野獣の仕事 3
とあるビルの地下二階。そこの一室に、十人ほどの人間が集められていた。室内には、同じ方向を向いた安物のパイプ椅子が大量に並べられている。
さらに椅子に座ると、そこから見えるのは机と教壇、そして黒板である。
まるで怪しげなセミナーのような風景である。しかし、ここは無法都市エメラルド・シティなのだ。セミナーを開催する者など、いるはずがない。もし仮に、そんな者がいたとしたら……一日で廃業することになるだろう。
この部屋は、虎の会が主催する競売会場なのである。ただし、競売に出される物件は仕事だ。それも、極めて特殊な……。
エメラルド・シティに逃げ込んできた凶悪犯、大物ギャング、異能力者、さらには人外など……普通の人間ではまず手が出せないであろう厄介な相手、そういった者たちの殺害を虎の会では請け負っている。それこそが、この競売で扱われる仕事なのである。
そして今から、ここで競りが行われるのだ。タイガーの部下で殺しを請け負っている仕事人、あるいは虎の会と提携しているフリーの仕事師などが集まり、仕事の競売が行われる。
当然、もっとも安く競り落とした者だけが、その仕事を引き受けられる。まずは前金を受け取り、そして標的を始末する。そして後金を受け取る。それがこの仕事の基本的な流れだ。
ただし、そこには細かいルールも存在する。まず、ここでのやり取りは他言無用である。また期限も決められており、期限までに標的を仕留められなかった者は失敗とみなされる。どちらのルールも、守れなかった者は虎の会によって消されることになるのだ。
さらに、殺し屋の方が標的に返り討ちに遭うケースも……ごくまれにではあるが、起きるらしい。
そんな、死神たちの徘徊する競りの会場に、ギブソンは入って行った。
ギブソンは入ると同時にパイプ椅子に座り、辺りを見回す。その場にいるのは全て、服装も年齢もバラバラな見知らぬ者たちであった。しかし、その全員が一斉に妙な視線を投げかけてきたのだ。お前は何をしに来たのだ? とでも言いたげな表情だ。
しかし、ギブソンはヘラヘラ笑いながら手を振って見せる。そして――
「いやあ、どうも皆さん……ぼくはギブソンという名の小物です。若輩者ですが、よろしく」
ギブソンの口調は軽く、表情はとぼけたものだ……にもかかわらず、他の者たちはニコリともしない。様々な感情のこもった視線――いい感情ではないのは間違いない――を投げかけてくるだけだ。ギブソンは面倒くさくなり、視線を黒板に向ける。彼のこれまでの人生において、学校なる場所が好きだったためしがない。そしてここの雰囲気も好きにはなれない……明らかに、歓迎されていない空気だ。
もっとも、それは仕方ないことなのだろう。他の連中にしてみれば、競争相手が増えることになるのだから。
昨日会ったギースという男は、こんなことを言っていた。
(仕事の値段は、あまり下げるなよ。下げ過ぎると、他の連中から反感を買うからな。あと、他の連中の仕事がなくなるような真似はするな)
要するに、空気を読めということなのだろう。もし、空気を読まず下手な真似をし続ければ……ここに居る殺し屋全員を敵に廻すことになるかもしれない。そんな事態だけは、絶対に避けなくてはならない。
十分ほど経った時、扉が開く。そして革のジャンパーを着た奇妙な男が入って来た。灰色の髪の毛と、細いが強靭さを感じさせる体つきをした中年男だ。中年男は真っ直ぐ歩き、黒板の前に立った。
だが……その男の顔を正面から見たとたん、ギブソンは不安を感じた。どこか頭のぶっ壊れたような印象を受ける。妙に落ち着きがなく、常に体のどこかを動かしているのだ。ギブソンはちらりと周りの反応を見るが、その男とは対照的に全員が落ち着いている。あるいは、これでも正常に進行しているのかもしれない……ギブソンはひとまず、黙ったまま成り行きを見守ることにした。
ややあって、教壇の男は口を開く。
「あ〜皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます〜。え〜、軽く自己紹介など……今回の競売の司会進行を務めさせていただきます、ゴステロです〜。皆さま、本日もよろしくお願いします〜」
そう言うと、ゴステロと名乗った男は恭しく頭を下げる。殺し屋たちを集めた競売の司会にしては、あまりにふざけた態度だ……ギブソンは内心では呆れていたが、周りの者たちは表情一つ変えていない。やはり、これが普通の状態であるらしい。
「では、これより……競売を開始いたします〜」
ゴステロの声が、会場内に響き渡る。
死神たちの競売が、今始まった。
「え〜、次はですね……前回からの持ち越しで、標的は異能力者のフランク・ザガリーノです〜。五十万からですが、いませんか? いませんか?」
そう言って、一同を見渡すゴステロ。だが、誰も答えようとしない。先ほどまでは、景気のいい声が飛び交っていたのだが……ギブソンが様子を窺っていると――
「異能力者を五十万で殺れってのか? そんな安い値段で引き受けるバカはいねえよ……さっさと次行こうぜ、次によ」
不意に声がした。ギブソンがそちらを見ると、髪を短く刈り上げた小柄な男が腕を組み、イライラした表情でゴステロを見ている。ここにいるメンバーの中でも古株なのか、あるいは別の理由があるのだろうか……他の者たちとは明らかに違う。妙に偉そうな態度なのだ。男自体は小物にしか思えないのに……背後に恐ろしい何者かがいるのだろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。引き受ける奴が一人もいないのなら、気がねする必要はないだろう……自分が請け負う。安くても構わない。
「はーい、オレやります。五十万でやりますよ」
手を挙げるギブソン。周りの連中の視線が突き刺さるのを感じる。今の自分はただの新入りでしかない。こういった閉鎖的な場所では、新入りの目立つ行動は歓迎されないものだ。本来ならば、今日は何もせずにじっとしているのがセオリーなのだろう。ある程度通い、周りの古株たちに自分の存在を認識させてから安い仕事を受ける……それが無難なのかもしれない。
だが……ギブソンとマルコには、金が必要なのだ。こんな視線に怯んでいられない。
「ギブソンさんから、五十という声が出ましたが……他にいませんか?」
ゴステロの言葉……しかし、反応する者はいなかった。ゴステロは頷く。
「では〜、フランク・ザガリーノの命は五十万ギルダンにて、ギブソンさんが落札されました」
競売が終わった後、ギブソンは別室に通された。そこは食堂『ジュドー&マリア』の地下室と同じく殺風景な部屋であり、余計な調度品などは一切置かれていない。ただ、木の机と椅子が置かれているだけである……。
そして、椅子に座っているのはジュドーだった。その横には、前にも会ったことのある、眼帯を付けた大男と褐色の肌の美女。相も変わらず、ギブソンを睨みつけている。ギブソンは愛想笑いで、その視線を受け流した。
「ギブソン……お前もずいぶんとまあ、安上がりな男だな。だが、助かるよ」
言いながら、ジュドーは一枚の写真と封筒を差し出す。封筒には金が入っていた。前金だろう。そして写真には、いかつい顔の男が写っている。髪は短めで、その表情は堅い。プロのスポーツ選手か、職業軍人のような印象を受ける。同じ逃亡異能力者でも、屋台にいたバンディとはえらい違いだ。いったい、何をやらかしたというのだろうか……ギブソンは不思議に思いながらも、写真と金をポケットに入れる。すると、ジュドーが口を開いた。
「悪いが、この仕事は急ぎだ……何せ、前回からの持ち越しだからな。一週間以内だ。いいな?」
ジュドーの言葉に対し、ギブソンは頷いて見せる。一週間という期間は、決して長くはない。だが、居場所さえ見つければ問題ないのだ。どんな奴が相手だろうと、マルコと自分で仕留めて見せる。
「わかりました。さっそく取りかかりますよ。では、失礼します」
ギブソンは軽く会釈し、その場から出て行こうとした。しかし――
「おい待て……フランクの情報を聞かなくていいのかよ」
ジュドーの声。ギブソンが振り返ると、彼は苦笑いしていた。
そして言葉を続ける。
「あのな、こちらにも標的の情報はあるんだよ……一応、オレたちの知っていることは教える。つーか、お前も少しは聞けよ……オレも昔はこの仕事をやってたんだがな……情報が有るのと無いのとではえらい違いだぜ」
そう言うと、ジュドーは話し始めた。
フランク・ザガリーノ、三十歳。真面目な男であり、大陸にいた当時は特に問題も起こさず、監視体制の中で暮らしていた。そう、基本的には……ほとんどの異能力者たちは窮屈な監視体制での生活を甘んじて受け入れている。監視されているとはいえ、普通に生活は出来るのだ。制約があるとはいえ、ある程度の自由は保証されている。身の安全も保証されている。監視されているのだから、身に危険が迫れば、必ず誰かが駆けつけるわけだ。
だが、フランクは大陸を脱出してエメラルド・シティに逃げ込んで来た。彼は三十歳までは普通に暮らしてたのだ。それなのに、監視していた男を殺してエメラルド・シティにやって来た。何故そんなことをしでかしたのか、理由は不明だが……確かなことは一つ。虎の会に、フランクの殺害依頼が来ているということだ。
「この金額からして……依頼人は大した金持ちではないだろうな。だが、引き受けた以上はやらなきゃならねえ。アイザック、奴の能力を教えてやってくれ」
そう言うと、ジュドーは横に立っている大男の顔を見る。大男は頷き、持っているノートを開いた。
「フランクは大した力の持ち主ではないが、それでも普通のギャングよりは厄介な存在だ。奴は異常に腕力が強く、しかも銃弾や刃物を通さない鋼鉄のような皮膚も持っているらしい。さらに、周囲にはあちこちの組織からはみ出したチンピラ共を集めている。気をつけるんだな」
言いながら、大男は青く光る瞳でギブソンを見つめる。機械仕掛けの眼帯に覆われていない方の瞳だ。だが、その瞳にギブソンは違和感を覚えた。こんな色の瞳があるだろうか。カラーコンクタクト……いや、義眼ではないだろうか。
「なるほど……よくわかりました。ありがとうございます」
ギブソンは頭を下げる。すると、今度はジュドーが口を開いた。
「ギブソン……お前に一つ言っておく。こいつはな、汚い仕事だよ。人の恨みを晴らす、なんて言ってはいるが……しょせんは人殺しだ。オレたちはクズだよ。しかしな、オレたちみたいなクズでなきゃ出来ないこともある。そいつが、この仕事だ。オレはこの仕事に誇りを持っている。もう一度言うが、この仕事はオレたちみたいなクズでなきゃ出来ない仕事なんだ。お前の受け取った金には、依頼人の怨念がこもってる。オレたちは、その思いを叶えてやるんだ。そこの所は忘れるなよ……」
競売会場を出たギブソンは、バク地区の大通りを歩いていた。陽は沈みかけ、旅行者の数も少なくなってきている。ギブソンは歩きながら、ジュドーの言葉を思い出していた。この仕事に誇りを持っている、と言っていたが……ギブソンには正直、よくわからない。ただ……誇りなど正直、知ったことではない。そう、ギブソンとマルコにとっては金を稼ぐ手段でしかないのだ。特に、人前で素顔を晒すことを嫌うマルコには……闇に紛れて行う、裏の仕事しかできない。
マルコは見世物小屋にいた時、見物客から好奇の視線と侮蔑の言葉を投げつけられてきたのだ。だから昨日、マルコがかなりの時間、素顔でギースと対面していたのには驚かされた。
そこでふと、ジュドーとギースの関係について考える。どちらも、相手の悪口を言ってはいない。少なくとも、ジュドーについて語っていた時のギースの顔には……複雑な感情が浮かんでいた。二人は対立している、という噂を聞いていたのだが……その対立は何が原因なのだろう。
いや……自分たちには関係ないことだ。とりあえずは、両者の争いに巻き込まれないように気をつけておこう。
食料を買った後、ギブソンは地下室に戻った。マルコは飽きもせずにオルゴールを聴いている。だが、明かりが灯るとオルゴールを止めた。
そして、おずおずと話しかけてきた。
「ギブソン、仕事はどうなった?」
「決まったよ。明日は偵察に行ってくる。偵察に行き、作戦を立て、そして殴りこむ……前の時と同じだ。わかったな?」
「うん!」
マルコは嬉しそうに答えた。そして、今度は絵本を開く。勇者やドラゴンなどのファンタスティックな絵を楽しそうに眺めている。ギブソンは微笑み、そして仕事について考えた。期限は一週間……ならば、明日中に偵察し、作戦を立てておこう。
だが、今日のところは……頭と神経を休めよう。




