野獣の生き方 3
「ちょっとジョニー! なに言ってんのかわかんないよ! まずは落ち着いて! 頭の中で言いたいことを整理してから、あたしたちにも分かるように話すんだ! わかったね!」
表に駆け出して行ったモニカが、ジョニーを怒鳴りつける……ギブソンもただならぬ気配を感じ、すぐに後から出ていった。
一方、ジョニーは顔を歪めるが……一呼吸おいて話し始める。
「すまねえ。ついさっきの話なんだが……オレが買い物のために街を歩いていたら、見覚えのねえ変なガキに、いきなりこんな物を渡されたんだ……」
そう言うと、ジョニーは何やら書き込まれた紙切れを差し出す。モニカはその紙切れに目を通したが……その途端、険しい表情になった。ギブソンは彼女の背後にそっと近づき、紙切れに書かれている文章を盗み読みする。
その紙切れには、こう書かれていた。
(ニコラとかいう名のガキは預かった。片足の無いガキだ。返して欲しければ、夜十時にてめえ一人で、ガン地区の小学校跡地まで来い)
「なんだい、こりゃあ……ねえジョニー、こんなことをしでかしそうな奴に、心当たりはあるのかい?」
モニカが尋ねると、ジョニーは首を横に振る。
「心当たり……あるよ。そんなもん、多すぎてわからねえ」
「困った男だねえ、あんたも……」
そう言いながら、モニカは腕を組み思案する。すると、ビリーとマリアも恐る恐る近づいてきた。
「モニカ……一体どうしたんだ?」
「ど、どうしたのであるか……」
二人の言葉に、モニカが渋い表情で答える。
「いや、ちょっとした厄介事だよ……マリア、あんたは子供をみんな屋内に入れるんだ。頼んだよ。ビリー、それにジョニー……あんたらは、あたしの部屋に来な。三人で対策を考えるんだよ――」
「待てよ。オレも手伝う……いや、オレとマルコも手伝うよ」
ギブソンが口を挟むと、三人の視線が一斉にこちらに向けられる。ギブソンはモニカの目を見た。
「なあ、モニカさん……オレとマルコが、その学校とやらに乗り込むよ。そしてニコラを助け出す。マルコは忍び込むのが上手いからな。オレたちに任せてくれよ」
「参ったね、盗み読みしてたのかい……油断も隙もないねえ、あんたは……」
そう言うと、モニカは眉間にしわを寄せる。そして、ビリーとマリアにも状況を説明した。すると、ビリーが口を開く。
「ギブソンの案も悪くねえが……今、考えなくちゃならないのは、ニコラを無事に連れ戻すことだろ? ニコラが小学校の跡地にいるかどうか……仮にいたとしても、どんな状況かはわからないぞ。とにかく、今は情報が少な過ぎる。こんな状況じゃ、下手に動かない方がいいぞ」
「それはそうだがな――」
「待てよ……奴らの目的はオレだ。オレが行けば、ニコラは解放してもらえるんだろうが……オレが一人で行く」
不意に、ジョニーが低い声で言い放つ。しかし、モニカが彼を睨んだ。同時にジョニーの腕を掴む。
「ちょっとジョニー……あんた、自棄おこすんじゃないよ。まず、あんたは落ち着くんだ。十時まではまだ時間があるんだし。それとビリー……念のため、あんたはマリアと一緒にニコラを探してみてよ。もしかしたら、たちの悪いイタズラかもしれないしね」
モニカはそう言った後、ギブソンの方を向いた。
「ギブソン、すまないが力を貸してくれるかい? ただし、無理にとは言わないよ。ひょっとしたら、これは虎の会の連中の差し金かもしれないんだ。だとしたら、ここであたしたちに協力したら……あんたまで、虎の会に狙われることになる。だから、降りてもらっても一向に構わないんだよ――」
「もしこれが、虎の会の連中の差し金だったとしたら……そん時は、こっちも腹を括ります。奴らとは縁を切りますよ。オレは一度戻って、マルコを連れてきます。ジョニー、自棄おこすんじゃねえぞ」
そう言い残し、ギブソンは足早に去って行った。厄介なことに巻き込まれてしまったが……かといって、このまま放っておくわけにはいかない。
ギブソンがマルコとアメデオを連れ、孤児院にやって来た頃にはすっかり日が暮れていた。孤児院の建物の中は、子供たちの楽しそうな声に満ちている。しかし、モニカの部屋に集まっている大人たちは皆、険しい表情をしていた。この一室だけは、ものものしい空気に満ちている……。
「じゃあビリー……結局、ニコラは見つからなかったんだね……」
モニカが言うと、ビリーが頷いた。
「ああ……あちこち行って聞いてみたが、見た奴はいなかった。こりゃ、イタズラじゃねえな……あいつは間違いなく、さらわれたんだよ。一応、タンの爺さんにも探すよう頼んどいたけど……」
いつになく深刻な表情で答えるビリー。その言葉を聞いたマルコは、低い声で唸った……一方、ジョニーは下を向いた。そして唇を噛み締める。
「そうかい……仕方ないねえ。じゃあ、みんなで学校に乗り込むとしようかい」
「いや、それはちょっと危険だよ……」
モニカの言葉の途中、口を挟むギブソン。皆の視線が彼に向けられる。
ギブソンは皆の顔を見回し、口を開く。
「皆で行ったら、ここが手薄になる……その隙を狙われない、とも限らない。特にモニカ、あんたは孤児院に必要な人間だよ。オレとマルコ、それにジョニー……この三人で行こう」
「おいおい……三人で大丈夫か?」
ビリーの言葉に、ギブソンは苦笑する。
「わからん……でもな、モニカさんやあんたが行くと派手な騒ぎになる。マルコは鼻が効くし、隠密行動も得意だ。オレも昔は、空き巣をやってたしな……こういう仕事には、オレたちの方が向いてる。そうだろ、マルコ?」
ギブソンの言葉に、頷いて見せるマルコ。その時、ジョニーが顔を上げた。
「相手が誰かはわからねえ……でも、オレを恨んでいることは間違いない。だから、相手は恐らく異能力者だ。気をつけてくれ――」
「ちょっと待て……」
ジョニーの言葉を遮るギブソン……今のジョニーの言葉に、引っ掛かるものを感じたのだ。ギブソンは、必死で過去の記憶を掘り起こしていた。以前、ジョニーを殺すよう頼まれたことがあったはずだ。あれは確か……。
「なあジョニー……バンディって奴を覚えてないか? 昔、お前がぶちのめして警察に引き渡した奴だと思うんだが……あいつ、エメラルド・シティに来てる。だいぶ前に話したこともあるが、今でもお前のことを恨んでたぞ」
ギブソンがそう言った途端、ジョニーの表情が変化した。凄まじい形相で、ギブソンを睨みつける。
「バンディ、だと……そうだ! あいつならやりかねねえよ! あいつに間違いない! ちくしょう、ぶっ殺してやる!」
わめくと同時に、外に駆け出して行こうとするジョニー……しかし、モニカが怒鳴りつけた。
「ジョニー! あんたは待ちな! ビリー、ちょっと調べてみてくれるかい……そのバンディって奴のことをさ。ギブソンとマルコ、それにジョニーは……とりあえず、ここで大人しくしてるんだ。あんたらの出番はもう少し後だよ。今はまず、飯でも食っておきな……腹が減ってちゃ、戦えないからね」
モニカの言葉を聞き、立ち止まるジョニー。ギブソンはこんな状況でありながら、モニカのリーダーとしての能力が優れていることを改めて認識した……あのジョニーがきちんと命令を聞き、自らの行動を律しているのだ。
そしてギブソンは、マルコの方を向く。マルコは一言も喋ろうとせず、ただ耳をすませていたのだ……話をきちんと把握し、自分のやるべきことを理解するために。
「マルコ……話を聞いてわかったと思うが、ニコラという少年が、どっかの馬鹿にさらわれたんだ。オレたちはニコラを助け出す……いいな?」
「うん、わかった。あの……ギブソン、今回も人を殺さなきゃいけないのか?」
「え……」
ギブソンは答えに窮し、黙りこんだ。すると、そのやり取りを見ていたモニカが口を開く。
「マルコ……あんたが人を殺したくないなら、それは仕方ない。あんたの代わりに、ビリーに行ってもらうから」
「え? いや、そういうわけじゃない……」
今度は、マルコが口ごもる番だった。モニカはそんなマルコを、優しさと厳しさの入り混じった表情で見つめながら口を開く。
「あんたの人を殺したくないって気持ち、それは悪いことじゃない。でもね、あんたが戦わなきゃ、誰かが殺される……そんな時には、戦わなきゃならないんだよ。このエメラルド・シティで生きていくってのは、そういうことなのさ。大切なものを守るために戦う……あんたは、その戦いまで否定するのかい? 人を殺すのが嫌だからって、自分や周りの仲間たちの命までくれてやるのかい?」
「そんなのは嫌だ! オレは戦う! 仲間のために戦うぞ!」
マルコは叫んだ。すると、ジョニーがマルコに近づき、その肩を叩く。
「すまねえな……オレのせいで、お前にまで迷惑かけちまって……」
「う、ううう……だ、大丈夫だ。オレは困ってる人のために戦う。必ず、ニコラを助け出す」
その二人を見ながら、ギブソンはモニカに近づき、そっと耳打ちする。
「ありがとうございます。あなたの言葉が無かったら、マルコは中途半端な気持ちで取りかかるところでした」
「いいんだよ……長く生きてりゃ、こういう言葉もポンポン出てくるのさ。それより、あんたらも飯食っていきな」
モニカはそう言うと、すたすた歩いて部屋を出て行く。ギブソンたちも後に続いた。
「みんな! いただきますである!」
マリアの声が、食堂内に響き渡る。と同時に、二十人ほどの子供たちの声が続く。
「いただきます!」
そして、子供たちは食べ始める。木のテーブルの上に並べられた、パンとスープそれに少しの野菜サラダを……実に粗末な食事だ。ギブソンは苦笑した。マルコの方が、ずっといい物を食べている……。
(美味しい……すっごく美味しいよ! マルコ!)
アンドレの作ったハンバーグを食べた時の、ケイの歓喜の声を思い出した。確かに、アンドレの料理の腕はかなりのものだ。評判も悪くない。しかし、あのケイの歓声には……普段、粗末なものしか食べられていないせいもあるのかもしれない。
そのケイは、向こうの席にいる。マリアとユリに補助してもらいながら食べていた。ギブソンはそちらをちらりと見た後、マルコの方に視線を移す。すると、マルコもケイの方を見ていた。本当なら、隣に行って食べたいのだろうが……マルコなりに気を使っているのかもしれない。
もし、マルコと共にここに越して来るとするならば……まずは、この粗末な食事に慣れないといけないだろう。
そんなことを考えながら、ギブソンはゆっくりと食事をとる。食べながら、他の子供たちの様子を見た。子供たちは仲良く語らいながら、楽しそうに食べている。粗末な食事も、子供たちにとってはさほど苦にならないらしい。ギブソンは思わず笑みを浮かべるが、神妙な顔つきのジョニーと目が合い、すぐに表情を引き締める。
そう、これから数時間後には……さらわれた少年を救出しに行かなくてはならないのだ。相手はひょっとしたら、異能力者のバンディかもしれない。だとしたら……非常に厄介である。バンディは大陸で何人もの人間を殺した男だ。しかも、ここでは他の異能力者との繋がりも出来ているらしい……屋台を出している姿を数回見かけたが、常に誰かと話していた。
(もちろん、殺せって意味だよ……ジョニーの野郎、オレの鼻をへし折りやがった。野郎のせいで、オレはパクられたんだ。この街で野郎の面を見る度に、折られた鼻がうずきやがるんだよ)
バンディの言葉が、記憶の中に甦る……もちろん、奴の仕業だと確定したわけではないが。
いずれにしても、ビリーが帰って来てからだ。ギブソンはそそくさと食べ終えると、部屋に戻るため立ち上がった。




