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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の出会い 1

 『野獣の出会い』の登場人物


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎サンズ

 バーター・ファミリーの大物、のはずですが……当人には、その自覚が無いようです。


◎ジュドー・エイトモート エメラルド・シティでもっとも規模の大きなギャング組織『虎の会』のナンバー2であり、有能なキレ者として知られています。


◎アイザック、カルメン

 ジュドーの腹心の部下でありボディーガードでもある、片目に眼帯を着けた大男と褐色の肌の美女のコンビです。


◎マリア

 かつて、ジュドーの相棒だった女ですが……今は袂を別ち、孤児院で暮らしています。


◎ケイ

 孤児院で生活している若い娘です。


◎ビリー・チェンバーズ

 マリアの現在の相棒です。一見、ただの優男ですが……。


◎モニカ

 孤児院を仕切っている女傑です。


◎ロバーツ

 孤児院で飼われているブルドッグです。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。






 会うは別れの始まり、という言葉がある。生きていれば、いろんな人間との出会い……そして別れを経験するだろう。会いたくもないのに、何故か会ってしまう奴がいる。会いたいのに会えない奴もいる。縁ってのは、本当に不思議なものだ。ある人間とある人間との出会いが、一つの国を揺るがすような大事件を引き起こすこともある。人と人との交わりによる相乗効果ってヤツは、決して甘く見てはいけない。

 当然、このエメラルド・シティにも人と人との出会いはある。もっとも、出会った直後にどちらかが死体となっているケースも珍しくないが。そして今日、この街の片隅で……野獣のような少年と誰かが出会う。その出会いが何を意味するのか……今はまだ、誰も知らない。


 ・・・


「いやあギブソン、遅くなってスマン。とりあえず助かったよ。本当、あんな化け物を二人同時に相手にしてたら、オレは確実に返り討ちに遭ってたな。感謝感謝だね。そうそう、感謝と言えば、オレ昔クローンのサーベルタイガーを買おうとしたんだけどさ――」

「わ、わかった……サーベルタイガーの話は、また今度にしてくれ。それよりも、金の方を頼む」

 ギブソンは慌てて口を挟む。サンズという男に悪意はないし、ギブソンも嫌いではない……どちらかと言えば、一緒に酒を飲みたいようなタイプだと思ってはいる。だが、少々面倒な男であるのも確かだった。


 ギブソンとサンズは、ガン地区の外れの空き地にて会っていた。サンズは相も変わらずボロボロの服を着て、穴の空いた靴を履き、紙袋と封筒を手にのんびりと歩いているのだ……。

「ところでギブソン、マルコはどうしてるんだ? 何で連れて来なかった?」

「い、いやあ……実はいろいろあってな、置いてきたんだよ」

「そうか……とりあえず残念だな。じゃあ、このパンケーキをお土産に持っててマルコに食べさせてくれ。オレが焼いたんだぞ。マルコはパンケーキ好きだといいんだがなあ……」

 サンズはそう言いながら、パンケーキの入っているらしい袋と封筒を差し出してきた。ギブソンは困惑した表情で受けとる。つい四〜五日前、この男の右手が刀のような形に変わるのを見た。さらに、その右手で人外の首をたたき斬って見せたのだ……だが、今目の前にいるサンズは無邪気な子供のようである。つくづく不思議な男だ。

「あ、ああ。マルコはきっと喜ぶと思うよ……じゃあ、またな。マスター&ブラスターにも、よろしく言っといてくれ」


 サンズからもらった袋を片手に、ギブソンはのんびりと歩いていた。本当はマルコも連れて来たかったのだが……マルコは今、新しく出来た友だちに夢中なのだ。

 そして寝ぐらにしている地下室に近づくにつれ、キャンキャン鳴く声が聞こえてきた。外まで丸聞こえなのだ……これでは、地下室に潜む意味がない。ギブソンは苦笑した。マルコと犬のためにも、いずれはちゃんとした家に住まなくてはならないだろう……などと考えながら、ギブソンは地下室に降りて行った。


 地下室には、既に明かりが灯っている。ランプによる薄明かりで映し出されているのは、飛び跳ねている子犬と、それをあやしているマルコだ。子犬の毛の色は白だが、今は地下生活で薄汚れている。もっとも、マルコはそんなことを気にも止めていないが。


「ギブソン……犬が外でおしっこするの覚えた」

 降りて行くと同時に、マルコが嬉しそうな顔で報告する。そして子犬は尻尾を振りながら、マルコにじゃれついていた。この地下室に来たのは数日前だ。その時は、怯えた様子で震えていたのだ……なのに今は、マルコに完全に懐いている。マルコも心の底から嬉しそうな顔で、子犬と遊んでいるのだ……。

 そんな姿を見ながら、ギブソンは改めて動物の持つ力の凄さに感心した。子犬は、マルコの顔の醜さを全く意に介さない。そもそも、マルコの顔が醜いという観念がないのだ。子犬はマルコを顔で判断しない。マルコの内面の優しさを見抜いているのだ。そして、マルコは子犬の存在により、これまで知らなかった思いが芽生え始めている……。


 だが同時に、ギブソンは今の環境について考えた。初めは、人目を避けるためにここに隠れていたが……しかし子犬が来てしまった以上、地下室に隠れて住むのは不可能だ。

 自分たちの家が欲しい。いや、贅沢は言わない……せめて、地上に住みたいものだ。 


「なあマルコ……これ食べるか?」

 そう言いながら、ギブソンは紙袋を差し出す。すると、マルコの表情が一変した。鼻をひくひくさせ、紙袋を見つめる。

「ギブソン……何だそれは……」

「サンズが作ったパンケーキ、らしいぜ。食べてみるか?」

「うん……」

 マルコは頷いた。子犬を撫でながらも、視線は紙袋に注がれている。ギブソンは袋の中からパンケーキを取り出し、マルコに差し出した。

「お、おおお!」

 マルコは雄叫びを上げ、パンケーキを食べ始める。だが、その手が止まった……そして、子犬の方に視線を移す。子犬は尻尾を振りながら、じっとマルコの顔を見上げていた。

 マルコは手に残ったパンケーキの欠片を、子犬に差し出す。すると、子犬はムシャムシャ食べ始めた。マルコは満足そうに、子犬の食べる姿を見ている。

「マルコ……」

 ギブソンは思わず呟いていた。出会った直後のマルコは野獣そのもの……いや、狂獣だったのだ。潰れたような声で威嚇し、傷だらけの顔でこちらを睨み付ける……その瞳には、周囲への敵意しかなかった。ギブソンは笑みを浮かべ、遠くからパンやチーズなどを少しずつ投げた。優しい声をかけ、どうにか警戒心を解きほぐしていったのだ。

 あの時のマルコは、吠えることしか知らなかった……だが今のマルコは、小さく弱い子犬に食べ物を与えている。弱い者や小さい者に分け与えることが出来、その行為に喜びを感じる。それこそが、人間らしさではないのだろうか……。


「なあマルコ、犬に名前を付けないか?」

 子犬を撫でるマルコに、ギブソンが提案する。だが、マルコはきょとんとした顔でこちらを見た。

「な、名前?」

「そうだ、名前だよ。お前の犬なんだから、お前が名前を付けるんだ」

「名前……犬、じゃ駄目なのか?」

 マルコは真剣そのものの表情だ。ギブソンは思わず苦笑した。。

「いいかマルコ……こいつを犬と呼ぶのは、オレを人間と呼ぶのと同じだ。オレも人間、お前も人間だろ……でも、オレは世界に一人しかいない。お前も世界に一人しかいない人間だ。だから名前が必要なんだよ。お前のマルコという名は――」

 両親の愛の証、と言いかけたギブソンは、慌ててその言葉を呑み込む。そう、マルコにとって両親の愛などという言葉は、忌々しいものでしかない。

 実の母親に、来る日も来る日も虐待を受け続け、挙げ句に見世物小屋に売られたマルコ……彼にとって、両親の愛などという言葉がいかに虚しく、腹立たしいものか……。


「ええと……まあ、とにかくだ、犬も名前が欲しいと思うぜ。お前が名前を付けてやれ。お前がいいと思う名前を、な」

 ギブソンの言葉を聞き、マルコはじっと子犬を見つめる。子犬は瞳を輝かせてマルコの顔を見上げ、楽しそうに尻尾を振っている。マルコに対する、溢れんばかりの親愛の情がはっきりと見て取れる。ギブソンの顔にも笑みが浮かんだ。彼は微笑みながら、マルコの答えを待つ。


 ややあって、マルコが弱りきった表情でこちらを向いた。

「わ、わからない……ギブソンが付けてくれ」

「難しく考えなくていい。好きな名前を付ければいいんだよ」

「え……」

 マルコは困惑した顔で子犬を見る。子犬は尻尾を振りながら、きゃん、と鳴いた。まだ遊び足りないらしい……マルコの表情が崩れた。まるで赤子を見る父親のようだ。

 ギブソンはため息をついた。マルコは戦い以外のことは何も知らないし、何も出来ない。そもそも、マルコのこれまでの人生とは……食べて寝る、それしかない。さらにマルコの「食べる」という行為を突き詰めると「戦って殺し、そして食べる」となる。少なくとも、今まではそうだったのだ。

 しかし、これからは違う……自分が教え、導かなくてはならないのだ。マルコが一人で生きていけるように。野獣としてではなく、人間として。


「仕方ないな。今回はオレが名前を付ける。だがな、あんまりオレを頼るなよ……」

 そう言うと、ギブソンは子犬に視線を移す。子犬は、瞼が閉じかかり眠そうな様子だ。ほんの数秒前までは、遊んで欲しそうな様子だったのに、今にも眠りに落ちそうである。ギブソンは改めて、子犬をじっくり観察した。白い毛並み、三角の耳、そして短めの足……間違いなく雑種だろう。そういえば、小さい頃に絵本か何かで白い猿を見たことがあった。いつも主人公のそばにいた、小さく白い猿。あの猿の名は、確か……。


「アメデオ、だ。こいつの名前はアメデオにしよう」

「あ、あめでお、か……アメデオ……わかった」

 マルコは頷いた。アメデオ、アメデオ……と繰り返しながら子犬を撫でる。アメデオと名付けられた子犬は腹を床に付けて、伏せの体勢で目をつぶっている。あと数分で眠ってしまうだろう……そのアメデオを撫でるマルコの顔には、奇妙な表情が浮かんでいる。これまで見たこともないような、優しげな表情だ……。

「マルコ、明日はアメデオと一緒に散歩してみないか? 三人……いや、二人と一匹で街を散歩するんだ。楽しいぞ」

 ギブソンがそう言うと、マルコは嬉しそうな顔で頷いた。




 翌日、ギブソンはアメデオに首輪を付けた。さらに首輪を細いロープで繋ぎ、端をマルコに持たせる。

 そして、街に出た。

「ギブソン、どこに行くんだ?」

 マルコが不安そうに尋ねる。その両手には、しっかりとアメデオを抱き抱えていた。一方のアメデオも、不安そうな様子でマルコに身を委ねている。ギブソンは思わず苦笑した。これでは散歩にならない……。

「マルコ、アメデオを降ろしてやれ。アメデオを歩かせるんだ」

「え……だ、大丈夫かなあ……」

 言いながら、マルコは不安そうに周りを見る。昼日中の大通りには、人々が行き交っていた。マルコは警戒心を露にして、アメデオを抱きしめている……。

「マルコ……アメデオだって自分の足で歩きたいはずだ。お前がきっちりと見張っていろ。アメデオは外の危険を知らない。だから、お前が付いて行って守ってあげるんだ」

「うん、わかった」

 マルコは頷き、アメデオを地面に降ろす。アメデオは不安そうにしながらも、よちよちと歩き始めた。

「アメデオ……大丈夫だからな……」

 呟きながら、ぴったりと横について歩くマルコ。紐を握り、慎重にアメデオの歩みを見守る……しかし、時おり顔を上げては、周囲への警戒も怠らない。ギブソンは感心した。子供にありがちな、目の前の物事に夢中になり過ぎて周囲の状況が目に入らなくなる……ということがないのだ。アメデオの動きと周囲の状況、その両方をきちんと見ている。

 ギブソンはふと、亡くなった息子のダニーのことを思い出した。ダニーは活発な子だった……あちこち走り回るので、目が離せなかったのだ。挙げ句、よく転んでは泣いていた。


 そういや、シェリーに二人して怒られたっけ……。

(ダニー! いつまでもメソメソしない! あんた! ちゃんと見ててよ!)


「ギブソン、ギブソン、あれを見てくれ」

 マルコの声で、ギブソンは我に返った。

「あ……すまん。どうしたんだ?」

「あれ……」

 マルコが指差す先を見ると、そこには小さなブルドッグがいた。ブルドッグは二十メートルほど先にある売春宿の軒先で尻を地面に着け、じっとこちらを見ている。アメデオは興味を持ったらしく、そちらに進みたがっているが、マルコが紐をしっかり握って止めていた。

「何だあいつ……」

 ギブソンが呟いた。このエメラルド・シティでは、野犬が多く生息している。特にZ地区では、人が野犬に食い殺されるケースも少なくない。だが、あのブルドッグは野犬には見えない……近くに飼い主がいるのではないか。

 すると、ブルドッグはこちらに向かって吠えた。そして、向きを変え歩いていく。

 だが、少し歩いた所で足を止めた。そして振り返り、じっとこちらを見つめている……。

「ギブソン……あいつ、付いて来いって言ってる」

 マルコが呟く。ギブソンは立ち止まったまま、どうしたものかと思案した。一方、アメデオはブルドッグに興味津々だ。ブルドッグを見ながら、尻尾をブルブル振っている。遊びたくて仕方ないらしい……ギブソンは頷いた。

「マルコ……行ってみるか……」






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