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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の思い 1

 『野獣の思い』の主な登場人物です。


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎アメデオ

 マルコに飼われている子犬です。


◎ケイ

 孤児院で生活している若い盲目の娘です。


◎ジョニー(ジョン)・バイパー・プレストン

 孤児院の用心棒をしている、厳つい顔の男です。


◎ロバーツ

 孤児院で飼われているブルドッグです。


◎アンドレ

 バー『ボディプレス』のママをしている巨人女装家です。見た目は色物……しかし、語る言葉は深いものを秘めてます。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。





 人間の思いというヤツは……一筋縄ではいかないものだ。ある人間を想う気持ちが、別の人間を傷つけることもある。良かれと思ってしたことが、当人にとって実は大きな迷惑だったってこともある。口で言わなきゃ伝わらないこともあるが、口に出してしまったら終わり……ということもある。とかく人間関係ってヤツは、思うようにいかないものだ。

 いっそ、誰もいない無人島か何かで暮らしたい……と思う時もある。あるいは訳のわからない新興宗教に入信し、自身で考えることを放棄してひたすら盲目的な信仰生活を送るか……はたまた裏の世界で自分以外は全て敵と認識し、金と力のみを信じて生きるか。

 そして無法都市エメラルド・シティに生きる奇妙な二人は、裏の世界で己の力のみを頼りに生きぬく決意をしていた、はずだったのだが……。


 ・・・


 ギブソンは大通りをのんびりと歩いていた。まだ午後三時であり、旅行客も多い。旅行客たちは実に楽しそうな表情だ。一見すると、実に平和な街に見える……。

 少なくとも、昨日の夜に人外同士が街中で殺し合うという事件が起きた……とは想像もつかないだろう。まあ、街中とはいっても裏通りではあるが。いずれにせよ、人外同士とはいえ午後十時前に街中で殺し合うのはルール違反ではないだろうか。ひょっとしたら、ジュドーからそいつの始末を依頼されるかもしれない……などとギブソンは考えながら、ゴドーの店に足を踏み入れた。


「やあギブソン、今日もパンと牛乳かい?」

 店番のバーニーは相変わらず、ニコニコしながら声をかけてくる。この男もまた、エメラルド・シティには似つかわしくないキャラクターだ。

「バカ野郎。マスター、いつもの……みたいなノリで言うな」

 ギブソンも笑いながら応じる。そしてバーニーがパンや牛乳を袋に詰めこむ間、店内をキョロキョロしていた。だが、あることを思い付く。

「なあバーニー……このエメラルド・シティで、一番のデートスポットはどこかなあ? おすすめの場所があれば教えてもらいたいんだが」

「は? デートスポット? うーん……」

 バーニーは眉間に皺を寄せ、真剣な表情で考え込んだ。

 ややあって、パッと表情が明るくなる。

「バトルリング、なんかどうかな? 旅行客なんかに人気あるらしいよ」

「バトルリング? 駄目だ駄目だ。あんな野蛮なものは見せられない……まあ、それ以前に見ることが出来ないんだけどな」

「え、何で?」

「ああ、色々あるんだよ。ま、仕方ないから一緒に犬の散歩でもさせるか」

「それでいいんじゃないかな。二人が楽しい時間を過ごせる……それが一番大事だよ」

 バーニーはそう言いながら、パンや牛乳などを袋に詰めてギブソンに渡す。ギブソンも笑みを浮かべた。

「ああ、お前の言う通りだな。ありがとう」


 ギブソンが地下室に帰ると、マルコとアメデオが嬉しそうに迎える。アメデオはすっかり二人に慣れてきた。ギブソンとマルコに、愛くるしい表情でじゃれついてくる。

 そんなアメデオと接しているうちに、マルコにも様々な感情が芽生えてきたらしい。まず、弱者を思いやる気持ちを知った……そして分け与えることに喜びを見いだす気持ちや、他者を喜ばせたいという気持ちも生まれた。出会った直後の人間を殺して食べていた――本人がそう言っていたのだ――頃と比べると、めざましい進歩だ。


「なあマルコ……明日、ケイとロバーツが散歩するらしいんだ。お前もアメデオを連れて、一緒に散歩しないか?」

 ギブソンがそう言ったとたん、マルコの態度が変わった。まず、表情が凍りつく……だが、それは一瞬だった。すぐに、喜びの表情へと変わる。

「ほ、本当に?」

「ああ……まあ、お前が嫌なら――」

「嫌じゃない! 行く! 明日だな!」

 マルコは完全に舞い上がっていた。答えた直後、いきなりアメデオを抱き上げてはしゃぎ出した……アメデオも面食らっている様子だ。困ったような顔で、マルコにされるがままになっている。

 だが、ギブソンは心に痛みを感じた。ケイとの交流は、マルコに何をもたらすのだろう。

 はっきり言えば、どうしても二人の幸福な未来が想像できないのだ……自分は悲観的すぎるのだろうか。いずれにしても、自分は出来ることをするまでだ。マルコが暴走しないよう、そばについていよう。




 そして翌日の昼……マルコとギブソンはアメデオを連れ、大通りをのんびりと歩いていた。マルコは落ち着きなく、そわそわしている。むしろ、アメデオの方が堂々と歩いているくらいだ……。

「マルコ、落ち着け……ただの散歩だ」

「な、何が! オレ落ち着いてる!」

 マルコはビクッと反応しながら大声を出した……すると、アメデオもビクッと反応する。そしてマルコの顔を不安そうに見上げる。普段と違うマルコの様子を敏感に感じ取ったのだろうか。

 ギブソンはため息をついた。今日は長い一日になりそうだ……。


 やがて二人と一匹は、待ち合わせの公園の跡地に到着する。

 そこには、かつて遊具なども設置されていたのであろう。取り外された遊具の残骸とおぼしき物があちこちに転がっている。砂場やベンチなどもあるが、今ここにいるのは十人ほどの浮浪者たちだ。皆、思い思いの場所に陣取っており、ギブソンたちをじっと見ている。

 その浮浪者の群れの中に、ひときわ眼光の鋭い老人がいた。身長は低く痩せこけてはいるが、ギブソンたちに油断のない視線を送っている。ギブソンはその老人に対し、ヘラヘラ笑いながら軽く会釈して見せた。恐らく、あの老人こそがエメラルド・シティの浮浪者たちを仕切っている、タン・フー・ルーであろう。敵に回しても、得することなど何もない。

「マルコ……まだ来てないみたいだな。しばらく待ってみるか」

 そう言うと、ギブソンは地面に腰を降ろした。マルコも落ち着かない様子で、ギブソンの隣に腰を降ろした。すると、アメデオは興味深そうに公園にある様々な物に鼻を近付け、匂いを嗅ぎ始めた。アメデオにとって、知らない場所は不安なのであろう。時おり、ちらりと浮浪者たちの方を見る。

「ギブソン……ケイ、遅いな……」

 マルコが不安げな表情でギブソンに言う。

「オレたちが来るのが早かったのさ。まあ、のんびり待つとしようぜ」

 ギブソンはにこやかな表情で答える。だが本音を言えば、彼はマルコほど乗り気ではない。ギブソンは、どちらと言えば楽観的なタイプであるはずなのだが……ことマルコに関する限り、どうしても悲観的な見方をしてしまう。


 下を向いていたアメデオが、不意に顔を上げた。きゃん、と吠える。そしてマルコも顔を上げた。

「ギブソン……き、来た……」

 そう言うマルコの表情は少し強ばっているように見えた。やはり緊張しているのだろうか。人間を食らう人外どもを、ひと睨みするだけで退散させられるマルコが緊張しているのだ……笑える話ではある。他人事ならば、だが。


 やがて、二人の人間と一匹の犬が公園内に入って来た。一人はケイ、一匹はロバーツだ。そして大柄な男が一人。男はがっちりした筋肉質の体を作業服で覆っている。獣のようないかつい顔には無精髭を生やしており、髪も長めでボサボサだ。マルコと同じく、どこか猫科の肉食獣を連想させる顔つきをしている。

 だが、その風貌とは裏腹に、ケイの手を握り優しく導いている。ギブソンと目が合うと、鋭い目付きで睨み付けてきた。ギブソンは愛想笑いを浮かべ、ペコペコ頭を下げる。ケイは今日、ボディーガード付きらしい。どこかで見たような気がする男だ……。

 だが、浮浪者たちは来客を見てざわめき出した。彼らは何を思ったか、一斉に立ち上がった。そして老人を取り囲み、公園から連れ出そうとするが――

「おいおい、今日は何もしねえよ。いつぞやはすまなかったな、タン」

 男は老人に向かい、そう言い放つ。その時、アメデオが鳴いた。ロバーツに向かい、きゃんきゃん鳴き出す……張りつめた空気が、アメデオの声で和んでいった。

 そしてロバーツも、わう、と一声鳴く。すると、ケイは杖をつきながら、こちらに近づいて来た。マントを羽織り、フードを降ろした格好はマルコと同じである。ケイもマルコも、他人から顔や姿を見られたくないのだ。もっとも、ケイは他人から見られているかどうかすら、自身ではわからないのだが……。

 そして、ボディーガードらしき男がケイの手を引いてこちらに歩いてくる。ロバーツも落ち着いた様子で、とことこ歩いて来た。実に堂々としている。

 一方、アメデオはきゃんきゃん鳴きながら飛びはねていた。ロバーツと遊びたくて仕方ないらしい。すると、ケイの表情が明るくなった。

「ふふふ……ロバーツが、マルコとアメデオこんにちは、って言ってる」

「あ、ああ……そう言ってるのか……」

 マルコはぎこちない様子で言葉を返す。落ち着かないのか、大柄な男をちらりと見た。だが、大柄な男はじっとギブソンの方を見ている。

「ギブソンさんよう……今日はオレが付き添いだ。何して遊ぶんだ?」

 不意に男が口を開いた。ギブソンはヘラヘラ笑って見せる。

「いや、そこはもう……若いお二人に、って感じで……」

 言いかけたギブソン。だが、その時……男の正体に気づいた。

「あんた、バイパーじゃないか……ジョン・バイパー・プレストンだろ?」


 ジョン・バイパー・プレストン……通称バイパー。かつて警察の特殊任務班に所属していた強化人間だ。極めて凶暴、かつ暴力的な男であり、犯人を刑務所に送るより墓地に送る方が圧倒的に多い。だが、異能力者の逮捕には欠かせない男でもあった。

 しかし、何年か前の異能力者たちが引き起こした事件の際、判断を誤って十人以上の民間人を死なせてしまった。その責任を問われ、ダックバレー刑務所で懲役五百年の刑を務めることとなったはずだが……。


「違う。オレの名は、ジョニー……ジョニー・プレストンだ」

 男は無愛想な表情で、そう答える。ギブソンは改めて男の顔を見つめた。間違いなく、かつてバイパーと名乗っていた男だ。かつて大陸に居た時、ギブソンはこの男と会ったことがある。逃げ出した異能力者の捕獲に、ギブソンが協力したのだ。当時は、罪を犯した異能力者を取り締まる立場の人間であったはずのバイパー……しかしギブソンの目には、バイパーの方がよほど極悪人に見えた。実際、当時のバイパーは本当に傍若無人な態度だったのだ……部下たちを顎で使い、逮捕した異能力者を叩きのめした挙げ句に、車のボンネットに縛りつけたまま連行したのである。

 さらに、ダックバレー刑務所に収監された後も、バイパーは何人もの凶悪犯を刑務所内で殺したらしいのだ。あくまで噂ではあるが……。


 しかし今は、当時とは違う空気をまとっているのも確かだ。昔は、漂う空気さえピリピリしたものだった気がする。今は、どこか柔らかいものを感じるのだ。ケイの手を引く仕草は優しく、しかも暖かみすら感じる。恐らくはダックバレーから脱獄し、ジョニーと名乗っているバイパー……だが、彼に何があったのだろう。


 アメデオは楽しそうにはしゃぎ、飛び跳ねている。ロバーツと遊べるのが嬉しくてたまらないのだろう。ロバーツは突進してくるアメデオをいなし、出来るだけ体力を使わないようにして相手をしている。大したものだ。ひょっとしたら、ロバーツにとってはアメデオも孤児院の子供たちも同じなのかもしれない。

 そして、マルコとケイは……。


「ねえマルコ、あんた檻の中にいたの?」

「う、うん」

「そう……大変だったんだね」

 ケイは気の毒そうな表情で言う。ギブソンはどうしたものか迷った。二人のそばには、自分たちがいた方がいいだろう。

 しかし、若い二人の会話を盗み聞きしているというのも、いかがなものだろうか……。

 まあ、仕方ない。とりあえずは、ここにいるとしよう。二人の会話は否応なしに耳に入ってきてしまうが仕方ない。やはり、二人が心配だ。ギブソンはその場に座り込んだ。どうやら、面倒な一日になりそうだ……。






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