野獣の密談 1
『野獣の密談』の主な登場人物
◎マルコ
獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。
◎ジュドー・エイトモート エメラルド・シティでもっとも規模の大きなギャング組織『虎の会』のナンバー2であり、有能なキレ者として知られています。
◎マスター&ブラスター
一メートルあるかないかの小人のマスターと、灰色の皮膚を持つゴリラのような巨体をしたブラスターのコンビです。街の約三分の一を仕切るギャング組織『バーター・ファミリー』のリーダーでもあります。
◎ギブソン
マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。
どのような場所であっても、情報を収集できる能力は大切だ。それは無法都市エメラルド・シティにおいても例外ではない。いや、無法都市であるからこそ重要なのだ。情報を得る能力は、人体を素手で破壊できる能力よりもずっと重要である。そもそも、人を殺したかったら、何も素手でやる必要はない。銃を手に入れ引き金を引くか、刃物で突き刺せばいい。しかし情報を得るには、頭の働きが必要だ。さらに、得た情報の正誤を判断する能力も要求されてくる。そして何より、有名な人間や注目度の高い人間の情報には……それだけでかなりの需要がある。
最近この街に住み着いた一匹の野獣と一人の戦士に関する情報も、既に街のあちこちを飛び交っていた。
・・・
ギブソンはマルコを連れ、ケン地区の大通りを歩いていた。例によってマルコにはマントを着せ、頭にはフードをすっぽり被せている。二人は建物の陰を歩き、なるべく目立たないように進んでいた。まだ旅行客のうろついている時間帯である。目に付かないにこしたことはない。
やがて、二人は目指す場所に辿り着いた。様々な店が立ち並ぶ通りに建てられている、小さなビル……その出入り口には、見るからにいかつい男が二人立っている。二人とも小山のような体格で、ラフな服装ではあるが……腰のあたりが膨らんでいる。恐らく拳銃だろう。他にも通行人がいるにもかかわらず、二人の視線は真っ直ぐこちらに向けられている。自分たち二人の醸し出している危険な空気を感じ取り、警戒しているのだろうか。
もっとも、警戒などしたところで無意味だが。マルコにとって、あの二人は二秒で仕留められる獲物でしかないのだから……。
ギブソンがその話を聞いたのは、昨日のことだ。
「ようよう、あんたが噂のギブソンだろ? とりあえず、バーター・ファミリーのマスター&ブラスターが、あんたらに会いたがってるんだが……」
通りを歩いていたギブソンに、いきなり話しかけてきた妙な男……どうやら、バーター・ファミリーの人間であるらしい。ギブソンは立ち止まった。
「え? オレ?」
右の人差し指を自分の顔に向けながら、とぼけた口調で言葉を返す……だが、左手はそっと拳銃を握っていた。そして、困惑したふりをしながら相手を観察する。相手は一人、しかも荒事専門の男ではないようだ……中肉中背で脱力感の漂う顔つき、武器を持っている気配はない。食事の染みらしきものが付いたシャツを着ている。黒い髪の毛もぼさぼさで、有り体に言うとだらしがない。
だが、相手の男はこちらの評価など知ったことではないらしい。ぼーっとした表情でギブソンを見ながら、再度言葉を発した。
「あんたがギブソンで間違いないんだろ? 最近、虎の会に出入りしてるって噂の……オレはバーター・ファミリーのサンズって者だ。とりあえずよろしく。ウチのボスのマスター&ブラスターが、あんたに会いたがってるんだ……いや違うな、あんたとマルコに会いたがってるんだよ。ま、嫌ならいいんだけど。オレもとりあえず、あの二人とはあんまり話したくないしね……」
サンズと名乗った男は面倒くさそうに話す。その表情や態度から察するに……本気でどうでもいいと思っているらしい。ギブソンの警戒心は、少しではあるが和らいだ。
「あのな……一つ聞きたいんだが、虎の会に出入りしてるオレが、あんたらバーター・ファミリーと仲良くしてたら……どんなもんなのかねえ……」
「どんなもんなのかねえ、と言うと?」
サンズは真顔で聞き返してくる。ギブソンは本当に困惑し始めていた。さっきまでは、困惑した演技をしていただけだったのだが……。
「いや、だからな……虎の会に出入りしてるオレが、バーター・ファミリーのボスに会うのはまずいんじゃないかと――」
「ああ? んなこと気にしてたの? 別に関係ないんじゃん……とりあえずウチのボスは気にしないし。とりあえず顔合わせて話をするだけ、らしいんだけど……どうすんの?」
「……いつだよ?」
「とりあえず明日は時間が空いてるらしいぜ」
ギブソンは一瞬、迷ったが……結局、会ってみることにした。虎の会と同じくらいの規模のギャング組織であるバーター・ファミリー……そのリーダーであるマスター&ブラスターに会っておくのも、今後の方針を考える上で大いに役立つだろう。
それに……エメラルド・シティのギャングの中でも一、二を争う大物の招きを断るというのは、どう考えても得策ではない。もし断って、機嫌を損ねられたりしたら……その時に起こるであろう事態は、あまり想像したくはなかった……。
「なあ、あんたら……オレはギブソン。こっちは相棒のマルコだ。あんたらのボスである、マスター&ブラスターに招かれて来たんだぜ。入らせてもらうけど、いいかな?」
ギブソンは、ヘラヘラ笑いながら門番に近づいて行く。両手を挙げ、敵意のないことを示しながら……。
いかつい門番は二人で顔を見合わせた。一瞬、緊張感に満ちた空気が周囲を支配する……しかし、門番は黙ったまま脇に移動した。そしてギブソンとマルコを通す。どうやら、上の人間から知らされていたようだ……自分たちが訪問することを知らされていない門番たちとモメる、というパターンをギブソンは恐れていたのだ。
しかし、すんなり通ることが出来た。してみると、バーター・ファミリーという組織は末端に至るまで、知らなくてはならない情報がきちんと伝達されているらしい。組織としては、虎の会より上かもしれないな……ギブソンはそんなことを考えながら、ヘラヘラ笑って門番に挨拶した。すると、
「ボスの部屋は、一番上だ……失礼のないようにな」
門番の声。ギブソンは会釈し、薄暗いビルに入って行く。マルコが後から続いたが――
「ギブソン、ヤバい匂いがしてる。強い奴がいるぞ……気を付けろ」
マルコの声。ギブソンは頷いた。
二人は階段を上がっていく。階段は狭く、しかも窓は小さい。外の風景がほとんど見えない代わりに、外からビルの中を見ることも出来ないのだ。所々に監視カメラが設置されている。さらに三階に着くと、踊り場にはテーブルと椅子が設置されていた。そして見張り番らしき男たちが三人、椅子に座って何やら話していた。だが、ギブソンとマルコの姿を見るなり立ち上がる。
「お前らだな……ボスに呼ばれてきたってのは。まず、持っている武器は全部置いていけ」
男たちの言葉を聞き、ギブソンはため息をついた。そして、武器を置いていく……。
「何だよ、これ……お前はいつもこんなに持ち歩いているのか?」
テーブルの上に置かれた武器の山を見て、呆れた声を出す男A。そしてギブソンの体を探り武器を持っていないか確かめる男B。それを見つめる男C……やがて、男たちの視線はマルコへと移った。そして――
「次はお前だ。さっさとこっちに来い」
だが、マルコは下を向いたまま動こうとしない。それを見たギブソンが、慌てて口を挟む。
「ああ、そいつはいいよ。武器は持ってない――」
「お前には聞いてねえよ。ほら、来いよ」
男たちはマルコに近づこうとするが、マルコは低く唸りながら後ずさる。男たちの表情が変わった……。
ギブソンは思わず舌打ちした。マルコは顔をじろじろ見られることを嫌うが、それと同じくらい体に触れられることを嫌う。もし、この男たちが無理矢理マルコに身体検査をしようとしたら……全員、一瞬のうちに殺されてしまう。そうなれば会談はご破算だ。そして、自分たちはバーター・ファミリーを敵に廻すことになる……それは非常にまずい。そういった事態だけは避けなくてはならない。
「わかりました! じゃあ、マルコはここに残しますよ。あなた方のボスの部屋には、オレ一人で行きますから。それなら問題ないでしょうが」
そう言いながら、ギブソンは男たちの中に割って入る。だが、男たちは引く様子がない……ギブソンはヘラヘラ笑いながらも、頭の中ではマルコを連れて逃げる算段をし始めたが――
「おいお前ら……とりあえず、その二人に手を出すんじゃねえ。そのまま、マスター&ブラスターの部屋に通せ。これは命令だ」
突然、場の雰囲気にそぐわない、とぼけた声が響きわたる……ギブソンが声のした方を見ると、昨日会ったサンズという男が立っていた。相変わらず、全身からは脱力感が漂っている……この場の雰囲気にそぐわない男だ。
しかし、サンズの声を聞いた男たちは……三人とも動きを止めた。そして道を空ける。ギブソンはサンズという男の影響力の大きさに内心驚きながらも、マルコの手を引いて進む。サンズは何事もなかったかのように前を歩き、奥の部屋の前で立ち止まった。
「とりあえず、マスター&ブラスターはここに居る。入りなよ」
そう言うと、サンズは扉を開ける。ギブソンはマルコを伴い、中に入って行った。
部屋の中は……ギャング組織のトップに立つ者の居る場所にしては、あまりにも質素なものであった。電球のぶら下がった天井。壁には一切の装飾がされていない。部屋の隅には、扉のこじ開けられた巨大な金庫がそのままになっている。金庫の隣には、安物のパイプ椅子が畳まれた状態で置かれていた。
そして……ギブソンの入って来たドアの反対側の壁には、灰色の巨大な何かがいる。ギブソンがこれまで見たこともない種類の生物だ。マウンテンゴリラよりもさらに一回り大きく、肌は灰色。髪の毛が一本も生えていない頭。尖った耳。類人猿のような顔。丸太のように太く長い腕。分厚い筋肉に覆われた胴。原始人のような皮の服を身につけたその生き物は、表情の無い顔でじっとこちらを見ている。
その灰色の生物の前には椅子があり、そこには非常に小さな男が座っていた。椅子に座っているため、正確なところは不明だが……恐らく一メートルないのではないか。だが、顔の皺や白いものが混じった髪の毛を見るに……間違いなく幼児ではない。ワイシャツを着てズボンを穿いたその姿は、ファンタジーに登場する小人のようだ。そう、背後にいる灰色の巨人と一緒にいる光景を見ていると……まるでファンタジー小説か何かの世界に迷い込んでしまったかのように思えてくる。
だが、ここはファンタジー世界ではない。無法都市エメラルド・シティなのだ……。
真っ先に動いたのはマルコだった。突然、低く唸り始めた。そして灰色の巨人を睨みつけながら、ギブソンを守ろうとするかのように前に出る。臨戦態勢に入ったのだ……すると、巨人もマルコの動きに反応する。牙を剥き出し、のっそりと前に出て来るが――
マルコがひときわ大きな、威嚇の唸り声を上げる……巨人は立ち止まった。マルコよりも遥かに身長が高く、体重は倍以上はあるだろう。大人と子供のような体格差である。にもかかわらず、巨人は怯んでいるように見えるのだ……一方、マルコは唸り声を上げながら低い姿勢をとる。あたかも、飛びかかる直前の肉食獣のような――
だが、ギブソンが素早い動きでマルコの前に進み出た。そして、マルコを押し止める。
「マルコ! 落ち着け! オレたちは喧嘩しに来たわけじゃないんだぞ!」
ギブソンの声が、室内に響き渡った……と同時に、マルコの唸り声が止む。
すると、拍手の音――
「いや、驚きだ。まさか、このブラスターを怯ませるとはな……噂以上だな、お前ら二人は」
そして妙にかん高い声……それを発したのは、小人の方だった。小人は椅子から降りると、巨人の顔を見上げる。
「ブラスター、お前は下がっていろ」
小人の言葉……すると、巨人はおとなしく後ろに下がる。そして先ほどまでと同じく、壁ぎわに立った。小人の方は、ギブソンに視線を移す。
「私はマスターだ。会うのは初めてだな。ギブソン、そしてマルコ……お前たちの噂は聞いている。今日は二人とじっくり話がしてみたいと思ってな……」




