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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の涙 3

 翌日の午後三時、ギブソンは食堂『ジュドー&マリア』を訪れた。大衆食堂の雰囲気が色濃く漂う、この店だが……なぜか観光客には人気のようである。そういえば、時々ではあるが、店にアイザックとカルメンが出ているらしい。サイボーグを思わせる無骨な雰囲気の持ち主である大男のアイザックと、南国の陽気な美女を思わせるカルメンの両極端なコンビは、観光客の好奇心をくすぐるのかもしれない。特にカルメンは、顔と体だけ見れば……大陸のモデル顔負けの美しさである。スケベ親父たちの視線を釘付けにするくらい簡単なことなのだ。

 もっとも、彼女に下卑たジョークを飛ばしたり、ましてや尻に触ろうものなら……確実に叩き出されることとなるだろう。アイザックとカルメンは、観光客が相手でも容赦しない数少ない住民のうちの二人だからだ。


 店の奥の扉を開け、地下に降りて行くギブソン。いつも思うのだが、この地下一階の暗く物悲しい雰囲気は何とかならないのだろうか。もし鬱状態の人間をここに閉じ込めたら、一日で首を吊るのではないか……などとギブソンは考えながら、奥にあるジュドーの部屋へと向かう。

 扉の前に立つと、ギブソンはため息をついた。どうせ、良からぬ話に決まっているのだ。しかし、有無を言わさず殺られる……という展開は、どうやら避けられそうだ。もっとも話し合いの結果次第では、そちらに転ぶ可能性もなくもないが……。

 考えていても仕方ない。ギブソンは、扉を軽くノックした。

「開いてるよ。入んな」

 ジュドーの声は、いつもと変わらぬ調子だった。ギブソンは扉を開け、中に入って行く。


「なあギブソン……お前、このエメラルド・シティに来てどのくらいになる?」

 ジュドーの声も表情も、普段と変わりない。ギブソンも普段通り、ヘラヘラ笑って見せた。

「そうですね……そろそろ一年近くなりますか」

「だったら、分かるよなあ……観光客と揉めるのはマズいってことに」

 ジュドーの声は相変わらずだ。しかし、横にいるアイザックとカルメンの表情はいつもより険しい。ギブソンは頭を掻きながら、ペコペコ頭を下げる。

「え、あ、いや本当にすみません。何かムシャクシャしてまして――」

「本来なら、それなりのペナルティーを負って貰うところだが、まあ今回は大目に見よう。ウチの人間が絡まれていた訳だし、こいつらも観光客とはしょっちゅう揉めてるしな……」

 ジュドーは言葉を止め、アイザックとカルメンを手で指し示す。だが、二人はジュドーの方を見ようともしない。ギブソンをじっと睨んでいる。

「それにな、最近では図に乗ってる観光客も多いんだわ……困ったもんだよ」

 言いながら、大げさな身振りで両手を挙げ首を振るジュドー。ギブソンは目の前の男の真意が今一つ読み切れず、どうしたものかと思った。仕方なく、ヘラヘラ笑いながら頷く。

「い、いや、そうですか……すみません」

 言いながら、ギブソンはペコペコ卑屈な態度で頭を下げ続ける。しかし内心では、ジュドーの腹の中を読み取ろうとしていた。自分を呼び出した本当の目的が何なのか、今一つわからない。他の狙いがあるような気がする。こんなことくらいで、わざわざ呼び出すだろうか……。


「ところでギブソン……先日、ウチと契約してる連中が何者かに殺された。いや、全滅させられたんだ。リックって奴だ。お前も競りの会場で、何度か顔を合わせたことがあるはずだが……」

 そう言うと、ジュドーはギブソンの顔を見つめる。この件が、今日の本題らしい……しかし、ギブソンは表情一つ変えずにジュドーの視線を受け止める。

「おやおや、そんなことがあったんですか……知りませんでしたよ。実に物騒な話ですね」

「ああ、物騒な話だよ。なんたって、殺し屋五人が全滅させられたんだからな……お前らも気をつけた方がいいぞ」

「おっかない話ですね。気をつけますよ」

 すました顔で答えるギブソン。もっとも、リック率いる殺し屋チームを全滅させたのは、他ならぬギブソンとマルコなのだが……さらに言うと、それを命じたのはギース・ムーンだ。もし、この事実が知られたら……確実にタダでは済まないだろう。下手をすると、戦争にもなりかねない。


「まあ、リックたちも方々で恨みを買っていたらしいからな……そもそも、殺し屋なんて仕事をしていれば、いつ死んでも不思議はない。しかしだ、こんなことが続くようだと、オレの方も何らかの手を打たざるを得ないんだよ。ギャングってヤツは、舐められたら終わりだからな……オレの言わんとすることがわかるよな、ギブソン?」

 尋ねるジュドーの表情は優しげだ。しかし、その言葉の奥に秘められたものは重い……ギブソンは目の前の男が、事の真相に薄々ではあるが、気づいているかもしれないと察した。

 だからといって、態度を変える気もないが。こんな展開になるのは、もとより覚悟の上だ……今さら本当のことは言えない。毒を食らわば皿まで、だ。

「ええ……リックたちを殺した馬鹿野郎共は、今頃は家でブルブル震えているでしょうね」

「だといいがな……とにかく、観光客と揉めるのは程々にしておけ」

 そう言うと、ジュドーは人懐こそうな笑みを浮かべた。




 食堂を後にしたギブソン……ジュドーは恐らく、自分がリックたちを殺したことに気づいている。少なくとも、疑わしいとは思っているはずだ。にもかかわらず、釘を刺す程度で止めた……これはどういうことなのだろう?

 ギブソンは考えながら歩いていた。すると――

「な、なあギブソン……大丈夫だったか?」

 後ろから、不意に声をかけて来た者がいる。ギブソンが振り返ると、そこに立っていたのはステファンだった。

「あ? 何がだよ?」

 ギブソンが面倒くさそうに尋ねると、ステファンは下を向いた。そして、何やらためらうような仕草をしている。

 ギブソンはすぐに、相手が何を言わんとしているかを察した。

「こないだの礼なら、別に言わなくていい。オレは忙しいんだ」

「んだと! 誰がてめえに礼なんか言うか! てめえに助けてくれなんて、こっちも頼んじゃいねえんだよ! 勝手にしゃしゃり出てくんじゃねえよ!」

 突然わめきちらし、そして去って行くステファン……だが、ギブソンは彼の言葉や態度にいちいち反応してはいられなかった。さっさと帰ろう……ジュドーに釘は刺されたものの、今のところは何とか無事にしのげたらしい。

 しかし、こんなことが続けば……確実に消される。




「マルコ、帰ったぞ」

 そう言いながら、家に入っていくギブソン。すると、アメデオがきゃんきゃん鳴きながら出迎えた。いつもの通りだ。

 しかし、マルコは出てこなかった。本を読みふけっているのだろうか。ギブソンは奥に入っていく。

 マルコは下を向き、膝を抱えて座っていた。明らかに様子がおかしい。ギブソンは不安になった。

「おいマルコ、どうしたんだ?」

 ギブソンが尋ねると、マルコは顔を上げた。

「あ、ギブソン……おかえりなさい……」

 マルコの言葉には、元気がなかった。ギブソンは訝しげな表情になる。一体、どうしたのだろうか……昨日までは、ギブソンが帰ってくるなりマルコの方から色々と話しかけてきたのだが。

「おいマルコ……どうしたんだよ? オレの居ない間に何かあったのか?」

「別に……何もないよ」

 マルコは力の無い声で答えた。明らかに、何かあったとしか思えない。だが、マルコはギブソンに言いたくないようだ。

 ギブソンは一瞬、迷ったが……それ以上は追及しないことにした。言いたくないことを、無理に喋らせる必要はない。マルコは気持ちの真っ直ぐな少年だ。時が来れば、自分から言い出してくれることだろう。

 ギブソンは心の中に引っかかるものを感じながらも、それ以上は触れないことにした。あえてマルコには何も聞かず、そのまま座り込む。そして、いつも通りの生活に戻っていった。マルコの口数が少ない点についても、気にしないことにした。ギブソンには考えなくてはならないことが多すぎる。さしあたっては……今の微妙な立場をどうするか、だ。

 どの勢力に付くのか……いずれ、自分とマルコの立場をはっきりさせる必要があるかもしれない。

 ギブソンは様々なことを考えながら、マルコとアメデオのために食事の支度を始めた。




 翌日、アメデオのけたたましい吠え声で起こされたギブソン。窓を見ると、既に陽は高く昇っている。いつもなら、とっくに目を覚ましている時間帯だ。あるいは、マルコが起こしてくれるか……精神的に疲れていたのかもしれない。

 ギブソンは眠い目をこすりながら、周りを見回した……その時、ようやく異変に気付く。

 マルコがいないのだ。


 ギブソンは首を傾げる……アメデオを置いたまま、いったい何処に行ったのだろうか。ギブソンはもう一度、辺りを見回した。すると、妙な紙切れが目についた。ギブソンは紙を手に取る。


(ちょっと用事が出来たから出かけてくる。すぐに戻るから心配しないで)


 マルコの字で、そう書かれていた。いったい何事が起きたのだろうか……ギブソンは不安を感じ、武器を身に付ける。そして外に出かけようとした。

 その時、アメデオが足元に突進して来た。そして狂ったように吠えまくる……ギブソンは立ち止まり、アメデオを見た。アメデオは床に尻を着け、不安そうにギブソンの顔を見上げている。

「仕方ねえ、お前も来い……一緒に探そう」

 そう言って、ギブソンはアメデオの首輪に縄を付けた。

 そして、縄を片手に家を出る。


 思い出してみれば、マルコの昨日の様子は明らかにおかしかったのだ。ギブソンと一言も話そうとせず、ぼんやりとしていた。

 そんなマルコに対し、違和感を覚えたのは確かだ。しかし、ギブソンは放っておいた。どんな問題が生じたかは不明だが、父親代わりの自分が下手に口出しするよりは、自力で解決させた方が良いのではないか……と思ったのだ。

 だが、その選択は間違っていのかもしれない……。


「よおギブソン……とりあえず、こんちは。このエメラルド・シティで、可愛いワンコ連れてお散歩かい。粋だねえ、まったく」

 不意に、後ろから声をかけてきた者……このとぼけた口調、「とりあえず」という口癖は確かめるまでもない。バーター・ファミリーのサンズだ。

 しかし、今はこの男の相手をしている暇はない。サンズと会話をしていると、単なる立ち話が時には数時間にも及ぶことがあるのだ……ギブソンは気づかぬふりをして立ち去ろうとしたが、ふと思いついたことがあった。彼は足を止める。

 そして振り向いた。

「なあサンズ、お前マルコ見なかったか?」

「マルコ? いや見てないぜ。どうかしたのか?」

「実は……いなくなったんだ。すまんが、お前も探すの手伝ってくれよ」

 ギブソンが言うと、サンズは目を丸くする。そして大げさな身ぶり手ぶりで喋り始めた。

「えええ!? いや昨日なんだが、オレな、たまたまお前らの家の前を通りかかったんだよ……」


 サンズの話は、相変わらず要領を得ないものだ。しかも、放っておくと話の内容があちこちに飛ぶ……だが、それでも何があったかは聞くことが出来た。

 どうやら、ケイの姉であるユリが昨日、ギブソンの留守中にマルコのもとを訪れていたと言うのだ……マルコはそれ以来、様子が変になったらしい。

 サンズは、ユリが家から出て行くのを見た。そして、呆然とした様子のマルコも見た。だが、二人の間に何があったかは聞いていないと言う。


「てことは、ユリなんだな……あのクソガキが、マルコに何かを吹き込んだんだな……」

 ギブソンの表情は静かなものだった。しかし、その言葉に秘められたものは怒りだ……ギブソンは凍りついた表情のまま、アメデオを連れて歩き始めた。

「お、おい……とりあえず、オレも行くぜ。待ってくれよう」

 そう言いながら、慌てて追いかけて行くサンズ……二人と一匹は、孤児院へと向かい歩いて行った。


「おい、お前ら……ユリを出せ……」

 孤児院に着くなり、子供たちを睨み付け、低い声で言うギブソン……子供たちは、いつもと違うギブソンの表情に怯えて後ずさって行った。

 すると、モニカとジョニー、そしてユリとケイが現れる。

「ちょっと……どうしたんだいギブソン。穏やかじゃないね」

 険しい表情でそう言いながら、前に進み出るモニカ……だが、ギブソンは彼女を見ていなかった。

「ユリ……てめえマルコに何を言ったんだよ……」

 ギブソンの声。そこには冷ややかな殺気が含まれていた……しかし、ユリはプイッと横を向く。

「別に……大したこと言ってないよ――」

「オレは……何を言ったのかと聞いたんだぜ!」

 言うと同時に、拳銃を抜くギブソン。しかし、ジョニーが動いた。大柄な体に似合わぬ素早い動きで、ギブソンの腕を掴み関節を極める……ギブソンは思わず声を上げ、拳銃を落とす。

「離せジョニー!」

 わめきながら、もがくギブソン。だが、ジョニーは腕を離さない。

「ギブソンてめえ……おとなしくしねえと腕をへし折るぞ」

 低い声で唸るジョニー……すると、今度は彼の喉元に不気味な刃が突きつけられた。

「おい、でかいの……とりあえずギブソンの腕を離せや」

 サンズの右腕は、まがまがしい刃物の形状へと変貌していた。その刃を、ジョニーの喉元へと突きつけている。

 だが、ジョニーは怯まない。

「何だてめえ……オレにケンカ売ってんのか」

「いや……とりあえず、オレはトラブルは嫌いだ。しかしな、お前が殺り合いたいなら……とことん付き合うぜ」

 不敵な笑みを浮かべ、言い放つサンズ。

 二人は睨み合った。その場の空気が、殺気に支配されていく。腕の関節を極められているはずのギブソンですら、二人の間の空気に呑まれていた……だが、モニカの声が殺気を打ち消した。

「ちょっとあんたら! 殺し合うなら外でやんな! ユリ! あんたマルコに何を言ったんだい!?」

 声と同時に、モニカはユリの襟首を掴み、睨み付ける……するとユリは不貞腐れたような表情で、口を開いた。


「別に……ガロードに勝てたら、ケイと友だちになってもいいって言っただけだし……あたし悪くないし……あんなの、ただの冗談なのに……」


 ギブソンは愕然となった……一瞬、めまいを起こしそうになる。ガロードと言えば、この街でも最強の吸血鬼だ。昼間でも活動でき、その力は一個旅団にも匹敵するとさえ言われている……。

 間違いない。

 マルコは、ガロードと戦いに行ったのだ。


「おいジョニー! さっさと離せ!」

 吠えるギブソン。すると、ジョニーはあっさり手を離した。しかし、その表情は明らかに変化している。苦虫を噛み潰したような表情へと……さらに、サンズの表情も変化している。いつの間にか、形状が戻った右手で頭を抱えていた。


「お姉ちゃん……何てこと言うのよ! マルコは戦いに行っちゃったんだよ! 早く行って止めないと!」

 事態が呑み込めると同時に怒鳴りちらすケイ。ユリも怒鳴り返し、二人の口喧嘩が始まった。

 だが、ギブソンはそんなことに構ってはいられなかった。

「サンズ……ガロードは何処にいる?」

 ギブソンの問いに、サンズは渋い表情で答えた。

「とりあえず墓地にいる……らしい。ただ、誰も見た奴はいないんだ。興味本位で訪れる奴は、みんなギースが追い払うし――」

 後の言葉はよく聞き取れなかった。ギブソンは向きを変え、走り出す。アメデオがその後を追う……。

「おい、とりあえずオレも行くぜ……ガロードを止められる自信はないがな……でもマルコほっとけねえしな……」

 ぼやきながら、ギブソンの後を追うサンズ。


「ジョニー……すまないがあんたも行ってくれるかい……ケイ、あんたも行くんだ。マルコを止められるのは、あんた以外にいない。それにユリ、あんたもだよ……万が一マルコが死んでたら、ギブソンにきちんと詫び入れるんだ。わかったね!」

 モニカの声が、孤児院に響き渡る。ジョニーは頷くと同時に、ケイをおぶって走り出した。

 ユリは不貞腐れた表情で、その後を追った。






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