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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の変化 4

 家に戻った後、ギブソンは五枚の写真と書類を取り出した。そして、床の上に並べる。全員、見事なまでに悪そうな顔つきだ。裏社会に生きる者たちの人相の悪さは生まれつきなのか、はたまた環境なのか……などと考えながら、ギブソンは書類にも目を通す。ギースが作成したものなのだろう。実に簡潔にまとめられている。


「ギブソン、こいつらを殺すのか?」

 マルコが肩越しに覗きこむ。ギブソンは頷いた。

「ああ……ただし、逃げられたりすると面倒なことになる。顔を見られたら、確実に殺さなきゃならん。わかったな」

「わかった」

 マルコは頷いた。彼にとっては、単なる標的でしかないのだ。

 しかし、ギブソンにとっては違っていた。リックの顔は見覚えがある。虎の会の競りで、一度や二度は顔を合わせたことがあるのだ……他の連中も、自分たちの顔は知っているもの、と思わなくてはならない。




 まだ十代の若かりし頃、ギブソンは戦場にいた。住んでいた村が内乱の煽りで焼け野原と化し、残されたわずかな物は、兵士たちによって略奪されるようになったのだ。

 そして、生きるためにギブソンは人を殺した。武器の使い方、人の殺し方は全て自己流で学んでいったのだ。山賊も同然の政府軍の正規兵、そして村人から搾取する革命軍のゲリラ、両方ともギブソンから見ればクズ野郎……いや、それ以下の存在だった。

 ギブソンは昼間は兵士たちの前でヘラヘラ笑いゴマをすり、下らないことをベラベラ喋って警戒心を失わさせた。そして夜になると兵士を一人ずつ暗殺し、持ち物を奪い村人たちに分けてあげたのだ。

 当然、仲間を殺された兵士たちは怒る。村人たちに問いただすが……村人たちは知らぬ存ぜぬでしらを切り通す。そうなると……政府軍はゲリラの仕業だと解釈し、ゲリラへの追撃を開始した。村人たちの中に――ギブソンを含めた――人殺しなど出来る者がいるとは思えなかったのだ。結果、村をさっさと離れることになったのである。


 だが、そんな時は長く続かなかった。

 度重なる勝利、そして他の村人から感謝され、いい気になっていたギブソンの言わなくてもいい不用意な一言……それが一人の男の反感を買った。その男はギブソンと村人たちがしていることをゲリラに密告する……その結果、村人はゲリラに皆殺しにされたのだ。どうにか逃げ延びることに成功したのは、ギブソン一人だけだった。




 そして今、ギブソンはこの時のことを思い出していた。味方のはずの人間を殺す……自分は、こうした騙し討ちのような手口からは逃れられないらしい。


 ・・・


 リック、レオ、セロンボ、そしてサンダとガイラの兄弟……この五人は、虎の会でも古株の殺し屋チームである。仕事は完璧にこなすため、ジュドーら上の人間からの信頼も厚い。

 そして今回、彼らが受けた依頼は実に簡単なものだった。一人の女を殺すこと……ただ、それだけのはずだった。

 リックが調べたところ、女は大柄な中年男とともに地下道に潜っているらしいのだ。中年男は恐らくボディーガードであろう。ただ、人外かもしれないとの情報も入っている。

 いずれにしても、五人全員でかかれば、問題なく終わらせられるはずだ。

 そして今日は、仕事に取りかかる前の最後のミーティングをしていた。どんな簡単な仕事であろうとも、リックはきちんと段取りを決める。そして五人全員に了解させるのだ。




 その日、リックをリーダーとする五人は、Z地区にほど近い廃屋に集合していた。そこで、今回の仕事について話し合っていたのである。


「おいリック……たかだか女一人を殺せばいいだけだろうが。オレにやらせろ。オレが一人で殺ってやる」

 酒瓶を片手にボヤいているのは、褐色の肌を持つ大柄な男、セロンボだ。大陸ではギャングの一員だったが、幹部とのいざこざに巻き込まれた挙げ句にエメラルド・シティに逃げて来た。一見すると粗暴だが、自分を拾ってくれたリックに対しては、妙な義理堅さを発揮している。

「待てよセロンボ……女と一緒にいるおっさんが、まだ何者だかわからねえんだぞ。いずれにしても、こっちも銭がいるんだよ。オレも混ぜてもらうぜ」

 カードをいじくりながら、そんな言葉を発したのはレオだ。中肉中背、惚けた顔つきをしている。もともとは軍人であったが、無類のギャンブル好きが災いしてギャングに多額の借金を作り、エメラルド・シティに逃げて来た男だ。もっとも、体に染み付いたギャンブル癖は未だに消えていないが……。

「ああ、そのおっさんだけどな、どうも妙なんだよ。あれは……たぶん人間じゃねえな」

 横から口を挟んだのは、サンダである。弟のガイラと共に殺し屋をやっている男だ。二人ともまだ若い。兄のサンダは慎重かつ冷静に動くタイプであるが……弟のガイラは向こう見ずな性格である。考えるよりも先に手が出るタイプだ。

「サンダの言うことは当たってる。だから、こちらも慎重にいかなきゃならねえ……それに、女は特殊工作員だ。舐めてかかると殺られるぞ」

 そう言って、リックは全員の顔を見る。彼はもともとテロリストだった。しかし大陸で指名手配となり、組織にも見放され……挙げ句にエメラルド・シティに逃げてきたのだ。そして今のメンバーと知り合い、虎の会に所属し殺し屋を始めた。

 彼らは全員、脛に傷持つ身である。凶悪な犯罪者であり、いざとなったら親でも売る……大陸ではそうやって生きてきた。しかし、そんな彼らも、エメラルド・シティでは助け合わなくては生きていけないことを認識している。皮肉にも、この街における彼らの結束は、肉親とのそれよりも硬いものとなっていた。


 しかし……彼らのミーティングは、唐突に終わりを告げた。

「誰か来るぜ」

 レオが異変に気付く。元軍人であり、しかもギャンブル好きの彼は異変には敏感だ。同時にいじくっていたカードをしまい、立ち上がる。

「どうせ、浮浪者か何かだろ? こいつで追っ払ってやるよ」

 そう言いながら、ガイラは拳銃を抜いてニヤリと笑う。そして扉を開け、外に出た瞬間――

 不意に聞こえてきた、不気味な声。次の瞬間、ガイラの胸に何かが突き刺さる……人間の手だ。手はガイラの肋骨をぶち抜き、心臓を握り潰した。

 次の瞬間、死体となった彼の体が廃屋の中に吹っ飛んでいく。

 そして、ゆっくりと廃屋の中に入って来た者……異形の少年だった。


 ・・・


 マルコは入ると同時に、室内にいる者たちの顔を一瞬で確認する。間違いない、写真に写っていた男たちだ。おあつらえむきに全員揃っている。

 それさえ確認すれば、充分だ。


 マルコは動いた。手近にいる若い男を殴りつける。男の首は一撃でへし折れ、目からは光が消えた。

 だが次の瞬間――

「ぶっ殺せ!」

 わめきながら、銃を抜く男たち……しかし、マルコの動きは彼らに対応できるものではなかった。さらなる一撃が、褐色の男の体を貫く。褐色の男は一瞬にして絶命した。

 さらに、マルコは褐色の男の体を持ち上げ、力まかせに放り投げる……巨体は軽々と飛び、拳銃を構えていた男にぶち当たった。その衝撃に耐えきれず、男は仰向けに倒れる――

 その男が最期に見たものは、上から降り下ろされたマルコの拳だった。

 その時、廃屋の外で銃声が響く……マルコは立ち上がり、外に飛び出た。


「て、てめえ……ギブソン……じゃねえか……どういう……」

 リックは胸を押さえながら、呆然とした表情で呟く……。

 リックは慌てて、廃屋から飛び出してきた。勝ち目のない時は逃げる……彼は今まで、そうやって生きてきたのだ。

 しかし、彼は立ち止まった。

 中に残っている者たちを見捨てることが出来ず、リックは立ち止まってしまったのだ。

 だが、それは大きな過ちだった。立ち止まったリックの体に……銃弾が容赦なく襲いかかった。


「オレたちはな、こういう世界に生きてんだよバカ野郎……弱い奴、ドジ踏んだ奴は死ぬんだ。いい歳して、よく今までこの業界で生きてこれたな……」

 ギブソンは呟くように言うと、銃口をリックの頭に向ける。

 そして、トリガーを引いた。


「マルコ、終わったか?」

 倒れたリックを見下ろしながら、ギブソンは声をかけた。かつての出来事を思い出す。油断しきっていた兵士の不意を突いて喉を切り裂いた時……みな決まって、驚愕の表情を浮かべていた。怒りの感情よりも、当惑した面持ちで死んでいたのだ。

「ギブソン、みんな殺したよ。早く帰ろう」

 マルコの声を聞き、ギブソンは我に返った。そして微笑む。

「ああ、帰ろうな」




 翌日、ギブソンとマルコは孤児院を訪れた。入り口から程近い場所で、二人して待っている。それにしても不思議だ……とギブソンは思った。ここは、観光ルートからはだいぶ離れている。にもかかわらず、他の地区のようにギャングや人外の気配がない。ジョニーが追い払ってしまったのだろうか……いや、ジョニーだけの力ではないだろう。別の何者かの意思が働いているのかもしれない。


 やがて、きゃんきゃん鳴く声が聞こえてきた。同時に、こちらに駆けてくる白い毛の塊……塊はマルコに突進し、飛びはねながらきゃんきゃん騒ぐ。言うまでもなくアメデオである。

 すると、マルコはその場にしゃがみこんだ。そしてアメデオの頭を撫でる。表情はフードに隠れて見えないが、その体全体から、喜びの感情が溢れ出ているのが見てとれる。

「やあ、早かったねギブソン、それにマルコ。アメデオはいい子にしてたよ」

 そう言いながら、モニカがゆっくり歩いて来た。後ろからは、ジョニーに手を引かれたケイが、杖をつきながら歩いて来る。さらに、ロバーツもとことこ歩いて来た。

「モニカさん、ありがとうございます。で、これなんですが……ほんの気持ちですが……」

 言いながら、ギブソンはポケットから数枚の紙幣を取り出した。そしてモニカに手渡す。拒絶されるかもしれない、と思っていたのだが……意外にも、モニカはあっさりと受け取ってくれた。

「ああ、ありがとさん。あの子たちの食費も、馬鹿にならないからね……助かるよ。特に、ジョニーとマリアはよく食べるからねえ」

 モニカの言葉を聞き、ケイが笑った。そしてロバーツも笑った……ように見えた。

 そしてギブソンは、その光景に眩しさを感じた。マルコもいつの日か、ここの一員になれたなら……と思う。

 しかし、それは難しい話なのだろう……モニカも言っていたが、子供たちは無邪気である分、時にひどく残酷だ。ギブソンはかつて、障がい者を集団でからかっている子供たちを見たことがある。子供は決して悪魔ではないが、天使でもない。良きにつけ悪しきにつけ素直である。そんな子供たちの中に、マルコが入ったとしたら……。

 だが、もしギブソンの身に何かあったとしたら……以前はギース・ムーンに頼るつもりだった。しかし、奴は信用できない。となると……。

 頼れるのは、モニカだけだろう。


 ・・・


 虎の会の所有しているビルの最上階にある一室、そこに虎の会のボスであるタイガーがいた。室内にはテーブルとソファー、あとは最低限のものしか置かれていない。殺風景な部屋の中でタイガーは一人ソファーに座り、物思いにふけるかのような表情でじっとしていた。

 そこに、ジュドーが入っていく。

「タイガーさん……あなたは結局、マルコと直接会う気はないんですか?」

 ジュドーの問いに、タイガーは顔を歪める。

「ジュドー……いきなり、どうしたと言うのだ?」

「あなたの指示通り、マルコに家を与えました。マルコはあの家を気に入ったみたいです……ですが、他の連中は怪しんでますね。何で、マルコとギブソンに家なんか与えたのか……とね」

「好きなように怪しませておけばいい」

 タイガーの口調は、どこか投げやりだった。ジュドーは眉をひそめる。

「それと……あなたの耳に入れておくべき話を聞きました。ティータニアの始末を大陸の連中に依頼され、リックに頼んでましたが……そのリックと部下たちが一昨日、皆殺しにされました」

「……そうか」

「調べたところ、リックたちを殺ったのはマルコとギブソンのようです。リックの子分たちは、全員素手で撲殺されてました……それも一撃で。マルコの仕業である可能性が高い」

「だからどうしたと言うのだ? 私は殺し合いを禁止した覚えはないが」

「そして今さっき、ティータニアを消せという依頼が取り下げられました。まあ、取り下げられた以上、あとは知ったこっちゃありませんがね……」

「何が言いたい? はっきり言え、ジュドー」

 タイガーの言葉は投げやりであり、どこか虚ろでもあった。

「そうですか。では、はっきり言います。オレの勘では、ギースが個人的に動いてウチの仕事の邪魔をした挙げ句、依頼を取り下げさせたんじゃないかと……証拠はないですが」

「……」

 タイガーは黙ったまま、じっとジュドーの顔を見ている。その表情には、かつてのような冷酷さがない。ジュドーは奇妙な感情が湧き上がってくるのを感じていた。これは憐れみだろうか……。

 だが、自分は組織の人間なのだ。

「タイガーさん、今のうちに言っておきます。マルコを守るか、組織を守るか……場合によっては、あなたの命をオレがいただくことになるかもしません」

「……好きにしろ」




 野獣の変化《完》



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