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再生編11 The longest day(十一)

 サイが耳につけている部内作業用携帯通信器のイヤホンに突然、聞き慣れた男の声が飛び込んできた。

 これには仰天したサイ、慌てて通話マイクをひっつかむと


「コールさん!? 近くにいるんですか!?」


 噛み付くような勢いで応答した。

 彼の問いに対し、コールからは


『近くにいるも何も――お前の目の前だよっ!』


 想像を絶した返答がきた。

 次の瞬間。

 彼等の右手、北側にある複合商業施設建設現場を囲っている鉄板が数枚、乱暴に吹っ飛んだ。

 と、そこからなんと、突き破った鉄板を前頭にひっつけた状態の大型トレーラー――CMDキャリア――が飛び出してきたのである。

 キャリアは片側三車線の大通りを遮断するような格好で急停止した。

 巨大なタイヤが都合十四本、派手な音を立てつつアスファルトを擦った。

 それも、ショーコとサイが乗る指揮車のほとんどすれすれである。


「へ……?」


 突然の出来事に、さすがのショーコも呆気に取られたように固まっている。

 停まるか停まらぬかといううちに補助席側のドアが素早く開き


「話はあとだ、サイ! デッキアップするから下がっとけ!」


 身を乗り出しざま、コールが叫んだ。

 サイも、元はCMDドライバーである。反射が利く。

 瞬時に事の次第を悟った彼は、咄嗟に隣のショーコに


「ショーコさん! バック、バック!」

「あ? う、うん!」


 サイの声で我に返った彼女は、急いでシフトを入れ、アクセルを蹴った。

 猛烈な勢いで後退していったその直後、キャリアの車床から勢いよく数本の巨大アームが伸び、ダンと路面を突っ張った。ショーコのアクセルが一呼吸遅ければ、指揮車はアームで吹っ飛ばされていたかも知れない。

 後部デッキがガクンと揺れたかと思うと、無蓋のそれが見る見る起き上がっていく。

 少しづつ全景を見せていく純白の機体はまぎれもなく――ロールアウトが遅れたためセカンドファクトリーを後発したもう一機のMDS-0、ファースト機であった。

 危機一髪という場面で、まさかの救援機到着。

 これにはショーコ、ヒュウッと短く口笛を鳴らし


「やるわね、スティケリア。格闘現場のど真ん中に納品なんて、前代未聞のサービスだわ」

「これは想定外でしたね。っていうかコールさん、なんでまたこんな派手な登場を……?」


 サイは不思議そうな面持ちで首をひねっている。

 その呟きを無線で聞いたコールは


「まあ、今回はラケルのお手柄、とでもいっておくかな」


 お気楽な笑いを浮かべている彼の隣では、ラケルがハンドルにしがみついて背中で呼吸をしている。


「わ、私、もう、キャ、キャリアなんて、乗り、乗りません、からね……」


 ああ、と合点がいったサイ。

 コールが運転を無理強いした挙句、嫌がらせのような交通規制にしびれを切らし、一般道でも何でもない区画へ突っ込ませたのであろう。ラケルもラケルで、彼の無謀な指示に腹を立て、自棄になってキャリアを動かしたであろうという想像は容易につく。工場内でもそうだが、反りの合わないこの二人が揃うところ、何かとろくなことにならない。

 立ち上がったファースト機を眺めていたショーコだったが、つと眉をしかめて

 

「つか、せっかく到着して起こしたのはいいけど、あのファースト機、ドライバー乗ってないんじゃないの? 立たせておくだけじゃ、暴走機は止まってくれないわよ」


 そういえば、とサイは思い出した。

 ファースト機のドライバーは朝から本部舎に姿を見せず、行方不明のままである。機体が到着したからといって喜んでいる場合ではない。乗り手がいなければただの飾りではないか。

 すると、二人の心を読んだかのようにコールが


「ドライバー乗せないで機体を起こすバカがどこにいるってんだよ? ――ドライバーも込みで、納品してやるっての!」


 へへっ、と愉快そうに短く笑い声をあげた。

 ほとんど同時である。

 キャリアから機体に繋がれていた給電ケーブルが「バシュッ」と音を立てて次々と外れていく。MDS-0の全身が瞬間的に細かく震える。駆動部末端にまで電源が行き渡ったのである。

 そうして、ズシャリ、と一歩を踏み出した。

 どうなってんの? テストドライバーでも乗っけてきたっていうの?

 ショーコがぽかんとしていると、MDS-0の上半身だけが半転してこちらを向くなり


『――ああっ! そこにいらっしゃるのって、もしかして、ショーコ隊長さんですかぁ!?』


 胸部内蔵の外部スピーカーから、きゃたきゃたとした若い女性の声が飛んできた。

 いきなり名前を呼ばれたショーコ、びっくりしつつも


「え、ええ。あたしがショーコ・サクだけど……あなたは?」

『あのっ、私、リナ・フィットナーです! イリスの妹です!』


 そこまで聞いて、ああ、と頓悟したショーコ。

 イリスはスティーレイングループ内部の人間であり、その係累の者なら話を聞いていたとしても不思議はない。

 もっとも、リナはそもそもSCC総務部に在籍していて、ショーコも不快な思いをさせられた例のサンテス元会長の傍で仕事をしていたのだが、組織が違うために接点がなく互いに面識はなかった。リナはセクハラしてきたサンテスを引っ叩いて左遷を食らうのだが、ショーコがその武勇伝を聞いたら何と言うであろう。

 ともかくも、正規のフォワードドライバーが乗っているのはめでたいことに違いはない。

 しかし、とサイは首をひねり


「コールさん? なんで、すでにリナさんが乗ってるんですか? 彼女、本部舎に姿を見せないわ連絡が取れないわで、セレアさんがかなり心配していたんですけど……」

「ああ、カノジョか。あれはなぁ、ホントに偶然だったんだけどよ――」


 頭を掻き掻き、コールは簡単に語って聞かせた。

 ――交通規制で大渋滞中のG地区を脱出すべく西縦貫道に乗り、無事L地区に入ったあと西部のランプで降りて東西に走る主要幹線道C二号線を飛ばしていたときのこと。突然道路脇から飛び出してきた人影を認めたラケルが急ブレーキを踏んだ。

 轢いてしまったに違いないと怯えている彼女に代わってコールが降りてみると――キャリアの前頭部すれすれ、ほとんど車両の下に巻き込まれかけた姿勢で倒れている若い女性を発見した。

 さすがのコールも一瞬ぎょっとしたが、女性はひょいと彼のほうを見て


「あのっ、すみません! ここ、どこですかぁ?」


 と、きた。

 車に轢かれかけた直後だというのに、何食わぬ顔して道を訊く人間がいたものだろうか。

 呆れながらもコールは、女性の傍に屈みこんで


「ああ、L地区西エリアの主要幹二号線だぜ。つーか、この道路は歩行者通行禁止なんだぜ? 知ってたか?」


 手を差し出してやると、女性はその手につかまって「よっこらしょ」と起き上がり


「えー、そうだったんですかぁ。私、遅刻しそうだったからすっごく慌てていて、ぜんぜん見てませんでしたぁ。あはは」


 あっけらかんと笑っている。

 そのためにお前は轢かれかけたんだが――あまりの軽さに、ツッコむことも忘れたコール。顔は稀に見るほどの美人だが、どこか頭のネジが一本抜けているようであった。


「あんた、警察機構への届け出はどうする? こういっちゃなんだが、自動車専用道に侵入したと知れたら、あんたにも過失割合つくからな? 保険会社もいい顔しねェ。見たところ怪我もないようだし、お互い知らなかったことにしとくのが無難かとは思うが」


 罪隠しのつもりではなく、親切心から言っている。

 一般道ならともかく、自動車専用道での人身事故については、国の定める国家交通道路標準法は歩行者に対して無条件の保護を加えない。最低でも四割以上の過失という重い責任を科す。歩行者に怪我がなければ、脛に傷はお互いということでケリをつけたほうが双方都合がいいのである。

 が。

 女性はそのことには興味を示さず、キャリアの荷台をじっと見ている。


「あ、うちか? うちはスティケリア重工だ。納得いかねェってんなら会社に掛け合ってもらっても構わねェが、今言ったみたいに、過失割合が――」


 スティケリア、と聞いた途端。

 女性はパッと顔を輝かせて、コールの手を握った。


「あのっ! スティケリア重工さんならわかりますよね? Star-line本部舎の場所! お願いですから、そこまで連れていってもらえませんか? 私、迷子になっちゃってて……」

「はぁっ!? Star-line!?」


 ――という次第であったらしい。

 嘘のような本当の出来事に、ショーコもサイも唖然としている。そんな奇跡のような話が実際にあったものだろうか。  

 が、当のコールはそのことはもうどうでもいいらしく、へっへっへと笑って


「いやぁ、やることはやっておくモンだな。初期設定とシステムチェックを済ませておいたおかげで、あの通り」親指を立てて背後の機体を指した。「ドライバー乗っけてすぐ動かせただろ? ラケルの運転が荒くてよ、モニタ見てたらゲロ吐きそうになったりしたがな……」


 コールの仕事の手堅さに舌を巻いたサイ。

 普通、初期設定などという作業はクライアントにやらせるべきものであって、メーカーがそこまでしてやる責任はない。というよりも、メーカー側が勝手にいじるのは原則として好ましい行為ではないのである。だが、コールが状況を判断して臨機に対応してのけたからこそ、この土壇場で奇跡を現出させることができた、ともいえる。彼が起動に必要な最終調整を済ませていなければ、例えリナを拾ったところで機体は動かなかったのだ。

 搭乗部にいるその彼女、機体にピッと敬礼の動作をとらせておいてから 


「今日からよろしくお願いしまーす! お姉ちゃんから聞いてました! ショーコ隊長さん、物知りで度胸があって頼もしい人だって」


 と、褒めたまでは良かった。

 が、続けて


「あと、巨乳でセクシーでイケメンだって、言ってました!」


 瞬間、ショーコの片頬が引きつった。


(巨乳とセクシーはいいとして、最後のは余計だっつーの。年頃の女性をつかまえてイケメンはないんじゃないかしら!?)


 イリスもまさか、妹に本人の前でこうもべらべら喋られるとは予想もしていなかったのであるまいか。

 が、そのリナ。

 たった今、ろくでもない発言をしたことなどころりと忘れたかのように


「そいじゃ私、ちゃっちゃとお仕事しちゃいますね!」


 正面からメインモニタを見据え、両方のサイドレバーをしっかり握りしめつつ


「――リナ・フィットナー、行っきまーす!」

 

 元気よく宣言するや、MDS-0が地を蹴って走り出した。

 間一髪の場面でファースト機、そしてドライバーが駆け付けたことにより、Star-lineは窮地を脱したかに思われた。少なくとも、セカンド機のカレンとしては負担が大幅に減る。

 ところが――


(……!? な、何よ、あれ?)


 ショーコが両眼を大きく見開いたまま固まっている。

 いや、同じ光景を目にしているカレンも同様であった。

 駆け足、というようなものではない。

 足取りがいかにもよたよたとしていて頼りなく、決してリズミカルな脚の運びとは言い難い。重くはないのだが接地の間隔が不規則すぎていて、酔漢の千鳥足にも似ている。

 その有様で暴走機の群れへ向かって突進していったゆえ、見ていた者達は皆度胆を抜かれてしまっていた。というよりも、一斉に血の気が引いた、というほうが正確かも知れない。

 ただ、リアルタイムで送られてくる稼動解析データの画面を腕組みをして睨んでいるサイだけは、くそ落ち着きに落ち着いていた。

 機体の動きを見る限り、確かに操縦技術を疑ってしまうのも無理はない。

 しかしながら、解析データは別の事実を彼に伝えていた。


(ありゃあ、単なるヨタ足じゃないぞ。ただの下手くそなら、両方の対地加圧値がこんなに一定するわきゃない。ずいぶんと不思議なものを見せてくれるな、あの姉さん……)


 歩行時、地面を蹴った際に足裏にかかる負荷の数値を対地加圧値といい、歩行が安定すればするほど左右両方の数値は限りなく等しくなる。これが乱れるということはすなわち、操作しているドライバーのフットペダルの踏み方が悪いか、機体の重心バランスが取れていないといっていい。どちらにせよ、機体が勝手に走っているわけではないから、その原因は乗り手のせい、と言わざるを得ない。

 驚いたことに、ファースト機の対地加圧値は左右ともほとんど均一、しかも一歩ごとの数値変動もまったくといっていいほど見られないのである。未熟なドライバーであれば確実にあり得ない現象なのだ。


(わざとやっているのか、さもなくば……)


 自然体。

 一見、他人からすれば滑稽きわまりなくとも、本人にはそれが当たり前、ということがある。

 彼の脳裏に、セレアの一言がよみがえる。

 とても才能のある方ですよ。ええ、いってみれば「稀才」と表現できるでしょうか――。

 その時はへえ、と聞き流したサイだったが、実際に目の当たりにしてみて、セレアが咄嗟に思いついた表現の絶妙さがなんだか理解できるような気がした。サイもまた、かつては天才ドライバーと呼ばれた男である。並々ならぬ才を具えた者は、他人のそれをも見抜くことができるのかもしれない。

 彼の隣ではショーコが、装甲車に寄りかかるようにして二機の働きを注視している。

 目線をそちらに据えたまま


「……あれ、サイ君から見れば問題ないってことでいいのよね?」


 不意に問うた。

 ファースト機の動きがいかにも拙いということであれば、稼動データを解析している彼が真っ先に騒ぐだろうと思った。それがない以上、あれでいいということになる。

 サイは頷き


「面白いくらい、対地加圧値が安定してますよ。各部出力バランスがN値のままっていうのも面白いですね。機体がリラックスしてやがる」


 説明してやった。

 歩行のような全身動作の場合、動作に応じて各部位に相応の負担が生じる。搭乗者の操縦が拙ければその負荷は大きくなるものだが、リナのファースト機はどこも自然値――N値という――を示している。つまり、最小限の負荷のみで動いているといっていい。リラックスと表現したのはそのことである。

 彼の技術的初見をあたまから信用しているショーコは、特に意見を述べない。

 機械的数値の変動はともかくとして、リナという乗り手がどういう働きを見せるのか、そちらのほうに関心がある。

 そこへ


『ショーコさん、それにティア、取れますか!? E3通り手前に、おあつらえのビルが――って、あれぇ!?』


 一般人が避難できる区画を探しに出ていたリファとユイが戻って来たらしい。

 通話の途中で素っ頓狂な声を上げていた。

 無線で連絡を取りかけたところで、思わぬ光景を目にしたからであろう。

 ショーコはレシーバーのマイクを口元に持ってきて 


「ああ、お疲れ、ユイちゃん。いい退避場所、見つかった?」

『急いで探してきたんですけど……あれ、あれ、何ですか!? いつの間にファースト機が到着したんですか? っていうか、渋滞していて通れる道なんかなかった筈なのに!』

「ま、色々とあったのよ。色々と、ね」


 適当に受け流しながら、ショーコは


(道は探すものじゃないわね。自分で自分の前につくるもの、というのが正しいかも知れないわね)


 ふと思った。 

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