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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の出会い 3

「……」

 マルコの言葉を聞いたとたん、黙りこんでしまったケイ。すると今度は、二人のやり取りを見ていたマリアが口を開いた。

「まる……お前、孤児院に行きたいのであるか?」

「え? ま、まる? オレはまるじゃない。マルコだ……」

 マルコは戸惑いながら、言葉を返した。しかしマリアは構わず、今度はケイの手を掴む。

「けいたん、一緒に帰ろうなのである。帰って、まるをもてなす準備をするのである……まる、いつ遊びに来ていいのである。お前なら、歓迎するのである」

 そう言うと、強引にケイの手を引っ張り、マルコのそばに導く。

 そして、ケイとマルコを手を掴み握手させた。

「さあ、これで二人は友だちなのである。まる、また今度遊ぶのである」

 マリアはニコニコしながらそう言った後、ケイの手を引いて歩き始めた。ケイはおとなしく、されるがままになっている。先ほどまでの反抗的な態度が嘘のようだ。マルコの言葉が、彼女の心に何らかの影響を与えたらしい。

 その横で楽しそうにアメデオと遊んでいたロバーツは、二人の動きを見て素早く立ち上がった。そして向きを変え、二人の後に付いて行く。

 すると、アメデオはきゃんきゃん鳴きながら、ロバーツの後を追いかけようとした。まだ遊び足りないのだろうか、はしゃぎながら更にロバーツにじゃれついていこうとする……しかし、マルコがさっと抱き上げた。

「アメデオ……また今度。また今度、ロバーツの家に遊びに行こうな……」

 マルコはアメデオを腕に抱き、優しく語りかけた。まるで、自分自身にも言い聞かせているかのように……語りかけながら、頭を撫でる。すると、アメデオはすぐにおとなしくなった。嬉しそうに鼻を鳴らしながら、マルコの手をぺろりと舐める。

 一方のギブソンは……あまりにも強引かつ急すぎる展開に付いて行けず、唖然とした表情になっていた。仕方なく、ただ一人残っているビリーの方を見る。すると、ビリーは苦笑いを浮かべながら、肩をすくめて見せた。

「ああ、ええと……ギブソンさんと、マルコさんだっけ? なんか、ケイとロバーツがいろいろ世話になっちまったみたいだな。まあ、気が向いたら……ガン地区にある孤児院の方に遊びに来てくれよ。詳しい場所は、タクシードライバーのトラビスに聞けばわかるから。じゃあ、そういうことで……」

 そう言うと、ビリーは軽く会釈し、背中を向けて歩き去って行った。片手を挙げ、軽く振りながら……何ともキザな立ち振る舞いだが、それが全く嫌みになっていない。彼がやると、ごく自然な動作に映るのだ。不思議な男である……もっとも、あの三人と一匹は全員不思議であるが。あのマリアとかいう娘も変わっているし、ロバーツというブルドッグに至っては、本当に犬なのだろうか……という気分にすらなる。まるで、自分たちをケイの所に誘導するかのごとき動きをしたのだ。

 そう、大勢の人間が行き交う通りでギブソンたちを真っ直ぐ見ていた。そしてギブソンたちが視線に気付くと同時に動いたのだ。自分たちの人格を見抜き、そして誘導するかのように……盲目の飼い主を助けてもらうために。


 いや、それは違う。


 ギブソンは、マルコの腕の中でじっとしているアメデオに視線を移した。ロバーツが自分たちに目を付けたのは、アメデオが居たからではないか。アメデオを優しく連れ歩くマルコの姿を見て、犬なりの判断で自分たちを選んだのだ……飼い主を救う者として。

 もし自分たちが来て居なかったら、ケイはどうなっていただろうか……。


「ギブソン……あの……」

 マルコの声。ギブソンがそちらを向くと、マルコはアメデオを抱いたまま、妙にもじもじしている。

「どうしたマルコ」

「今度、ケイの居る孤児院に……行ってみたいんだけど……」

 マルコはもじもじしながら言った。だが、ギブソンは答えに詰まる。マルコがケイに好感を持ったのは間違いない。しかし、その想いの行き着く先に何が待っているのか……薔薇色の未来が待っている、とは思えない。


 むしろ、今のマルコは何も知らない方が幸せなのではないか?


 ギブソンの心の中を、そんな思いが掠めた。恋だの愛だのといった言葉に象徴されるものが、マルコにとっていかに残酷なものであるか……アニメやドラマや映画などでは、美男美女の登場人物同士が出会い、結ばれる。そして何もかもが解決する。歌手は男女の恋愛の素晴らしさを歌い、作家は恋愛の美しさを書き連ねる。

 だが、このエメラルド・シティはそんな甘い世界ではない。しかもマルコは、顔の醜さゆえに、多くの人間から迫害されてきた。ギブソンですら、初めてマルコを見た瞬間、あまりの醜さに思わず顔を歪めたのだ……そんなマルコが恋をしたとしたならば、待ち受けているであろう結末は容易に想像がつく。

 ケイがマルコを拒絶しないのは、目が見えないからだ。しかし彼女も、マルコがいかに醜い顔をしているか、周りの人間からの指摘により知ることとなるだろう。その時、ケイはどう判断するのか……。

 そう……実の母親ですら、あまりの醜さゆえにマルコを虐待し、挙げ句に見捨てたのだ。そんなマルコの醜さを聞かされたら、ケイはどう思うだろうか?

 目が見えないことにつけこみ、自分に近づいて来たクズ……マルコに対し、そんな評価を下すのではないだろうか……。


 オレは間違っていたのだろうか?

 今のマルコは、野獣のままでいた方が幸せなのではないか?

 無理やり人間社会に適応させようとしても、周りに拒絶され傷つくだけなのではないのか……。


「ギブソン……どうしたんだ? ダ、ダメ……なのか……」

 マルコの声。ギブソンがそちらを向くと、マルコは期待と不安の入り交じったような表情で、じっとこちらを見つめている。ギブソンは迷った。

 だが――

「ああ、構わないよ。二人でアメデオを連れて行ってみようぜ」

「う、うん! わかった! 行く! 行ってみる!」

 マルコの顔に、笑みが広がった。同時に、その足取りも軽くなる。アメデオを抱きしめたまま、今にもスキップしそうな勢いで歩くマルコ……ギブソンは複雑な思いに襲われた。

 もし、マルコが失恋を経験してしまったら……一体どうなるのだろう。人間の負の感情は時に暴走する。失恋がきっかけでストーカーと化したり、殺人を犯す者もいる。

 そして、マルコにも確実に負の感情があるのだ。実の母親を殺す、という目的も負の感情の為せる業である。もし、マルコがケイたちに対し、負の感情の命ずるままに暴走してしまったとしたら?

 はっきりわかっているのは、自分には止められないということだ。マルコはその気になれば、自分など一秒あれば殺せるのだ。正直、自分が殺されるのは構わない。マルコと運命を共にすると決めた時から、殺されるかもしれない覚悟はしているのだ。しかし自分が死んだら、マルコはどうなる? 導く人間がいなくなったマルコは、どこに進めばいいのだ?

 やっと、人間らしい感情が芽生えてきたのに……。


 そんなことを考えながら歩いていた時、ポケットの携帯電話が震える。

 ジュドーからだ。


「いやあ、お疲れ様です。どうしました?」

(ちょっと面倒なことになった。すまないが、今から会えないか?)

 こっちだって面倒なことになってんだよ、などと思いながらも、ギブソンは答える。

「構いませんよ。どこに行けばいいんです?」

(悪いな……ウチの食堂に来てくれ。地下室だ)

「ああ、『ジュドー&マリア』ですね。了解です。出来るだけ早く行きますが、それでも一時間くらいはかかりますね」

(わかった)


 電話を切った後、ギブソンは歩き始めた。面倒なこと、とジュドーは言っている。何事かは知らないが、血なまぐさい話であるのは確かだろう。だが、今はむしろありがたいくらいだ。戦いになれば、余計なことを考えずに済む。まずは、マルコとアメデオを寝ぐらにしている地下室まで送り届けよう……。

「マルコ、急用が出来た。早く帰ろう」

 そう言うと、ギブソンははしゃぎ気味のマルコとアメデオを連れ、地下室に急いだ。




「ギブソン、急な話で済まないな。で、問題はこいつなんだが……」

 そう言うと、ジュドーはテーブルの上に写真を置いた。いつも通り、ジュドーの横にはアイザックとカルメンがいて、ギブソンに冷たい視線を送っている。ギブソンは机の前で立ったまま、写真を見た。写真には、狂気めいた笑みを浮かべた中年男が写っている。髪の毛と眉毛は一本も生えていない。その目からは、明らかに尋常でない何かが感じられた。


 男の名はカイル・ウェザース。かつて異能力者たちの起こした同時多発テロの関係者の一人であり、数十人の命を奪った凶悪犯……と言われている。異能力者専用の特殊刑務所に収容され、死刑の執行を待っていた。しかし最近、何者かの手引きにより脱獄。そのままエメラルド・シティへと渡って来た。


「出来ることなら生け捕りにして欲しい、というのが依頼人の意向なんだが……無理なようなら殺しても構わない。とにかく、出来るだけ早く見つけて、捕まえるなり殺すなりしてくれ……とのことだ」

 淡々と語るジュドー。ギブソンは頷いた。

「わかりました。ところで、こいつに関する情報を知りたいんですが……」




 帰り道、ギブソンは奇妙な疲れを感じていた。今日は本当に、色々なことがあったのだ……それこそ、自分の頭のキャパシティを超えてしまうのではないか、と思うくらいに。果たして、あのケイという盲目の娘との出会いは、マルコに何をもたらすのだろう。

 はっきり言って、今のギブソンには不幸の予感しかしていないが……。


「マルコ、帰ったぞ」

 そう言いながら、地下室に降りて行くギブソン。マルコは一人で絵本を読んでいたが、嬉しそうに顔を上げた。

「うん、おかえり」

 そう言いながら、立ち上がるマルコ。一方、アメデオは遊び疲れたのか、部屋の隅で眠っている。ギブソンは思わず微笑んだ。実に平和な風景だ……そう思いながら、買ってきたパンや牛乳などを袋から取り出す。マルコの顔にも笑みが浮かんだ。


「なあマルコ、今度の仕事のことなんだが……」

「えっ、仕事か!? わかった! すぐやろう! 誰を殺すんだ!」

 牛乳を飲んでいたマルコは、ギブソンの話に飛びついてきた。ケイとの出会いが、マルコのやる気を起こさせてしまったらしい……ギブソンは、またしても複雑な思いに襲われた。人殺しを生業にするマルコ。やはり、自分は間違っているのではないか。マルコを人間社会に適応させるためとはいえ、人殺しをさせるというのは……。

 だが――

「まあ待て。今はまず情報収集だ。それと……仕事の日には、アメデオを知り合いの所に預けようと思うんだが……」

「えっ、連れて行っちゃダメなのか?」

 驚いた表情のマルコ。ギブソンはゆっくりと、諭すような口調で話し始める。

「いいか……アメデオはまだ子犬だ。危険な場所に連れて行くわけにはいかないだろう。わかるな?」

「大丈夫だ。オレが守る。アメデオを危険な目には遭わせない」

「ダメだ。戦いには連れて行けない。お前がアメデオを守るなら、誰が相手と戦うんだ?」

「え……」

 マルコは口ごもる。今までの戦いのことを思い出したのだろう……一方、ギブソンは優しい口調で言葉を続ける。

「マルコ……いいか、今回の相手は手強いらしいぞ。オレ一人じゃあ殺せない。お前の力が必要だ。しかし、お前がアメデオのそばに居たら戦えないだろうが……仕事の時、アメデオはオレの知り合いに預ける。いいな?」

「……」

「返事は?」

「わ、わかったよ……」

 不満そうな表情をしながらも、一応は頷いて見せるマルコ……ギブソンは一抹の不安を覚えた。


 自分がマルコをコントロール出来るのは、あとどれくらいなのだろう?

 いや、そもそも……自分がマルコをコントロールしてしまって、果たしていいのだろうか?






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