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売人の意地・前編

 登場人物


◎クリスタル・ボーイ

 年齢不詳だが、見た目は二十から二十五歳くらい。合成麻薬『クリスタル』の売人です。いたる所に顔が効く上に、様々な情報網を持っています。基本的に自分の手は汚さない主義ですが、必要とあればためらいはしません。


◎ジュドー・エイトモート

 常に黒い安物のスーツを着て、天然パーマの頭をポリポリ掻いている、自称プロの商売人です。


◎マリア

 ジュドーの同居人の娘です。頭は悪いが天真爛漫で、人に勝手なあだ名を付けて呼ぶくせがあります。


◎マルケス

 大物ギャングですが……ボーイ曰く「変態クズ野郎」でもあります。


◎タン・フー・ルー

 エメラルド・シティの浮浪者たちのリーダーです。


◎ジョーガン、バリンボー

 双子の大男です。気は優しく力持ち……ですが頭は弱いです。





 エメラルド・シティ……誰が名付けたか知らないが、あまりにも皮肉な名前である。モヒカンの変人タクシー運転手や不気味な化け物などはいたりするが、正義のヒーローなどはどこにも見当たらない。異能力者とギャングと人外の化け物とバカガキとキチガイと治安警察が毎日どこかで殺し合いをしているような、そんな街である。

 ついでに言うと、ハーレム要素など欠片もない。そもそも、ハーレム要員となるようなツンデレだかヤンデレだかの美少女が一人でもこの街に現れたなら、犯されて殺されるか、殺されて金を盗られるか、殺されて食われるか、のいずれかだろう。したがって、そういったものが好きな人種はこの街にはいない。近づこうともしない。


 ・・・


 その男の身長は百六十センチ強、痩せた体をしていた。そして、普段は野球帽を被り、腰からは奇妙な形の改造拳銃をぶら下げている。そんな服装で街中をうろつく姿は、ぱっと見はただのチンピラ……という印象だが、実はエメラルド・シティのちょっとした有名人なのである。

 彼はエメラルド・シティにおいて、もっとも有名なクリスタルの売人なのだ。何せ、本人がクリスタル・ボーイと名乗っているくらいなのだから。

 彼、クリスタル・ボーイは現在、ジュドー・エイトモート――裏の仕事師としてエメラルド・シティでも一目置かれている存在である――と手を組んでいる。そして……信頼できる相手だけにクリスタルを売っているのだ。エメラルド・シティのような場所では純度の高い上質のクリスタルなど、まず見当たらない。だが、ボーイはその上質のクリスタルを一グラム一万ギルダンで売ってくれる。破格の値段だ。ヤク中にとっては、まさに神様のごとき存在である。




 そして今、ボーイはジュドーと共に崩れかけたビルの中にいる。密談をするのには、もってこいの場所なのだ。

「おいジュドー……オレはマルケスみてえな変態のクズ野郎とは、関わりたくねえんだがな……」

 ボーイは吐き捨てるように言った。見るからに不快そうな表情をしている。苛立ちを隠そうともせず、足元の瓦礫を蹴飛ばした。

「ま、まあまあ……ボーイ、お前も落ち着けよ……嫌ならいいんだよ、嫌ならな……」

 天然パーマの頭をポリポリ掻きながら、愛想笑いを浮かべるジュドー。安物の黒いスーツに赤いワイシャツ、そして白いネクタイ……三流の結婚詐欺師か、はたまた三流のホストか、といった見た目だ。

 しかし、このジュドーという男は……ふざけた見た目とは裏腹に、筋金入りの犯罪者やギャングや人外どもが集うエメラルド・シティでも一目置かれている存在なのだ。彼を甘く見て、命を落とした者は数知れない……。


「とにかく、オレはマルケスの奴が嫌いだ。奴を信用できねえ。したがって、奴とは組まねえ。奴と話し合う気もねえ。この話は以上だ」

 ボーイはにべもなく、そう言い放つ。二人の話題の中心人物であるマルケスとは……一言で言うと、変態ギャングである。エメラルド・シティでもかなりの権力を持つ男だが、やり方が悪どい上に――もっとも、悪どくないギャングなどいないだろうが――えげつない。しかも、趣味の悪さは街でも評判だ。噂によると、マルケスの父親は大陸でも指折りの組織のボスだという。そしてマルケスも、本来なら父親の跡を継ぐはずだった……しかし、変態趣味が高じて大陸に居られなくなり、ここエメラルドシティに飛ばされてきたらしい。

 これも噂ではあるが、マルケスの性奴隷にされて、無惨な最期を遂げた女はかなりの数だとか。最近では、新しいオモチャを手に入れたという話も聞いたことがある。

 ボーイは、そんなマルケスをひどく嫌っていた。

 一方、マルケスの方はボーイの安くて上質なクリスタルに目を付け、ボーイと手を組みたがっていたのだが……ボーイはその申し出を、あえて無視していたのだ。

 そしてマルケスは、ジュドーに頼んだのだ。

 一度話し合いがしたい、ボーイを連れて来てくれ……と。


「なあ、ボーイ……お前、この街に何しに来たんだったっけ?」

 真面目な顔で尋ねるジュドー。すると、ボーイの表情が歪む。

「んなもん、決まってんだろうが……クリスタル売りにきたんだよ」

「つまり、稼ぎに来たわけだろうが。近頃じゃあ、大陸ではクリスタルの取り締まりが厳しくなってきた……下手すれば死刑だ。だからこそ、わざわざエメラルド・シティまでやって来たんだろうが……」

「あ、ああ……」

「だったら、ガキみたいに好き嫌い言うな。この街じゃあ、ギャング連中と上手くやっていかないと……商売あがったりだぜ」

「……チッ」

 ボーイは苦々しげな表情で舌打ちすると、煙草をくわえた。ライターで火を点け、煙を吐き出す。まるで自分の中の不快な気分も一緒に吐き出すかのように……。

 そして口を開いた。

「マルケスにゴメス、そしてタイガー……ギャング連中は、どいつもこいつもクズだ。三人並べて撃ち殺してやりてえ……オレは組織ってヤツが大嫌いなんだよ」


 ボーイはジュドーのことは信頼している。だが、この街を仕切るギャングのことは嫌っていた。もし、ボーイがギャング組織の大物に上手く取り入ることのできる男だったなら……確実に今よりも出世していただろう。下手をすると、街を仕切る新たな勢力のリーダーとなっていたかもしれない。

 だが、ボーイにはそれが出来なかった。ボーイは頭はキレるし口も達者だ。いざとなったら、荒事もためらわずにこなすだけの度胸もある。しかし……根本の部分において、不器用な男だった。

 そう、もしボーイが器用な男だったのなら……エメラルド・シティのような場所でクリスタルの売人などしていないのだ。




 ボーイはジュドーと話し合った後、シン地区の裏通りをうろついていた。この辺りはタイガーの率いる組織『虎の会』が仕切っている場所で、エメラルド・シティの中では治安のいいことで知られていた。タイガーはエメラルド・シティの約三分の一を縄張りとしている。

 ジュドーの話によると……タイガーは同じ大物ギャングでも、ゴメスやマルケスとは違うらしい。部下たちには厳しいが、同時に慈悲深い心も兼ね備えた態度で接しているようだ。もっとも、ボーイの目には大して違わないように見えるのだが。


「おい、お前……そこのお前だよ。お前、クリスタル・ボーイじゃねえのか?」


 背後からの、突然の声……穏やかでない雰囲気だ。ボーイはため息をついた。クリスタル・ボーイの名前を知る者は多い。だが、クリスタル・ボーイの実物に会ったことのある者は……ジュドーも含めて、せいぜい十人程度。少なくとも、背後にいる男は確実に違うはず。


「いいや……違うよ」

 ボーイはそう答え、ゆっくりと振り返る。目の前にいるのは、青白く不健康な顔をしてガリガリに痩せこけた男だ。落ち着きなく、絶えず震えている体。何日も洗っていないボロボロの服。寝不足のせいか、血走った目。

 そして……右手には拳銃……。

「ようようよう、嘘つくんじゃねえ……お前はクリスタル・ボーイじゃねえのかよ……いや、ボーイであろうがなかろうが関係ねえ。金だ……金とクリスタルをあるだけ出せ」

 男の言っていることは支離滅裂だ……いや、言っている当人にとってはそうでもないのかもしれない。要するに金か、クリスタルが欲しいのだ。まだ陽が出ているというのに、治安のいいはずのシン地区でヤク中の辻強盗に出くわすとは……ボーイは愛想笑いを浮かべながら、ポケットから革の財布を取り出す。

 それを、男の足元に放り投げた。

 男の視線が、足元の財布に移る。それと同時に、銃口もわずかに逸れる。

 その瞬間、ボーイは改造拳銃を抜いた。


 ボーイの体は小さく、腕力も武術の心得もない。だが、度胸と反射神経には優れている。そして、拳銃の腕もなかなかのものだ。そうでなければ、このエメラルド・シティで生き延びることなど……到底不可能だったろう。


 そして、ボーイはためらうことなくトリガーを引いた。

 轟く銃声――

 そして数秒後、男はうつ伏せに倒れる……後頭部には、弾丸が貫通したらしい傷痕。

 ボーイは財布と、男が持っていた拳銃を拾い、足早にそこを離れる。治安警察やギャングに見つかったら面倒だ。

 しかし、後ろからおかしな声が聞こえてきた。子供の歓声のような、奇妙な声が……ボーイは後ろを振り返る。すると、どこに隠れていたのか……汚ならしいボロを着た数人の幼い子供たちが死体に群がり、着ている服や持ち物などを剥ぎ取っている。その様は、まるで腐肉を漁るハゲタカのようだった……。

「なんて素敵な街なんだろうな……素敵すぎて泣けてくるぜ……」

 ボーイは独り毒づくと、向きを変えて立ち去った。


 その翌日。

 ボーイはクリスタルの取り引きを終え、シン地区の大通りを歩いていた。今回の相手は、ジュドーの紹介だっただけに特に問題はなかった。あとはさっさと帰るだけ、のはずだったが……。


「おらおら、早くしねえかバカ兄弟!」


 昨日に続き、またしても後ろからの声……もっとも、今回はボーイに向けられたものではなさそうだが。ボーイはうんざりした表情で振り返る。

 そこにいたのは、二人のボロを着た大男と……そして一人の軽薄そうな若者。大男は二人とも、ほとんど同じ顔をしている。おそらく双子であろう。見る者を圧倒する逞しい筋肉の持ち主であり、顔もいかつい。しかし軽薄そうな若者に殴られ、蹴飛ばされているのだ……それでも、ニコニコしながら荷物を背負い歩いている。

「さっさと歩けや、このバカ兄弟が!」

 少し歩くたびに殴られ、蹴られる双子の兄弟……ボーイはなぜか、その光景から目が離せなかった。そのまま、三人の後を付いて歩いて行く。

 自分が何をするつもりなのか、ボーイ本人にもわからなかった。


 双子の大男は小突かれ、蹴飛ばされながら荷物を運ぶ。悪党ばかりが住んでいるエメラルド・シティでは、さほど珍しい場面ではないはずだった。弱い者が強い者にいたぶられるという状況は……。

 やがて三人は、マルケスの仕切る酒場に入って行った。ボーイは一瞬、顔をしかめる。マルケスとは関わりあいたくない。マルケスと同じ空間にはいたくないし、同じ空気すら吸いたくはない。

 だが……。

 気がつくと、ボーイは店に入っていた。


 そこは、ひどい有り様だった……。

 中では裸同然の格好をした女たちが酒や料理を運び、ゲスな笑みを浮かべた男たちが酒を飲みながら女の品定めをしている。

 そして……双子の大男は店の隅にいた。


(いくら殴っても壊れない頑丈なバカ兄弟)


 こう書かれたプラカードを首からぶら下げ、店の隅に立っている。

 酔った客が通りすがりにぶん殴ったり、蹴飛ばしたりしていくが……双子はニコニコ笑っている。さらには、店の女までが通りすがりにぶん殴ったり、蹴飛ばしたりしているのだ……。

 それでも、双子はニコニコ笑っていた。

 それを見ているうち、ボーイはたまらなく不愉快になってきた。思わず、腰からぶら下げた改造拳銃のグリップを握りしめる。そのまま、店内で乱射したい衝動に駆られた……。

 しかし、ボーイはその気持ちをどうにか押さえつける。そして、カウンター席に座った。

「いらっしゃーい、ご注文は?」

 細い紐のような衣装を身に着けた若い女がボーイに近づき、体をすり寄せてくる。普段のボーイならば、すぐに鼻の下を伸ばしていたことだろう……。

 だが、今のボーイは……怒りと不快さの感情が、スケベ心を完全に駆逐してしまっていた。

「なあ姉ちゃん……一つ聞きたいんだが、あの二人は何なんだ?」

 ボーイは双子を顎で差し、女に尋ねる。すると、女の表情が曇った。

「ああ、バカ兄弟ね……あんまり大きな声じゃ言えないんだけど……色々あるのよ……気は優しくて力持ちなんだけど、生まれつき頭が弱くて……本当に気の毒よね……」

 その暗い表情、そして奥歯に物が挟まったような言葉を聞いて、ボーイは目の前の女の本音が理解できた。そして、少しだけ救われた気分になった。

「姉ちゃん……これチップだ。取っといてくれ。だから……せめて、あの兄弟に優しくしてやってくれ」

 ボーイはそう言いながら、女の胸元に数枚の紙幣をねじ込む。すると、女の表情がパッと明るくなった。

「え……ええ? こんなにもらっちゃっていいの? あたし、何かサービスしよっか?」

「いや、オレはいい……何か美味いものでも食ってくれよ。その代わり……あの兄弟に優しくしてやってくれよ。頼んだぜ」

 そう言うと、ボーイは双子に近づく。

 双子はボーイに気づくと、満面の笑みを浮かべた。

 逞しい体、いかつい顔……にもかかわらず、その笑顔はあまりにも優しく見えた。

「やあ」

「やあ」

 双子はボーイに挨拶する。だが、その直後――

「おらあ!」

 双子に蹴りを入れ、去って行く酔客。

 ボーイは目を逸らし、店を出て行った。

 全てに腹が立ってきた。双子を殴る店の人間、双子を蹴飛ばす酔客、そして……それを黙って見ていることしかできない自分。


「クソが……なんて素敵な街なんだよ……素敵すぎて泣けてくるぜ……」






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