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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
9/73

ハンデールの寡黙な勇者?

朝目覚めたら、金髪美少女が俺の腕枕で寝ていました。



………うん?



その美少女は俺用に村の方々が繕ってくれた布の服に黒の革ジャケットを着てスヤスヤ寝息をたてています。


………うん。



ここで、問題です。

俺はどうしたらいいでしょうか?


1、揉む

2、撫でる

3、吸う



…………どれも人として詰んでるわ。

吸うってなんだ吸うって。




この世界、ヘヴロニカにやって来て約一年。

それと、生まれてこのかたまるっと全部を巻き戻して思い出してもこんなことになった覚えはない。

残念ながら彼女なしと年齢がイコール関係で蜜月続行中の俺には刺激が強すぎる。


あぁ、こんな嬉恥ずかしい朝が来たことがあるだろうか?


いや、ない。反語。


「いやいや、じゃなくて…」


大混乱の頭を振って、正気を引き戻す。



少女は昨夜ハンデールの町から離れた草原で盗賊のような集団に襲われていた。

偶然にも風に乗り流れてきた多数の人と血の臭いに気づいた俺は、その場所を探りながら近付いた。

次いで彼女の悲鳴である。


そして、どうにか辿り着き、ランタンのオレンジの灯りに照らされた裸の少女と彼女を組敷く男を見た瞬間に俺の怒りは湯沸かし器なんかよりも早く沸点に達していた。


あとは、カッカしていてよく覚えていないが、文字通り゛蹴゛散らしたのは体感的に記憶している。


そのあとは、町に戻るわけにもいかず、彼女を置いていくわけにもいかず、街道沿いに安全そうな所を探して野宿を決めたのだった。


「……しかし、この子も可哀想に。随分怖かったろう…」


水筒の水で体を拭かせ、俺の服を着させてやり、食事を摂らせて………そこまで世話をしてあげたのだが、何度話しかけても返答はなく、かといって怖がられているのだろうと離れればピッタリとくっついてくる。


「間に合ったかって訊ねたら頷いたし、聴こえてないわけでも俺のロンドヒルル語が通じないわけじゃないよな?」


ロンドヒルル語はすでに完璧と言える。

出入りする言葉が自分の言葉に自然と変換されるほどに習熟している。

問題はその習熟が行き過ぎているくらいか。

自分の頭に入る言葉はだいたい自分が理解しやすい言葉に翻訳されるが、言葉を発しているとき頭では自分の理解しやすい言葉をロンドヒルル語に変換して喋っているつもりでも、自然に出来るようになったせいか、元の世界にしかない単語も混ぜて使ってしまう癖がある。


つまり『野性的だろ?』とロンドヒルル語的に言わなければならないハズが、

思わず『ワイルドだろ?』とワイルドを日本の口語で、だろ?をロンドヒルル語で言ってしまうのだ。


村でも散々指摘されたが、あらゆる国の言葉を混ぜて新語にする民である日本人のサガをどうこうしろというのが無茶だと思う。


だが、彼女にも伝わり易いようにゆっくりと噛み砕くように話しかけたはずだから…無意識的なミスはしていないはずなんだが……。


「………ンゥ………ン………」


子供がむずがるように体勢を変え、少女はいっそう俺の胸に顔を埋める。



綺麗な顔や手足に多数の擦り傷や打撲傷が見える。

綺麗な金髪も汚れてくすんでいた。


着ていたものが血濡れていたことや、襲っていた集団が盗賊のような連中だったことを考えると、拐われて何処かへ連れていかれそうになったのを自力で逃げ出した、といったところだろうか?


この華奢な身ひとつで…どれだけの覚悟がいっただろうか?


思わず少女の頭を撫で、乱れた髪に手櫛を入れる。


泣き虫だが、負けん気が強く、そして時々甘えん坊な一つ年下の妹の姿が少女に重なって見えた。彼女がまだ無事ならば、きっと多くの恐怖と闘っているだろう。


千智……俺がきっと見つけてやるからな!


妹のハツラツとした笑顔が瞼の裏に浮かんでは消えていく。


「ンアゥ………ゥンン?」

「あっ…と、力入れちまったか…」


思わず力が入ってしまったらしい。

彼女の髪に優しく手櫛を…どころか、荒っぽく抱き寄せ、彼女の頭に巻かれた布切れも引っ掻けて取ってしまっていた。

竜の力を得て以来、感情と体の制御が理性でコントロールできなくなっている。怒った時など手加減はなく、運任せだ。一年で普段の生活ではとっさの出来事でも力加減が出来るようになったが…もっと訓練が必要だろう。


「ぅぅん………あ…さ?」


お姫様はどうやら夢の国から目覚めてしまったらしい。目を眠そうに擦りながら誰にとなく訊ねる。


よし、ロンドヒルル語で間違いなく会話は出来そうだ。


「うん、朝だよ。ごめんね、起こしてしまったみたいで。眠かったらもう少し寝てていいよ?」

「…ううん、いい。おき………る………」


少女はゆっくりと目をあけ、淀みの無い大きな瞳で俺を見上げた。


若葉のように透き通った翠の瞳と、

紅葉のように儚く燃える朱の瞳が、

宵闇のように深く力強い黒の瞳と、


視線を結びゆらゆらと小さく揺れる。


「…?」

「ん?」


たっぷり何十秒か見つめ合った二人。


「………っふぁ!!」

「おわっ!?」


すると、少女のほうがまるでバネでもついているかのように腰にかかっていた布を蹴飛ばしピョンと跳ね起きた。


「はわ…あ…や…なんで?あ、アタシ…」


顔を真っ赤にしながらわたわたと自分の置かれた状況を把握しはじめる。体に異常がないかペタペタ触ってそしてようやく、自分が目の前の男の服を着ていることに気づき、そこで思い至る。


「あ、あ、落ち着いてね、大丈夫。俺は何もしちゃいないよ。朝起きたら君が腕枕で寝てて、そのままにしてただけで。えっと……た、多分この地方、春は夜中でも過ごしやすいけど、寒かったんじゃないかな…きっと。旅人のクセに毛布を持ってなくてごめんね」


いつの時代もどこの世界も男の言い訳は見苦しく、上手く聞こえないものだろう。

まぁ、事実悪いことはしていない。

ちょっとムラッとしただけだ。今は反省している。


「………いえ………あ、ありがとう…」

「いや、こちらこそ」

「え??」

「あ、いや気にせず」


何がだ俺。

とにもかくにも会話は成立。

このハプニングで心の距離感は縮まった。


…と思ったら、恥ずかしそうに髪を鋤いた少女がハッとして青くなり、小さな悲鳴を上げて顔を隠してうずくまってしまう。


「ど、どうしたの?」


少女の肩がぶるぶると揺れる。


「………み………見た?」

「え?な、何を?」


ふ、服の下は誓って見たい!

いや、待て、ステイ、ハウスだ内なる俺。

見ていない、だ。


「何で……布……取ったの?」


俺の手に握られている少女の右目を隠していたボロ布のことか。


「いや、君が寝てるときに引っ掻けてしまったみたいなんだ。怪我していないみたいだし、別に良いかなって思ったんだけどもしかして、眼の病気だったかい?それならごめ……」

「違う!そんなのどうでもいい!アタシのっ!アタシの眼!アタシの眼を見たかっていうことだ!この眼を見たかっ?!この眼を確認するために取ったンじゃないのか!?」


小さな体を震わせ、綺麗に整った顔を鬼のように歪ませる。

その翠の瞳には怒りと恐怖が宿っていた。


隠されているのは朱の瞳の方だ。

オッドアイだったか?正式名称は知らないが、眼の先天的な虹彩の異常かなにかで瞳の色が左右違って産まれてくることがあるらしい。

猫にはよくみるオッドアイだが確か視力が弱いことが多いと耳にしたことがある。

でも、そんなに見られるのが嫌なものか?

そのまま秋葉原など行ってみろ、ものの数分で女神降臨、二次元が現実に追い付いたなどといい意味で大騒ぎだぞ。


「あぁいや、見たかと言われればさっき、君が起きたときに見たけども」

「っ!!」


その返答にさらに身を竦める少女。

そんなに嫌なのか?


ふと、そう首をかしげて、ようよう思い至る。


伊達政宗は、隻眼ではなく、オッドアイだったという話だ。

その為に畏れ、忌み嫌われるそれを隠すことになり、隻眼となる。

双子や三つ子が産まれれば、獣腹だと忌み間引くような時代であれば隠したくなるのも頷ける。


この世界が自分の生まれた世界と同じ価値観、文化水準だと勘違いしてはいけない。

そう、中世や戦国時代だと思わねば。


「…ごめんよ。オッドアイがまさかそんなに見られたくないモノだとは思わなくて。あ、俺は全然良いと思うんだ君の眼の色。寂しくて、でもどこか暖かい色が紅葉(もみじ)みたいだなって……」


取り繕うようにそう言った。

なんとフォローすべきか分からないから思ったことを素直に伝える。


「………オッド…アイ?も…なに?」



あ、やっちまった!


紅葉…コウヨウに該当する言葉はあっても紅葉…もみじに該当する言葉はない。

まして、オッドアイなんて存在しない。


「あ、ごめん!どっちも俺の住んでた国の言葉なんだ。オッドアイってのは、左右の瞳の色が違う人の眼を指して、もみじってのは赤ちゃんの掌みたいな真っ赤な木葉のことで、その、特に悪意のある言葉じゃないんだよ。むしろ良い方で……あの…」


ああ…上手いフォローが思い浮かばない。

これだから彼女いない暦=年齢は……。


だが、幸いにもその本気の慌てぶりが彼女の警戒心を取り払ってくれたのか、表情の強張りも、体の震えも和らいでいく。


「アナタは……この国の人じゃないの?」

「そうだよ。この国どころか、この大陸でもないんだ」


正確にはこの世界ですらない。


「じゃあ………トイフェルファルベって解る?」


トイフェルファルベ?

ファルベってドイツ語かイタリア語にあったような気がする。

色?色だっけ?

いや、この世界にそれはないな。


「いや、似た言葉に覚えはなくはないけど、トイフェルファルベなんて知らない。それってどんなの?美味しいの?」


よし理性チクショウ、仕事しろ。


「えっ?美味しい?…っ…ぷっ……ゥフフッ……アハハハハッ!!」



笑われたし。

でも、良かった。笑ってくれた。

やっぱりこの世界の女の子の笑顔ってイイな。


少女はいままでの強張りが嘘のように腹を抱えてバタバタと足を跳ねさせる。時々痛むのか『あいたたたっ』なんて言って、それでも笑いが止まらない。


「なんだよ。随分笑ってくれるなぁ。そんなんじゃないのかい?」

「ご、ごめんなさい。ぷふっ、アハハハッ……はああぁぁ…あ。笑った笑ったぁ」


散々笑って涙を流し、眼を擦った時にはもう、少女はその右目を隠していなかった。


「トイフェルファルベって言うのは…アナタの国で言うところのオッドアイ?ってヤツよ。でも、アナタの国ではどうか知らないけど、この国では、昨夜みたいな…そう、昨夜のような目に遭う眼なの。人買いの競売では特別高く売れるそうよ。アタシも昨夜知ったけど」

「そうなのか……」


痛ましさに眼を伏せる。すると、少女は何を思ったのかしばらく俺を見つめたあと、哀しげに笑って服の裾を持ち上げた。

白い、染み一つ無い肌が晒される。


「これからどうするの?アタシは高く売れるわ。人買いなんてそこらを探せばすぐ見つかるし、アナタはアタシをそこへ連れていけば沢山のお金が貰える。旅をしているなら金は多いに越したことはないでしょう?」


俺は思わず息を呑んだ。


「……アナタは凄く凄く強いみたいだし、アタシはきっと逃げることなんてできないでしょう?」


首を横に振る。

体は小さく震えて、それでも両の眼を逸らさずに見つめてくる少女の言葉はナイフで抉られるよりも苦しい。


「でも、もし、アナタが見逃してくれるなら、アタシは…っ…」


俺は彼女の手を掴んで、言葉より先にそのガラス細工のような体を掻き抱いていた。

少女の体はぎゅっと強張り、震えが一層強くなる。



「もう、そんなことしなくていい。俺は、そんなことしないし、させない。君は、もう、傷つくな」


今度は少女が息を呑む。


「っ!!?……ほ…ほん…と…に?」


「ああ、もちろん」


少女の手が俺の背にすがりつく。


「…っ…少しだけ……少し…だ……泣かせて…」


「ああ…」


グッとより強く抱き寄せた。



「……ン…ッァァ…ァ…ぁああああああっ!!」




彼女の涙と叫びが、もう二度と繰り返されないように祈りながら。








▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽







俺は、昨日に続き困っていた。


宇宙船地球号のみんな、今こそ俺に叫ぶんだ、


せーの、メイアイ…


「で、どんなのにするの?」

「…へるぷみー……」



しばらく泣いてもう涙もカラッカラに尽きた頃、彼女はそっと俺から離れて小さく『ありがとう』と笑ってくれた。


それからは俺の横でポツリ、ポツリと自分の事を語り始めた。

名前はエリザ・ブレモンド。歳は十六歳もうすぐ十七になる。

裕福な商人の家で育ち、何不自由なく暮らしていたが、優しかった両親はただの商人ではなく、人買いに[人間]を育てて売るのが仕事だったという。

そして、自分もその商品だったことを昨夜知ったのだ。

人買いの話を聞いた限りでは本来十二~三歳には売ってしまうのが通例だったのだが、こと自分がここまで大事にされていたのはエルザのもつ朱の瞳が特別だったかららしい。


トイフェルファルベ…悪魔の瞳を意味する、魔物と同じ色の瞳を指した忌み名。

何が特別なのかは分からない。

ただ、競売を競り合った金持ちたちはヨダレを垂らさんばかりに彼女を値踏みしていたらしい。


魔物はそんな綺麗な色してなかったけどなぁ。


そう言うとエルザは『もみじの色だっけ?』とコロコロ笑った。


「そうだね。確かに赤いけど、魔物の色はもっとくすんだ色だった。暗い感じの。エルザの色はそれより澄んで…」

「待って。エルザはやめて」


問題はここから始まった。


エルザ曰く、悪人のつけた名前なんてもう二度と名乗りたくないし呼ばれたくないらしい。

当然俺は、『君』とか『ねぇ』とかで呼ぶわけにもいかないだろうと抗弁したが、それが悪かったのだと後で後悔した。


「じゃあ、アナタが名付けてよ」


あとで、悔やむで後悔とは日本語よくできてる。


「いや、そこは君が好きに決めたらいいんじゃないか?」

「イヤ」


イヤときた。

理由もなく、ただ、イヤときた。


「適当で…いい?」

「可愛いのでお願いするわ」

「…………むぅ…………」


このコ、泣いてるときは割りと素直で可愛いのにニュートラルだとお嬢様か。


しかし、名前と言われてもこちらの世界の名付け事情など知らない。字画とか気にするだろうか?意味合いとかも重要かも。


とりあえず、俺が選べる選択肢を三つまで絞った。



1、とりあえず笑って誤魔化す。


2、さりげなく笑って誤魔化す。


3、さみしげに笑って誤魔化す。



よし、3が良いだろう。



「笑って誤魔化すのは最低だからね」



撤回。


さて、どうしたものか。

俺には無駄な知識はあっても語彙は多くない。

まして俺のセンスなんぞ、ハスキーを飼うってなったときに名前の候補をみんなで出したなら妹から、


『兄さんのセンスは通好み』


と苦笑されたほどのモノだ。


それで良いと言うならば、言うならば仕方ない。


「エリザベス」

「イヤ」

「エリザベート」

「ない」

「エリス」

「そこを離れろ」

「ワガママ娘」

「ひっぱたくよ?」


だって、思いつかないもの、と言えば朱と翠の澄んだ瞳がギラリと俺を睨む。


「あぁぁ…じゃあ、もみじは?」


朱い瞳を見る。


「アナタの国のやつね。嫌いじゃないけど、でもちょっと目立つ」


反応は悪くない。

エルザはニコッとはにかんだ。


「じゃあ……そうだな…あ、[メイプル]!メイプルはどうかな?もみじの別の呼び方なんだけど」

「そうねぇ…」


エルザは少しばかり顎に手をあて考え、


「なんだか通好みな感じがするけど、気に入ったわそれ♪」


ニッコリと花が咲くように笑った。


妹よ、兄のセンスは異世界でも通好みだそうだ。





▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽





時間はお昼を少し回ったくらいか。

俺はエリザ改めメイプルを連れ、えっちらおっちらだらだらとハンデールに向かっていた。


「ねえ、これからどうするの?」

「ハンデールの町に行く」


長めに見積もって一時間くらいだ。


「何しに?買い物?」

「買い物。食べ物や飲み水を補充しなきゃならないし、元々俺はあの町に宿を取ろうとしてたんだ。夜の鐘が鳴ったら受付け終了とか知らなくて取れなかったけど。それに…君の服を買わなくちゃ」


メイプルは未だに俺の黒革ジャケットと服を着たままで、下は夏に作った麻の短パンも引っ張り出して無理に穿いているだけだ。下着も穿いていない。靴に関してはどうしようもなく、布を補強して履かせたままだが、女の子にこんな格好で居させるわけにはいかない。


「アタシはこのままでもいいわよ?」


金髪がいたずらっぽく揺れる。


「そんなわけにはいかないよ」


だが、だからと言っても問題はある。町に入ってあの衛兵らしき人に見つからないかだ。

もし、俺の容姿が怪しいやつとして町の人々に伝えられていたなら宿はおろか店にも入られない。


「優しいんだ、アナタ…えっと?」

「ん?どうした?」


メイプルが人差し指を唇にあて、首を傾げる。


「そう言えばアタシ、アナタのこと全然知らないなかったわ。アナタばっかりアタシを知ってて、アタシがアナタを知らないなんて公平じゃないわね」

「別に知らなくても不公平じゃないと思うけど」

「い、い、か、ら!ほら、名前!」


ぺちぺちとお尻が叩かれる。

百七十五センチの身長の俺のてっぺんから頭ひとつ分と半分くらい下のメイプルのてっぺん。

彼女の身長では背中よりお尻が叩き易いらしい。


「名前は柄倉重悟(カラクラ ジュウゴ)。名前が重悟だからそっちで呼んで」

「わかった。ジュウゴね。歳は?」

「君の三つ上」

「あら、年上なのね。もう少し近いと思った」

「ああ、日本人は童顔だからね」

「………『ニホンジン』?」


しまった。またやってしまった。


「ねえ、アナタの国はどこにあるの?」

「えっと……」

「アナタはどの大陸から来たの?」

「それは……」

「アナタの持ち物はここら辺じゃみないわ」

「珍しいかな?」

「とっても。ねえ、アナタはどこからやって来て何をするために旅をしているの?なぜそんなに強いの?どう考えても、昨夜の強さは異常だわ」


メイプルは足を止めて捲し立てる。

思わず、俺も合わせてしまう。


「き、鍛えてるからね。小さい頃から。俺は、遠い東の大陸の傍にあるニホンて島国で生まて、ちょっと事情があってこの国で家族とバラバラにはぐれちゃって、俺がこんな風に旅をしているのは家族を探すためためなんだ」


嘘はほとんど言っていない。しかし、


「東の大陸ってことは、アトラス大陸かしら?でも変ね、アトラス大陸の周辺にニホンなんて独立した島国は無いの。いえ、むしろ国と呼べるようなほどに大きな島はない。アタシ、お嬢様をやってはいたけどお茶や踊りより読書が好きだったから歴史書から哲学書、絵物語や美術書、戦史や武具の目録まで読んでいるの。親が真っ当な商人だと信じていたからいつか役に立つってね。そして、当然、この頭にはこの国はおろか世界の地図が入ってる。断言するわ、この世界に、ニホンなんて国は無い」


「…………………」


「アタシは、包み隠さず、眼のことまで詳細に話したわ」


「…………………」


メイプルの眼が、嘘はつくなと訴える。


「わかった。全部話す。でも、これは秘密にしてくれるか?」

「アタシのすべてに誓って」


彼女の中に神はもういない。

彼女には彼女が信じるすべて。


「さて、何から話そうか…とは言っても俺にもまだ分からないことが多いけど…」


ハンデールまでの道中。

俺は、今まであったことを出来るだけ正確に話した。


こことは違う世界から来たこと。

父は死に、母と妹が行方不明なこと。

神獣とされる竜を殺し、その力と呪いを受けたこと。


できるだけ。


メイプルはそう、へえ、などと時々相槌を打ちながら話を聞き、区切りがついたところで俺に向き直り、手を差し出した。


「これでお互いに[知り合った]わね。アタシの名前はメイプル。初めまして!」


俺は苦笑してその手を握り返す。


「俺はジュウゴ。初めまして、メイプル」


そして、少しの間、見つめ合う。


「………ぷっ……」

「……ははっ……」

「あはははっ!」

「くくくっ!」


結局、ハンデールまで二時間はかかった。







▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽





「アタシに任せておきなさい、ジュウゴ」



ハンデールの町の出入り口が見える木陰。

自信満々で無胸(ペチャパイ)を張ったメイプルがそう言った…そして何故か蹴られた…。


「町の衛士がいなくなれば悠々と買い物できるし、宿も探せるわ」


でも、手配されているかもしれない。

そう言うと、『怪しいくらいじゃ警戒はされても手配はされないわ』とメイプルは笑って返す。


「小さい町ですもの。そんなやる気のある衛士は居ないわよ。とにかく、アタシに任せなさい」


そんなやり取りで足取り軽く出て行ったのが体感で四、五十分くらい前。


何かあったかもしれない。


脳裏に昨夜の事が過り、町に向かおうと踏み出した。

その時、


「ボスカーと、ノリスはそのままアルツファーブへ行き軍にこの件を伝えろ!他の者はこのまま私と現場へ行き、確認を行う!」

「「「了解!!」」」



町の出入り口から馬に乗った衛士が大勢駆け出してくる。

これは、どうした?


首を傾げ、その後ろ姿を見送っていると、今度は出入り口からメイプルひょっこり現れて手招きをしていた。


俺は怪訝な顔を隠すこともなく近づく。


「今のなに?もしかしてメイプルの仕業?っていうか………どうしたのその格好?」


結構上等な生地の白のワンピースに薄紅のカーディガン。足には包帯が巻かれ、靴も革と羊毛を合わせた物か、ふわふわとした愛らしいデザインの物に変わっている。

そのうえ髪も肌もつやつやになり、頬はほんのり桜色になっていた。


「良いでしょう?商店街の質の良さそうな服屋の前で″行き倒れて″きたの。そしたらそこの奥さんやら近所で井戸端会議してた靴屋のおかみさんが″偶然″見つけてくれて。″事情″を話したら涙ながらにこんなに良いものをくれたの♪」


まるで、ちょとそこで試供品貰ってきたの♪ぐらいのノリだ。


「お湯もいただいたし…あ、ごめんなさい。上着以外はボロにしちゃったから無いわ」


と、黒革のジャケットを渡される。


「ど、どうして?」

「え?ちょっと、破れて裂けて土で汚れて、ほとんどただの布切れになったから」


それがなにか?と、愛らしく首を傾げるメイプル。


OK、理解した。

女の子、怖い。


「あとは、宿に行きながら話しましょう。服屋の奥さんが紹介してくれたわ」

「あ、ああ」


メイプル、そんな手筈まで。

頭のキレるコって頼もしくも恐ろしい。

単身賊の手から逃げ出すのも頷ける。


俺は、意気揚々と歩く少女の後ろを、身を小さくしながらついて歩いた。



…………



「つまり、俺は生死不明になってるの?」

「そう。男たちにアタシが襲われて、剥かれて、犯されそうになったところをアナタが助けに入ったんだけど、そこに[運悪く魔物がやって来た]の」


要素はほとんどノンフィクション。


「男たちは魔物に襲われて、アナタもアタシを逃がすために上着だけ渡してその場に留まった。だから生死不明って筋書きの物語。だけどアナタは生きていて、アタシの身を案じてこの町を目指しようやく今、辿り着き、アタシと再会できましたという感動の結末。おしまい。ぱちぱちぱちぃ~」


そんな脚本を読み上げ、メイプルは空々しく手を叩く。


宿屋へ向かう途中、シナリオの辻褄を合わせるために服屋と靴屋の奥さんに挨拶に行ったのだが、メイプルばかりがハリウッド女優ばりの演技で奥様方とやり取りし、俺は『よく生きていた』『アンタ若いのに…男の中の男だ』などと預かり知らぬ事で感動されて『はあ』しか言えず大いに困った。


「あのさ、仕込みくらいしてくれないか?危うくボロが出るところだった」

「無愛想で寡黙な勇者。良いじゃない。アタシは好きよ」

「あのなぁ…」


メイプルはニヤニヤと笑っている。


「まったく…。で、衛士の方はどうやって?」

「簡単よ。奥さんたちが衛士のところへ行って。事情を話したら衛士が来て、アタシに話を聞き、アタシが『熊みたいな髭の男が風車みたいに吹き飛んだ』って言ったら場所を訊ねて青い顔で飛び出して行ったわよ」


いや、軍を要請するかもしれないほどだからよっぽどビビったな。


「ここら辺じゃ魔物は珍しいのかな?」


ダチョウは結構いたけど。


「さあ。多分そんなには珍しくないでしょ。あ、この宿よ。服屋の奥さんの弟さんが経営してるらしいわ。お湯はこちらでいただいたの。町では一番の宿屋だそうよ」


ハンデールの中央。

商店街を抜けてすぐ、飲食店街入り口に宿屋はあった。


ハンデールは森と白砂を背景にする絹の町。

宿の看板には[絹(ブランコ)寝床(ポサダ)]と読める文字と、絹に乙女が添う絵が描かれていた。


俺たちは早速なかに入り、店主に挨拶をするため、受付の女性に呼んでもらう。

出てきたのは恰幅のいい人の良さそうな壮年の男性だ。

小豆色のベストと、口髭以外がつるつるなのが特徴的。


「いらっしゃいお嬢さん。早速来てくれたね!傷は痛まないかい?……と、そちらの少年は?」


俺の姿を見て怪訝な顔の店主。

そりゃそうだ。


「この方が、アタシを助けてくださった、旅の剣士ジュウゴ様です」



変ッ身ッ!!?


パッとハリウッドモードに入ったメイプルはそう言って頬を染めて俺の手をとる。


いつの間に剣士追加されたのっ!!?


すると、店主はおぉっ!と目を輝かせ手を叩いた。


「するとキミが[あの]っ?!」


あの、とは[例の]シナリオのことか。


「おぉ、なんと言うことか!よくぞ生きて戻ったハンデールの若き勇者よ!」


その勢いで『死んでしまうとは情けない』とか言ってみろチクショウ。


「これも、旅の神の御導き!さあ、お代はいらない!食事を用意させよう!先に風呂がいいか?ウチは町唯一の浴場付きだ!とにかく、さあさあ、コッチへおいで!冒険の話を聞かせてくれないか!」


いつの間にか尾ひれ背びれどころではない。


『シャキッとして』とメイプルが小さく笑い、尻を叩く。


俺はメイプルに一度非難の視線を送ると、期待に爆発しそうなほど興奮した店主に申し訳ないと心の中で謝りながら。


「では、御言葉に甘えて」


と、シナリオの通りに[寡黙な剣士]を装い、一礼して返した。


今夜はせめて高級宿の一室の部屋代に、持ってるだけの話を盛るだけもって聞かせてやろう。


そう決意する。






翌日[ハンデールの寡黙な勇者]の物語りは、尾ひれ背びれどころか滝を登って竜になり、町中に拡がっていった。




あとで、悔いて[後悔]とは、日本語はよくできている。





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