野獣の友 3
ギブソンは一瞬、どうしたものか迷った。だが、無視する訳にもいかない。仕方なく、いつものようにヘラヘラ笑って見せた。
「はあ、お話ですか……ええと、失礼ですがお名前はアンドレさんで――」
「ジャニス、と呼んでくれても良くってよ。アンドレ・ザ・ジャニス……こんなのどうかしら?」
そう言って、流し目をくれるアンドレ。ギブソンはあやふやな表情で微笑み返した。
「はあ……ジャニス、ですか……」
「ですか、じゃないわよ! いいからアンタ! そこに座んなさい!」
突然の怒鳴り声。と同時に、キャッチャーミットのような巨大な手が伸びてきた。ギブソンの肩を掴み、強引にカウンター席に座らせる。ギブソンは顔を引きつらせながらも、おとなしく従った。エメラルド・シティの大物であるはずのジュドーに対し、臆することのない態度の女装巨人……仲良くしておいて損はないだろう。一方、女装巨人はギブソンの隣の席に座る。そのとたん、ギブソンの周囲の温度が上がったような錯覚に襲われた……。
「アンタ、服のセンス最悪ね。おまけに顔も間が抜けてるし……悪いけど、お世辞にも女の子にモテるタイプじゃないわね」
ギブソンが席に着くと同時に、そんな言葉を放つアンドレ。ギブソンは苦笑しながら頭を掻いた。
「そうですね……全然モテないです――」
「けど、アタシは嫌いじゃないな……アンタみたいなタイプ。アンタ、腹の中ではとんでもないこと考えてるでしょ。ニコニコ笑いながら、人をブン殴れるタイプよね。その腐れ外道っぷりと、いつも甲斐甲斐しくマルコの世話を焼いている誠実さとのギャップ……そこに凄くそそられちゃうのよね。ホント、アタシの好みだわ……」
そう言うと、アンドレは色気たっぷりの目でギブソンを見つめた……ギブソンは愛想笑いを浮かべながら、ペコペコ頭を下げる。
「いやあ、恐れ入りましたね。まさか、そこまで御存知とは……アンドレさんは、何でもお見通しのようですね。でも、そんな風に言っていただけるとは光栄です」
言いながら、ギブソンはさりげなく体をずらして距離を離す。もっとも、今のギブソンの言葉は心にもないお世辞、というわけでもない。どうやら、目の前の女装巨人はかなりの情報通らしい。
「ナニ言ってんのよ。ホント、アンタって心にも無いことをペラペラと……腹立つわ。このままアンタを押し倒して、ヒイヒイ言わしたいわねえ」
その言葉と同時に、アンドレの太い腕がギブソンそんの肩に回された……ギブソンは顔を引きつらせながら、さりげなく首を動かして腕から抜ける。
「いやいやいや……ところでアンドレさん、ちょっと聞きたいんですが、サンズってのは何者なんです? バーター・ファミリーのサンズですが……」
「ああ、サンズね……アンタ、サンズと組んで仕事するらしいじゃない。アレは変わり者だから……苦労するわよ」
「確かに変わり者ですよね……ただ、あれでも大物なんですよね――」
「バカねえアンタ。アレはね、大物じゃないの。単なる雇われの……トラブル処理係ってとこかしら。ただ、アイツの力はなかなかのものよ。敵に回したくはないタイプ……らしいわね。アタシも噂でしか聞いたことないけど」
言いながら、アンドレは煙草を取り出す。すると、ギブソンはすっとライターを取り出し、恭しい態度で火を点けた。アンドレはじっとギブソンを見つめ、煙を吐き出す。
「アンタ腹立つ……ホントに憎らしいわ……アンタ、お持ち帰りして泣かしたいくらい……」
物騒なセリフを吐くアンドレ……一応、睨み付けてはいるものの、その瞳の奥には、どこか優しさも感じられる。どうやらギブソンは、この女装巨人に気に入られてしまったらしい。喜ぶべきことなのか悲しむべきことなのか、その判断は難しいところであるが。
「アンタ、ジュドーの下で働いてるんですってね……悪いことは言わないから、早いとこ足を洗いなさい。なんなら、アタシのヒモにしてあげてもよくってよ……」
その言葉とともに、アンドレの巨大な顔が近づいてくる……ギブソンは引きつった笑みを浮かべて、少しずつ距離をとった。
「は、ははは……それはどうでしょうねえ……じゃあ、そろそろ失礼して……マルコにご飯食べさせないといけないんですよ」
言いながら、ギブソンは立ち上がりかけた……しかし――
「ちょっと待ちなさいよ……アンタ今度の仕事は大変よ。そこんとこ、わかってるのかしら?」
アンドレの言葉を聞き、ギブソンは動きを止めた。そして振り返る。
「知ってるんですか? 奴のことを?」
今回の標的であるボニーは半年ほど前、どこからともなくエメラルド・シティに現れた。見た目は、完全に人間の女だ……猫のような耳と尻尾が付いていることを覗けば。可愛らしい顔をしているが、恐ろしい腕力の持ち主であり、他の人外たちからも一目置かれる存在であった。しかし、人外にしては珍しく人間を襲ったことがない。それどころか、人間とは仲良くやっていたのだ。川で魚を捕まえてきては、市場でパンや干し肉と交換したり、他の人外に襲われそうになっていた子供を助けたり……近所の住民たちからの評判も悪くなかった。
だが、二週間ほど前に旅行客を殺してしまった。
それも、一度に六人。
「ただね、その旅行客ってのは、Z地区に足を踏み入れてたのよね……まあ、境界線ギリギリのあたりだったんだけど。いずれにしても、旅行客が行っていい場所じゃないのよ。しかも……そいつら、女の子を襲ってたの」
「襲ってた?」
「そ、集団で襲ってたの……男って、そういうことがどんだけ女の心を傷つけるかってことが……全くわかってないのよね。アタシが世の男どもに、体で教えてあげたいわ……」
「いや、あなた男じゃないですか――」
「ああん? テメー今なんつった?」
アンドレの岩のような顔が近づいてきて、ギブソンは恐怖のあまり顔をひきつらせながら口を開く。
「あ、いや……そうですよね……男って奴はバカですよね。何もわかってないんですよ。女性の気持ちなんか、全くわかってないんですよね」
「この野郎……適当なこと言いやがって……憎たらしい。押し倒してヒイヒイ言わしたろか」
アンドレは吐き捨てるような口調で言うと、立ち上がってカウンターに入って行った。
そしてギブソンの前にグラスを置く。
「何飲む?」
「いや、まだこれから色々ありますんで、酒は――」
「じゃあ、アタシ特製のピーマン汁……すっごい不味いけど、体にはいいわ。飲んでいきなさい」
そう言うと、アンドレは巨大なジョッキを手に取った。不気味な緑色の液体が入っている……。
そして、アンドレはグラスに注いだ。
「ほら、飲みなさい。ジュドーも昔、これ飲んでたのよ。あいつ酒飲めないから……」
アンドレは、どこか昔を懐かしむような表情をしている。ギブソンは仕方なく口を付けた。
不味い。
だが、飲めないほどではない。
「ねえ、アンタに聞きたいんだけど……若い娘を集団で襲い、挙げ句に足を踏み入れてはいけない場所に入ったバカな旅行客。その女の子を助けるためとは言え、六人の旅行客の命を奪った人外……アンタから見て、許せないのはどっち?」
不意に尋ねるアンドレ。ギブソンはいつものように、バカのふりをしてやり過ごそうとした。だがアンドレの瞳には、さっきまでとは違う光がある。それは無視できないものだった。ギブソンの表情も変わる。
「はっきり言って、オレがその場にいたら……旅行客を全員撃ち殺すかもしれせんね。でも、オレは善悪や好き嫌いで仕事をするわけじゃないんです。ボニーは、オレとマルコで始末しますよ……苦しまないよう、一瞬であの世に送ってやります」
「そう……わかったわ。アンタなら、そう答えると思った。アタシの好みの男はみんなそう。全く、憎たらしいわ……」
アンドレは言葉を止め、タバコをくわえた。そして煙を吐き出す。
「アンタ、二つ忠告しとくわ。まず一つ目……ボニーには友だちの狼男がいる。名前はクライドっていうんだけど、こいつはボニーより強いかもしれない。そして、人間と違って仲間を裏切ったりしない。ボニーが危機に陥ったら、命を張って助けるわ……つまり、アンタたちは二匹の獣人を殺さなきゃならないってワケよ」
「そいつは初耳ですね……わかりました」
ギブソンは頷いた。なるほど、自分たちを雇うはずだ……二匹の獣人が相手とは。戦いにおいて、サンズはどこまで当てに出来るか不明だ。
実質、自分とマルコで二匹の獣人を仕留めなくてはならないだろう……。
「二つ目……この稼業を長く続けたら、後戻りできなくなるのよ。いろんな人間の怨念を背負うことになる……この稼業に足を踏み入れたら、人並みの幸せを掴むのは難しいのよ。金が貯まったから引退します……そんな甘い世界じゃない。人の命を奪うからには、アンタは確実に地獄行き……それだけは覚えておきなさい」
「……」
ギブソンは何も言えなかった。そして、アイザックとカルメンのことを思い出す……あの二人は、自らの意思でエメラルド・シティに戻って来たのだ。殺し屋としてのケジメをつけるために。少なくとも、ギースはそう言っていた。
「じゃあ……マルコはどうすればいいんです?」
気がつくと、そんな言葉が飛び出していた。アンドレは黙ったまま、真剣な表情でじっとギブソンを見つめる。
ややあって、ギブソンはまた口を開いた。
「マルコには……殺ししか出来ないんです。だからといって、無闇に他人を殺して奪い取るようなことをさせたくはない。しかも、マルコには金がいるんです。人間になるためには、大金が……だから、あいつは殺し屋をやるしかない。出来る仕事をして、金を稼がなきゃならないんですよ……殺し屋という、仕事をね……」
そう言うと、ギブソンはアンドレを睨みつけた。先ほどまでの軽薄な仮面は、綺麗さっぱり剥がれ落ちている。
アンドレはため息をついた。そして、またタバコをくわえる。
「ギブソン……アタシはね、アンタたちの生き方を否定するつもりはない。ジュドーが何故、この仕事にこだわるか……悪い例えだけど、家にトイレが必要なように、世の中にはこの仕事が必要なのよ。晴らせぬ恨みを持つ者がいる……それを、アンタたちが代わりに晴らしてあげる。それを否定することは、アタシには出来ない。ただ……人が死ねば、涙を流す奴がいる。それが生きた証なのよ。その涙が、恨みに変わる時……アンタたちの出番てワケね。でも、アンタたちも恨まれる側の人間よ。いつかはアンタたちも、誰かの恨みを背負った誰かに殺される……その覚悟だけはしておきなさい」
「じゃあ、そろそろ失礼します」
緑色の不気味な液体を飲み干すと、ギブソンは立ち上がった。そしてアンドレに頭を下げ、立ち去ろうと向きを変えた。その時――
「今度は、客としていらっしゃい」
背中に投げかけられた、アンドレの声。ギブソンはいつものように、ヘラヘラ笑いながら適当な言葉を返そうとする。
だが、その時……ある考えが浮かぶ。
「じゃあ、マルコを連れて来ていいんですね? この店で美味いものを食わせたいんですが……構いませんか?」
振り向いたギブソンの表情は真剣なものだった。その言葉に対し、アンドレは黙りこむ……ギブソンは口元を歪めた。
「ですよね。マルコは招かれざる客……わかってますよ。じゃ、そういうことで――」
そこまで言った時、アンドレの手が伸びてきた。ギブソンの襟首を掴み、一気に引き寄せる。
そして、片手で軽々と持ち上げた。鼻先が触れ合わんばかりの位置まで顔を近づける。
「ナメんじゃないよ、このガキ……アタシはね、ここでずっと商売してんだ。そのアタシが、客として来いと言ったんだよ……マルコがどんな顔してようが、アタシには関係ない。アタシは、マルコを客としてもてなす。もしそれが気に入らない奴がいるなら、アタシが店から叩き出す」
今度はギブソンが黙りこむ番だった。アンドレの顔から、表情が消えているのだ……静かではあるが、そこには怒りが感じられた。先ほどのギブソンの言葉に対し、アンドレが黙りこんだ理由……それは怒りゆえだったのだ。
ギブソンはその時、目の前にいる女装巨人の歩んで来た道の険しさを垣間見たような気がした。この無法都市で、長い間ママとして生き抜いてきたのだ……その人生は、自分のような若造には想像もつかないものだろう。
そんなアンドレには、マルコの気持ちが理解できるのではないだろうか。他人に蔑まれ、忌み嫌われる気持ちが……。
そして、アンドレなら知っているのではないのか……はぐれ者に対する、はぐれ者の優しさを。
「いいかい、約束しな……仕事を無事に終わらせるんだよ。そして、マルコを連れて店に来な……アタシが美味しい手料理をご馳走してあげるから」




