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野獣の仕事 1

 『野獣の仕事』篇の主な登場人物です。


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎ジュドー・エイトモート エメラルド・シティでもっとも規模の大きなギャング組織『虎の会』のナンバー2であり、有能なキレ者として知られています。


◎ギース・ムーン

 エメラルド・シティで墓守りをしている男ですが……一部では、この街のパワーバランスを一変させてしまう男であるとも言われています。


◎ゴステロ

 ジュドーの腹心の部下である、ちょっと変わった切れ者です。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。






 いつ頃からかは不明だが……エメラルド・シティにも旅行客が訪れるようになった。特にシン地区やバク地区といった、比較的安全な地域にはお忍びの旅行客が多い。


 このエメラルド・シティには法律が存在しない。ギャングや逃げ込んで来た犯罪者や異能力者、さらには伝説上の生き物までいるという噂である。一応、治安警察なるものは存在しているが……基本的には犯罪に遭ったとしても文句は言えないような、そんな場所である。仮に殺されたとしても……自己責任なのだ。そもそも、本来ならば許可なく入ってはいけないはずの場所なのだから……。

 そんな街に、一般人が何をしに来るのかと言うと……もちろん、他の街では出来ない危険な遊びである。売春、ドラッグ、その他もろもろ……旅行客の落としていく金はかなりの額にのぼる。

 そんな旅行客でにぎわうバク地区に……つい最近、一匹の野獣と一人の戦士が住み着いていた。


 ・・・


 昼、ギブソンはバク地区の大通りを歩いていた。目指すはゴドーの店である。マルコの好きな、パンと牛乳を買うためだが……他にも目的はあった。


「いやあ、いらっしゃい……おや、ギブソンじゃないか。またパンと牛乳を買いに来たの?」

 ニコニコしながら出迎えたのは、店番のバーニーである。顔だけ見れば十代の若者のようだが、実際には三十を過ぎているのだ。色白の肌とブロンドの髪。そして整った顔には、常ににこやかな笑みを浮かべている。王公貴族のような、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせている男だ。あるいは、ただ天然なだけなのかもしれないが。

 実際、ギブソンはバーニーと話していると……ここが本当に無法都市エメラルド・シティなのか、疑わしくなる時もある。しかし、同時に安心して話せる男でもあった。


「なあバーニー、何かいい儲け話ないかねえ?」

 いつものように尋ねるギブソン。もっとも、尋ねてはいるものの……答えはほとんど期待していないのだが。

 尋ねられたバーニーは、相変わらずニコニコしている。パンと干し肉と牛乳を袋に詰めながら、口を開いた。

「んー、儲け話ねえ……オレは知らないなあ。仕方ないからさ、地道に稼いでいこうよ。地道にね」

「地道だとお? 適当なこと言ってんじゃねえよバカ野郎……だが、お前の言う通りだよな」

 ギブソンも笑いながら言葉を返した。目の前のバーニーという男には、不思議な魅力がある。どんな人間でも心を許してしまいそうな……あるいは、そこを買われて店番をしているのかもしれない。


「ギブソン、まいどあり。また来てね」

 ニコニコしながら、袋を手渡すバーニー、そして袋を受け取るギブソン……だが、その目が奇妙な物を捉えた。

「おいバーニー……何だそれは?」

「へ? それって何?」

「それだよ、それ」

 言いながら、ギブソンはバーニーの後ろにある物を指差す。バーニーが振り返ると、そこには絵本があった。表紙には剣と盾を持った少年が、ドラゴンと睨み合っている絵が描かれている。少年の後ろには、お姫さまらしき少女の姿もあった。


「え……ギブソン、これ欲しいの?」

 バーニーはきょとんとした顔で、ギブソンに言う。

「ああ……買うよ。いくらで売るんだ?」

「そうだねえ……あんたはお得意さんになってくれそうだし、面白い人だから、タダでいいよ。どうせ、廃墟の中から拾ってきたものだし」

 そう言うと、バーニーは絵本を差し出した。ギブソンは受け取り、袋の中に入れる。

「オレのどこが面白いんだよ……だが、ありがたく貰っとくぜ」

「まいど……あ、忘れてたよ。あんたに伝言頼まれてたんだっけ」

「伝言……オレに? 誰からだよ? つーか先に言えよバカ野郎」

「ああ、ごめんごめん。あんたに会いたがってる人がいたんだよ……」




 ギブソンは根城にしている地下室に降りた。そして明かりを灯す。

 部屋の中では、マルコが一人で地べたに座り、飽きもせずにオルゴールを聴いていた……だが、降りてきたギブソンの顔を見上げると、嬉しそうな表情を浮かべる。最近、マルコの表情が豊かになってきているように思えるが……気のせいだろうか。

「ギブソン、腹減ったよ……牛乳買ってきた?」

「ああ、買ってきたよ」

 そう答え、ギブソンは袋の中から食品を取り出す。そしてマルコに差し出すと、自分でも食べ始めた。いずれマルコには、ちゃんとした料理を食べさせてやりたいものだが……しかしギブソンには、調理の技術はない。

 彼にあるのは……我流で学んだ、人殺しの技術だけである。


「おいマルコ……これ要るか?」

 パンと干し肉の食事を終え、牛乳を飲んでいるマルコに、ギブソンは絵本を差し出した……すると、マルコの目の色が変わる。牛乳を飲み干すと、じっと絵本を見つめた。

「ギブソン……これは何だ?」

「絵本だよ。退屈な時にはこれを読め。絵を見ているだけでも暇潰しにはなるだろう。見るか?」

「あ、ああ……」

 マルコは絵本を受け取った。そして、不器用な手つきで本を開く。真剣な表情で絵を見つめるマルコの姿を見ていると、ギブソンは亡くなった幼い息子のことを思い出した。

 そして、最愛の妻のことも……。


「ギブソン、どうしたんだよ? お腹でも痛いのかい?」

 マルコの声。ギブソンは我に返った。目から溢れる涙を拭い、マルコに微笑んで見せる。

「何でもないよ……大丈夫だ。それよりもマルコ、たまには外を歩くか」

「え、いいのか?」

 マルコの瞳が輝く。嬉しいという感情が、体全体から溢れ出そうな雰囲気だ。

「ああ……こんな所にずっと閉じこもってたら、気が滅入るだろう……外を歩こうぜ」

「わかった!」




 そして……ギブソンはマルコを引き連れ、ガン地区を歩いていた。ここはシン地区やバク地区と違い、無法都市の雰囲気が色濃く残っている。無秩序な街並みや通行人の雰囲気など、明らかに違うのだ。旅行者などは、まず訪れない。

 したがって、頭からすっぽりフードを被ったマルコのような者が出歩いていたとしても、誰も注目したりしない場所だった。


「なあマルコ、あれ食ってみるか?」

 突然、ギブソンは足を止めた。通りの向かい側に出ている屋台の方を指差し、マルコに尋ねる。マルコがそちらを見ると、得体の知れない肉を焼き、串に刺している男がいた。屋台の前には一人の客がいる。串に刺さった肉を食べながら、屋台の男と何やら談笑しているようだ。

「え、いいのか?」

 マルコはギブソンの顔を見た。実のところ、マルコは先ほどから鼻をひくひくさせていたのだ。その原因となっていたのが、あの屋台であることは容易に想像できる。ギブソンは頷きかけたが――

「ちょっと待て。なあマルコ……あれは何の肉だ?」

 そうなのだ……ここはエメラルド・シティなのである。まさかとは思うが、人肉が使われていないとも言い切れない。せっかく、マルコの人肉を食べる習慣を改めさせたのに……だが、マルコの答えは――

「あれは、ネズミかウサギだと思う」

「そうか……なら、買っていこう」


 ギブソンは、マルコを連れて屋台に近づく。屋台の主人には覚えがあった。どこかで見た気がする。ひょっとしたら、有名な犯罪者なのかもしれない。

 だが、そんなことは気にしないことにした。元より、マルコもお尋ね者なのだから。


「なあ、おっさん。オレにも一本くれよ」

 そう言いながら、ギブソンは主人の前に立つ。他の客と談笑していた主人は、こちらを向いた。

 その瞬間、ようやくギブソンは思い出した。目の前にいるのは、大陸で二十人以上を殺害したバンディという名の異能力者だ。確か、逮捕されて死刑を宣告されたはずなのだが。

 どうやら、エメラルド・シティに逃げて来たらしい……。

「ほらよ。百ギルダンだ」

 バンディは愛想の欠片もない表情で、肉の刺さった串を手渡して来た。逆に、ギブソンの方が愛想笑いを浮かべ串を受け取る。バンディの方は金を受け取ると、すぐにギブソンから視線を外した。そして他の客との会話を再開する。彼は屋台での商売には、まるきり力を入れていないらしい。ギブソンに対する態度は、失礼を通り越している。もっとも、腹は立たないが……この街で、まっとうな接客態度など期待できるはずもない。ギブソンは苦笑し、マルコを連れてその場を離れた。


 一口で肉を食べ終えたマルコを引き連れ、ギブソンは歩いた。実のところ、彼はただ散歩に来たわけではない。二人に会いたがっている男が、この辺りにいるのだ……会って話をするだけで金を払う、と言っていたらしい。

 正直、怪しいとは思う。罠かもしれない。しかし……今の自分たちに罠をかけたところで、大した得にはならないのだ。わざわざゴドーの店でバーニーに伝言を頼み、自分たちをおびき寄せて罠にかける……そんな回りくどいことをするほど暇な連中がいるとは思えない。

 それに……もし仮にこれが罠で、向こうが仕掛けて来たのならば、返り討ちにするだけだ。

 自分とマルコをまとめて殺せる者など、そうはいない。




 やがて二人は、指定された場所に来た。もっとも、ガン地区とZ地区の境界線にある崩れかけたビル、としか聞いていないのであるが……。


 Z地区とは、このエメラルド・シティにおいて、もっとも危険な場所だと聞いている。他の地区では、まがりなりにも人間が支配している。しかしZ地区では、人外が支配しているのだ……吸血鬼や狼男などといった、伝説上の生き物たちが蠢く場所なのだという。Z地区においては、人間はただのエサでしかない。

 だが、そんな場所に生きる人間もいる。タイガーやマスター&ブラスターといった大物ギャングの逆鱗に触れてしまった者、あるいは他の事情を抱えた者たちなど……無法都市エメラルド・シティの法すら守れない者たちの、最後の居場所なのである。


「ギブソン……嫌な匂いがプンプンしてるぞ。この先は危険だ……」

 マルコが辺りを見渡し、不安そうな声で言った。人間であるはずのギブソンにも、Z地区に漂う不気味な空気は感じられる。しかし、マルコですら不安になるとは……この先には、どんな化け物がいるのだろう。ギブソンも辺りを見渡してみた。

 ガン地区とZ地区を分ける、はっきりとした境界線があるわけではない。しかし、Z地区の方を見てみると……明らかにコンクリートやアスファルトといった人工的な物の占める割合が少なくなるのだ。噂によれば、Z地区に住んでいる人間は……原始人並みの自給自足の生活を強いられるとのことだ。その時、ギブソンの頭に疑問が浮かんだ。

「なあマルコ……お前より強い奴が、この先にいるのかねえ?」

「……」

 マルコはすぐには答えず、しばらく黙っていた。

 ややあって、口を開く。

「いや……どんな奴が相手でも、オレは負けない。必ず勝つ」

 マルコの言葉からは、強靭な意思の力が感じられた……その目は、Z地区に向けられている。彼の言葉はギブソンにではなく、Z地区に潜むであろう何者かに向けられているのではないだろうか。何者が相手でも負けないという意思の現れ……ギブソンは、マルコという少年に対し、強い憐れみを感じた。マルコにとっては、己の強さのみが心の拠り所なのだ。それ以外、マルコには何もない。何の取り柄もない、醜い少年でしかないのだ。もし、この先マルコが戦いに敗れてしまったなら……。

 マルコにとって、それは死ぬよりも辛いことなのではないだろうか。唯一の心の拠り所を失うことになるのだから。

 マルコには、いつの日か……他の拠り所を与えてやりたい。


「気を付けろギブソン……誰か来るぞ」

 マルコの声。ギブソンは我に返り、辺りを見渡す。人の姿は見えない。だが、マルコの鼻は鋭いのだ。確実に、何者かが近くに来ている……。

「人数は何人だ?」

 聞くと同時に、ギブソンは拳銃を抜く。そして、瓦礫のそばに身を寄せ、しゃがみこむ。これで不意打ちだけは喰らわずにすむだろう。

「一人だ……」

 マルコは姿勢を低くし、じっと一点を睨みつけている。ギブソンは顔を上げ、マルコの視線の先を見てみると――

 ガン地区の方角から、男が一人、のほほんとした表情で歩いて来る。中肉中背で金髪の白人だ。年齢は三十代の半ばから後半。軍用のコートを着ている。そして……こちらを真っ直ぐ見つめている。その目には、恐れも怯えも浮かんでいない。


「あんたかい? オレたちを呼び出したギース・ムーンとかいう人は?」

 言いながら、ギブソンは拳銃を構える。すると男は立ち止まり、両手を上に挙げた。ギブソンはその時、男の右手が黒光りする義手であることに気づく。


「おいおい、ギブソンさんよう……オレは話し合いに来たんだぜ。そんなに嫌わないでくれよ。オレがギース・ムーンだ。気軽にギースと呼んでくれ」






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