の両親に殺されかけたんだよ! しかも、もう死んじまったんだ! どんなに罵りたくても……どんなに殴りたくても……この世にはいないんだよ! 辛い思いをしたのは……あんただけじゃないんだ……」
ケイはわめきながら、その場に崩れ落ちる……マルコは黙ったまま、ケイを抱きしめた。
そして、タイガーの顔が歪み……涙がこぼれた。
・・・
ロバーツは吠えながら、凄まじい勢いでレインコートの男を追いかける。
すると、レインコートの男は歩みを止めた。しかし、ロバーツの方を見ようともしない。一方、ロバーツは男の前に回り、狂ったように吠えまくる……。
そして――
「お前……マットだろ!」
走ってきたジョニーが怒鳴りつけ、男の肩を掴む……だが、男はその手を払いのけた。
「お前らが知ってるマットは、もう死んだんだ」
男は冷たく言い放つ……だが、ロバーツは狂ったように吠え続けた。そしてジョニーも怒鳴る。
「ふざけるな! ロバーツはな、お前の帰りをずっと待ってるんだぞ! 夜中に物音がするたび、あいつは顔を上げるんだ! そして……お前じゃないと知って――」
「だったら、見ろ」
そう言うと、男はフードを上げる。
その瞬間、ジョニーは息を呑んだ。
「マット……お前は……」
そこにいたのは、紛れもなくマットだった。しかし、顔の肉は削げ落ち、目は赤く光っていた。さらに、口から鋭く伸びる犬歯が二本……。
「わかったか……俺は生き延びるために、人間を辞めちまったんだよ。もう、お前らと一緒には暮らせないんだ――」
「関係ねえだろうが! ロバーツを見ろ! やっとお前に会えたのに、また居なくなるつもりか!」
ジョニーはそう言いながら、マットの襟首を掴もうとする。しかし、マットはその手を振り払った。
「それ以上、オレに近づくな! オレは今、お前の血を吸いたくて仕方ねえんだよ!」
マットの声には、深い哀しみがあった……さすがのジョニーも、何も言えずにうつむく。ロバーツですら黙り込み、悲しげな瞳でじっとマットを見つめた。
「オレはもう、お前らとは暮らせないんだ。でもな、オレの助けが必要な時には……いつでも来る。バイパー、ロバーツを頼む。ロバーツ、いい子にしてるんだぞ」
そう言うと、マットは静かに歩いて行った……。
「バカ野郎……オレの名はバイパーじゃねえ。ジョニー……ジョニー・プレストンだ……」
こみ上げてくるものをこらえ、言い放つジョニー……その直後、ロバーツが吠えた。
あまりにも悲しげな、遠吠えだった……。
しばらく、その場に立ち尽くした後、ジョニーはロバーツを見る。そして、
「ロバーツ、行こう」
ロバーツに声をかける。しかし、こちらに近づいて来る者たちに気づく。
先頭を歩くのは、安物の黒いスーツ姿の軽薄そうな男だ。とぼけた表情で、こちらをじっと見ている。
しかし、その後ろには……機械仕掛けの眼帯を片目に付けた大男と、褐色の肌の女がいた。この二人の表情は険しい。
ジョニーはこの三人が何者なのか、一瞬にして察した。
「ジュドーか……てめえ何しに来た? ここは孤児院だ。ギャングの来る場所じゃねえ。さっさと失せろ。でねえと、三人とも殺すぞ……」
そう言うと、ゆっくりと三人を見回すジョニー……すると、アイザックとカルメンが進み出て来た。
「こっちだって、お前みたいな子供好きの変態には用はないんだよ」
カルメンが吐き捨てるように言い、それに合わせるかのように前に出るアイザック。
「上等だ……そんなに死にたいなら――」
「待ってくれよジョニー……オレは争いに来た訳じゃない。こいつらの非礼は、オレに免じて許してくれ」
そう言いながら前に進み出て、頭を下げるジュドー……ジョニーは何か言いかけたが、口をつぐんだ。
そして向きを変え、歩き出す。
「付いて来い……ただし、妙な真似をしやがったら殺すぞ」
そして……。
孤児院の事務室に、エメラルド・シティの有名人たちが揃った。まず、モニカ、ジョニー、ビリー、マリアといった孤児院の面々。そしてタイガー、ジュドー、アイザック、カルメンの虎の会メンバー。最後にギブソン、マルコ、クリスタル・ボーイの中立の者たちだ。
口火を切ったのは、やはりこの男だった。
「タイガーさん……わかってると思いますが、あなたはボスとして、やっちゃいけないことをやりましたね……申し訳ありませんが、ボスの座を降りてもらいます」
ジュドーが淡々とした口調で言うと、タイガーは声も出さずに頷く。周囲にいる者たちは、何も言わなかった。
ただ一人を除いて。
「どういうことだ、ジュドー! 母さんはオレのせいで捕まったんだ! だったらオレが罰を受ける!」
吠えながら、ジュドーに詰め寄ろうとするマルコ……だが、ギブソンが素早く制する。
「やめとけマルコ! ジュドーさんはな、お前とタイガーさんのためにボスの座を降ろさせたんだよ!」
「え?」
マルコの動きが止まった……すると、ジュドーが口を開く。
「タイガーさん、マルコと平和に暮らしてください。組織のことは、オレたちが何とかします。あなたの抜けた穴は大きいですが、ボーイが戻って来てくれましたから」
そう言って、ジュドーは笑みを浮かべる。その表情は、昔とまったく変わらなかった。一方……タイガーは複雑な表情で、ジュドーを見つめる。
そして言った。
「ジュドー……長い間、世話になったな……後のことは……頼みましたよ」
ジュドーは引き上げようとしたが、ふと立ち止まった。
そして、マリアを見つめる。
「マリア、元気でな」
「ううう……マリアは元気である……みんなも、元気で……」
そこまで言うと、マリアは言葉に詰まり、下を向いた……。
しかし、すぐに顔を上げる。そして言った。
「マリアは、ここで暮らすのである。ジュドー、それにみんな……体には気を付けるのである」
その言葉を聞き、ジュドーは微笑んだ。そして立ち去って行く……ボーイとアイザックが続いた。
だが、カルメンだけは立ち止まり、マリアを見つめる。
「マリア……帰って来る気はないの?」
カルメンが、震える声で尋ねる。しかし、マリアは頭を振った。
「今のめんちんには……マリアは必要ないのである。でも、ここに居る子供たちには……マリアは必要である。それに……みんな、変わってしまったのである。マリアの居場所は、ここである!」
マリアは顔をゆがませながら言い放った。
カルメンは下を向き、肩を震わせる……そしてアイザックに腕を掴まれ、引っ張られて行った。
それを見送るマリアは、ひどく哀しげだった……。
翌日、ギブソンはこれまで使っていた家に戻る。そして忘れてきたものがないかチェックした。
それが終わると、外に出る。孤児院に向かい歩き出すが……。
ふと思い立ち、久しぶりに地下室に行ってみた。
地下室とその周辺は、相変わらずだった。昔ながらの無法地帯……旅行客がうっかり足を踏み入れようもなら、身ぐるみ剥がされてしまう。運がよければ、命までは獲られずに済むが。
ギブソンはしゃがみこむと、地下室の扉を開けようとした。
だが次の瞬間、銃声が響いた。そして背中に鋭い痛みが走る――
しかも、一度では終わらなかった。たて続けに轟く銃声、そして体を貫く痛み……。
ギブソンは、その場に倒れた。
「父ちゃんの……父ちゃんの仇だ!」
拳銃を握りしめ、現れたのは黒髪の少年だった……汚れた顔、ボロボロの衣服、そして怒りと憎しみに満ちた目。ギブソンはようやく、この少年が誰か思い出した。
「お前は……地下道にいた……」
そう、地下道に乗り込みカイル・ウエザースという異能力者を殺した時……マルコは周囲にいた者たちも一緒に皆殺しにしてしまったのだ。
その皆殺しにした者の一人が、少年の父親だった……地下道で少年はギブソンに言ったのだ。
いつか、殺してやると……。
「次は……次はマルコだ! みんな殺してやる!」
少年はわめきながら、背を向けて歩いていく……ギブソンは必死で手を動かし、拳銃を抜いた。そして狙いをつける。あの少年は間違っていない。自分とマルコは、少年の父親を殺したのだ。ならば、恨みを買うのもやむを得ない。
しかし、マルコに手出しさせるわけにはいかないのだ……。
こいつが……最期の仕事か……。
ギブソンは震える手で拳銃を構え、狙いを定める。
そして、トリガーを引く――
銃弾は、少年の頭を貫いた。
ギブソンの下半身は、麻痺が始まっている……力を入れても動かない。体の機能は、完全に停止する寸前だ。意識もどんどん薄れていく。
だが、不思議と痛みはないし恐怖もない。間違いなく、苦痛が限界を超えたのだ。そして脳内麻薬が分泌され出した……視界もぼやけている。かろうじて、自分の周囲が見える程度だ。
マルコ、オレの人生は……お前のためにあったんだな。
ギブソンの胸に、様々な思い出が甦る。マルコと出会い、そしてエメラルド・シティへと流れてきた。いつの間にか、大勢の仲間が出来て……さらに、マルコと母親を会わせることが出来た。
マルコはもう、自分が居なくても大丈夫だ。
自分の役目は、終わったのだ……。
「お父さん」
「あんた……」
ふと、声が聞こえた……ギブソンはそちらに目を向ける。
死んだはずの妻と息子が、そこにいた。
「シェリー……ダニー……」
二人は微笑み、ギブソンに手を伸ばす。
ギブソンも微笑んだ。手を伸ばし、二人に触れる。その時、二人の背後が光り始めた……光はどんどん大きくなり、三人を包む。
マルコ……お前に会えて良かったよ……。
元気でな。
次回で完結となります。よろしければ、お付き合いください。




