野獣の仕事 2
ギブソンは、いきなり現れたギースと名乗る男をじっくりと観察する。敵意は感じられないし、罠を仕掛けているわけでもなさそうだ。話し合いに来た、という言葉は嘘ではないのだろう。
しかし……バーニーから聞いた話によると、ギースは墓守りであると同時にフリーの何でも屋であり、ジュドーとは対立関係にあるらしい。ギブソンは今のところ、ジュドーの飼い犬になったつもりはないが……かといって、ジュドーと対立している男と積極的に仲良くしようとも思わない。
もっとも、金が絡めば話は別だが。
「ギースさん……オレたちにいったい何の用ですか? まあ儲け話なら、いつでも大歓迎ですがね」
軽い口調で言いながら、ギブソンは拳銃を降ろす。すると、ギースはニヤリと笑った。そして、瓦礫の上に腰を降ろす。
「儲け話、ねえ……話し合う前に一つ聞きたい。お前たちは、儲けた金で何をしたいんだよ?」
ギースの問い。その顔には薄ら笑いが浮かんでいるが……目には真剣な光がある。ギブソンは一瞬、迷ったが――
「はっはっは、何を仰っているのやら……金を稼ぐのに理由が要りますか? たんまり稼いで、美味いもの食べて美味い酒飲んで、たまにはクリスタルでも射ちながら……大勢のトップレス姉ちゃんを奴隷にしてはべらせ、夜はハーレム状態でウハウハ! これぞ全ての男の願望! それ以外に何を望むんです?」
「それは……本当か? 本気で言ってるのか?」
尋ねるギース。その表情がまた変化していた。憂いを帯びた目で、こちらを見ている。対するギブソンは軽薄な笑みを浮かべて見せた。目の前の男が自分を軽蔑しているであろうことは百も承知だ。しかし、そんなことはギブソンの知ったことではない。
こちらの本当の目的を教えれば、いろいろと面倒なことになる可能性がある。ギースという男が信用できるかどうか、今はまだ判断できないのだ。ならば、本音は秘めておくのが得策だろう。
「もちろんですが、それが何か……あ、もしかしてギースさんは、美少年の方が好みですか?」
「……」
ギースは無言のまま、ギブソンを見つめる。だが、その視線はすぐにマルコの方に移った。マルコは目を合わせずに、じっと下を向いていた。顔を見られたくないという意思の現れだ。そう、金を稼がねばならない理由を説明するとなると、マルコの顔をギースの前に晒さなくてはならない……かもしれないのだ。
よほどの理由がない限り、そんなことをしたくはない。
「そうか。お前は違うと思っていたんだが……ギブソン、お前も他の奴と同じなんだな。エメラルド・シティという巨大なゴミ捨て場に流れ着いた粗大ゴミ、ってわけだ。よくわかった。お前みたいなクズとは、これ以上話しても時間の無駄だ。ほら、十万くれてやる……酒でも女でもクリスタルでも、好きなだけ買えばいい。オレは帰る」
言いながらギースは立ち上がり、ポケットの中に手を突っ込む。そしてグシャグシャになった紙幣を取り出し、地面に放り投げた。まるでゴミを捨てるかのように……。
だが……ギブソンは黙ったまま、その場にしゃがみこんだ。そして、地面に撒かれている金を拾い集める。すると、上からまたしてもギースの声が聞こえてきた。
「お前は、本当にクズ野郎だな。そこまでして金が欲しいのか――」
「ギブソンは……ギブソンはクズじゃねえ!」
突然、ギースの言葉を遮り、いきなり吠えたのはマルコだった……ギブソンが見上げると、マルコは体を震わせ、顔を上げてギースを睨みつけている。
ギブソンは危機を感じ、素早く立ち上がった。このままでは、ギースは殺されてしまう。
「マルコ……もういいから――」
「よくない! ギブソンはオレのために金を稼いでいるんだ! オレの顔を治すために! オレのために、ギブソンは働いてるんだぞ! 謝れ! ギブソンに謝れ!」
マルコは吠えながら、ギースに迫ろうとする。その弾みでフードがめくれ上がり、野獣のような顔が露になった。ギブソンはすかさずマルコの前に立ち、両手をマルコの肩においた。力ずくで押さえつけられる相手ではない。しかし、金にもならない殺しをさせるわけにはいかないのだ。ギブソンは必死で叫んだ。
「マルコ! いいから落ち着け! おいギース! あんたはさっさと失せろ! マルコに殺されるぞ!」
叫びながら、ギースの方を向くギブソン……しかし、ギースは立ち止まったままだ。哀しげな瞳で、じっとこちらを見ている。
だが次の瞬間、笑みを浮かべた。
「マルコ……悪かったな。謝るよ。ごめんな。お前もだ、ギブソン。すまなかったな」
そう言うと、ギースは頭を下げる。
ギブソンは困惑し、ギースを見つめる。だが……すぐにギースの行動の意図が読めてきた。相手を怒らせて本音を引き出す……交渉の席では、よくあるやり方だ。それに、マルコはまんまと乗せられてしまったのだ……。
一方のギースは、言葉を続ける。
「お前たちが金を稼ぐ理由……そいつを知りたかったんだ。わかっているとは思うが、お前たちは今や、ちょっとした有名人だ。ジュドーの店で銃をぶっ放した挙げ句、奴と直接交渉し仕事を得る……その時点でまともじゃない。だが、お前たちはその後……銃で武装したチンピラ共の巣に真正面から殴り込みをかけ、一分もかからずに皆殺し……これはもう、注目を浴びるなって方が無理だな。お前たちは今や有名人だぜ」
とぼけた表情で話すギース。だが、その目からは暖かいものが感じられる。その暖かさを敏感に感じとったのか、マルコの体から殺気が消えていった。彼は珍しく、初対面のギースの前で素顔を晒したままでじっとしていた。
一方のギブソンは、ギースという男がよくわからなくなってきた。ジュドーとはまた違うタイプの雰囲気を醸し出している男だ……しかし、根底の部分には共通するものがあるような気がする。底知れぬ深みのような何か……あるいは、これが上に立つ者のカリスマ性というものなのかもしれない。
だが、そうなると疑問が浮かぶ。ギブソンは尋ねてみた。
「いえ……あなたほどじゃないですよ、ギースさん。あなたはフリーでやってるそうですが、かなりの数の人があなたを知っていましたよ。あなたなら知名度もあるし、かなりの規模の組織を創れるんじゃないですか? なんだってまあ、フリーでやってるんです?」
「組織、か……」
ギースは言葉を止めた。その顔に奇妙な表情が浮かぶ。彼はため息をつき、口を開いた。
「組織ってヤツに属するとな、一人の人間の運命なんざ、どうでもよくなる。ただの部品にしか見えなくなっちまう。オレはちっぽけな人間だよ……周りの連中と、ただ笑って過ごしていたいだけの、な。だが組織に関われば……周りの連中すら、部品の一つになっちまうんだよ。だから、オレは組織とは関わらねえ。静かにやっていきたいんだよ……周りの連中の幸せな生活、そいつを手助けしていきたいだけさ」
「……」
ギブソンは黙ったまま、ギースの顔を見つめる。目の前の男は、ジュドーとどこか似ていた。ひょっとしたら、スタート地点は似たような場所に居たのではないのか。
そう言えば、ジュドーはもともとエメラルド・シティで一匹狼の商売人をしていたが、そこからのし上がっていったと聞いている。では、ギースは何をしていたのだろう?
「ギースさん……ここに来る前、あなたは何やってたんです?」
「ここに来る前、か……そんな昔のことは忘れたよ。今は、このエメラルド・シティで墓守りをやりつつ……時々、小遣い稼ぎにいろいろやってる、ただのおっさんさ」
ギースは苦笑しつつ答えた。ギブソンは腑に落ちないものを感じ、別の角度からの質問をしようとしたが……。
ポケットの携帯電話が震える。ジュドーから貰った……いや、持たせられている物だ。そして今、電話で呼び出しているのはジュドーである。これは出ないわけにはいかない。
「すみません、ちょっと失礼します」
言いながら、ギブソンは携帯電話を取り出す。そして――
「あ、お疲れ様です。どうしました?」
(ギブソン、急な話で悪いんだが……明日、競りがある。参加してみるか?)
「競り?」
(……そうか、まだお前には説明してなかったな。手短かに言うと、仕事の競売だ。来ればわかるよ。明日の午後三時だが、どうするんだ?)
「三時ですね……わかりました。伺います」
「競りがあるのか?」
ギースからの、不意の質問……ギブソンは一瞬、答えていいものかどうなのか迷った。だが、すぐに思い直す。そんな大それた秘密ではないだろう。ジュドーも、競売だとしか言っていないのだ。そもそも秘密にしなければならない大事なイベントであるなら、携帯電話で喋ったりはしないだろう。
「ええ、明日あるらしいんですよ……何か、競売やるとか言ってましたね」
ギブソンは軽い気持ちで言った。だが、ギースから返ってきた言葉は――
「そうか……一つ忠告しておく。仕事の値段は、あまり下げ過ぎるなよ。下げ過ぎると、他の連中から反感を買うからな。あと、他の連中の仕事がなくなるような真似はするな。じゃあ、頑張れよ」
そう言うと、ギースは向きを変えて立ち去りかけるが……しかし、ギブソンが引き止めた。
「ちょっと待ってください……ギースさん、あなた詳しいですね。虎の会の競りに参加したことがあるんですか?」
ギブソンの問いに、ギースは複雑な表情になった。少し間が空き――
「いや、オレは参加してない……昔のオレの仲間が、な。そいつはジュドーの仲間でもあったんだ。まあ、そんなことはどうでもいい……もう一つ忠告しておこう。聞いてると思うが、オレとジュドーは仲が良くない。オレと仲良くしてると知ったら……ジュドーはともかく、子分や取り巻き連中はいい顔をしないだろうな。だから、おおっぴらにオレと仲良くするのは止めておけ。それと……」
ギースは、マルコに視線を移す。マルコは二人の会話を、黙ったままじっと聞いていたのだ。ギースは微笑んだ。
「マルコ、さっきはごめんな。ギブソンはいい奴だよな……あと、今日は会えてよかった。よろしくな」
そう言うと、ギースはマルコに左手を差し出す。だが、マルコは差し出された手をじっと見つめているだけだ。ギブソンはそっと、マルコの左手に自分の手を添えた。そして、ギースの左手を握らせる。
「マルコ……これは握手と言って、友だちの印だ。これで、マルコとギースさんは友だちだよ」
ギブソンの言葉を聞き、マルコはぎごちない動きでギースの手を握った。ギースは微笑み、手を離す。そして向きを変え、立ち去って行った。
「ギブソン……あのギースって変な奴だな」
帰り道、マルコがポツリと呟く。ギブソンは苦笑しながら頷いた。
「確かにな。でも、悪い奴ではなさそうだな」
「うん……なあギブソン、ギースは……オレの友だちになってくれたのか?」
真剣な口調で尋ねるマルコ……ギブソンは返事に困った。正直、あのギースという男はわからない。悪人には見えないが……本物の極悪人は、本物の聖人と見分けがつきにくいと言った人もいる。そう、詐欺師や殺人鬼といった人種は、得てして人に好かれる術を心得ていたりするものだ。
それに、ギースからは血の匂いがする。ギブソンやマルコと同じく、多くの人間の命を奪ってきたであろう雰囲気を漂わせている……。
「ギブソン、どうしたんだよ?」
マルコの声。ギブソンは我に返り、マルコの顔を見る。だがその時、妙なことに気づいた。今日のマルコは口数が多い。こんな風に道端で話しかけてくることなど、普段ならあり得ないのだが……先ほどのギースとのやりとりが、マルコの心に何らかの影響を与えたのかもしれない……そんなことを考えていると、マルコがまたしても言葉を発した。
「ギブソン……明日は仕事なのか?」
「いや、まだわからんな……だが、上手くいけば仕事を取ってこれるよ」
「そうか……」
そう言うと、マルコは下を向く。ギブソンは歩きながら、ギースという男について考えていた。マルコの顔を見ても、表情一つ変えなかった男は初めてだ。しかも握手まで……。
いや、油断はできない。先ほどのやり取りは、明らかにマルコを狙っていた。ギースはマルコを怒らせ、そして情報を引き出したのだ……さらに、わずかな時間でマルコのことも手なづけた。ギブソン自身も、わずかな会話だけで惹き付けられるものを感じている。
ギースという男もまた、得体が知れない。バーニーと同じく、思わず心を許してしまいそうな魅力を感じる。しかし、バーニーとは真逆のものも秘めているのだ……。
ギブソンは苦笑し、頭から余計な考えを追い払う。ひとまず今は……明日に行われる競りとやらに神経を集中させよう。