ヴァイセントの異世界道中「ハジマリ⇔ハジマリ」
本日二話更新。
次回より三章突入です。
…が、例の人物紹介を挟みます。
“料理人”。
東の地方ではよく使われる料理人への古い尊称で、大陸中でこの名を冠している料理人は数多く居る。しかし、此度の事件を引き起こしたブレモンドは人を攫い、客の好みに合わせて調教することを生業とする者達の総称だった。
ブレモンドは変態的な嗜好を持つ金持ちとのつながりを多く持ち、中には十年以上の長い年月をかけて幼少期や幼児期から育て売ることもあるそうで、孤児院それを多数運営する統一教会との協力関係もあると考えられるが、どちらもそれを強く否定。
今回ブレモンドを名乗る女が捕まるも、王都への護送中に賊に襲われ死亡した。
現在、それ以上の詳細の分からぬまま、事件は進展していない。
***
「本当にこんな大金をいただいても良いんですか?」
ブレモンドをぶっ飛ばしたあの日から一週間。
俺は故郷に帰るというユーラと、少年達を見送るため町の北の出入り口までやって来ていた。
今日、この場に居るのはここから北にある湖の町セタ経由で海路を使い西へと帰る四人だ。シーリカ南部出身の子三人はうちの[運輸]部門が荷物と一緒に送り出し、この町と近隣に住んでいた少女達は既に親元へ帰り着いている。
彼女達もその家族も互いに泣いて喜んでいたそうだ。良かった。
「ああ、構わない。お金はキミたちのような境遇の人のために使われるべきだ」
旅支度をして横一列に並んだ四人の手には金貨二十五枚の入った小袋が載せられている。
それらは全てあの二百枚から出した。故郷へ帰るための路銀だ。南部に帰っていった子達にも渡してある。
なお、残りの二十五枚は壊してしまった家屋の修理費に飛んだとさ。
とほほ。
「そ、そうですか。えへへっ、ありがとうございます。助かります」
ユーラが礼を述べると、他の子達も声を揃えて礼を言う。
俺はそれに笑顔で頷きどういたしましてと帰しながら、一人一人の肩を叩いていった。
「この中にはずうっとずうっと遠くに帰る子もいる。そんな子にはこれじゃあ足りないかもしれないけれど、無いよりはマシなはずだ。気にせず、でも、大事に使ってほしい」
「はいっ!」
一番遠いのはユーラと、マルヴェスくんだったか。
同じ国の近隣の町の出身とのことで二人旅となるが、男女のペアだし、何より……
「まさか、ユーラが一番年上だとは思わなかった」
「え?えへへ~」
見た目は小学生だがコレでも三十を目前に控えているそうだ。
ユーラは【小子族】と呼ばれる人種で、大陸の西側に多く住んでおり、人間ではあるのだが、普通の人と違って若い時期が異常に長いため勘違いされやすいのだそうだ。
マルヴェスは十四歳だから、ちっこくても大人がついていてくれるのは安心だな。うん。
「えへへ~」
いや、やっぱり心配だ。
「まあ、みんな以上に見送るウチらのほうが心配してるんやけども、幸いなことにみんな途中まで一緒の道やからな。怖いことあらへんよ」
――とここで、突然俺の左胸が喋りだした。
いや、左胸ではない。あの鳥籠の妖精が俺のアロハの胸ポケットから顔を出して、偉そうに腕組みして頷いていた。
「ブリコーネ」
「いやん、ご主人さまぁん。“ベリコット”って呼んでぇん」
「お前にも金貨渡してやろうか?」
「い、いやや!出て行けって言いはるん!?堪忍してあなたぁ!」
「誰があなたじゃ。鬱陶しいわ」
ええい、アロハが汚れるからポケットをハンカチ代わりに噛むのをやめい。
俺はポケットの居候をぐいぐい押して中に落としながら、この数日のことを思い返した。
………
「なあアンタ、魔人やろ」
ブリコーネが始めて口を聞いたのはあの日の翌日の夕刻。
ふらりと部屋に帰ったとき、持ち帰った籠の中からそう言われたのには、驚きよりも興味を惹いた。
「ウチはブリコーネ・ハントテラー。ナリはこんなんやけど、これでも十七歳の人間や。いや、厳密に言えば人間やなく魔人ですけど」
俺はメイプル達に相談した上で自称魔人の少女ブリコーネを外に出してやった。すると、彼女は特に暴れるでも騒ぐでもなく、簡単にお互いの自己紹介を済ませると、羽でその身を隠しながら、聞いてもいないのに、ポツリポツリと自分がなぜこんな鳥籠の中にいたのかを語り始めた。
何故か【ブリコーネのなんたら道中】とかいうタイトル付きで第一話とか二話とかあったり、ハープで軽妙なBGMとか入れていたのには首を傾げたが、まあ全三話だったので大人しく最後まで聞いてやった。
「つまり、アンタは出逢わなくちゃならないっていうその【運命の人】ってヤツを探しに旅をしてきたわけね。三年も、そのちっこい体で、運命の導くままに。なんだかロマンチックだわ」
「あ、それコーレスでも言われたわ」
「黒髪の女騎士だっけ?気になるなぁ。モルガンさんに会ったら次はそこに行ってみようかな」
「そう言えば、目もなんとなくやけどジュウゴくんと同じだったような……」
「そりゃもう会いに行くしかないわね」
ブリコーネの話はかなり脚色やら妄想が入ってはいたが、ところどころに相当重要な情報が盛り込まれていた。特になんとかって国の女騎士は絶対に会わなきゃだろ。
何せそいつ、『ロマンチック』なんて言葉を使ったんだからな。
「それで、結局、その【運命の人】を見つけたらどうなるんです?」
ピエタがベッドではなく机に皿を置いてハムをパクつきながら首を傾げる。
うむ。それで良し。ベッドの上はノーよ。
「ああ、それなんやけど、実はウチにもよう分からんの。一応、里に連れて行けばこの体の【呪い】も解けるいう話なんやけどね。婆ちゃんは違うこと言うてたし、ウチも違う思うんよね」
「【呪い】か。本当にキミは魔人、なんだな?」
「そうや」
ブリコーネは何かこちらを探るような目で俺とピエタを見た後、少し重くなった口をゆっくりと開いた。
「ウチの一族は万の姿で木々や作物を喰らい尽くすと恐れられた鼠の魔獣【無数の芽】を討った者を長に持つんや。何年もかかってようやく魔獣は倒されたんやけど、そのとき血を大量に浴びたウチの爺ちゃんと仲間達はみんなこんな体になってしもうた」
【小人】もしくは【鼠化】の呪いってところか?
見た目から言えば前者が正しいのかもしれない。
「鼠の魔獣か……」
「可愛いですね」
「せやろ~って、アホぅ!可愛いわけなかろう!人間だろうが鳥だろうが魚だろうが何でも喰らい、その血肉を口にするだけで何にでも変身してしまう、千変万化、暴飲暴食のバケモノ鼠やで!ていうか、そもそもそこは話の焦点ちゃうし!」
「最後のはジュウゴと大して変わらないわね」
「ああ、そうだな――って、それ酷くない!?」
「ひとつ質問なんだけど、一族って言ってるから深い歴史がありそうに聞こえる割に、“御爺様”という近い存在がその魔獣を討たれたの?」
え、スルー?
メイプルさん、スルー?
言葉のキャッチボールが行方不明ですよ。
「それや。ジュウゴくんは知っとるかもしれんけど、魔人化した人間は強力な力と長い寿命を持つ代わりに、子孫を残すことが難しくなってしまうんや。それも、ちょっとなくらいやない。もう、途方も無いくらいにな。それでもウチは運良くぽんぽんと弟達が続けて生まれたけど、そうなったのも父ちゃん母ちゃんが百歳を超えてからや。爺ちゃんはそのときにはもう死んでしもうてたし、婆ちゃんも三百歳やった。魔獣が討たれたのはもう何百年も昔になるけど、ウチら一族の中では爺ちゃん婆ちゃんが実際に体験したお話ってことになるんよ。 あ、一族言うても当時の王様がそう括ったからそう言ってるだけで、実際の血縁関係が無い者は沢山おるで」
「なるほどね。……しかし、他のもそうってことは、確定したわね、ピエタ」
「旦那さまには沢山頑張っていただけば良いんですよメイプルさん」
「ど、どういうことですのん?」
「アンタの言葉をアタシ達はよく理解してるってことよ。実体験込みで」
「普通ならもう何人できているか、ですね」
「えっと、そりゃぁ……」
見るな。こっちを見るな。
「あー、オッホン。それで?話が逸れたので戻そうと思うが、つまりは一族は子供がなかなかできなくて、途絶える危険を常に目の前にしていると。それで、里としては俺が行くと子供ができるようになると?」
コホンと咳払いを一つして、話のレールを戻す。
ブリコーネはコクリと頷いた。
「あとはこのちっこい体も戻るかもしれんって。この体は便利も多いんやけども、不便はそれに輪をかけて多い。みんな普通の生活がしたいんやろな【運命の人】には色々希望や願望が含まれとるわ」
「みんなの気持ちは理解できるよ。呪いは本当に辛い」
上手く利用し、付き合っていても、呪いは体も心も蝕んでいく。
魔神像の呪いのように管理できる類のものであれば良いが、竜の呪いのように突如自分が自分で無くなるなんてざらだろう。
大事な人を巻き込み、無関係な人を傷つける呪い。
そのくせなかなか死ねない体なんて辛すぎる。
「ジュウゴくんも苦労してるんやな。あ、ちなみにジュウゴくんはなんの魔獣の血を得たのか訊いてもええ?」
「良いよ。ピエタも良いかい?」
「ありゃ?ピエタちゃんもか」
ピエタに目を向けるとピエタは迷うことなく頷いた。
すべては旦那さまに任せます、と。
「俺はある地方で神と呼ばれていた竜を殺してその血肉を食べ――」
俺は、俺がこれまで喰ってきたバケモノ達の話をし、そして、俺の旅の目的を語った。
父が死に、母と妹を探していること。メイプルと今回の事件のこと。スノクで起きた事件と俺の体の異変をピエタのことも合わせて。
異世界の住人であることはまだ伏せておいたが、俺に関係する話はだいたいすべてを語った。
彼女の瞳の件がある。地球の話もすぐに語ることになりそうだ。
俺が話を終えると、ブリコーネは下を向き、顔を覆ってぷるぷると震え出した。
「おい、どうした?」
「ふっ、ぐずっ。感動しだ。……ジュウゴくん、アンタ、めっちゃええ男や」
「いや、そう言われるとその、恥ずかしいというかなんというか。ありがとう?」
なんだろう。結構ピエタが言ってくれるけど、そういう飾らない褒め言葉は反応に困る。
ブリコーネは俺の話を噛み締めるようにそうかそうかと頷き、しばらく涙を流していた。そして、五分ほどの後、羽で鼻をかんだかと思うと顔を上げ、泣きはらした目で俺に笑顔を向けた。
「ひっく、ずずず。ああ、恥ずかしいとこ見せてもうたな」
「いや、いいんじゃない?」
「くふふ。そお?……あーあ、ジュウゴくんが【運命の人】だったらなあ」
「却下」
「却下です」
「ちょっ、ちょっと。ウチの希望を否定せんといてくれるかなぁ」
「これ以上は」
「いりません」
「えーっ!」
息がピッタリだな二人とも。
「って、まあ、残念なことにジュウゴくんやないみたいやけどね」
「あら、そうなの?」
「うん。ウチの探す【運命の人】は見たらすぐに判るらしいわ。びびびってくるんかな?婆ちゃん曰く、“学ラン”っていう上も下も真っ黒い、見たことも無いような生地とつくりの服を着た男の子だそうや。ジュウゴくんの服も見たことは無いけど、上も下もやないね」
「……学ラン?」
「そうや。婆ちゃんはその子に会いたかったらしい。あれは恋する乙女の目ぇやったなあ。残念なことに、婆ちゃんももう……死んでしもうてるけど」
学ラン。学生服か。
つまりブリコーネの探す【運命の人】は日本人。
そして、恐らくこの子の婆ちゃんも。
「なあ、ブリコーネ、そのお婆ちゃんの名前って教えてもらえる?」
「うん?ええよ。どうせ【運命の人】に逢ったら伝えろ言われてたし。ウチの婆ちゃんの名前はな――」
――― 『 倉橋 翠 』 ―――
―――ズキンッ―――
「ぐぅぅっ!!」
「――ジュウゴ!?」
「旦那さま!?」
「どないしたんやジュウゴくん!?」
その名を聞いた瞬間、俺の中に尋常じゃない数の映像と音が、記憶が、甦った。
胸の奥底、魂の芯の方から注がれるような、焼き付けられるような傷みが全身に奔る。
「ぐぁ……ううぅ。く……クラ……ハシ?」
倉橋翠?。
ミドリ、さん。
ミドリ姉さん?
俺だけど俺じゃない人間の記憶。
苦しくて、悲しくて、でも愛しい、仲間達との記憶。
十年?いや、二十年分はある情報が俺の中を駆け巡った。
「ジュウゴ!どうしたのジュウゴ!?」
「しっかりしてください旦那さま!」
「なんや?どうしたんや?」
「アンタ!なんか変な呪いとか使ったんじゃないでしょうね!?」
「そんなんもっとらせんわい!」
メイプル達が慌てているが、何を言っているのかも目の前に誰がいるのかも判らない。
テープの早送りのように映像が視界を流れ、声が頭の中から耳にフタをして、体の感覚さえも乗っ取られてしまったのか、熱かったり冷たかったり気持ちよかったり痺れたりとありとあらゆる感覚が俺の体内で暴れ回り、もう立っているのか座っているのか、はたまた倒れてしまっているのか、上下も左右も判らなくなっていた。
「ぐぉぉぁぁあああっ!!」
竜の呪いに身を焼かれるような苦しみ。
いや、アレのほうがまだマシだ。
「こうなったら呪いを使うわ。ピエタ、そのまま抑えてて!」
「メイプルさんダメです!今は危険です!もう少し落ち着いてからに――」
「馬鹿言わないで!ジュウゴがこれほど苦しんでいるのよ!?」
「気持ちは分かります!分かりますけどダメです!私ですら抑え込んでいるだけで腕を折られかけているんです。今口付けなんてしたら噛み砕かれますよ!」
「くっ……でも……でも……」
「いったい、ジュウゴくんの中で何が起こってるんや?」
倉橋翠。
彼女は、俺と同時期に異世界ヘヴロニカに飛ばされ、恋人を失った悲しみを背負いながらも、家族を失った俺を支えてくれた人。
元の世界へ還ることを選ばなかった人。
時間にしたら十分くらいか。
記憶の中では二十年ほどの映画が終わろうとしていた。
幾つかの断片的な記憶だけになる頃には痛みが穏やかになり始め、それが消えようとした頃には、ようやくと恐らくは最後であろう記憶がやってきた。
だが最後の映像はほとんどがブツ切れで飛び飛び。映画の演出だったなら見るに堪えない酷いものだったが、それは今までの記憶よりも懐かしく、そして悲しく俺の胸に響いた。
『ははは。泣き虫だなキミは』
『お?そうかい。じゃあ、今度出逢ったときはお姉さんをお嫁さんにしてもらおうか。このキスはその前金だよ』
『ジュウゴ*ん!きっと……きっと***を救う*だ!そして、必ず本*の世界を。絶対に***取り戻*て、そして、みんなで、みんなでまた逢おう!』
ああ、それから何時間寝ていたんだろうな?
起きたら俺はベッドの上。三人が俺にくっついて寝息を立てていた。
「旦那さま、ご気分は?」
そうだった。ピエタはまだ眠る日じゃない。
「最悪、ではなかったよ。悪い夢は見なかった」
「それは良かった」
メイプル達を起こさぬように俺とピエタはゆっくりと体を起こす。
ピエタのほうを向くと、月明かりに照らされたその両腕に包帯が巻かれていることに気がついた。
「ピエタ、その腕はどうし――」
「転びました」
魔人が転んで怪我とか、新幹線並みのスピードでも出してたのかよ。
まあ、転んだのでなければ、この場で彼女に怪我を負わせられる人物が誰かなんて分かりきっているが。
「ごめんな」
「いえ、大したことはありません」
本当に大したことなど無いように言い切るピエタ。
彼女の頭を撫でてやると、その尻尾が嬉しそうに揺れる。
「何が、旦那さまの体に起きたのですか?」
「ん?うーん、そうだなぁ。俺にも把握しきれないところはあるが、俺の中に俺じゃない俺の記憶が甦ったって感じかな」
「旦那さまでない旦那さまの記憶?」
折角大量の情報を得たんだが、痛みのせいか目が覚めるとその大半が思い出せなくなっていた。
俺はそう言って苦笑すると、ベッドから下りて机の上の水差しを取り、そのまま口へ傾けた。
「んっく……っく……はあ。そいつはさ、俺と同じ顔、同じ体、同じ性格で同じ家族構成で似た境遇なんだけど、どっかが俺とは違う感じのヤツで、なんだっけな……そう、元の世界に帰るとか、誰かを救うのが目的だったみたいだ」
「ご家族を見つけるのではなくてですか?」
「ああ。家族はみんな死んでいた」
そうだ。そいつのときは家族はみんな死んでいた。
いや、死んでいるとその重悟は思っていた。そこの記憶が曖昧だが、そう思いたい。
「不思議なことにな、そいつも竜の魔人だった。そんなどこにでも竜ってのはいるもんなのかね」
「本当に、不思議ですね」
この記憶が真実のものか否か、それは判らない。
だが、ブリコーネの祖母・倉橋翠がいたという隠れ里には向かう必要があるだろう。
今は亡き彼女と俺のことを知るために。
「ところでさ、なんでこのちびっ子も一緒に寝てるの?」
「ああ、ベリコットですか」
「ベリコット?ブリコーネじゃないの?」
「愛称だそうです。どうやらお婆ちゃんが彼女が生まれたときに“紅子”と名づけようとして反対されたらしく、せめて愛称だけでもとベニコをもとにベリコットと呼ばれるようになったと。私達にもそう呼んで欲しいそうです」
「ははは、そりゃあ翠さんらしいや。彼女、動物とか飼いたがるけど、毎度ネーミングセンス最悪だったからな」
「そうなのですか」
うん。確かに捕獲した動物達に色のついたダサい名前をとにかくつけて飼ってた記憶がある。
「それで、なんでそのベリコットが俺のベッドに?」
「ええっとそうですね……先ず一つとしては旦那さまが彼女の【運命の人】である可能性が非常に高いことが判明したということがあります」
「まあ、服は違ってるけど確かに俺だよ」
「そうですか。まあ、それを知らずとも彼女のお婆ちゃんの名前に反応した旦那さまを彼女は【運命の人】と考え、旦那さまを里に連れて行きたいと思っているようです」
「そうか。それで?ひとつってことはまだあるんだろ?」
「ええ、そうですね。これは後天的なことなのですが……。旦那さま?今、旦那さまが倒れられてどれくらい経ったと思います?」
「そうだな、五時間くらいか?」
五分か十分くらいだと思っていたが月の位置からしてそんな感じだ。
しかし、ピエタは首を振る。
「四日経っています」
「四日!?」
四日も丸々寝ていたのか。
まるで呪いで【命令】されてオーバーワークしたときみたいだな。
「四日です。それはもう一瞬でも目を離せば死んでしまうのではというくらい苦しそうな表情をしなくなった後、旦那さまはピクリとも動かなくなってしまい、みんな心配していました。特にベリコットは責任を感じていたようで、ずっと私達とともに看病していたのですが……」
「ですが?」
なんだ?なんでそんな言葉になる?
「それが世話をしていくうちに運悪く彼女の呪いのひとつ【嫉妬】が出てしまいまして」
「【嫉妬】?」
「はい。直接血を受けた本人でありませんから効果は薄くなっているそうなんですが、その、何と言いますか……」
「なんだい?」
「彼女本人の言葉を借りて言いますと、私達になりたくなった、と」
「はぁ?」
どういうことだ?
メイプルやピエタにはどうやったってなれないだろうよ。
「彼女の一族の呪いは“憧れを持った相手になりたい”という願望を強烈にしたものらしのです。つまり、彼女は旦那さまを看ているうちに好意を持ってしまい、その世話を焼く“恋人”である私達に“成り代わりたい”と思ったそうで」
「あー、なんとなく解った。それで、これはメイプルと張り合った結果か」
「そういうことです」
ピエタが珍しく深いため息を吐く。
昨日なんかは俺のベッドの上で二人で大喧嘩を始めて、一度はピエタから外へ追い出されたそうだからよっぽどヒートアップしちゃったんだろう。
「ついて来るそうですよ」
「まあ、モルガンさんに会えたら呪いも封じることができるかもしれないし、呪いによって発生する激情はヘタに止めると最悪の結果を生む。今はしたいようにさせるほうが良い。それに、ついて来てもらわないと困る」
「それは?」
「彼女の里に行って、この甦った記憶をもっと深く知るためだ。きっと、そこに何かがある」
謎の人物の手紙。
母さんの手紙。
地球人の謎。
教会と協会の秘密。
そして、俺自身の謎。
俺はもっと知らなければならない。
このヘヴロニカに隠された何かを。
…………
―――と、思っていたんだが。
「お前、もう、ついて来なくて良いからみんなと一緒に西へ帰れ!」
「いーやーやー!ウチはご主人様の【運命の恋人】なんやー!」
「内容を捏造するんじゃねえ!!」
お前の大事な目的がどこぞのギャルゲーになってるぞ!
「うふふ。でもそうなるのも仕方ないよね。何せ三年間も旅をして出逢った【運命の人】だもん」
「せやろ!?そうなんよ!ウチとジュウゴ様は導かれ出会い、添い遂げる運命やから仕方ないんよ!」
「お前、初めてその説明したときは色恋うんぬんとは違うって言ってなかったか?」
「そんなん覚えてません~」
「お前、本当に旅に出ろ」
「いややー!!」
「うわ!顔にくっつくな!虫か、おのれは!」
「がんばれーベリコットちゃーん!」
「あはははは~」
ベリコットと俺のやり取りが少年達に笑顔を作る。
これから、彼らには長い道のりが待っているが、これまでのことを思えば大した苦労ではないだろう。
この笑顔が長く続いてくれることを祈る。
「それじゃあ、またいつかどこかで逢いましょう、ジュウゴさん、ベリコットちゃん!」
「ジュウゴさんに何かあったときは、今度は僕達が必ず力になります!」
「何ができるかはわかりませんがきっと!」
「もし西へ来るときは必ずそこへ!」
北へ向かう馬車の上の少年達から感謝の言葉と彼らの故郷の名が書かれた一枚のメモが渡される。
俺はそれを受け取ると一人一人に手を差出し、『必ず』と握手を交わしていった。
「シャチョー、そろそろ……」
「ああ、港まで頼んだぜ」
「ええ、間違いなく」
そう答えると、御者の青年が左右に分かれた護衛と頷き合い、一つ、鞭を入れる。
「それじゃあ、みんな、達者でな!!」
「お前がいうと、旅立って行くように聞こえるな。今なら間に合うぞ?」
「いややっ!」
最後まで締まらないやり取りに、馬車の荷台では笑い声がドッと湧いた。
「それじゃあな!道中気をつけて!」
「ジュウゴさんも!旅の行方の無事を祈っています!」
ユーラが、少年達が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
俺もベリコットもそれをずっと見送った。
その姿が完全に見えなくなるまで。
「ジュウゴ」
「旦那さま」
心地良い匂いが風に乗ってやってくる。
振り向けばいつもの二人が手を振っていた。
「今夜はお別れのパーティーと引き継ぎの顔合わせなんだから時間が無いわよ!」
「従業員のみなさんは、既に集まっていますよ」
「おう!今行くよ!」
そう言って、手を上げ答えたその瞬間、町の中央から世界を洗うような鐘の音が響いてきた。
その数は十二回。
この音は旅立っていった彼らにも聴こえているだろうか?
ああ、ところでみんな―――
「先に、メシにしないか?」
最後に締まらないのはいつものこと。
今日も俺の仲間達の笑い声が響く。
三章OP以後、書きためと構築のため一話ごとの投稿に少し時間をいただきます。
その際には別作品の更新が主になりますのでご理解ください。




