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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の苦悩 3

「なんだと……そりゃ、どういう意味だよ?」

 ジョニーが聞き返すと、ギブソンは首を振った。

「オレにもわからねえ。ただ、近々エメラルド・シティの勢力図が一変するようなことが起きる……かもしれない、としか聞いてねえんだ。お前らのいる孤児院も、一応は有名人が集まっているんだからな……気を付けた方がいいかもしれねえぞ」

 ギブソンには、そうとしか言えなかった。実際、ギブソンにも何もわかっていないのだから。


 二人は今、観光客の行き交う通りを歩いている。既に陽は沈み、暗くなっているが……まだ十時前であるせいか、活気は絶えない。

「それだけじゃあ、何が何だかわからねえな……まあ、気を付けるに越したことはねえか」

 ジョニーはそう言うと、辺りを見回す。エメラルド・シティでは一日も生き延びられないはずの一般人たちが、物珍しそうにあちこちを見ながら歩いている。

「なあギブソン、お前はここに来て、どのくらいになる?」

 突然、そんなことを尋ねるジョニー……ギブソンは困惑した。いきなり何を言い出すのだろう。

「あ、ああ……一年になるかならないか、だな」

「そうか……オレは二年くらいだ。だが、その二年の間に……この街は変わったぜ。観光客が大勢来るようになった」

 ジョニーの表情は、いつになく真剣だった。

「なあギブソン……オレは、どんな奴が相手でも負けないつもりだった。素手で勝てなきゃナイフ、ナイフで勝てなきゃ銃、銃で勝てなきゃ爆弾……とにかく、どんな奴が相手だろうと、戦えばオレは勝つつもりだった。しかし、あのガロードって奴を見た時……オレは心底ビビったね。あいつとだけは殺り合いたくねえと思った」

「あ、ああ……そりゃあ誰だって、そう思うよ――」

「いや、お前は向かって行こうとしてたぜ……あのガロード相手にな」

 そう言って、ジョニーは笑みを浮かべた。

 そして、ギブソンの肩に軽いパンチを食らわしながら言った。


「ギブソン……お前ら二人、孤児院に来ないか?」


「え……」

 唖然とするギブソン……だが、ジョニーは話を続ける。

「ギブソン、お前も知っての通り……オレは昔、異能力者を狩っていた。バイパーと呼ばれていた時代だ。オレは勲章をもらったり表彰されたりもした……だがな、その末路はダックバレー刑務所だった」

「……」

 ギブソンは何も言えなかった。かつて、ジョニーがバイパーと名乗っていた時代……その頃のことは、ギブソンもよく覚えている。あの当時のジョニーは、まさに野獣そのものだった。犯罪者を刑務所に送るより病院に送る方が遥かに多い……そんな男だった。敵である異能力者や犯罪者はジョニーを忌み嫌い、味方であるはずの警官や軍人たちですら、彼を恐れた。


「いいかギブソン……孤児院の子供たちは、オレを慕ってくれている。目の見えないケイは、オレを信頼してオレの手を握る。誰かに必要とされるってのは、気分のいいもんだぜ。自分の力を、破壊ではなく建設的なことに使えるんだ……なあギブソン、お前は違う生き方をしたいとは思わないのか?」

「……」

 ギブソンには答えられなかった。マルコのためにも違う生き方をしたいとは思う。

 だが、マルコはどうなのだろう……。

 マルコには、違う生き方が出来るのだろうか。


「ギブソン、時代は動いているんだ。さっき、お前は言ったろ……エメラルド・シティの勢力図が変わるかもしれない、と。ひょっとしたら、また大陸の連中が何か仕掛けてくるのかもしれねえ。その時、目を付けられる可能性が高いのは……恐らく虎の会だろうよ」

「そうかもな……」

 ギブソンは頷く。バーター・ファミリーは大陸の連中の息のかかった組織だ。他の組織は小粒すぎる。となると……目を付けられるのは虎の会だろう。


「ギブソン……時代は動いているのかもしれねえ。エメラルド・シティも変わりつつあるんだよ。お前も生き方を変える時期なんじゃねえのか? よく考えておいてくれ。マルコにとっても、その方がいいんじゃないのか?」

「……」

 ジョニーの問いに、ギブソンは何も言えなかった。生き方を変える……確かにそうしたい、と思うこともある。

 だが、かつて聞いたアンドレの言葉も、心のどこかに引っかかっているのだ。


(世の中には、この仕事が必要なのよ。晴らせぬ恨みを持つ者がいる……それを、アンタたちが代わりに晴らしてあげる)


 さらに、ジュドーの言葉も――


(こいつはな、汚い仕事だよ。人の恨みを晴らす、なんて言ってはいるが……しょせんは人殺しだ。オレたちはクズだよ。しかしな、オレたちみたいなクズでなきゃ出来ないこともある。そいつが、この仕事だ。オレはこの仕事に誇りを持っている。もう一度言うが、この仕事はオレたちみたいなクズでなきゃ出来ない仕事なんだ。お前の受け取った金には、依頼人の怨念がこもってる。オレたちは、その思いを叶えてやるんだ。そこの所は忘れるなよ……)


 そして、これまで手にかけてきた者たち……。

 こんな自分たちが、今さらまともな暮らしをしていいのだろうか?


「ジョニー……申し出は嬉しいがな、もう少し考えさせてくれ。オレたちは、今はまだ奴らの犬みたいなもんだからな……いったん出来ちまった繋がりは、そうそう断てねえよ」

 そう、今のギブソンとマルコは……ギャングの下請けのようなものだ。おいそれと関係を断つわけにはいかない。孤児院の皆に迷惑をかけることになる。

 そしてギブソンは、初めてエメラルド・シティに来た当時のことを思い出していた……周囲の人間を警戒し、唸り声を上げるマルコをなだめすかし、どうにか人気ひとけのない廃墟に入り込む。夜になると、襲いかかってきた人外どもを返り討ちにし、どうにか生き延びてきたのだ。

 その後、虎の会のジュドーにマルコの腕を売り込み、何とか仕事にありつくことが出来た。虎の会の仕事を引き受けることで、マルコの名も有名になった。

 もしジュドーが自分たちを相手にしなかったら……今頃、どうなっていただろう?


 その時、ギブソンは思い出したことがあった。

「そういやジョニー……もう一つ、お前に聞きたいことがあったんだよ。虎の会に、カルメンて名の女がいる。エロい体した暴力女だが……知ってるか?」

「ああ……聞いたことはある」

「そいつ、お前らの孤児院を潰すとか言ってたんだが……何かあったのか?」

 ギブソンが言うと、ジョニーはため息をついた。

「それはな、たぶんマリアのせいだ」

「マリア!?」

 思わずすっとんきょうな声を上げたギブソン。マリアは孤児院の人気者だ。頭は悪く字も半分くらいしか読めないが、明るく朗らかな性格をしたムードメーカーである。他人と揉めそうには見えないが……。

「ああ、マリアなんだよ……マリアは昔、虎の会のジュドーとつるんでた。妹分みたいな感じだったらしいんだ。そしてアイザックやカルメンと一緒に、一つ屋根の下で、家族みたいに暮らしてたって話だ」

「へえ……そんなことが……」

 ギブソンは思わず声を洩らしていた。では食堂の『ジュドー&マリア』は文字通り、ジュドーとマリアのことだったのか……。

「ところが、ジュドーたちは虎の会の大物になり、マリアとは疎遠になった。そんな時にマリアはビリーと出会い、そして子供たちと出会った……以来、マリアは孤児院に居着いちまったって訳さ。ジュドーたちは納得したんだが……カルメンだけは、オレたちを嫌ってる」

 しみじみと、昔を懐かしむように語るジョニー……だが、ギブソンは首を傾げた。

「なあ、何でカルメンだけが怒ってるんだ?」

「さあな……そのあたりのことは、アンドレなら知ってるんじゃねえのか。あいつに聞けよ。そんなことより、そろそろ戻った方がいいんじゃねえか……時間も時間だし。オレもケイを送って行かなきゃならん」

 そう言って、ジョニーは肩をすくめる。ギブソンも頷いた。

「それもそうだな……つーか、まだ買い物済ませてなかったよ」




「マルコ、仕事だぞ。相手は二人だが……手下もいるかもしれん。今回は少し厄介かもしれねえ」

 ケイたちが帰った後、ギブソンはマルコに仕事の話をし始めた。二週間以内にケリをつけなくてはならない。ならば、今のうちに動く必要がある。

 だが、マルコの返事は意外なものだった。


「また、殺すのか……」


 マルコの声からは、力が感じられない……先ほどまでの明るさが嘘のようだ。ギブソンは眉をひそめた。

「ああ、殺しだよ……マルコ、どうかしたのか?」

「オレたちは……何をしてるんだ、ギブソン?」

 そう言って、マルコはギブソンを見つめる。その瞳からは、苦悩が感じられた……何かをギブソンに訴えようとしていた。

「何って……仕事だ――」

「仕事なら、他にいくらでもあるはずだ。何故、人を殺さなくちゃいけないんだよ……」

「マルコ――」

「オレは……ガロードに負けた。そして、やっと気づいたんだ。オレには友だちがいる。仲間がいる。居場所もあるんだ」

「……だから、何だと言うんだ?」

 ギブソンの声には棘があった。何故か、怒りが湧いてきている。

「だから……オレたちは何をしてるのかって言ってるんだ。オレたちが今まで殺した奴らにだって、友だちがいたかもしれない。仲間がいたかもしれない。居場所だって、あったかもしれないんだ」

 熱に浮かされたかのような口調で、語り続けるマルコ……一年前とは比べ物にならないほど、語彙が豊富になっている。ギブソンは圧倒されながらも、言葉を返した。

「マルコ……オレたちが殺すのはな、人でなしだ。悪党なんだよ。誰かを酷い目に遭わせてるんだ。仕方ないんだよ」

 ギブソンのこの言葉を聞き、マルコは顔を歪めて黙りこんだ。ようやく納得してくれたのか……とギブソンは思ったが、それは大きな間違いだった。


「ギブソン……オレはみんなから、化け物と呼ばれてきた。でも、オレは化け物じゃない……みんなと同じ人間だ」

「マルコ……」

「みんなが化け物だと言ったら、オレは化け物になるのか? 違うはずだ。誰かが、みんなから悪人と言われていたからといって、そいつを悪人と決めつけるのは間違ってるんじゃないのか?」

 マルコの真剣な問い……ギブソンは何も言えずにまごついた。まさか、マルコの口からこんな言葉が出てくるとは……。


 しかし、それは一瞬だけだった。

「マルコ……お前の考えは正しい。だがな、逆にお前に聞きたい。お前こそ、これまで何をやって来たのかを……お前は今まで、何人殺したんだ?」

「え……」

 今度は、マルコがまごつく番だった……だが、ギブソンは言葉を続ける。

「いいかマルコ、お前が今さら反省し生き方を変えたところで……お前の今までの罪は消えないんだ。お前が今まで殺してきた人間の流した血で、お前の両手は真っ赤に染まってるんだよ……そいつは、いくら洗っても消えねえんだ」

「……」

 マルコは視線を落とし、自分の手を見つめた。その体がかすかに震えている……ギブソンは一瞬、ためらった。

 だが、顔を近づける。

「いいかマルコ……お前は今まで、どうやって金を稼いできた? 何をやって食ってきた? 殺しだろうが……それだけじゃねえ。お前は殺した人間の肉を食ったことも――」

「ウガアアアア!」

 突然、マルコが吠えた……同時に手が伸び、ギブソンを突き飛ばす。ギブソンは軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 直後、マルコが立ち上がる。目に凶悪な光を宿した状態で……だが、マルコの前にアメデオが突進した。そして、きゃんきゃん吠え始める。まるで仲裁しようとしているかのように。

 マルコの視線は、アメデオに移る。しばらくの間、じっとアメデオと見つめ合っていたが……不意に、その表情が変わった。次の瞬間、ギブソンのそばに駆け寄る。

「ギブソン! だ、大丈夫か!」

 マルコはしゃがみこむと、ギブソンを助け起こす。ギブソンは顔をしかめて立ち上がった。

「まったく、てめえは馬鹿力だな……オレでなきゃ死んでるぞ」

「ごめん……ギブソン……本当にごめんよ……」

 言いながら、マルコの顔が歪んでいく……ギブソンはじっと見つめ、ため息をつく。


「お前の考えはわかった。いいだろう……オレが二人まとめて殺してやる。お前は、家でおとなしく待っていろ」






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