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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の友 1

 『野獣の友』の主な登場人物


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎サンズ

 バーター・ファミリーの大物、のはずですが……当人には、その自覚が無いようです。


◎ジュドー・エイトモート エメラルド・シティでもっとも規模の大きなギャング組織『虎の会』のナンバー2であり、有能なキレ者として知られています。


◎アイザック、カルメン

 ジュドーの腹心の部下でありボディーガードでもある、片目に眼帯を着けた大男と褐色の肌の美女のコンビです。


◎アンドレ

 バー『ボディプレス』のママをしている巨人女装家です。見た目は色物……しかし、語る言葉は深いものを秘めてます。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。





 人間、一人では生きていけない。仲間ってものが必要だ。しかし、この仲間ってのが曲者で……信頼できる仲間を得るのは、非常に難しい。金次第で裏切る奴は掃いて捨てるほどいる。そこまでいかなくても、中途半端奴と組むくらいなら、初めから誰とも組まない方がいい……とさえ思う時もある。自分のミスで自分がピンチに陥るのなら、自業自得の一言で諦めもつくが……仲間のミスでピンチに陥るのは、かなり腹の立つ話だ。

 競馬や競輪などの博打場には必ず、予想屋と呼ばれる連中がいる。一着に来るであろう馬や選手を予想し、その予想を売っている連中だ。一番ありがたい予想屋は、言うまでもないことだが百パーセント確実に予想を的中させる予想屋だ。そして次にありがたいのは、百パーセント確実に予想を外してくれる予想屋だ。逆に……当たるも八卦、当たらぬも八卦という占い師みたいな予想屋がもっとも始末に負えない。そんな奴の予想なら、買わない方がマシだ。

 仲間ってヤツも同じだ。平穏無事な時には信用できるが、いざという時に裏切る可能性もある……そんな奴と組むくらいなら、一人でやっていった方が簡単かもしれない。余計なことを考えずに済むからな。だが、一人で出来ることなど限られている。それに、人間てヤツは元来いい加減なものだ。善いこともするし、悪いこともする。結局、そんないい加減な人間という生き物と組まなくてはならない以上……裏切られる可能性もあることを前提に動くしかないのだろう。

 しかし、ごくまれにではあるが……絶対に裏切らない者もいる。悪徳と混沌の支配するエメラルド・シティにも、仲間を絶対に裏切らない者がいた。


 ・・・


「ギブソン、これ見てくれ……鳴らなくなった」

 マルコがすまなそうな様子で、おずおずと差し出してきたもの……それは小さなオルゴールだった。いつも持ち歩き、大切にしていたものだ。

 ギブソンはマルコの手からオルゴールを受け取り、じっくりと見てみる。ギブソンは、こういった機械仕掛けの玩具に詳しい訳ではない。しかし……そんな彼にも、オルゴールがどんな状態であるのかは容易に理解できた。

「マルコ……これは無理だな。ゼンマイがちぎれちまってる。もう寿命だ」

「ジュミョウ?」

 訝しげな顔で、こちらを見つめるマルコ。ギブソンは笑みを浮かべた。

「いいかマルコ……人間はいつか死ぬ。それはわかるよな?」

「うん、わかる」

「人間は年を重ね、そして死ぬ……それが寿命だ。このオルゴールも年を重ねて死んだんだよ」

「オルゴール……死んだのか?」

「そうだ……オルゴールは鳴らし続けていれば、いつかは壊れる。どんなに優しく丁寧に扱っていても、いつかは壊れる。人間だってそうだ。どんな人間でも、いつかは必ず死ぬ」

「……わかった」

 マルコは、悲しそうな顔をしながらも頷いた。

 ギブソンはもう一度、オルゴールを見つめる。そして、オルゴールの果たした役目について考えた。ここに来た当初、マルコは怪物そのものだった。しかし、マルコは変わった。マルコの変化には、このオルゴールの影響もあるだろう。オルゴールの奏でるメロディーは、マルコの心を癒し、マルコに変化をもたらしたのだ。

 しかし今、その役目を終えた……。


「ゆうしゃは……どらごんを……たおす……ために……」

 オルゴールを見ながら物思いにふけるギブソンの耳に、マルコの声が聞こえてきた。まだ、たどたどしさが残っているものの……ついこの間までに比べると雲泥の差だ。今では、文字がちゃんと読めるようになっている。自分はマルコを教育できているのだ……少なくとも、今のところは。

 ひょっとしたら、自分が生き延びてしまった理由……それはマルコを導き、啓発するためなのかもしれない。それこそが、神が自分に与えた使命なのではないだろうか……。

 馬鹿馬鹿しい。ギブソンは苦笑し、頭を振る。何の罪もないダニーとシェリーをあのような目に遭わせた神など……くそ食らえだ。そんなものに従うつもりはない。ただ、自分がそうしたいと思うからそうするだけのこと。マルコの力になりたいと思うから、マルコを助けるのだ。


 翌日、ギブソンはマルコを連れてゴドーの店に向かった。もしかしたら、ゴドーの店にいるバーニーならば、マルコを受け入れてくれるのではないだろうか……そう思ったのだ。マルコには、もっと色んな経験が必要だ。特に社会での経験が。大陸で生きていくのだとしたら、今のうちに買い物くらいは出来るようにさせておきたい。

 それに、バーニーは気のいい男だ。バーニーなら、マルコが相手でも普通に接してくれるかもしれない。少なくとも、傷つけるようなことは言わないだろう。


「やあギブソン、いらっしゃい……あれ、もしかして君がマルコかい? はじめまして」

 バーニーは相変わらずだった。ニコニコしながら二人に話しかけてくる。一方のマルコは面食らった様子だ。バーニーのようなタイプには、これまで会ったことがないのだろう。

 もっとも……ギブソン自身も、バーニーのようなタイプの人間は初めてだが。


「ギブソン、今日もパンと干し肉と牛乳かい? マルコ、ここには色々あるよ。ブラジャーからミサイルまで何でも揃う、それがうちの店のウリだからね。まあ、ゆっくり見ていきなよ」

 バーニーはマルコが相手でも、マイペースを崩さない。ニコニコしながら、パンと干し肉と牛乳を袋に詰めている。一方のマルコは、店の中の品物をチラチラ見ている。ギブソンは、そんなマルコの様子をじっと見ていた。こういった店に入ることに慣れていないのだろう、マルコはどこか居心地悪そうだった。


「マルコ……あの店はどうだった?」

 帰る道すがら、ギブソンは尋ねた。マルコは首をかしげる。

「よくわからない……」

「そうか……あの店に、何か欲しいものはなかったのか?」

「うん……わからない」

 いつもに比べると、マルコの答えは歯切れが悪かった。マルコにとって、買い物は興味をそそられるものではなかったらしい。

 ギブソンは心の中でため息をついた。マルコは出歩くのが好きではないのだろうか……いや、そんなことはないはず。ただ、ああいった場所に慣れていないだけなのだ。いや、そもそも知識がないのではないか? 店に置いてあった様々な物……それらに対する知識がないために欲望が起きない。マルコにとって、店に並べられていた品物は……ただの鉄や木の塊なのかもしれない。


 大通りを歩く二人。まだ昼間であり、日射しがまぶしい時間帯だ。旅行客らしき者たちが、大勢うろうろしている。マルコは居心地が悪そうだ。頭からフードをすっぽり被り、下を向いて歩いている。普段、暗闇の中でのみ外出しているせいだろうか……。

 いつの日かマルコには、陽の当たる場所で暮らしていって欲しい。だが、今は裏街道を歩むしかないのである。ギブソンは振り返った。

「なあマルコ……別の道を行こうか」


 二人は路地裏に入って行った。だがギブソンは、その選択をすぐに後悔することとなる……五分も経たないうちに、マルコの呟くような声が聞こえた。

「ギブソン、敵だ……来るぞ」


 建物の陰から現れた数人の男……いや、少年だ。少年たちはボロボロの服を着て、チェーンや角材のような有り合わせの武器を手にしている。目に残忍な光を宿し、ギブソンの前で立ち止まる。


「おっさん……昨日からこの道はな、オレたちの縄張りになったんだよ。通行料を払え」


 一人の少年が、からかうような口調で言った。同時に、少年たちは武器を構えて接近してくる。

「おいおい、おっさんはないだろうが……オレはまだ二十六だぜ……」

 そう言いながら、ギブソンはちらりと背後を見た。背後にも三人。だが、その時――

「ウウウ……」

 マルコが低く唸る。同時にフードを上げ、ギブソンを守ろうとするかのように前に進み出た。

 すると――


「う、うわあああ!」

「何だこの顔!」

「化け物だぞ!」

「こいつマルコだ!」

「そうだ! 化け物のマルコだぞ!」


 少年たちは口々に叫びながら、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った……その様子を見ながら、ギブソンは苦笑する。いつの間にか、マルコは有名人になってしまったらしい。あるいは都市伝説の怪人のようなものになったのか……そんなことを思いながら、ギブソンはマルコの顔を見た。

 しかし、異変に気づく。マルコの表情が凍りついているのだ。ギブソンは一瞬、どうかしたのか、と声をかけようかとしたが……すぐにその異変の正体を理解した。

 奴らの言葉が原因だ。


「マルコ……」

 ギブソンは、何か言葉をかけようとした。しかし、その言葉が見つからないことに気づく。マルコは、小口径の銃弾なら弾き返すほどの強靭な肉体を有している。しかし、奴らの言葉はマルコにとって銃弾以上の威力を持っていたのだろう……。


「ギブソン、帰ろう」

 マルコはこちらを向き、凍りついた表情のままフードを下ろす。ギブソンは自分の迂闊さを呪った。戦わずして連中を追い払ったことに意識が向き、連中が逃げた理由については考えが及ばなかったのだ。

 ギブソンにはわかっている……マルコは人間だ。その内面は、紛れもなく人間なのである。自分と会話し、文字を学び、そして自分に気を使うことも出来る……しかし、その外見ゆえに化け物扱いされるのだ。この先マルコがどれだけ学び賢くなろうとも、どれだけ優しい心を持っていようとも……他の者は、マルコの外見を見たら化け物と判断するのだ。

 人間には、異質なものを排除しようとする部分がある。いや、生き物としての本能なのかもしれない。病気になった獣は皮膚に腫瘍ができたり、毛が抜け落ちたりする。そんな病気の者を群れに残しておいたら、どうなるだろう? 病気が広がり、群れが全滅してしまう可能性があるのだ。

 だからこそ、人間は本能的に自分たちと外見の異なる異形の者を、コミュニティから排除しようとするのかもしれない。

 マルコのような存在を……。


「ギブソン、どうしたんだ? ここで何か用事でもあるのか?」

 その場に立ち尽くしていたギブソンに、マルコが声をかけた。ギブソンがそちらを向くと、マルコはいつものようにフードをすっぽり被り、下を向いている。ギブソンは黙ったまま、歩き始めた。

 そして思った。人間であるにも関わらず、醜いというだけで疎外され、嫌悪されるマルコ。こんなことが続けば、いつかは人食いの化け物に戻ってしまうのではないだろうか。人間に対する怒り、憎しみ、怨みといった感情。それらの負の感情が積もり積もっていき……人間を食らっていた頃に戻ってしまうのではないだろうか。

 いや、さらに始末に負えないものになるかもしれない。世の中を憎み、人類への復讐を企てる怪物になってしまうかもしれないのだ……やっと、少しずつではあるが人間らしくなってきたというのに。


(なあギブソン、オレも……いつか……結婚出来るのかな?)


 いつかのマルコの言葉を思い出す。マルコにも、平凡ではあるが人並みの幸せを願う気持ちがあるのだ。そう、マルコの望みはそんな大層なものではない。自分の顔を変えること、人間として生きること、そして母親への復讐。それくらいのことは、叶えられてもいいはずだ。


「ギブソン、ちょっと待ってくれ……」

 考えながら歩いていたギブソンを、マルコの声が現実に引き戻す。ギブソンは暗い目でマルコを見た。同時に拳銃を抜く。どうやら、またしてもトラブルの種が飛んできたらしい。

 だが構わない。ちょうど暴れたい気分だったのだ……向こうから来てくれたのなら都合がいい。

 皆殺しだ。

「また、どっかのバカガキが来やがったのか……もういい、オレが全員撃ち殺してやる――」

「いや、違う……」

 マルコが答えた直後、後ろからとぼけた声が聞こえてきた。





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