野獣の別離 1
会うは別れの始まり、という言葉がある。どのような関係にも、いつかは必ず終わりが来る。その終わりの時、人はどのような表情を浮かべるのだろう。出来ることなら、笑ってさよならしたいもんだね。もっとも、そう上手くはいかないだろうが……。
こんなことを言ってはいるが、オレもいつの日か、仲間のあいつらに別れを告げなきゃならないわけだ。奴らの寿命は、人間のオレよりも遥かに上だし、ずっと頑丈だからな……オレの方が、先に死ぬ可能性は圧倒的に高い。もっとも、奴らが先に死ぬ場面は見たくないがな。それで、丁度いいのかもしれない。
ギブソンだって、きっとそう言うだろうぜ。お前らだって、そう思うだろ? なあガロ、それにルルシー……。
・・・
「念のため聞いておくが……お前らはずっと、孤児院にいたんだよな? そのためにオレの呼び出しに応じられなかった、と」
「え、ええ……そうですが……」
ギブソンは返事をした。そして、この尋常でない空気の正体は何なのか、必死で探ろうと試みる。その場に居るのは、ジュドー、アイザック、カルメンの三人だが……全員、表情が凍りついていた。
今朝、いきなり呼び出されたギブソン……電話から聞こえるジュドーの声は、尋常でない雰囲気に満ちていた。
(今からすぐ、一人で食堂に来い……大変なことが起きた。お前らに、言っておかなきゃならんことがある)
「いいか、よく聞け……タイガーさんが消えた」
ジュドーの口調は静かなものだった。だが、それを聞いたギブソンの表情は一変する。
「ええっ!? ちょっと待ってくださいよ! 何が起きたんで――」
「待て……話はまだ終わってねえ。今朝になって、どっかのバカが妙な電話を寄越したんだ……タイガーさんを預かったってな」
静かな表情で、淡々と語るジュドー……ギブソンもようやく、事の重大さが呑み込めてきた。
「あ、相手の要求は何なんですか……」
「まだ、何も言って来てない……だがな、オレの中で結論はもう出てる。こうなった以上、タイガーさんを切り捨てる」
「……えっ?」
ギブソンは、眉間に皺を寄せながら聞き返した。だが、ジュドーの表情は変わらない。
「タイガーさんは、ヘマをしたんだ。虎の会のボスという自分の立場をわきまえず、なぜかボディーガードも付けずに一人でうろうろし、挙げ句に拉致された……どういう訳かは知らんが、だいたいの見当はついてる。まあ、それはいい……あの人のヘマのために、組織全体を危険に晒す訳にはいかねえんだ。組織を守るため、タイガーさんには死んでもらう」
「それ……本気で言ってるんですか?」
尋ねるギブソン……その表情は、険しいものへと変貌していた。しかし、ジュドーの方は表情一つ変えない。
「本気だよ。ギブソン……お前だって、裏の世界の掟はわかっているだろうが。もしこれが逆の立場だったら、タイガーさんはオレを見捨てたはずだ。そしてオレは……たぶん自決していただろう」
「だったら……何のためにオレを呼んだんです?」
ギブソンの問いに対し、ようやくジュドーの表情に変化が生じた。口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「お前ら、モニカのところに行けよ……虎の会は、もうダメだ」
「はい?」
「タイガーさんが消えた……そうなったら、虎の会もおしまいなんだよ。組織を動かしているのはオレだ。しかし、あくまでもタイガーさんというリーダーがいたから、オレが動かすことが出来たんだよ。オレたちを快く思わない連中も、タイガーさんの命令という大義名分があればこそ、従ってくれていた。しかし、そのタイガーさんが死んだとなったら……まず間違いなく、バラバラになるよ。今までみたいな一枚岩ではなくなる」
「だったら、タイガーさんを助けましょう」
「それは無理だ……タイガーさんをさらった奴らの情報は、まるきり掴めてないんだよ。どういう訳か知らんが、全く情報が入って来ていない。それに、さっきも言った通り……タイガーさんはヘマをしたんだ。ボスでありながら、ボディーガードも付けずに一人でうろついていた――」
「ひょっとして、それは……マルコのせいですか? マルコを名乗る何者かに呼び出されたんですか?」
ジュドーの言葉を遮り、語気鋭く尋ねるギブソン……ジュドーは苦笑した。
「わからん。だが、その可能性は高い……お前も、あの二人の関係には感づいているんだろ?」
「ええ……まさかとは思いましたが……」
「お前の想像は当たりだ。しかしな、オレの口からはこれ以上は言えない」
「だったら、なおさら見捨てられないですね。オレは探しますよ……タイガーさんを見つけだします。オレとマルコは、あんたらギャングとは違うんだ……」
低い声でそう言うと、ギブソンは向きを変える。そして、大股で部屋を出て行った……。
ギブソンは食堂を出た後、ふと立ち止まった。その時になって、やっとジュドーの意図に気づく。
組織としては動けない……だから、お前らが探してくれ、ということなのではないか?
わざわざ、自分一人を呼び出してタイガーがさらわれたことを伝える……これはギャング組織にとって、重要な秘密のはず。にもかかわらず、そんな重要な秘密を自分に話した。これはやはり……。
いずれにしても、まずは情報を探らなくてはならない。ギブソンは電話を取り出した。
「おいトラビス……ちょっと刑務所の跡地までタクシー飛ばしてくれ」
ギブソンはタクシーに乗り、刑務所の跡地へと向かった。情報通と言えばギース・ムーンだ。ギースならば、何か知っているはず……奴にいろいろ知られるのは面倒だが、この状況では仕方ない。事情を話して、協力を仰ぐとしよう。
しかし、ここで想定外の事態が起きた。
「オレは知らん。協力も出来ない。他を当たれ」
鉄の扉から顔だけを出したギースは、冷たく言い放つ……。
すると、ギブソンの表情が変わった。手を伸ばし、ギースの襟首を掴む。
「いいか……もう一度言うぞ。タイガーはな、マルコの実の母親なんだ。その母親がさらわれてんだよ……てめえも協力しろ――」
言い終えることは出来なかった。いつの間にか背後に立っていたガロードが、ギブソンの腕を掴み、凄まじい腕力で引き離す。
だが、ギブソンは引かなかった。今度は、ガロードに詰め寄る。
「ガロード……お前、マルコの友だちだろうが? なあ、協力してくれよ」
しかし、ガロードはうつむくだけだった……そして次の瞬間、さっと飛び上がる。
ガロードは塀を軽々と乗り越え、中に入ってしまった……同時に、鉄の扉が閉まる。
「クソ!」
ギブソンはわめきながら、扉に蹴りを入れた。そして振り向く。
「仕方ねえ……トラビス、今度は孤児院に頼む」
「そうかい……そいつは困ったねえ……」
腕を組み、難しい表情をするモニカ。その周囲にはジョニーとビリーがいる。二人とも険しい顔だ。
そして、ジョニーが口を開いた。
「なあギブソン、もしかすると、お前が前に言ってたあれじゃねえのか? 何か、エメラルド・シティが変わるとか何とか言ってた――」
「それだよ! ステファンの野郎だ!」
そう言うと同時に、ギブソンは立ち上がる。今まで次から次へとトラブルが続き、そのことが頭から抜け落ちていたのだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう……ギブソンは慌てて出て行こうとするが、ジョニーが前に立ちはだかる。
「おい待て……タイガーは大事な人質だ。そう簡単には手を出さねえよ。それよりも、お前に聞きたい。仮にタイガーを助け出したとして、その後はどうするんだ?」
「ど、どうするって……」
「タイガーは虎の会のボスだ。しかし、ジュドーはタイガーを切り捨てる腹なんだろう? となると、お前はどうする気だ? タイガーまで引き取るつもりなのか? マルコとタイガーは一緒に暮らせるのか?」
「ひ、必要とあらばそうする……」
ギブソンは言葉につまった……ジョニーの言わんとするところは分かる。仮にタイガーを助け出したとしても、タイガーは虎の会には戻れないのだ。となると、自分が引き取るしかない……。
だが、マルコは納得できるのだろうか……自分を捨てた母親と暮らせるのだろうか?
「ギブソン……悩むのは後にしな。今は、そのタイガーを助けるのが先だよ。あたしたちも協力する……あんたには、ニコラを助けてもらった借りがあるしね」
モニカの声を聞き、ギブソンは我に返った。そうなのだ。まずは、タイガーを助けるのが先である。後のことは、その時に考えればいい。
「そうですね……じゃあ、ひとまずオレはステファンを探してみます。あと、マルコとアメデオなんですが……この件が落ち着くまで、しばらくここで預かってもらっていいですか?」
「ああ、構わないよ」
頷くモニカ。すると、それまで黙っていたビリーが口を開く。
「待てよギブソン……オレとマリアは、ちょうど今からタンの所に行くんだよ。ついでに聞いておくぜ……ステファンとかいう奴のことをな。お前はまず、マルコとアメデオを連れて来いよ」
ビリーの言葉に、モニカはその通りだと言わんばかりに頷いた。
「わかった……頼んだよビリー。ギブソン、あんたはマルコとアメデオを連れておいで。ただし、この件はマルコにはまだ内緒だよ」
「マルコ、今から孤児院に行くぞ……荷物をまとめるんだ」
帰ると同時に、ギブソンは言葉をかける。すると、マルコはきょとんとした表情で口を開いた。
「え……孤児院に?」
「ああ、孤児院だ。アメデオも連れて行こう」
そう言うと、ギブソンは武器を全部まとめて装着した。さらに、部屋の中に隠しておいた金も全て取り出し、懐に入れる。
そして、家を出た。
・・・
その頃、食堂『ジュドー&マリア』には奇妙な客が訪れていた。
治安警察の制服を着ているところから見て、どうやら警官のようである。しかし、帽子を目深に被っており顔は見えない。身長は百六十センチほどか。他の警官のようにだらしない格好をしておらず、きちんと制服を着てボタンと留めている。そもそも、帽子をきちんと被っている警官からして……エメラルド・シティにおいては皆無に等しいのだが。
そして警官は、食堂にずかずか入って行く。しかし店長のリュウが、険しい表情で前に立ちはだかった。
「すみませんがねえ、この先は立ち入り禁止なんですよ。一体、何の用ですか……」
リュウは笑みを浮かべながら、やんわり押し戻そうとした。すると、その警官はリュウの耳元に顔を近づける。
「いいか……よく聞け。オレの名はジャック・ステイモス、新しく赴任したばかりの警官だ。お前らんとこのジュドーに話がある。大事な話だ……お前みたいな三下じゃあ、話にならねえよ。さっさとここをどけ……でないと後悔するぜ」
ジャックと名乗った警官の声には、妙な凄みが感じられる……リュウは一瞬ではあるが、怯んだような表情になり後ずさった。
その時――
「リュウさん、どうしました?」
店の奥から、いかつい料理人たちが姿を現す。だが、ジャックはなおも言葉を続けた。
「俺はな、ジュドーの探し物に関する重要な情報を持ってるんだ……さっさとここを通せ。でないと後悔することになるぞ」
「……」
その言葉に対し、リュウは眉間を皺を寄せた。そして下を向く。料理を食べていた観光客たちは、好奇の視線を投げ掛けてきた。一方、リュウの背後にいる料理人は殺気立っている。ジャックを店の外に放り出したくてうずうずしているようだ。
ややあって、リュウは顔を上げる。ここで揉め事を起こすわけにはいかない。何より、ジャックの様子には尋常でないものを感じるのだ。表情は帽子のせいでよく見えないが……。
「仕方ねえな。とっとと付いて来い。だが下らねえ話だったら、アイザックさんとカルメンさんに殺られるぞ。あの二人は、大統領でもぶん殴るからな……覚悟しとけ」




