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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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少女の信仰・後編

 そこは、もはや人の住める場所ではなかった……。

 かつて、村は巨大な柵に囲まれていた。女たちが力を合わせて造り上げたものだ……しかし、その柵は無残に壊されている。

 村には老婆の死体、そして必死に抵抗したらしい女たちの死体がある……かつて広場だったはずの場所に、惨たらしく放置されていた。

 住居だったはずの所には火が点けられ、近寄ることもできない……。

 マリベルは崩れ落ちた。そのまま、呆然とした表情で村が燃えているのを見ていることしかできなかったのだ。


「マリベル……可哀想だがな、こうなったら、他所に行け。お前はまだ小さい。誰かの養女に――」

「ふざけるな! ここが何処だかわかってんの!? エメラルド・シティなんだよ! ここには悪い奴しか居ないんだ! 養女になんか、してもらえるわけないだろ!」

 マリベルは男に怒鳴りつけ、泣き崩れる……彼女は全てを失ってしまった。もう、母親も姉もいない。帰る場所も燃えてしまった。

 まだ幼いマリベルに、人外や野生の獣が蠢くこの地で生きる力などないのだ。


「何で……止めたの……あたしも死ねば良かった……ママやお姉ちゃんと一緒に殺されてりゃ良かった……みんなと一緒に……」

 男を睨み、呟くように言うマリベル。だが、男は首を振った。

「お前の家族は……たぶん生きてるぞ。村の規模の割りに、死体の数が少なすぎないか? お前なら、住んでいたからわかるだろう? 死体は……全部で四人だ。四人分の匂いしかしない」

「え……匂い?」

「あ、ああ……そんなことはどうでもいい。見ろ、この足跡。明らかに、大勢の人間が向こうの方に歩いて行ってる。村人たちは、何者かに連れて行かれたんじゃないか……」

「ほ、本当!?」

 マリベルは顔を上げる。男は頷いた。

「ああ……その可能性は高い。だがな、一つ教えてくれないか? 女の死体しかないのは、どういう訳だ? 女を殺して男だけを連れ去って行くような妙な連中がいるのか?」

「……」

 マリベルは迷った。この男は、明らかに妙だ。そもそもの出会いからして変だった。果たして、信用していいのかはわからない。

 だが、今この状況で頼れるのは……目の前にいる男しかいない。名前も知らない、この奇妙な男だけなのだ。マリベルはためらいながらも、喋り始めた。




「なるほどな……ところでマリベル、女たちをさらった連中だが、心当たりはあるか?」

 男が尋ねると、マリベルは頷いた。

「最近、この辺に住み着いた男たちがいるって聞いた……村のみんなは、見つからないように暮らしてたんだけど……」

「そうか。とにかく、お前はここから離れろ。うかうかしてると、お前までそいつらに捕まるぞ」

「……」

 マリベルは悲しそうな表情でうつむいた。男はしゃがみ、マリベルの顔を覗きこむ。

「マリベル……お母さんとお姉さんは生きてる。なら、次はお前が生き延びることを考えろ。生きてれば、再会できる可能性もある。だが、下手な考えを起こして命を落としたら……永遠に会えなくなるんだぞ。今はまず、逃げるんだ」

 男の言葉を聞き、マリベルは顔を上げた。

「じゃあ、ママとお姉ちゃんはどうなるの?」

「……」

 今度は男が下を向く番だった……口を結び、険しい表情をしている。

 マリベルは男にすがりついた。

「ねえ! ママもお姉ちゃんも売られるんでしょ!? 酷い目に遭わされるんでしょ!?」

「仕方ないんだよ。とにかく、お前には逃げることしか出来ないんだ。さっさと逃げろ」

「ママとお姉ちゃんが……何をしたって言うの……何でこんな目に遭うの……酷いよ……酷すぎるよ……」

 涙を流し、訴えるマリベル……男は目を逸らした。

「オレは、ここの人間じゃないから分からないが……相手は平気で人を殺す連中なんだろ? しかも数も多い。お前じゃあ、勝ち目がない。おとなしく逃げるんだ」

「……」

 マリベルは唇を噛みしめ、下を向く。彼女の体は震えていた。だが、それは恐怖によるものでないのは明らかだ。

 次の瞬間、マリベルは首から下げられていたペンダントをむしり取り、地面に置いた。

 そして、ペンダントに付けられていた、白い狼の人形に向かい叫ぶ。

「神様……今まで祈らなくてごめんなさい。でも、お願いです! ママとお姉ちゃんを助けてください! お願いです!」

 人形には、何の変化もない。

 だが、マリベルは胸の前で両手を組み、人形に向かい叫び続ける。

「白い狼の神様! お願いです! あたしに出来ることなら何でもします! だから……ママと……お姉ちゃんを……助けて……お願い……」

 言いながら、マリベルは泣き崩れた。地面に手を着き、嗚咽を洩らしながら人形に懇願する。

 だが、人形は何も応えない。泣きながら懇願するマリベルを、じっと見つめているだけだった。


「もういい……お前なんか……二度と信じてやらない……このぉ!」

 声と同時に、マリベルは人形を拾い上げた。そして地面に叩きつける……人形は泥にまみれた。白い人形が、泥の色に染まる。

 その時、黙りこくっていた男が口を開いた。

「その人形は何なんだ?」

「クメンの村の……長老がくれた……白い狼の神様が……だずげでぐれるっで……うぞだっだ……パパもじんだ……ママもお姉ぢゃんもいなぐなる……なのに……だずげでぐれない……みんな……うぞばっがり……がみざまなんで……いやじない……」

「そうか……白い狼の神様、か……」

 そう言うと、男は人形を拾い上げた。

「なあマリベル、この人形だが……報酬代わりにもらっておく。今から二人で、そいつらの所に行こう。行って頼んでみようぜ」

「え……」

 マリベルは涙を拭い、男の顔を見上げる。だが、男の顔は真剣そのものだった……先ほどまでの、飄々とした雰囲気が消え失せている。

「さあ、行こうぜ。行って……お前の口から、奴らに頼んでみるんだ。神様ってのも、居るのかもしれねえな……現にオレとお前が、こうして逢えたんだし」

 言いながら、男はしゃがみこんだ。そして微笑む……マリベルは何故かうろたえ、目を逸らした。

「で、でも……あたし、あいつらの居場所を知らない……」

「オレには分かる。さあ、早く行こう。ぐずぐずしてると、ママもお姉ちゃんも売られちまうぞ」

 男はおもむろに、マリベルの腕を掴み立たせた。そして歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ! あんた、名前は?」

「ユウジだ」




「で、お前ら二人はのこのこ歩いて来たってわけか。とんでもねえ度胸だな。あるいは、イカレてんのか……」

 リーダーの男がそう言うと、周りの子分たちは追随するように下品に笑った。


 マリベルとユウジは、村を襲った一味のアジトに来ている。アジト、と言っても……あちこちにテントや粗末な小屋が建てられているだけだ。

 そしてマリベルとユウジは、大勢の男たちに囲まれていた。巨大な棍棒や石斧などの原始的な武器を担いだ男たちに……。

 マリベルの体は震え、足は完全にすくんでいる。かろうじて、ユウジが腕を掴み支えていてくれているものの……そうでなければ倒れてしまいそうだ。

 だが、マリベルは思い出した。

 母と姉を救うには……自分が何とかするしかないのだ。


「お、お願いです……ママとお姉ちゃんを助けてください……出来ることなら、何でもします……だから……」

「お嬢ちゃん、そいつは無理だ。今、お嬢ちゃんの言うことを聞いたとしよう……そしたら、どうなる? 他にも、そんな連中がやって来る。そして言うだろう……うちの娘を返せ、うちの嫁を返せ、とな。そいつらの言うことをいちいち聞いてたら、こっちはやっていけねえ……命だけは助けてやる。さっさと消えるんだ……オレの気が変わらないうちにな」

 そう言うと、リーダーはマリベルを見つめる。

 だが、マリベルは怯まなかった。いや、怯みながらも引かなかったのだ。

「お願いです! ママとお姉ちゃんを……助けてください!」

「しょうがねえな……じゃあ、お嬢ちゃんも家族と一緒にさせてやる。それなら寂しくねえだろ……」

 リーダーがそう言って、目配せした……と同時に、二人を取り囲んでいた男たちの輪が狭まり――


「なあ待てよ……あんたら、何も感じないのか?」


 ユウジの声。リーダーは薄笑いを浮かべた。

「何がだ?」

「こんな幼い少女が、自分の命を懸けて交渉しに来たんだぞ……お前らみたいな極悪な連中に。お前ら、この勇気に触れて……何も感じないのか?」

 ユウジはゆっくりとした口調で尋ねる。しかし、リーダーは笑いながら首を振った。

「そんなもんにいちいち感動してたら、ここじゃやっていけねえよ……お前、邪魔するなら殺すぜ。男は要らねえと、奴らは言ってるんだ……さっさと消えろ」

 その言葉を聞き、ユウジはため息をつく。

 そして口を開いた。

「オレはな、この世界には干渉したくなかった。過ぎた干渉は……この世界にいい結果をもたらさない。この世界に存在しないはずのオレの行動は、この世界の未来を大きく狂わせるかもしれない……だから、オレは干渉したくなかったんだよ」

「はあ? お前なに訳わかんねえこと言ってんだよ! 消えねえと殺すぞ!」

 一人の男がわめき、ユウジの襟首を掴む。

 だが、ユウジは襟首を掴まれながらも平然としている。そして、男の腕を握った。

 次の瞬間、骨が砕けるような音が響き渡った……悲鳴を上げ、腕を押さえてうずくまる男。

 ユウジは、冷酷な表情でそれを見下ろしながら言葉を続けた。

「でもな、やっぱり我慢できねえわ……マリベル、地面に伏せてろ」

 呆然として、事の成り行きを見ていたマリベルだったが……ユウジの言葉を聞き、慌てて地面に伏せる――

 次の瞬間、何が起きたのかマリベルにはわからなかった。

 ユウジが動く。まるで竜巻のように……男たちは竜巻に巻き込まれ、もしくは自ら竜巻に向かって行き、次々と弾き飛ばされていった。体の大きな男たちが、一瞬にして弾き飛ばされ、そして死体と化していく……その様を、ただただ呆然と眺めているだけだったのだ。


 そして、あれだけいた男たちは……全員、地面に倒れていた。傷一つなく、ただしピクリとも動かない状態で。

 一方のユウジは涼しい顔である。息一つ乱さず、辺りを見回している。マリベルは思わず尋ねた。

「あ、あんた一体――」

「あそこだ」

 そう言って、ユウジはひときわ大きな掘っ立て小屋を指差す。

「何……あれがどうかしたの?」

「あそこに女たちが捕らわれてる」


 マリベルとユウジが近づいて行き、小屋の扉を開けると……。

 村の女たちが全裸で縛られ、猿ぐつわを噛まされた状態で地面に転がされていた。

 マリベルの表情が一変する。

「み、みんな! 今ほどいてあげるから!」

 マリベルは慌てて近づき、縄をほどこうとする。しかし、固く結ばれていてほどけない。マリベルは振り向いた。

「ちょっとユウジ! 手伝ってよ!」

 怒鳴りつけるマリベル……だが、ユウジは突っ立ったまま、裸の女たちを興味深そうに見ていた。笑みを浮かべながら……。

 マリベルの顔が、怒りで真っ赤になる。

「こんな時に何考えてんだ変態! さっさと縄をほどけ!」

「え……あ、ああすまん。あまりにも素晴らしい眺めなんでな。オレ天国に来たかと思ったぜ――」

「黙ってほどけ変態! 目をつぶってやれ!」

「人使いの荒い奴だなあ……ちょっとくらい見てもいいだろうが。ねえ、お姉さんたち」

 ぶつくさ言いながら、ユウジは目をつぶったまま縄をほどいていった。


 だが、数人を解放した時……いきなりユウジは立ち上がる。そして、面倒くさそうに扉を見つめた。

「ふう……やっぱり来やがったか。おかしいと思ったんだよな。あんな典型的ヒャッハーなバカ共が、こんな美女たちを裸にひん剥くだけで何もしないなんてよ……」

 ユウジは誰にともなく言うと、マリベルの方を向いた。

「マリベル……明日の夜、もう一度あの湖まで来てくれ。それと、お姉さんたち……外に出るなよ。今、人を食らう化け物が来てる……追っ払ってくるよ。すぐ終わるから、ここで待ってろ」

 そう言うと、ユウジは外に出て行った。

 マリベルは慌てて、後を追う。

「ちょっとユウジ! どういうこと――」

 だが、マリベルは後の言葉を呑み込んだ。

 全裸の男たちが、ゆっくりとこちらに近づいて来ている……全員、まがまがしい表情だ。瞳は不気味な光を放ち、そして歪な体つきをしている。まるで獣のような……。

 マリベルは震えだした。彼女の本能が告げる。目の前にいるのは捕食者なのだ……ここでは、人間が食われる立場。自分たちは餌なのだ。そして、ようやくマリベルは理解した。奴らが村の女たちを捕えたのは、化け物共の餌にするためだったのだ。

 しかし、ユウジは平然としていた。異形の者たち一人一人を、ゆっくりと見回す。。

「なるほど……お前らが野犬を支配していたのか。道理で、オレの言うことを聞かねえはずだよ……」

 そう言うと、ユウジは上を向いた。

 そして吠える。

 狼の遠吠えを……。

 その瞬間、まばゆく白い光が辺りを包む――

 だが、光は唐突に消える……さらに、ユウジの姿も消えていた。

 そして、ユウジの居たはずの場所に出現したもの、それは巨大な白い狼だったのだ。


「う、嘘……」

 マリベルは呆然と立ち尽くす。白き狼の姿は、あまりにも現実離れしていた。白く輝く毛皮をまとった姿は、神々しささえ感じられる。異形の者たちとは、真逆の空気が周囲に漂っていた……。

 次の瞬間、異形の者たちは逃げ出した。恐怖に捕らわれた様子で、我先に森の中へと逃げていく……。

 白い狼は後を追い、森の中へと消えていった。




 翌日、マリベルは森の中を歩いていた。ユウジとの約束を果たすために……。

 夜の森は暗く、不気味な雰囲気だ……にもかかわらず、何故かマリベルには安全だという確信があった。事実、彼女は何物にも邪魔されることなく進み、やがて湖へと到着した。

 湖には、ユウジがいた……マリベルの姿を認めると、片手を上げる。

「マリベル……オレはそろそろ帰らなきゃならない。お別れだ……元気でな」

「あんた……神様だったんだね……」

 マリベルの言葉に、ユウジは頭を振る。

「そんな上等なもんじゃない。ただの妖怪さ。それよりも、こいつは返すぜ。やっぱり、お前が持っているべきだ」

 そう言うと、ユウジはマリベルの手に何かを握らせた。

 あの、白い狼の人形だ……。

「こいつには、魔よけの効果があった……だから、あの怪物たちは村に近寄れなかったんだよ。もっとも、人間相手じゃ何の効力もないが……いずれにしても、こいつにも少しは効果があったってわけだ」

 そう言うと、ユウジはマリベルの頭を撫でる。

「じゃあな、マリベル。元気で――」

「村に……残って……くれないかな」

 ためらいながらも、そう言ったマリベル……ユウジの表情が険しくなった。

「それは無理だ――」

「あたしの……出来ることなら……何でもするから……あたし、必ずボンキュボンの綺麗な大人の女になるから……ここに残って……村を守って……お願いだから……」

 そう言うと、マリベルはユウジの顔を見上げた。その顔は真剣そのものだ。真っ直ぐな瞳で、ユウジを見つめている。

 そんなマリベルに応えるかのように、ユウジも真剣な表情になった。

「マリベル……オレはここにはいられない。オレは異世界から来たんだ。オレがここにいたら、必ず災いが起きる。本来、この世界に存在しないはずの者が存在する……確実に、よくない結果をもたらすんだ。本来の事象の流れから、大きくはみ出すんだよ……どうなるのか、オレにもわからない――」

「もう……いいよ……あんたの話……ワケわかんない……要するに、ここに居たくないんでしょ……勝手に行けば……いいじゃん……変態親父……」

 マリベルはうつむきながら、そう言った。じっと何かをこらえているかのように、体が震えている。

 ユウジは微笑んだ。

「それに、オレにも守らなきゃならない奴がいる。オレを待ってる奴がいるんだ……」

 言いながら、ユウジはマリベルの頭を撫でる。

「元気でな……」


 そして、ユウジは湖の中に入って行く。

 次の瞬間、まばゆい光とともに……ユウジの姿は消え去っていた。




 その後、私たちは皆で村を再建した。

 街のギャング『虎の会』の幹部である、カルメンという女がこの村の噂を耳にして、資金援助をしてくれるようになったらしい。

 私たちは村を建て直し、武器を揃え、女の戦士を育て上げて戦いに備えた。こうして、村は大きくなっていった……そして月日が流れ、成長した私は村のリーダーとなったのだ。

 ユウジは……それから二度と、私たちの前には現れなかった。どこから来たのか、どこに消えたのか、全く謎だ。本当に神様だったのではないか……そう思うこともある。

 確かなことは一つ。ユウジは今も、私の胸の中で生き続けている。

 あれから六十年以上経った、今でも……。





 少女の信仰《完》



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