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野獣の願い 3

 ギブソンは、ジュドーの後から階段を降りていく。ジュドーの横には、眼帯の大男がくっついている。ギブソンに背中を向けてはいるが……こちらが少しでも妙な動きをすれば、すぐさま反応しそうな雰囲気だ。

 しかも、ギブソンの後ろには褐色の肌の女がぴったり付いて来ている。この女も、自分が妙な動きをすれば……すぐに襲いかかってきそうだ。伊達にジュドーのそばにいるのではない。目の動きや醸し出す雰囲気からして、危険人物だということはわかる。

 ギブソンは嫌な汗がつたうのを感じながら、ゆっくりと進んで行った。


 そしてギブソンは、殺風景な部屋に通された。事務用の机と椅子、それに来客用らしきソファーとテーブルが設置されていた。事務用机の上には帳簿と書類とテレビがある。そして、壁には地図が貼ってあった。どうやら、エメラルド・シティの地図のようだ。

 ジュドーは椅子に座り、ギブソンの顔を見た。そしてソファーを指差す。

「まあ、そこに座れよ……すまないが、ちょっと待ってくれ」

 ギブソンは言われた通り、ソファーに腰掛ける。ジュドーは机の上の書類に目を通していた。一方、大男と女はジュドーの横に付き、じっとこちらを睨んでいる。ギブソンはその二人に対し、笑みを浮かべてみせる。だがヘラヘラ笑いながらも、頭の中では三人が一斉に襲いかかってきたらどう対処するか……その動きをシミュレーションしていた。


 不意にジュドーが顔を上げる。そして――

「待たせたな。で、お前は何がしたい……いや、その前に、お前は何ができるんだよ?」

「まあ、やれと言われれば大抵のことはやりますが……一番得意なのは、殺しですかね。上にいるマルコは最強の殺し屋です。オレの知る限りでは、ですが」

 ギブソンの答えを聞き、ジュドーの口元が歪んだ。そして、ギブソンをじっと見つめる。

 どこか哀しげな瞳だった……。

「オレはこの街で、いろんな奴らを見てきた。マルケス、トゥッコ、ゲバル、トレホ、ゴメス、ドラゴ、そしてクリスタル・ボーイ……名だたる大物が、次々と死んでいったよ。そんな中、オレはどうにか生き延びた。オレが何故、生き延びられたか……お前にわかるか?」

「え……」

 予想もつかない質問に、ギブソンは戸惑い口ごもる……目の前の男は、何を言わんとしているのか。もしかしたら、街で聞いた評判はデタラメだったのかもしれない。この手の質問の後に続くのは……大抵の場合、昔の武勇伝と自慢話、そして説教だ。ギャングに限らず、必要もないのに若い者に説教したがる男はどこにでもいる。面倒くさい話だ。ほとんどの場合、そういうことをしたがるのは小物と相場が決まっているが……。


 だが、仕方ない。とりあえずは我慢して付き合うとしよう。

「いやあ、オレみたいな小物にはわかりませんね……是非ともお聞きしたいなあと――」

「オレにもわからねえ……何でオレが生き延びられたのか、未だにわからねえんだよ……」

「え?」

「周りの奴らが、次々と死んでいった……強い奴が生き延びたわけじゃない。賢い奴が生き延びたわけでもない。ただ……運のいい奴、卑怯な奴だけが生き延びた。そんな風に思えるんだよ……オレにはな」

「え……いや、そんなことはないですよ……」

 言いながら、ギブソンは困惑していた。ジュドーという男の意図がわからないのだ……何のために、こんな話をしているのだろう。意味がわからない。もしや、心に病を抱えた情緒不安定な男なのだろうか。

 すると、ジュドーの表情が変わった。ニヤリと笑ってみせる。まるで、こちらの不安を見透かしたかのように……ギブソンは再度、話を切り出してみた。

「しつこいようですが……マルコは最強です。こう言ってはなんですが、上にいる連中は酷すぎますね。素人以下だ。マルコなら、一分……いや、十秒以内で皆殺しですよ。あんな連中に金を払うくらいなら、オレたち二人を雇った方が安く済みます」

「お前の言うことは、間違いじゃない。だがな、そうもいかないんだよ……」

 そう言うと、ジュドーはため息をついた。

「あいつらをクビにしたらどうなるか……まず間違いなく、悪さしかしないだろうよ。奴らは暇になると、ロクなことをしない。だからこそ、仕事を与えてやる必要がある。仕事を与え、給金を与える……その結果、この街は昔と比べると、多少なりとはいえ住みやすくなった」

「……そうですか」

 そう答えながら、ギブソンは頭の中で考えを巡らせていた。ジュドーが何を言わんとしているのか、何となく見えて来た。だが、それと自分とは何の関係もないのだ。このままでは、話が先に進まない。こうなったら、もう一歩踏み込んでみよう。


「ジュドーさん……虎の会では、殺しも請け負うと聞きました。それも、能力者や人外のような厄介な連中を……オレとマルコなら、どんな奴だろうと仕留めて見せます。オレたちの腕を見てください……初回はタダでやります。金はいりません。試してみませんか……やれと仰るなら、今すぐでも結構ですよ。マルコなら、どんな相手だろうと、すぐに仕留めて見せます」

 自信に満ちた表情で、ギブソンは言ってのけた。そして、ジュドーの反応を見る。ジュドーは先ほどまでと同じく、つかみどころのない表情でじっとこちらを見ている。ギブソンはあえて視線を逸らした。そして下を向く。こちらの言うべきことは言った。あとの判断はジュドーに委ねる。この雰囲気からして、最悪の場合でも殺されはしないだろうが。

 しばらく間が空いた。重苦しい沈黙……だが、ジュドーがその沈黙を破った。

「ギブソン……お前のことは調べさせてもらった。だが、わからないんだよな……お前が何者で、どこから来たのか……」

 そこで言葉が止まった。ギブソンは顔を上げ、ジュドーの表情を見る。ジュドーは冷たい目で、じっとこちらを見ている。

「本来なら、お前みたいな何者かもわからん奴とは関わりたくない。だが、そうも言ってられねえ」

 不意にジュドーは立ち上がった。そして、壁に貼ってある地図の前に立つ。そして、ギブソンの方に再び視線を移した。

「ギブソン、はっきり言うとな……オレの仕事は、この街のバランスを保つことだ。今は……ちょうどいい感じで、バランスが保たれている。バランスが保たれている間は、平和も保たれている。ところが、だ……このバランスを崩しかねない連中がいる。そいつらはオレと違い、何の責任もなく好き勝手に生きてやがる。本当に困ったもんだよ」

「オレたちに……そいつらを殺せと?」

「いや、それはまた別の話だ……今はまず、お前らの腕を知りたい。信用できるかどうかも、な。一つ仕事をやってもらう。まずは……ある男と、その仲間を始末してもらいたいんだ。そいつらを始末できたら……お前らを競りに参加させてやる」

「競り? 何ですか、それは?」

「お前、知らないのに来たのかよ? まあ、今にわかるさ……」




 ギブソンは一人で階段を上がり、一階に戻った。見ると、マルコはつまらなさそうに床にしゃがみこんでおり、男たちはそれを恐々と、遠巻きに見ていた。しかし――

「おーいマルコ、終わったぞ……帰ろうぜ」

 ギブソンの声と同時に、マルコは弾かれたような勢いで立ち上がる。そして、無言でギブソンの隣に付いた。

「帰るとするか……じゃあな、また会おうぜバカ野郎共」

 からかうような口調で言い放つと、ギブソンは笑みを浮かべて去って行った。静かな動きで、マルコが後から続く。


 帰り道、ギブソンとマルコは並んで歩いた。二人とも無言のままだ。ギブソンは妙に疲れを感じた。あのジュドーという男はやはり只者ではない。得体の知れないものを感じる。頭のキレる男であるのは間違いない。しかし……それだけではないものを感じる。あの瞳の奥の冷たさは――

「ギブソン……ヤバいぞ……」

 マルコの声。同時に、何者かに取り囲まれていることに気づいた。前に三人、後ろに二人。鉄パイプやナイフ、チェーンといった武器を持っている。ギブソンは苦笑した。相手の力量を見抜けないまま戦いを挑むのは本当に愚かな行為だ。たかが五人、それも原始的な武器しか持っていないのでは……勝ち目はない。


「おいお前ら……死なないうちに失せろ」

 ギブソンは冷たく言い放つ。こんなバカな男たちがどうなろうと知ったことではない。しかし面倒だ。何より、さっさと帰りたかった。先ほどのジュドーとの会談は神経をすり減らすものだった……しかも、明日からは仕事に取りかからなくてはならない。今日は早く眠りたい。

 しかし、そんなギブソンの思惑などお構い無しだった……。


「ここはオレたちの管理する場所だ……虎の会からも許可はもらってる。通行料を払え」

 男たちの一人が言った。それと同時に、輪がじりじりと狭まっていく……。

 ギブソンは天を仰いだ。どうやら、争いは避けられないらしい。

「マルコ……やれ。全員殺せ」


 次の瞬間、マルコは動いた。

 まず、後ろで武器を構える二人に突っ込む。そして薙ぎ払うような手の一撃。二人は、その一撃で首をへし折られ即死した。

 だが、マルコの動きは止まらない。薙ぎ払った直後に向きを変える。そして、一気に跳躍――

 立っているギブソンを軽々と飛び越え、三人の男たちの目の前に立つ。その間、十秒もかかっていない……。

 一方の男たちは、ぽかんとしている。何が起きたのか、事態を把握できていないのだ。きょとんとした目で、目の前に現れたマルコを見つめている。

 だが、マルコは戦いが始まったら躊躇しない男だ。

 まるで稲妻のような速さで、三人に襲いかかった。


 一方的な殺戮は、一分もかからずに終わった。その間、ギブソンは冷静に辺りを警戒しながら男たちの体や持ち物を調べた。金は数千ギルダン、あとは指輪や時計など……金目の物は全て奪い、さらにマルコの体に合いそうな服も剥ぎ取った。マルコはまるで忠実な番犬のように、地面にしゃがんで待っている。そう言えば、こいつらは虎の会から許可を得ていると言っていたが……。

 いや、仕方ない。奴らから仕掛けてきたのだ。これが原因で、自分たちの立場が危うくなるのなら……その時はその時だ。

 一人の男のポケットから、奇妙な物を見つけた。ゼンマイ仕掛けのオルゴールだ。手のひらに隠れるくらいの、小さなサイズの物である。ギブソンはそれもポケットに入れた。そして立ち上がる。

「待たせたなマルコ……帰ろうか」




「ギブソン……仕事はどうなった?」

 地下室に入るなり、おずおずと尋ねるマルコ。歩いている間、ずっと気になっていたのだろう。ギブソンは微笑んでみせた。

「決まったよ」

「ほ、本当か! で、オレは何をすればいい?」

「……殺しだ」

「殺しか! わかった! すぐやろう! 誰だ! 誰を殺ればいい!」

 マルコは恐ろしい勢いでギブソンに迫る……慌てたギブソンは、両手を上げて制した。

「マルコ落ち着け! いいか、こういうのは段取りが大事なんだよ。明日、オレが調べてみるから……あとな、仕留めれば金も貰えることになったぞ」


 そう、ジュドーは言ったのだ……タダ働き? オレはそんなセコい真似はさせない、仕留めれば金はちゃんと払う、と。金二十万ギルダンを払うと約束したのだ。

「ウチの相場よりはだいぶ安いが、これは試用期間てことで、な」

 などと言っていた。もっとも、ギブソンとしてもありがたい話だったが。金はいくらあっても、困ることはない。


「わかった……ギブソンに任せるよ」

 マルコはおとなしく、その場に座った。素直な態度である。先ほど五人を一瞬にして片付けた姿からは、想像もつかない……ギブソンはポケットに手を入れ、先ほど奪った小さなオルゴールを取り出した。

 そしてマルコの前でゼンマイを巻き、音楽を鳴らして見せる……すると、マルコの表情が変わった。

「ギブソン……なんだそれは?」

「オルゴールだよ……いるか?」

「く、くれるのか?」

 マルコの表情が、またしても変化する。喜んでいるらしい……ギブソンは頷き、手渡した。

「お、おおお!」

 マルコは吠えながら、ゼンマイを巻いた。そしてオルゴールから流れる音楽を聴いている……顔には奇妙な表情。どうやら、うっとりしているようだ。

「マルコ……いじくり過ぎると壊れるぞ」

 そう言いながら、ギブソンは袋から食べ物を取り出す。パンと肉、そして牛乳だ。出会った頃のマルコは、自分で仕留めた人間を食べていたのだ。別に人肉の味が好きだったわけではないらしい。ただ、もっとも簡単に捕まえられる生き物だったというだけなのだろう。

 だが、ギブソンと暮らすようになってからは……マルコは人間を食べなくなった。ギブソンは少しずつ、マルコに人の生き方を教え込んでいったのだ……人肉への欲求を忘れさせるため、多少無理をしてでもマルコの好きな物を食べさせるようにはしている。


 美味そうに牛乳を飲み干すマルコ。そしてオルゴールをいじり始める。マルコは牛乳が好きだが、音楽も好きなようだ。いずれは、携帯用の音楽プレイヤーでも買ってやるとしよう。

 だが、その前に……。

 仕事を片付けなくてはならない。






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