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野獣の願い 2

 このエメラルド・シティには、いろんな者が潜んでいる。ギャング、商人、逃亡して来たお尋ね者、異能力者、さらには人外の化け物……だが、そんな連中の棲む街であっても陽の光は当たる。太陽が出ている間は、人外はおとなしくしている。異能力者はもともと争いを好まず、ひっそり生きている者がほとんどだ。ギャングもまた、最近ではおとなしい。昼間から道端でひったくりやケチなかつあげのような真似をする者も、最近ではめっきり少なくなった。少なくとも、バク地区やシン地区のような場所ではまずあり得ない。この辺りのギャング組織は……末端に至るまで、ちゃんと教育が行き届いているのだ。

 もっとも、この辺りではひったくりすら命懸けの犯罪なのだが。狙う相手を間違えると、持ち物をひったくった直後に後ろから撃ち殺されることもある。あるいは通りすがりの人間が「裁くのはオレだ」とばかりに撃ち殺すケースもある。




 そんな中ギブソンは、シン地区にあるゴドーの店に来ていた。古ぼけた造りの店の入口には、奇怪なデザインの怪物の石像が設置されている。頭に角が生え、背中に翼の付いた大きな猿のような姿をした怪物だ。ギブソンは笑みを浮かべ、意味もなく像に敬礼する。そして店に入って行った。


「あんた……何が欲しいんだい?」

 店に入ると同時に、投げかけられた声。ギブソンがそちらを見ると、タバコをくわえた女が、じっとこちらを見ている。タフそうな雰囲気と長い金髪と白い肌、そして鋭い目付きが印象的だ。顔立ちは整っており、スタイルも悪くない。ギブソンの好みのタイプだ……片手に銃身を切り詰めたショットガンを握りしめていなければ、の話だが。


「ああ……パン二つと干し肉を一塊、それと牛乳を二本頼むよ、お姉さん」

「わかった」

 そう答えると、女は店の奥に引っ込む。昨日はニコニコ笑っている頼りなさそうな男が店番だったのだが、今日は違うらしい……そんなことを思いながら、ギブソンは店内を見回した。ブラジャーからミサイルまで揃う店、との文句を掲げているだけあって、実に様々な物が置いてある。

 だが、そんなことよりも……この店に漂う独特の空気には、いつもながら驚かされる。ロケットランチャーを抱えたギャングがうろうろしているような街にしては、あまりにも警備が手薄だ。大陸の田舎街にある雑貨屋と、何ら変わらない雰囲気を漂わせている。

 噂によると、ゴドーの店およびその関係者に手を出すのは……エメラルド・シティでもタブーの行為とされているのだという。数年前、クリスタルのやり過ぎでイカれたチンピラの二人組が鉄パイプで店員を滅多打ちにし、有り金の四千ギルダンを奪ったことがあった。しかし三日後……その二人はバラバラ死体で発見された。

 これまた噂だが、店のオーナーであるゴドーは異能力者であるらしい。それも、この街でもトップクラスの……真偽は不明だが、いずれにしてもゴドーがエメラルド・シティにおいて神の次くらいに偉い存在であるのは間違いないらしい。

 ちなみに……タイガーやマスター&ブラスターといった大物ギャングは、神と同じ扱いとのことだ。


 店を出た後、ギブソンはのんびりと歩いた。歩きながら、今夜のことをよく考えてみる。相手は、この街の三分の一を仕切る大物ギャングの片腕だ……もっとも、悪い噂はあまり聞かない。ほとんどの人間が、ジュドーはやり手ではあるが、他のギャングとは違うと言っているのだ。

 聞いた話によると……もともとジュドーは一匹狼の商売人だった。しかし、ある出来事がきっかけで虎の会に入ったのだ。一時は崩壊寸前までいっていた虎の会を建て直したのは、ジュドーの手腕だともっぱらの評判なのである。普通は、大物になるにつれ悪い評判も大きくなるのが世の常なのだが……。

 もっとも、だからこそギブソンはジュドーに目を付けたのだが。

 自分とマルコの腕を売り込む相手としては、これ以上の者はいないだろう。




 そして夕方になり、ギブソンとマルコは大通りを歩いていた。マルコにはマントを羽織らせて、頭からフードをすっぽり被せている。マルコの背は、さほど高くはない。身長だけなら、ギブソンとほとんど同じくらいである。顔さえ隠していれば、人目に付いても特に問題ないだろう。


「ギブソン……オレはどうすればいい?」

 歩いている途中、いきなりマルコが尋ねて来た。どうやら不安を感じているらしい。ギブソンが知る限り、マルコは最強の殺し屋なのだが……。

 やはり、単純な殺し合いとは勝手の違う場を前にして緊張しているようだ。マルコを安心させるため、ギブソンは微笑んでみせた。

「大丈夫だよ……お前はオレの隣で黙って立っていればいい。もし万が一、奴らの方から仕掛けてきそうな気配を感じたら……構わねえから全員殺せ。オレの指示を待つ必要はない」

「え……いいのか?」

「ああ、オレはお前を信用してる……お前は危険の匂いを、誰よりも早く嗅ぎとる。お前の思った通りに……いや、お前の感じた通りに動け」


 そう、マルコの勘は鋭い……相手の敵意や殺気を敏感に感じとり、考える前に体が動く。あたかも機械のように正確な動きだ。ハイテクとは真逆の存在であるマルコが、実は機械と共通する部分があるというのも妙な話だが……。


 やがて二人は、目的地に到着した。店の扉は閉まっており、本日は休業しますと書かれた札が下げられている。明かりも点いていない。ギブソンは嫌なものを感じた。

「おいマルコ……入って大丈夫か?」

 今度はギブソンが不安そうに尋ねる。さっきとは立場が逆だ。

「……入ってみないとわからないな。オレ、行ってみるよ」

 その言葉と同時に、マルコは動いたが――

 しかし、ギブソンは彼の腕を掴み制止した。

「待つんだ。戦いに来たなら、お前に先頭に立ってもらうが……今日は話し合いに来たんだ。オレが先に行くよ」

 そして、ギブソンは進み出た。乱暴に扉を叩く。すると、中から声がした。

「鍵は開いてる。入んな」


 ギブソンは扉を開け、暗い店内に入った。後ろからマルコが続く。それと同時に、明かりが点いた。

 店内はテーブルや椅子が綺麗に片付けられ、妙に広々としていた。そして数人の男――そのうちの一人は、この前店にいたリュウだ――がこちらを取り囲むような配置で立ち、じっと睨んでいる。緊迫した空気だが――


「やあ、皆さん。で、ジュドーさんてのは……どの人なんです?」

 ギブソンは男たちの顔をじっくりと見渡し、のほほんとした口調で言った。すると男たちの表情が変わる……。

「ふざけた野郎だな……殺すぞ」

 一人の男が低い声で毒づきながら、敵意をむき出しにした表情で前に進み出て来る。

 その瞬間、マルコも動いた。しなやかな動きで音もたてず、一瞬にしてギブソンの前に出る。

 そして、野獣のごとき唸り声――

「何だこいつ!?」

 男の顔に怯えが走る。恐怖のあまり、男は拳銃を抜いた――

 その直後のマルコの動きはあまりにも早く、誰も反応出来なかった。マルコの左手が伸び、男の手にある拳銃をむしりとる。と同時に、マルコの右手が伸び……凄まじいパワーで男を突き飛ばす。はた目には、軽く押したようにしか見えなかったが……男は壁まで吹っ飛ばされた。

 そしてマルコは、拳銃を握り潰す……グシャリという音。一瞬にして無価値な鉄屑と化した拳銃。

 男たちは驚愕の表情を浮かべてマルコを見る。だが次の瞬間、一斉に動いた。銃を抜き、構えるが――

「待て待て待て! オレは話し合いに来たんだぞ! 銃をしまえ! マルコ! お前は床に伏せろ! だが、銃のトリガーを引く奴がいたら殺せ!」

 叫びながら前に出るギブソン。だが、右手には拳銃が握られている。

 しかも、左手には手榴弾――

「いいか、あんたら……先に抜いたのはそっちだぜ。マルコはな、身を守っただけだ。さあどうする? 話し合うか、あるいはみんなで仲良くあの世に逝くか……とっとと決めろやバカ野郎共」

 凄絶な笑みを浮かべ、言い放つギブソン。と同時に手榴弾のピンを口にくわえた。いつでも抜けるぞ、という意思表示だ。その横で、マルコは獣のように床に伏せた。ワニのような姿勢で男たちを睨みつけている――

 男たちの表情に焦りが生じた。目だけで、お互いの様子を窺う……タイミングを探しているのだ。皆、銃を降ろしたがっている。この緊迫した状況をさっさと終わらせたいのだ。

 しかし、このままだと……耐えきれなくなった奴がトリガーを引きかねない。ギブソンは再度説得を試みようとした。だが――


「やめねえか、お前ら……店を壊されちゃ、かなわねえよ。お前、ギブソンとかいったな。オレがジュドーだよ。オレに話があるんだろ? 銃を降ろして手榴弾をしまえ。話だけは聞くから……」


 ギブソンは、その声の主の方を向く。

 立っていたのは、とぼけた雰囲気の妙な男だった。黒いスーツに赤いワイシャツ、青いネクタイ。天然パーマの頭をポリポリ掻きながら、ギブソンをじっと見ている。

 その後ろには、二メートル近くありそうな大柄な男がいた。機械仕掛けの眼帯のようなものを片目に付けている。肩幅は広くがっちりしており、胸板も厚い。その視線はギブソンではなく、マルコに向けられている。

 大男の隣には、褐色の肌の女がいた。長い黒髪と美しい顔立ちが印象的だが、しかし警戒心を露にこちらを睨みつけている。ジュドーの愛人のような存在ではないらしい。今にも飛びかかって来そうだ……。


 しかしギブソンの方には、争う気など元より無い。

「あなたがジュドーさんですか……わかりました。話し合いましょう」

 そう言うと同時に、ギブソンは拳銃を降ろし、手榴弾もポケットにしまった。そして、ジュドーに近づくが――


「待て。お前の武器は全部ここに置いていけ。そして、お前一人で店の地下室まで来るんだ……それが出来るだけの度胸があるのか? 出来るなら、話だけは聞いてやる。出来ないなら……お前と話すことは何もない。とっとと失せろ」


「……」

 ジュドーの言葉を聞き、ギブソンは一瞬ではあるが返答に迷った。丸腰で地下室に乗り込むことに対する怖さはもちろんある。だが、それ以上に不安なのは……マルコを一人で、この場に残すことだった。マルコはほっとくと、何をしでかすかわからない。

 しかし――

「わかりました。そうしろと仰るなら、そうしましょう」


 拳銃。

 拳銃。

 また拳銃。

 またまた拳銃……。

 所持していた拳銃を体のあちこちから取り出し、テーブルの上に置いていくギブソン……それを見つめる男たちは唖然としていた。

「なあ……てめえに一つ聞きたい。拳銃を何丁ぶらさげてるんだ?」

 呆れた表情で尋ねるリュウ。すると、ギブソンはニヤリと笑った。

「これで拳銃は全部だ。次は……」


 大型ナイフ。

 飛び出しナイフ。

 革製の投石器。

 手榴弾。

 また手榴弾……。

 どこに隠していたのか、またしても体のあちこちから様々な種類の武器を取り出し、テーブルの上に並べていくギブソン。テーブルの上は、さながら武器の見本市のようだ。

「おいおい、いい加減にしてくれよ……お前は話し合いに来たんじゃないのか? 店を吹っ飛ばしに来たのかよ……」

 今度はジュドーが苦笑しながら呟く。

「大丈夫、これで全部ですから……さて、行きましょうかジュドーさん――」

「待てよ……オレも行くぞ……」

 不気味な声を発し、前に進み出て来たマルコ。その場に緊張が走るが――

 しかし、ギブソンが制した。

「おいマルコ……オレは大丈夫だ。おとなしく待ってろ」

「え……いいのか? 一人で大丈夫か?」

「ああ。オレたちは話し合いに来たんだぜ。おとなしく待っててくれ……なるべく早く済ませるから」

 ギブソンはなだめるような口調で言いながら、マルコの肩を優しく叩き落ち着かせた。

 そして、ジュドーに視線を移す。

「さて、行きますか……あ、その前に……」

 ギブソンは振り返り、リュウの顔を見た。

「いいか、一つ言っとくが……このマルコはな、素手でゴリラを絞め殺せる男だよ。動きは猫と同じくらい素早い。天性の殺し屋だ……あんたら全員片付けるのに、一分もかからないぜ。怒らせないように気を付けるんだな」

 ギブソンの言葉に、男たちは顔を見合わせた。小声でひそひそ言い合いながら、マルコから離れる。一方のマルコは、壁に寄りかかった。フードは顔を覆ったままだ。しかし、先ほどの騒動の時にちらりとめくり上がった瞬間もあっただろう。男たちはマルコの顔を見た可能性がある。そのことでトラブルが起きないよう、再度釘を刺しておく必要があった。

「あんたら、もう一度言っておく……マルコを怒らせるな。それと……マルコ、お前はいい子にしてるんだぞ。じゃあジュドーさん、行きますか」

 そう言って、ギブソンは微笑んだ。もっとも、心中は穏やかではないが……丸腰で話し合うのは、気分のいいものではない。特に、こんな無法地帯では……。

 だが、自分がやるしかないのだ。

 マルコのためにも。






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