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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の涙 1

 『野獣の涙』の主な登場人物です。


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎アメデオ

 マルコに飼われている子犬です。


◎ジュドー・エイトモート エメラルド・シティでもっとも規模の大きなギャング組織『虎の会』のナンバー2であり、有能なキレ者として知られています。


◎ギース・ムーン

 エメラルド・シティで墓守りをしている男ですが……一部では、この街のパワーバランスを一変させてしまう男であるとも言われています。


◎ケイ

 孤児院で生活している若い盲目の娘です。


◎ジョニー(ジョン)・バイパー・プレストン

 孤児院の用心棒をしている、厳つい顔の男です。


◎ガロード

 この街で最強の男……と言われている吸血鬼です。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。






 人が死ねば、涙を流す奴がいる。それが生きた証だ……昔、そんなことを言った奴がいたらしい。このエメラルド・シティでも、涙を流す奴はいる。ただ、その涙は大半が恐怖によるものだ。次が悲しさか……嬉し涙なんか流す奴は、ここにはほとんど居やしない。そういや、人の死を予知すると、泣きながらそいつの前に現れる妖精が居るらしいが……もし、その妖精がエメラルド・シティに現れたとしたら、涙が枯れちまうかもしれないな。もっとも、そんなシャレた妖精が現れたら……この街に巣食う人外共の餌になるか、あるいはギャング共に捕まり見世物にされるか、いずれにしてもロクなことにならないだろうが。


 ・・・


 ギブソンは今、奇妙な建物の前に立っていた。巨大な塀に囲まれた建築物だ。コンクリート製の塀は灰色で、古びてはいるがまだまだ役目を果たせるだけの頑丈さは維持していそうだ。鉄の巨大な扉は赤茶けており、錆び付いていることがわかる。しかし、こちらもまだ頑丈そうで、こじ開けるのは難しそうだ。一見すると……刑務所のようである。事実、ここはかつて刑務所だったのだ。

 しかし今は、エメラルド・シティの墓地となっている。そしてギース・ムーンもここに住み、墓地の手入れをしているらしい。

 先日、ギースから頼まれた仕事を果たしたギブソンとマルコ。そして今日は報酬を受け取り、さらにマルコの母親に関する情報をギースから教えてもらうつもりである。そのため、ギブソンはここを訪れたのだ。


 ギブソンは巨大な扉の前に立った。そして建物を見上げる。灰色の塀は、見るだけで陰鬱とした気分にさせてくれる。もし仮に、こんな刑務所に二十年も閉じ込められたとしたら、自分は自殺してしまうかもしれない……そんなことを考えながら、ギブソンは門を叩く。

 すると、中から眠たさそうな声。

「ああ、誰だ?」

「ギブソンだよ。報酬を受け取りに来た。さっさとしてくれ」

 ギブソンは、露骨に不機嫌そうな声で答えた。かつて、ギースに対し抱いていた敬意らしきものは消え失せている。はっきり言うなら、話すだけでも不愉快なのだ。貰う物だけ貰い、さっさと引き上げたい。

 しかし、その目論見は崩れた。扉が開くと同時に、ギースが顔を出す。

「ギブソン、中に入れよ。お前、ここに来るの初めてだよな……ちょっと見ていけ。お前もいつ、ここの厄介になるかわからないからな」

 そう言うと、ギースは中に入るように手で促す。ギブソンの苛立ちが増していった。

「オレはそんなに暇じゃねえんだよ。貰う物だけ貰って、とっとと帰りたいんだがな……」

「そう言うなよ。ちょっとでいいんだ。見て行ってくれよ」

 ギースは言いながら、一人でさっさと歩き出す。ギブソンは不貞腐れたような表情を浮かべながら、後から続いた。


 塀の中は妙に広い上、金網があちこちに張り巡らされていた。コンクリート製の小さな宿舎に似た建物があちこちに点在しており、それを高い塀が囲んでいる形だ。舗装された道はまっすぐ伸び、点在している各建物に通じていた。

 そして……塀で囲まれた場所の中心とおぼしき場所には、奇妙な一角がある。そこには点々と、大小さまざまな石碑が設置されていた。石碑の数は、二十は下らないだろう。石碑の周りには、色とりどりの花が植えられ、綺麗に咲き乱れている。

 ギースは真っ直ぐ進み、端にある木製のベンチに座った。

「さあ、こっちに来いよ。二人でゆっくり、お話でもしようや……」

 とぼけた表情で、そんなセリフを吐くギース。ギブソンの不快そうな表情など、気にも留めていないらしい。ギブソンは目の前の男を殴り倒したい衝動に駈られながらも、仕方なくベンチに座った。


「で、ギース……マルコの母親はどうしてる――」

「死んだよ」

「なんだと!?」

 ギブソンはギースを睨み付ける。だが、ギースは全く怯まない。

「そんな怖い目で見られてもなあ……マルコの母親だったミシェルという女はつい最近、死体で発見されたんだよ。調べるのに苦労したぜ。しかも、かなり酷い有り様だったらしい。頭蓋骨は変形、両手両足はへし折られてたらしい。なぶり殺しにされたみたいだなあ……あれは相当、強い憎しみがないと出来ないぜ」

「……」

 ギブソンは一瞬、マルコの仕業ではないかと疑った……だが、すぐに思い直した。有り得ない。マルコが自分に語っていた、母親に対する憎しみ。マルコははっきり言ったのだ、金を貯めて大陸に行き、自分の手で母親を殺す、と。あの言葉が嘘とは思えない。

 すると、ギースがニヤリと笑った。まるで、こちらの考えを読んだかのように……。

「まあ、マルコが殺るわけがないよな。だから、この女に恨みを持つ誰かがやったんだろうな……ついでに言うと、この女は育ての親なんだよ」

「ったく、よく調べたなあ……あんた、実は大陸から来たエージェントか何かなんじゃねえか?」

 ギブソンが嫌みたらしく言うと、ギースは苦笑しながら答えた。

「当たらずとも遠からず、だな。それはともかく、殺されたミシェルって女は……十二年くらい前に、どっかの女からマルコを預かったらしい。しかし、この女が酷い奴でな……近所の住民の話では、殴る蹴るは当たり前だったらしいぜ。家の中からは、毎日のように悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえてきてたって話だ」

 ギースは一切の感情を交えずに語る。一方、ギブソンの表情は堅くなった。

「ああ、マルコから聞いてるよ……ろくでもない母親だ、ってな。マルコは大陸に戻り、母親を殺すつもりだった」

「しかし、その母親は死んじまった。なあギブソン……マルコにそんなもん忘れさせて、ギャング連中とも縁を切らせて、この街で静かに暮らしたらどうだよ? マルコも最近、友だちが増えたみたいだし……お前さんも、その方がいいんじゃないのかい?」

 そう言いながら、ギースは穏やかに微笑む。ギブソンは自分の秘めたる思いを見透かされたような気分になった。一瞬、その言葉に心を動かされそうになったが……。

 ギブソンはすぐに思い出した。つい最近、この男に何をやらされたのかを。

「るせえよ……さっさと金よこせ。てめえは信用できねえんだよ」

「やれやれ……アイザックやカルメンだけじゃなく、お前からも嫌われちまったって訳か。まあ、しょうがねえよな」

 ギースは苦笑しながら、ギブソンに金の入った封筒を渡す。

 ギブソンは何も言わずにその封筒をひったくる。そして憤然とした表情で立ち去ろうとした。

 だが、その背中にギースの声が投げかけられる。


「なあ、マルコの本当の母親を調べてもらっているんたが……わかったら、教えてやろうか?」


 その言葉を聞き、ギブソンは立ち止まった。振り返り、憎悪に満ちた表情でギースを睨み付ける。

「てめえ……本当に汚ねえ奴だな……いつか殺してやる……」

 ギブソンの口調は静かなものだった。だが、その目は殺気に満ちている……ギースは目を逸らした。

「いずれ、オレも地獄逝きだろうな……だが、オレもまだ死ねない。お前にマルコがいるように、オレにもいるんだよ……面倒見なきゃならん奴らが」




 墓地を後にしたギブソン。彼の頭の中を、様々な思いが駆け巡っていく。マルコの母は既に死んでいたのだ……育ての母、だが。

 ギブソンは、このことをマルコに伝える気はなかった。いつかは伝えなくてはならないだろう。しかし、それは今ではない。今、話したとしたら……確実に良い結果にはならないであろう。


 では、いつだろう?

 いつ、伝えればいいのだ……。


 ギブソンは考えながら歩いていた。陽はまだ高く、観光客もうろうろしている時間帯だ。この辺りでは、いきなり銃を突きつけられたり襲われたりはしないだろうが……観光客の中には、勘違いをしている者もいる。エメラルド・シティは大陸の植民地のようなものであり、住民たちは自分ら大陸の人間の奴隷である、というような考えを持った不心得者が来ることもあるのだ。

 そして、今日も悪徳の街には観光客が大勢訪れている。ギブソンはふと、周囲を見回した。観光客はほぼ全員、緩みきっただらしない顔つきで通りを歩いている。自身の抱えている悩みのようなものとは、無縁の人生を歩んでいるのだろう……そんな観光客を見ているうちに、ギブソンは強い苛立ちを覚えた。手近な観光客の襟首を掴み、殴り倒したい衝動すら感じる。

 だが、観光客との揉め事はご法度なのだ。それに、家でマルコが待っている。ギブソンは観光客を避け、さっさと帰ろうと足を早めた。

 だが――


「この乞食が! 調子こいてんじゃねーぞ!」


 いきなりの怒鳴り声。ギブソンがそちらを見ると、観光客らしき数人の若者が一人の男を取り囲み因縁をつけている。

 その取り囲まれている男は……ステファンだった。

「おいコラ……人にぶつかっといて、何も言わないで行こうっての? てめえが社会のゴミだってのは見りゃ分かるけどな、せめて謝るくらいのことはしろよなあ!」

 リーダー格らしき若者が吠えた。それに対しステファンは、愛想笑いを浮かべながらペコペコ頭を下げている。しかし、若者たちは暴力に飢えているらしい。周辺の物を蹴飛ばしたり、唾をはきかけたりしている。これは確実に、ただでは済まないだろう。

 ギブソンは、ステファンがどうなろうと知ったことではなかった。この場で殺されたとしても、ギブソンとマルコの生活に大した影響はない。普段なら、見てみぬふりをして立ち去ったはずだ。

 しかし、今のギブソンはひどく機嫌が悪かった。さらに、若者たちの様子も気に入らなかった。観光客には手を出さない、その暗黙の了解を盾に暴力を振るうクズ……ギブソンに正義感など欠片もないが、そういうやり方を不快に思う部分は昔から変わらなかった。


 ギブソンは、つかつか近づいて行った。そして、後ろから手近な若者の襟首を掴み引き倒す。

 引き倒された若者は、抵抗する事すらできず地面に転がった。異変を感じた若者たちが、一斉にこちらを向く。

 若者たちの顔には、驚愕の表情が浮かんだ。観光客に手を出すのか、とでも言わんばかりに……だが次の瞬間、それは怒りに変わった。

「ステファン、とっとと失せろ。ガキ共、オレとも遊んでくれや」

 そう言うと同時に、ギブソンは走る。若者たちはわめきながら、ギブソンを追いかけて行った。


 ギブソンは走った。観光客の間をすり抜け、裏通りに入っていく。若者たちは罵声を浴びせながら、後を追って行った。

 本来ならば、観光客の入ってはいけないはずの場所に。


「あ、あの野郎……どこに行きやがった?」

 若者の一人が、不安そうに呟く。今になって、ようやく気づいたのだ。周囲の風景が一変していることに……。

 そこは、廃材で建てられた小屋とテントが立ち並んぶ通りであった。さらに廃墟と化したビル、ゴミの散らばる薄汚れた道路、あちこちから聞こえてくる得体の知れない何かの蠢く音……写真や映像でしか見たことのない、無法地帯の風景であった。

 若者たちは周囲を見回しながら、ジリジリと後ずさる。その時――


「おいおい、観光客が入ってきたぜ。トム、どうするんだ?」


 幼い子供の声が響く。と同時に、物陰から大勢の子供たちが現れた。全員、弓や銛などの武器を手にこちらを睨んでいる。全員の目には、冷ややかではあるが……はっきりとした殺意がある。

 そして、ひときわ体の大きい少年が進み出る。若者たちの顔に、怯えの表情が浮かんだ……。

 少年は若者たちの顔を見渡し、口を開いた。

「あんたら、観光客かい……身に付けてる物、全部置いていきな。でないと、殺すよ」


 そのやり取りを、物陰から覗き見ている者がいた。ギブソンである。彼もトムのことを知っていた。トムは最近、この辺りの浮浪児たちを仕切るようになった少年だ。ギブソンとも顔見知りである。物事の道理をわきまえている少年であり、暴力を好むタイプではない。トムならば、身ぐるみ剥ぐ程度で済ませるだろう……愚かな連中ではあるが、命まで奪う必要はない。






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