第五話赤き化生・雷雲の天使・前2/2
更新二本目。
順番にご注意。
感想はいつもありがたく読ませていただいています。
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あれから、二時間経つか経たないかで船はボルポ・ロッソの入江に着いた。
急ぎでもない作業をそれらしく行う船員達を背に、俺達四人は船を降りる。
魔物から取り出したお宝は、雇った人の報酬の件もあって結構な量を置いてきた。メイプルは不満そうだったが、持って行くにも限界はあるし、仕方がない。
俺達は一度だけ振り返り、甲板の上で片手を上げた船長に同じようにして返し、それからは振り返ることなく進んでいった。
ここで夜を明かして、ということはしない。できる限り先を急いで、どこか見通しのいい場所で休むつもりだ。
「足元、気をつけろよ」
道とは言えない道を登って崖を上がって行く。
常に手を使うから、リュックから久しぶりに取り出したライトが役に立った。どれくらい持つか不安だが、火を使うのは後だ。
モーリエが珍しさに仕組みはどうなっているかとか、どこで買ったかとかあれこれ質問してきたが、貰い物だから詳細は知らないと返してやった。残念そうだが答えようがないもんは仕方がない。
崖を上がった先は森だ。
「ここから西に六時間でキローか」
そう呟いたら、それが聴こえたのか一番先頭にいたモーリエが勢いよく振り向いた。
「正確には南西だ。ここは地図上だとコブみたいにちょっと出っ張っているところの頂点にあるんだよ。それに、キローまではもう少し時間がかかる。だいたいの地図だとここらの地形は滑らかに描かれることが多いけど、本当は細かいギザギザの歯みたいな歪な地形で起伏も激しく、海沿いに行くと森だったのが突然崖になっていたりして危ないんだ。だから、地図で見るよりももっと南を行って街道に出ることになる。そこから北に行けばキローだ。ああ、心配は要らない。オレが間違いなく最短で安全な道を案内するよ」
『南西だ』、から息もつかずにまくし立てるモーリエ。
『嫌だ』、とか言っていた男だとは思えないくらい声に自信が満ちていた。
「へ、へえ、流石は地元住民。詳しいな」
それが意外だったから、といい訳をしておこう。俺としたことが勢いに気圧されてしまう。そしてそれがモーリエに余計な燃料を投下した。
「ああ、それもあるんだけど地図を作るのがオレの仕事だから。あ、いや、まだまだ『仕事だ』なんて大きな声で言えるほどの数をこなしちゃいないんだけど、この大陸の地図は何十種類も見てきたから、そんじょそこらのヒトには負けないくらいに地理に詳しいつもりさ。例えばこの国には複数の小高い丘とそれをつなぐ道があってさ。【現代地平】って本の最新のものでは、その丘から丘への道を線で結んだものを『バラクの地上絵』なんて呼んでいるんだけど、これがなかなかに興味深くてね。実はその丘と道は一つの意味をもって用意された人為的な―――あ、知ってる、【現代地平】? かの有名なアンドォイ・オリの非常に正確な地図をもとになされた議論を、最新の情報を含めて年に二回ほど発行される本なんだけど―――ああ、ここからちょっと下るから気をつけて―――それでその本には………」
歩く、喋る。歩く、喋る。指示を出す。
足早に前へ前へと進みながらモーリエはひたすら喋る。
こういう動きながら何かをする“ながら作業”に慣れているのか、迷いなく、危なげなく夜の森を行く彼はやたらに饒舌だった。
元の世界にもこういった“得意なジャンル”になると途端にキャラが変わるヤツはいたけれど、ここまで強烈なのとは会ったことがない。よっぽど地理関係の話が好きなんだろう、誰が相槌を打ってるわけでもないのにそれからしばらく話は途切れなかった。
そして、その“しばらくの後”のことだ。
「それでそのバスカ式海岸というのが……おっ、着いたね」
モーリエの話が途切れるのと、開けた場所に出たのは同時。ようやく森から出て大きな道に辿り着いた。正直、これ以上話が続いていたら当身でもしてコイツを眠らせて、肩にでも担いで走ろうかと思っていたところだった。
「街道か?」
「ああ、ここがケイロスの中心線、貝の赤道だ」
貝の赤道……通称ム・ヴェリエニ。
ケイロスの中心を分断するように走る、シーリカの白砂の大街道のような歴史と曰くのある道だ。
夜だと黒っぽく見えるが、この道は端から端まで赤茶けた土で続いているらしい。貝と付くのはその道の地中に大量の貝が埋まっているからで、故に『貝の赤道』と呼ばれているのだそうだ。
俺達はその道を北に向かって進む。
余談だが、最初にモーリエが話していた小高い丘の下にも大量の貝が埋まっているらしい。彼の出身の村にもあって、実際に掘って調べたこともあるそうだ。
結果としてこれらの貝塚―――と言ってしまっていいのかは判らないが―――では、地下に幾つかの空間が見つけたくらいで、それ以上調査は進んでいないそうなのだが、ただ、これらすべてを道でつなぐと大きな絵に見えることから、大昔の誰かがこれらを用意したのは【道】としての用途ではなく、何らかのメッセージ、もしくは儀式のようななにかを未来に向けて遺そうとしたのでは、とモーリエは語った。
「道が整えられたのは建国よりもずっと昔。今でこそ専用の道具や技術が開発されているから可能かもしれないけれど、当時のその技術で、まるで空から見て描いたような正確かつ巨大な絵を書くことなんてできないはず。だから、それは『偶然』だ、って大抵の議論の場では片付けられてしまうんだけど………」
「“思想派”の暴走的妄想ってヤツね」
「おっ、メイプルさんはこういったのにご興味が?」
「商売に使えそうな知識はアレコレかじっているのよ。最新のものも含めて【現代地平】は何度か読んだわ。アタシ、“現実派”のゲリオ・ポッ……なんだっけ? アイツ嫌い。夢が無いもの。何事も夢がなきゃ、発展なんて無いわ」
「そうでしょう!! いや、分かっていらっしゃる!!」
「コッチ向かなくていいから、さっさと進みなさいな。……で、何も言わず北に進んでいるけどどうするの? このままキローに向かうの? 貴方の村が近いなら先にそこに寄っても良いわよ。夜も明かさずキローに行くつもりは無いし。ねえジュウゴ?」
「ああ、そうだな」
さっさとキロー町へと思ったが、もう日付も変わろうかという時間に足手まといをつれては行けないし、なにより、さっさと行ってやったほうがモーリエの精神的にも良いかもしれない。
「え、ええっと……いや、位置的にはオレの村のほうが近いんだけど、ほら、キミ達はキローの様子を見たいんだろう? だったらキローに行って、そこから折り返した時に寄るほうが効率が―――」
喋りながらもずっと動いていたモーリエの足が、止まった。
やせ我慢なのか、分かりやすいくらいプルプルしているくせに、内心を必死で隠しながらまた、何かまくし立てようとしていた。
しかしまあ、よくしゃべ―――喋る?
「ああ、そうか」
それで気づいた。
そうか、この人………。
「知るのが怖いのですね?」
「ピ……ピエタさん?」
俺の後ろで何も言わずについて来ていたピエタが、珍しく前に出て、掬い上げるような優しい声でモーリエに問うた。
「モーリエさんにはご家族やご友人がどうなっているのか、キローから逃げてきた方々の証言でなんとなく予想がついている。そんな予想が外れればいいと、早く早くと、足はそこへ向かうけれど、理性的な部分が嫌な想像を並べ立てて身が竦む。現実を目にするのが怖くなったのでしょう?」
「ぁあ、あの……それは……なんて言うかさ……」
人が奇妙に饒舌になるときは、隠し事をしているか、大きな不安を心中に抱えているときが多い。小中学生の頃なんかが顕著だが、大人になろうという俺も、未だそんな時がある。
テレビでよくある警察密着ドキュメントなんかで出てくる人も、だいたい黙るか、めちゃくちゃ喋る。何歳でも人種が変わっても世界が変わっても、心のつくりなんてのは同じなんだろうな。
「考えてみれば、貴方がべらべら喋りだしたのは船を下りてからね。陸に下りて現実味が湧いたってところかしら?」
「……そう、だな。その通りだ。降り立った瞬間から背に嫌な汗を掻くばかりで、ほんの僅かでも黙っていると不安で押し潰されてしまいそうで……」
「わかります。とても」
「そうね」
「ああ、よく解るよ。アンタの不安」
ピエタが困ったように眉を下げて微笑む。
メイプルがあくび一つで俺から灯りを奪って先を行き、俺は彼の肩を叩いた。
「えっ? あ、あのっ……」
「みんな似た経験があるんですよ。みんな、ね」
そう言って彼の背を押し進む。
しばらく行けば、その強張りは解けていた。
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