男の暗躍・前編
『男の暗躍』の主な登場人物です。
◎レイモンド
表の顔は警官、しかし裏の顔は殺し屋たちのリーダーです。
◎イーゲン
レイモンド率いる殺し屋チームの一員であり、黒人の大男です。
◎ダイアン
レイモンド率いる殺し屋チームの一員であり、針医者とも呼ばれている不気味な男です。
◎ステファン
レイモンドたちとギャングたちの橋渡し役です。
◎ギース・ムーン
エメラルド・シティで墓守りをしている男ですが……一部では、この街のパワーバランスを一変させてしまう男であるとも言われています。
◎タン・フー・ルー
エメラルド・シティの浮浪者たちのリーダーです。
その日、レイモンドはいつものようにパトロールをしていた。あちこちを回り、冷やかし、そして賄賂をせびりながら歩いていたのだ。
レイモンドの街での評判は、はっきり言って良くない。陰では「税金泥棒」「たかり屋」「エメラルド・シティのドブネズミ」「人間の形をした巨大ダニ」などと、さんざんな言われようである……彼を良く言う者など、まず居ない。
だがレイモンドは、そんなことは気にも留めていなかった。そもそも、治安警察である彼に面と向かって言える人間など、皆無だったからだ。
そして彼は、いつものようにアジトにしている地下室へと向かう。腹心の部下であるステファンとイーゲンが待っているのだ。
「旦那……そいつぁ一体、どういうことです?」
ステファンが尋ねると、レイモンドは苛立たしそうな表情を見せた。
「どうもこうもねえよ。行って、いま言った奴らを調べとけ。お前はな、言われたことだけやっときゃいいんだ」
「へ、へい……わかりました」
まだ釈然としない様子ではあるが、ステファンは頷いた。そして梯子を昇り、地下室を出て行く。
「なあ、レイモンド……オレたちは何をやってるんだよ? 最近のあんた、やけに金払いがいいな」
ナイフを研ぎながら、尋ねるイーゲン。レイモンドはニヤリと笑って見せた。
「さあ、何だろうねえ……いずれは、お前にもわかる時が来るさ。一つ言えるのは、オレに付いてくれば心配ないってことだけだ」
「そうかい……ま、オレは金さえ貰えりゃ文句はねえよ」
イーゲンは肩をすくめると、再びナイフを研ぎ始める。だが、その手が止まった。
「ところで……今日はダイアンが遅いな。あいつが遅刻とは、珍しいぜ」
「いや、あいつは呼んでない。実はな、今日お前を呼んだのは……今後、ダイアンをどうするか、について話し合おうと思ってな」
「……どういうことだ?」
イーゲンの表情が変わった。鋭い目で、じっとレイモンドを見つめる……だがレイモンドは、その視線を受け止める。
「ステファンにはもう言ってあるんだが、この際だ。お前にも言っておこう。このエメラルド・シティは……まもなく次の段階へと進むんだ」
「はあ!? お前、頭大丈夫かよ? 押収したクリスタルでもやり過ぎたんじゃねえだろうな?」
真顔でそんなことを言うイーゲン……レイモンドは笑いながら、首を横に振った。
「違う違う……これはマジな話だ。大陸の連中がまた動き始めているんだよ」
「何だと……」
今度は驚愕の表情を浮かべて、レイモンドを見つめるイーゲン。この男は本当に裏表がなく、単純で扱いやすい。だからこそ、レイモンドはこの男とステファンを手駒に選んだのだ。
ただ、ダイアンがチームに加入したのは想定外だった。今までは、ほっといても問題なかったが……これからは、面倒なことになる可能性がある。ダイアンは虎の会だけでなく、あちこちの人間から仕事を請け負うフリーの殺し屋なのだ。そんな人間をメンバーに加えることは出来ない。
「ダイアンは使えるぜ……人外の殺し方も心得ているしな」
「だが、あいつは意外と顔が広い。知り合いも多いんだよ……それ以前に、ダイアンは何を考えてるのかわからんからな」
レイモンドの言葉に、頷くイーゲン。
「それは言えてるな」
「まあ、今すぐどうこうってわけじゃねえんだよ。ただ、この先ダイアンが妙な素振り見せたら……お前に奴を殺してもらいたいんだが、頼めるか?」
「……いいだろう」
そして数時間後……レイモンドが次に訪れた場所、それは古い刑務所跡地だった。コンクリートの巨大な塀に囲まれており、頑丈そうな鉄の扉が唯一の出入りする場所である。レイモンドは扉を叩いた。
「何だ、レイモンドかよ。何の用だ」
面倒くさそうな様子で、門から顔を出したギース……レイモンドは恭しく、頭を下げた。
「お久しぶりです、ギースさん。ちょっと話がありますんで、中に入れてもらっていいですかね?」
「好きにしろよ」
レイモンドはギースとともに、墓石の立ち並ぶ墓地にいた。ギースはベンチに座り、レイモンドは墓石の一つ一つをチェックしている。
「レイモンド……いったい何の用だ?」
ギースの態度は、どこか冷たくよそよそしい。レイモンドを歓迎していないのは明らかだ。
「ギースさん……いや、キークさんと言った方がいいかな?」
「キーク・キャラダインは死んだ。そこに墓もある。オレの名はギース……ギース・ムーンだ」
「なるほど……では、そういうことにしときますか」
言いながら、レイモンドはニヤリと笑った。そして言葉を続ける。
「ギースさん……あなたにお願いがあるんですよ。この先、エメラルド・シティでちょっとした騒ぎが起こります。しかし、あなたたちには関わりのないことです。ガロードとルルシーの手綱を握って大人しくさせておいていただきたい」
「大陸のお偉方が、また動き出したのか? そんなはずはないんだがな」
ギースは訝しげな表情になる。確かに、以前にはそんな動きがあった。キーク・キャラダインとエバン・ドラゴの二人のエージェントが送りこまれ、ギャングのリーダーの首をすげ替えるという計画が立てられたのだ。大陸の言いなりになる人間をギャングのリーダーに据え、エメラルド・シティの利権を握ろうという……。
事実、ゴメスというギャングのリーダーは殺された。代わりに現在、リーダーとなっているのはマスター&ブラスターだ。
しかし、虎の会の新しいリーダーとなるはずだったエバン・ドラゴ……及び、その部下たちは吸血鬼と化したガロードによって全滅させられた。さらに、虎の会にジュドーが加入したため、現在のエメラルド・シティにおいてもっとも大きなギャング組織となっている。
「ギースさん、あんたにだって分かっているはずだ。ここの観光客は、どんどん増えてきている。中には飛行機で、数日間かけて遊びに来る道楽者までいるくらいですよ。住人の質も変わってきてます。つい四〜五年前までは、大陸に居られなくなった人間の吹きだまりだった……それが今じゃあ、ビジネスチャンスとばかりに、エメラルド・シティ支部なんてのを作る企業までいる始末ですよ」
レイモンドの言葉を聞き、苦笑するギース。
「そうらしいなあ……オレも噂は聞いている」
「そんな状況ですから、今のエメラルド・シティに目を付ける人間も出てくるわけですよ。大陸にもいろんな背景を持った人間がいますからね。で、またしてもギャングを潰そう……という動きが出てきたとしても、何ら不思議ではないですよ」
「だろうな」
「で、一番邪魔なのが……虎の会、なんですよね。ボスであるタイガーと、その片腕のジュドー、及び奴らの忠実な犬であるアイザックやカルメンたちには消えてもらう予定です」
すました表情で言ってのけるレイモンド……すると、ギースの表情が少し変化した。
「ジュドーは、この街に必要な男だ……あいつが消えたら、エメラルド・シティのバランスが崩れる」
「でも、あなたとは仲が悪い……そうですよね?」
レイモンドの問い。ギースは答えず下を向いた。
ややあって、口を開く。
「オレが嫌だと言ったら、どうする気だ?」
「そんなことは、言わない方がいいと思いますよ……そうしたらオレは、リックとその仲間たちを殺したのは誰か、その指示を出したのは誰なのか……街のいろんな人間に話して回りますよ」
「……」
ギースの目が、すーっと細くなった。リックとその仲間たちを殺したのはギブソンとマルコ、そして二人に依頼したのはギースだ。もし虎の会の人間に知られたら……ギブソンとマルコが狙われることになる。それだけではない。下手をすると、虎の会と自分たちとの全面戦争になる可能性もあるのだ。
「あなたは、そんな事態を招くような愚かな真似はしないはずですね」
「……」
ギースは黙ったまま、じっとレイモンドを睨みつける。だが、レイモンドは飄々とした態度でその視線を受け止めた。
「おっと、オレを消そうなんて思わない方がいいですよ。オレの仲間も大勢いますしね。ギースさん、あなたこそエメラルド・シティに必要な人……オレはそう思っています。生ける伝説であるガロード……その存在もまた、この街には欠かせない。一方、タイガーやジュドーたちは過去の遺物です。あんな昔ながらの悪党連中にうろうろされると、はっきり言って迷惑なんですよね」
「わかったよ……好きにしろ」
吐き捨てるように言って、立ち上がるギース……レイモンドは、満足げな笑みを浮かべた。
「やはり、あなたは物わかりのいい人だ……しばらくの間、あなたたち三人はおとなしくしていてくださいよ。出来るだけ早く終わらせますので」
「ああ……何もしねえよ。オレたち三人は、な」
レイモンドは満足そうな表情で、刑務所跡地の門を出て行った。実のところ、ギースという男は……いざとなったら、何をしでかすかわからない怖さがある。メルキア特殊任務班のエージェントという地位を捨てて、エメラルド・シティに残った男なのだ。あの場でレイモンドを殺していたとしても、不思議ではなかった。
レイモンドにとっても、かなり危険な賭けだった……しかし、どうにか生き延びられた。ひょっとすると、運が向いてきているのかもしれない。
レイモンドが次に向かったのは、エメラルド・シティを流れる小川のほとりだった。一人の小柄な老人が、釣糸を垂らしている。髪は抜け落ち、体も痩せていた。しかし、竿を握っている腕はしっかりしており、顔つきも衰えを感じさせない。
エメラルド・シティの浮浪者たちを仕切る、タン・フー・ルーだ。
「どうもタンさん、いつもお世話になってます。どうです、釣れてますか?」
レイモンドは笑みを浮かべながら、馴れ馴れしい態度でタンの横に座る。
「悪徳警官が……いったい何の用だ?」
タンのレイモンドに対する態度は、どこか冷たい。彼は薄々ではあるが、レイモンドの正体を察知している数少ない人間のうちの一人なのだ。
「そう嫌わないでくださいよ……ところで、あなたに一つ提案があります」
そう言うと、レイモンドは辺りを見渡し誰もいないことを確かめる。
そして、声をひそめて言った。
「あなたの力にふさわしい地位を用意しています。我々と組みませんか?」
レイモンドの意外な言葉……しかし、それを聞いても、タンは表情一つ変えなかった。
「儂のような老いぼれにふさわしい地位、だと……いったい、何があるというのだ?」
「あなたは以前、クメンの民主化を進める政治家だった……ただ、少し強引なやり方が災いして失脚した。さらには、濡れ衣を着せられて家族を殺され、失意のうちにエメラルド・シティに流れ着いた……間違ってますか?」
「……だから、何だと言うのだ?」
「我々は、この程度の情報ならいつでも調べられるんですよ。さらに、あなたが加わってくれれば……この街の支配者としてふさわしくなると思います」
「儂は、そうは思わん」
静かな口調で、タンは言葉を返した。レイモンドの方は見ようともしない。じっと水面を見つめている。レイモンドはため息をついた。
「タンさん、あなたにその気がないなら仕方ないですね。いいでしょう……ただ、我々の邪魔だけはしないで下さい。あなたは、この街に必要な人間ですからね……」
「この街に必要なのは、儂のような老人ではない。お前のような小悪党でもない……ジュドーのような、清濁併せ呑める器量を持った男だ」
「そうでしょうかねえ? 奴が必要だったのは、無法地帯だった頃でしょう。しかし、今は違います。今のエメラルド・シティは、巨大なテーマパークなんですよ。そこに必要なのは管理者……ギャングじゃない。ギャングが仕切る時代は、もう終わりなんですよ」




