第六話赤き化生・雷雲の天使・後1/2
三本目。順番注意!
ケイロスという国では、その近辺に重要施設でも限り、ほとんどの村に名前が付くことはない。キローの南南西、キローから徒歩で行けば長くみて二時間ほどの場所にあるという、測量士見習い(?)モーリエの育った村もまた同じ。
そのため便宜上とでも言えばいいのか、彼の村はその先にある貝の埋まった丘につけられた名から、【始まり】、または【一の丘の村】と呼ばれるのだという。
モーリエの解説によれば、俺達がいた場所からギヴアの村へ行くには、赤道から枝のように逸れた道を行けばいいだけだった。村の手前にはまた森が広がっているようだが、モーリエの持つ地図上では斜めに一直線で行けそうにも見える位置にある。
しかし、俺の見立てに反して道になりに進むとモーリエが言うので、獣や魔物が危険だとでも言うのだろうと思い、俺から『森を突っ切っていったほうが早い。魔物は任せろ』と提案した。だが、モーリエは困った顔で笑い、首を振るのだった。
「迷うんだよ、あっち側の森は。犬でも連れていなきゃ、地元の人間でもよく迷う」
村に近づけば方位を知る道具もダメになり、酷く原始的な方法でしか方位が判らなくなるらしい。真っ直ぐ行ってるつもりでもどこからか大きな誤差が出る、とモーリエは付け加えた。
奇妙な。
しかしなるほど、だから長くみて二時間か。
「ああ、だけどここからならすぐだから」
そのモーリエの言葉通り、村へは大して時間もかからずに着いた。
けれどそれじゃあ、モーリエが覚悟を決めるには、少し短かったかもしれない。
「父さん、母さん! ばあちゃん、ヘリエ!!」
暗く夜闇の幕がかかる村。
モーリエの悲鳴がよく響く。
星明り以外に灯りの少ない状況だが、この村の惨状は臭いだけでも感じて取れた。
「予想はしていたし、慣れてもいるけれど、酷いものね」
「ああ、神様……哀れな御霊に安らかな眠りを……」
「………」
全滅か。
そこかしこにそれらしいシルエットが横たわっているが、生き物の気配はしない。
血とハラワタの嗅ぎ慣れた臭いが草木の匂いに混じって漂っているだけだ。
「父さん、母さん!! ……くそッ、扉が開かない……窓もッ!?」
自分の家を見つけたモーリエが両親を呼びかけながら、ヒステリックにドアや窓をガタガタと揺すっている。だが、開かない。
村の建物は町のモノより簡素であったりするが、木や土だけでなくしっかり金属補強がされている場合が多い。とはいえ、男の力で引いても押しても叩いてもなんとも、なんてことは無いはずだ。なのに開かない。
「内側から塞がれているかもしれない。壊して良いか?」
俺はピエタに周囲の警戒を頼むとモーリエを退け、刀を手にドアの前に立った。毟り取ることも殴り壊すこともできたが止めておく。ドアの隙間から血の臭いが漏れているのが判ったからだ。
もしかしたらすぐ内側にあるかもしれない。
「え? あ、ああっ。できるなら、構わずやってくれ!」
「分かった」
了解を得てから即座に抜刀。
そして上段から真っ直ぐ、石の壁も気にせず呼気も鋭く振り下ろす。
ほとんど抵抗も無く、じりっと音を立ててドアに切れ目が入った。
驚くモーリエをよそに、切れ目に指を押し入れ、気合を入れるフリをして引く力を少し強め、一息でドアを引き抜く。
バギンッ
やはり内側から塞いでいたのだろう。恐らくは防犯用の大きな金具が、ドアの半分と一緒に音を立てて飛び出し、転がった。
そして、そこから先に進むことは許さんと、壁となったテーブルや食器棚が未だ道を塞ぐ。
「壊すよ」
俺はそう言って返事も待たずにそれらを斬りつけた。
竜殺しの刀の切れ味は、それらを菓子のように容易く切り崩す。
すると今度はモーリエが俺を押し退け、家具を押し退け、家の中へと入って行った。
「ヘリエ、いるか!? ばあちゃん、俺だよ、モーリエだ! 帰ったんだよ!」
震えるようなその声に、返事は無い。
だが、その声が聴こえないほどこの家は狭くない。
聴こえないなら理由は一つだ。
「父さん、かあさ―――ッ!?」
折り重なる、というよりも抱きしめ合うというような体勢で、モーリエの家族は亡くなっていた。
お婆さんを中にして、それを囲むように五十代くらいの男女がひとりずつ。
テーブルか何かがあったらしい場所に空いた空間で、諦めたような顔で、そこに居た。
三人とも傷だらけだった。
「あ、ああっ……ああああぁ……」
モーリエが膝から崩れ落ち、顔を覆った。まともな言葉にもならない悲しみが、嗚咽と一緒に流れ出ているようだった。
「………」
どちらの世界に居ても、こういう時にかける言葉など思いつかないもんで、なんとも歯がゆい。
「ジュウゴ……」
不意にメイプルが俺を呼んだ。いつの間にか家の中に入っていた。
何か言ってやろうと思ったが、その真剣な顔に溜め息から出る言葉を呑み込んで、改めて返す。
「どうした?」
するとメイプルはそれが気に食わなかったのか、眉根を不機嫌そうに寄せて亡くなった三人を指差した。
「『どうした』って、アナタ、アレに気づかない?」
「こら、亡くなった方をアレ言うな。……で、何がだよ?」
「……ハァ。『父さん、母さん、ばあちゃん、ヘリエ』。それって誰?」
「モーリエさんの家族だろ」
「何人よ」
「四人だ、ろ?」
あれ?
「三人よ。そこに居るのは三人」
確かに、一人足りない。
モーリエもその言葉が聴こえたのか、間の抜けた声をあげると同時に泣くのを止める。
「別の場所で、とか?」
「ありえるけど、この感じからして、その線は薄いんじゃないかしら」
この一家は家族思いのようだ。家族揃ってここに篭るなら、遺体であっても連れて来るだろう、とメイプルが首を振る。
「男なら、いい加減の歳になれば出て行くだろう。もしかしたら―――」
「ヘリエは妹だっ! アイツももう十七になるが、俺の目の黒い内はそうそう外になんてやるかよっ!」
「お、おう、そうなんだ。すんません」
俺、何で怒られてるんだろうか?
泣いて腫らした目をカッと見開き、一瞬でヒートアップしたモーリエが俺に掴みかかって来る。
俺はそれをどうどうと抑えつつ、『だったらどこに?』と二人に疑問を投げた。
「単純に考えるなら連れ去られた、だけど、この村の惨状からすればそれは間違いよね。だとすれば、遺体は持ってこれないくらいボロボロに?」
「そ、そんなっ」
「うん、それは何か違う気がするの。なんて言えば良いのかしら……そう、なんとなくご両親とお婆様の姿に違和感を感じるの」
「違和感、ですか?」
「ええ。例えばの話だけど、アタシの読む物語で言えば、こういう家族思いの一家が家の中に立てこもるなんてときは、決まって何かを生かそうとするときなのよね。なら、ご両親が生かそうとしたのは? お婆様かしら? 違うわよね。お年を召していて、体は傷だらけで“先”も体力も望めない。そんな人は生き残ることを望まないし、優先されない。じゃあ、きっとお婆様も誰かが生きることを望んだはず。じゃあ、それは誰?」
「……あ、ああっ……」
「そうよね。ヘリエさんよね。では、彼女はどこに消えたのかしら?」
「―――ッ」
メイプルがそう言うと同時、モーリエは家の奥へと矢のように走っていく。恐らくは家族の部屋を探しに行ったのだろう。すぐにガタガタと音がし始めた。
「俺も探そう」
ライトは既に仕舞っており、松明はピエタに持たせてあるから、家の中に油壺かロウソクが無いかを物色する。
血の臭いで判り難かったが、切り落とした食器棚の一部からロウソクらしきものと皿を見つけ、ピエタを呼んで火の気を貰った。
そして、灯りを三人の遺体に向けて―――ギョッとした。
「メイプル、おま、おまえっ、何してんだよ……」
メイプルが母親の遺体の傍に跪き、その傷口に指を刺しこんでいた。
ぐりっぐりっとほじって、ホラー映画のワンシーンのようにゆっくりと指を抜き、振り返る。指先からぽたりぽたりと雫が垂れる。
「メ……メイプル?」
「ねえ、ジュウゴ、この人達はいつ殺されたのかしら?」
「え? そ、そりゃぁ、キローが襲われた前後だろうよ。少なくとも昨日今日じゃないとは―――じゃなくて、いくら死体が何も言わんからってお前、やって良い事と悪い事があるぞ。ホラッ、モーリエが来る前に手を拭け」
血は落ちにくいからハンカチは出せないし、俺は仕方なくシャツのすそを差し出した。こいつなら血を吸ってくれる。
だが、メイプルは神妙な顔つきで俺の眼前に血の付いた指を持ってくる。
「温かいのよ」
「ハァ?」
「息もしてない。脈も無い。死人そのものの肌をしているのに、体が妙に温かいの」
「何だって? まさか……」
そんなはずは無い。
俺も旦那さんの遺体のほうに近寄って、その手を取った。
「―――なっ!?」
温かい。
人肌とは言い難いが、死んで間もないくらいには温かい。
「脈は―――無い。息は―――してない!?」
心停止しているだけなのか?
心臓マッサージ、間に合うか?
「何しようとしているか解らないけど、無駄よ。間違いなく死んでいるわ。家具や床に埃が積もってるし、作りかけた料理や食材が痛んでた。きっと一週間は経っているでしょうね」
「い、一週間……」
「素人の見立てだけどね。それを前提として、奥様のほうは、入り口からじゃ判り難い右わき腹に結構大きな裂傷があるの。これで生きていられるのかしら?」
「そんなの、魔物か魔人だけだろう」
「でも、魔物じゃないし、まして魔人でもなさそう」
「当然だ。そんなにいてたまるかよ」
「まあね。しかし、まあ、死体は腐敗してないし血はほとんど固まってないし……ああ、そういえば外の死体もそのままだったわね。魔物や獣に食い散らかされた感じは無かったみたいだけど、いったいこの村で何が起こったんでしょうね?」
思案顔のメイプルが俺の横に座り、ぐりぐりと肩を押す。
ジャケットがじゅうじゅうと音を立て始めた。
「おい」
「何よ、ジュウゴが拭けっていったんでしょうが」
「そうだけど、なんかこう、ばっちぃモン拭うみたいにやんなよ」
「しょうがないでしょ、いっぱい付いたんだから」
ぐぬぬぬ。
うぬぬぬ。
睨み合っていると、ちょうどメイプルが拭い終えたときにモーリエが飛び込んできた。
「分かった! 分かったぞ!」
その手には手帳サイズの小さな本。
モーリエは目端にいっぱいの涙をためて、黒革のそれの中ごろを俺達に開いて見せた。
―――村長さんとの話し合いの結果、お兄ちゃんと昔遊んだ地下道が避難用に使われることになった。子供達以外であそこを通れるのは体の小さい私だけ。お姉さんとして頼れる人になろう。
「そこの母さん達が居る場所の床下には小さな地下倉庫があって、そこには昔俺が見つけた横穴があるんだ」
三人の遺体を別の場所に横たえ、モーリエが床の一部を押し、ずらす。
ガコンっと床板が浮き、金属板で補強されていたそれを外すと、大人三人分くらいが立てる空洞が現れた。
その横壁に木製の引き戸。その先が地下倉庫か。
「じいちゃんが家を建てたときに面白がって残したらしいんだが、大人は入れる広さじゃないし、子供が入ったら危ないってことで一度は塞がれたんだけど、他にも三軒ほど同じ状況の家があったみたいで、俺が出て行った後に子供用の緊急避難経路に使われることになったみたいなんだ」
梯子で下り、モーリエが引き戸をガラリと開ける。
その先には確かに倉庫があり、横穴もあったが、誰も居ない、何も無い。
いや、横穴の入り口にぽつんと白い人形が置いてあった。
それを、モーリエが『良かった』と呟いて拾い上げる。
「それは?」
「俺達兄妹がここに入るときにしていた合図だ。俺が男の子の人形で、ヘリエが女の子の人形を置くのが決まりでさ。……ここを通った時にはまだ、ヘリエは無事だったみたいだ」
人形を一度胸に抱き、ポケットにしまうモーリエ。
どこへ行ったかは分かるのかと訊くと、力強く頷いた。
「これを置くときは、行く先が決めてある」
「なら、早速行こうぜ。場所は?」
「場所は、村を貫くようにはしる赤道をたどって真っ直ぐ―――」
一の丘の先の野原に作った、秘密の隠れ家だ。
△▼△▼
不自然に赤い道を辿って村を抜けると、その先には不自然なくらい整った草原が現れた。ミステリーサークルのように森をそこだけくり貫いたような、酷く人工的な臭いのする場所だ。
その先に進めばこれまた不自然極まりないデカい出ベソがポンと現れる。
あれか?
「アレが、【一の丘】だっ」
息の上がる体に鞭打つようにモーリエが声を上げる。
なるほどアレがとは思ったが、月の光に照らされるソレはどう見ても『丘』と呼べるようなモノではなかった。
確かに『クソ』と付くほどデカいからそう思うのかもしれないが、俺がここからパッと見たところじゃアレは―――
「古墳じゃねえか」
決まった方向から上ってくるように造られたシルエット。作為すら感じられる人為的な急勾配。最初に丘とか呼んだヤツ出て来い。
「『コフン』? コフンってなんだ?」
「あー、墓だよ墓っ」
「キミはアレが墓だって言うのか?!」
「いや、そんなのいいから前向いて走ってモーリエさん!」
「お、おう!」
この世界でも古墳ってあるのか。あとでもう一回地図を見せてもらおう。
とにかく今は妹さんが居るはずの隠れ家へ急ぐ。
そして、【丘】を抜け、どれくらいか走ったところで、モーリエが止まる。
「ここだ」
「……ここ?」
目の前にあるのは茨のような複雑に絡み合う植物の塊と、あと数百メートルは広がる草原。あといくつかの岩。
「これの下なんだ」
モーリエは茨に近づく。
だが、それはここに来るまでにちょくちょく見かけたものとなんら変わりが無いように見える。ここらの地域特有の植物だろうが、見分けが付くほど特徴が出るような植物ではなさそうだが。
「もともとここには大きな枯れ木があって、始めはそれが目印だったんだけど、十年くらい前に雷に打たれて燃えてしまったんだ。それからはここにコレを植えて目印にした」
モーリエはそう語りながら茨の傍にしゃがみ、その中へと手を突っ込む。そして何かを探るように手を動かした。
「この植物はケイロスに多く生えるプフロンという植物でね。結構鋭い棘を潜ませていながらも、白い傘のような花を咲かせるから、淑女の日傘って呼ばれているんだけど……ああ、コレだ。よし、届いた」
ぎぎぎと軋む音が鳴る。
茨の―――プフロンの中からだ。
「コイツは時期が来ても“咲かないし”、“棘も丸い”。オレの父さん特製のニセモノだ」
ぐいっと腰から力を入れるようにして立ち上がるモーリエ。
ぎごごと見た目以上に重そうな音を立てているが、俺が手を貸すまでもなく隠れ家の扉は開いた。
木枠で補強された入り口。
割と真新しい梯子。
井戸のような、あまり覗き込みたくない真っ暗闇の室内がこの先にある。
「あの地下道は途中で広くなって、丘の下あたりにできている大きな空間に通じている。そこから幾つかの道に分かれて各所で小さな空間に行き当たるんだが、他は崩落して潰れてしまって、ここの他だと……たぶんあと一箇所しか出るところは無い。ここは仲間と一緒に補強してあるから大丈夫。行こう」
そう言ってモーリエが先に入る。
松明を要求したのでライトを渡した。
「え、コレを貸してくれるのか?」
隠れ家って言うくらいだ。長く過せるように空気穴くらいはあるだろうが、地下道の狭い空間にいきなり松明は怖い。
コッチのほうが明るいと言えばモーリエは感謝すると言って降りていく。
さて、お次は?
「早く行きなさいよ、怖がり」
「大丈夫ですよ旦那様。私が付いていますから」
「こ、怖くないやい!」
俺、メイプル、ピエタで降りていくことになった。
怖くはない。
そういえばずっとベリコットが喋ってないがどうしたんだろうか?
普段はやかましくて鬱陶しいが、こういうときは重宝するというのに。
「むにゅむにゅ……ふへへ……ご主人様がウチの靴にキスぅ~……みぎゃっ!?」
ふとポケットを覗くと、なんとも気持ち良さそうに寝ていたので、布越しに尻へデコピンをかましておいた。
何だよ靴にキスって。
するとベリコットのヤツ、それに対してヒドイヒドイと文句を言いやがる。
なので、毛糸やら布やらの多いピエタの荷物の中に放り込んでやった。
一生そこで寝てやがれってんだ。
まあ、役立たずのことは良い。
先を急ごう。
溜め息を零しつつ中に入ると、そこは想像よりも広い空間だった。
補強してあるという言葉通り、木材や金具で壁や天井が支えられている。
モーリエが灯りを当てるそこここでは、棚や樽、木箱があり、天井を貫くパイプのようなものも見え、あとはベッドでもあればなるほどしばらくここで暮らせそうな雰囲気がある。
だが、いない。
「誰もいない」
モーリエの零した呟きは、そこに居た全員の心の声だった。
いない。
いるはずの場所に誰もいなかった。
「もう、逃げられたのでしょうか?」
「いえ、ピエタさん、それはありえません。入り口の戸には雑草の根が絡んで抵抗していました。最低でも数日は誰かが開けた感じではありません。それに、オレに向けて合図を送ったヘリエが、勝手に出て行くことも考え難い。出たとしても必ず何かの伝言か合図を残すはず」
「だけど、隠れ家と言えばここ何でしょう?」
「メイプルさん……ええ、そうです。そうなんだけど……」
いるはずなのに。
モーリエが肩を落とす。
「……………ん?」
そのとき、どこからか流れてきた風が、僅かにカビと土の臭い以外の何かを運んできた。
俺はモーリエの手からライトを取ると、周囲を見回すフリをしながら【鼻】をヒクつかせた。
「ジュウゴ?」
「ちょっと待て。―――ピエタ?」
「かしこまりました」
俺の意図を汲んだか、それともさっきの臭いで理解したか、ピエタも動いてその精度を上げる。
入り口を閉め二分、三分。
するとまた臭いが漂ってくる。
ヒトの臭いだ。
「ピエタ、そっちは?」
振り向くとピエタがパイプの下で首を横に振っていた。
「てことは……」
ライトの光を続く奥の道へと向けた。
「ジュウゴ、どうなの?」
「たぶん見つけた。誰かの臭い」
「本当か!?」
「ああ、あの奥だよ、モーリエさん」
「いや、しかしそっちには潜んでいられるような……待てよ……」
懐からあの黒革の手帳を取り出し、中ほどからパラパラと読み進める。
そして、ライトを近づけると同時、モーリエは声を上げた。
「『あの大きな空間に荷物を運び込んで、少し手を加えた―――』」
言うが早いか、モーリエは大事な妹さんの手帳を放り出し、灯りもないのに地下道へと駆け込んで行ってしまう。
「ちょっと、モーリエさん! ああもう、行くぞっ!」
たぶん一直線で済むんだろうが、道を知らない俺達を置いて行くなんて、なんてヤツだよ。
慌てて俺達もすぐにその背を追った。
ぎ、ぎぎぎ………
ぎ、ごごご………
走るたびにどこかが軋む音がする。
頼むから、どうか崩れてくれるなよ。




