ヴァイセントの異世界道中11
活動報告にも書きましたが、リアル事情により更新ができず、申し訳ありません。
今後も予定が違うこともあるかもしれません。
リアル優先のためどうぞご理解ください。
では、本日二話更新。一生から続くメイプルの物語にも一旦の決着です。
「むらさき~むらさき~」
などとブツブツ呟いているのは完全に危ない人だろうか?
俺は占い通りに中央の通りまで出て、南に進み、“紫の光り”とやらを探してあちらこちらをキョロキョロうろうろ彷徨っていた。
「大金を持っているからいちいち人の動きや視線が気になって仕方ない。早く見つかれよムラサキ」
――などと、文句をタレながらどれくらいうろついたろうか?
通りに酔っ払いだけでなくスジものなオジサンや“花売り”が増え始めた頃、俺はふと覗き込んだ脇の路地に紫色に光るランタンを脇に下げた看板を見つけた。
「アレか?」
つつぃっと誘蛾灯に誘われるようにその光りに近づいていく。
目の前まで来る頃にはその看板に何が描かれているのかがハッキリと判った。
絵は羽の生えた女の子が胸を持ち上げながらこっちに流し目を送る姿。
店名は……[妖精の誘惑]か。
「なんともまあ内容の想像し易い名称だこと」
娼館だろう。いかがわしさ全開だ。
ただ、お得意様のはずなのにまったく店名が記憶に無いが。
「まあ、行ってみれば判るか」
路地は光りが少なく、ガラの悪そうな男達とすれ違ったりするが、俺は歩みを止めることなく看板を目指した。
どうやら看板の場所にはその店は無いらしい。案内役らしい女が立っていて、アレに声をかけたりかけられたりして釣った男をお店に誘導するシステムのようだ。……とか考察しているうちに目の前で鼻の下を伸ばした男が一人連れられていった。
だらしない。だらしない顔だ。ああはなるまい。きっと。
しばらくして戻ってきた案内役の女に近づいていくと、俺に気付いた女はもともと露出過多な衣装の胸元を緩め、長い金髪を掻きあげて、ニヤニヤと下品な笑みで俺に近づいてくる。
占いであった俺を誘うヤツってのはこいつらでいいんだろうな、きっと。
美人だが、何だかこの女、嫌だ。
「お兄さん、お兄さん。ちょぉっとお話聞いてかない?思わずアレが元気になっちゃうようなお話」
台詞も負けずに下品だ。
俺はそれに眉を顰め、警戒している風を装う。
「ああ、そんな身構えなくていいよ。何もとって食われちまうような話じゃないさ。むしろお兄さんのほうが食べちゃうかも?なんて。くっくっく」
女が看板を指差しながら引き笑い。
本当に下品なヤツだな。俺も人のこと言えるような品性は無いかもしれんが、ここまでは無いと言いたい。
「どんな話だ?」
「お、聞いてくれるかい?この路地をもう少し奥に進んで行くとさ、空き家が何軒かあってね。そこの潰されて空き地なった場所に今話題の見世物小屋が来てんの」
「見世物小屋?変わった生き物とか見せるアレか?見世物小屋がアレが元気になるのと何が関係あるんだ?」
「まあまあ、最後まで聞きなよ。んで、その見世物小屋ってのは色んな珍しい動物を見せるだけじゃなく、芸まで仕込んで楽しませてくれるんだけど……」
「だけど?」
「芸を仕込んでるのは、何も動物だけじゃないんだなぁ」
くっくっくとまた女は引き笑いをしてみせる。
俺がどういうことだと訊ねると、女は解らないかな、とまた看板を指差した。
「人間さ。ウチは人間にも仕込んでるのさ。思わずむしゃぶりつきたくなるような芸をね」
「人間ッ……だと?」
俺の拳がギシリと音を立てる。
コイツだ。
コイツらだ。
コイツらが人攫いだ。
感情が渦を巻く。だけど、どうにか……どうにか表面に出さずに抑え込んだ。
今すぐぶっ飛ばしてやりたかったが、【憤怒】に身を任せると殺してしまう。
囚われた人達の状況が分からない今、それは最悪の選択だと俺は俺に言い聞かせた。
それに近くに誰かが潜んでいるようだ。臭いがする。
恐らく客の動きを監視しているのだろう。
何かがあったときはすぐに仲間へ連絡が行くかもしれない。
待て、待て、と己に声をかけながら、俺は声を荒げないよう慎重に女に問いかけた。
「それは、まずいんじゃないのか?」
女はその声を緊張している、恐れていると受け取ったのか、下品な笑みを一層深めて首を振った。
「だぁいじょうぶ。みんなワケアリだからこういう仕事は了承済みさ。人間誰しも色んな理由でお金を稼いでいるんだよ。だからホラ、お兄さんも気にしないで。アンタだってこういうことしたいだろ?」
女が俺の手を取って、その豊満な胸に当てた。
「ウチは娼館に行くより安いしここらじゃ滅多に見かけない人種も揃えてある。当然綺麗どころばかりさ。それに、みんな若い。娼館には並ばないような子もいるよ」
娼館は国が認めた商売だ。
だからこそ、娼館は通常の店よりも健全かもしれない。
法の他に、独自のルールを設けているくらいなのだ。
例えばその一つに『十五歳以下の子供は店に出さない』とある。
それを出すということは……。
「……クズめ……」
女に聞こえないくらいの声で唸る。
手の沈むこの乳房を毟り取ってやろうかと思わず力を入れたが、女はそれを肯定的に受け取って、俺の手を取り路地を進み始めた。
「さあこっちだよ。自己責任になるけど、気に入った子がいたら買って行ってくれても良い。明日ここを出るつもりなんだけどちょっと路銀が予定より足りなくて困っていてね。気軽に声をかけておくれ」
「……もう、困ることはなくなるさ……」
「ん?何か言ったかい?」
「何も」
この世界にも三途の川みたいなものがあるならば、困るのはきっと向こうに行ってからだ。
……………
幌馬車を改造しただろうか?
サーカステントのような物が家と家の間に張られており、入り口をめくる女の先には恐らく中央の支柱だろう柱の生えた荷台が見える。
女に促されテントの中に入る。
中は天井が低いものの奥行きそれなりにあり、外で見る以上に広かった。
見世物小屋のクセに各所が布で仕切られ、そこかしこから汁気の混じった肉の爆ぜる音やくぐもった声が聞こえ、時々そこに獣の鳴き声も混じる。
入った瞬間に思ったが、酷い臭いだ。
俺だからだろうが、獣の臭いと糞尿の臭い、それにオスとメスの臭いがぐちゃぐちゃに混ざってあちこちを漂ってくるのを感じて気を失いそうだった。
たまに血のような臭いもするのが一層気分を悪くさせる。
「さて、今は夜仕様だからこんな風になっちまってる。狭いけど他の客も居るからそこは勘弁しておくれね」
「ああ」
「すまないね」
悪いとは思っていないであろう顔で女が先導していく。
その後ろをついていくと、女は一枚の仕切りのところで止まって俺が居るのをチラリと見て確認すると、その布をサッとめくった。
「ユーラ、アンタ体は空いてるね?」
布をめくったその先には鎖で柱につながれた十二~三歳くらいの女の子がほとんど裸のような衣装でイスに腰掛けうつむいているのが見えた。
ユーラとは彼女のことだろう。
女の呼びかけに言葉では答えないものの、ユーラは俺を見て力無く引きつったように曖昧に微笑んだ。
「お兄さん、お兄さん。ちょっとこの娘、ユーラと遊んでいてよ。その間に他の空いている子を連れてくるからさ」
女はそう言って俺の返事も待たずに布で作られた簡易の部屋を出て行った。
部屋に二人きりになると、化粧品と香水、そして、薄く“オス”の臭いが漂ってきた。
彼女の性別は彼女だから、それが何を示すことかすぐに理解した。
(こんな娘まで……)
薄暗く、よく見えないがその体は小さく震えているように見える。
何が『ワケアリ』か。何が『了承済み』か。
一分か、二分か。互いに距離を取ったままの沈黙。
そして、何かの鳴き声をきっかけに、俺から口を開いた。
警戒させぬよう、ゆっくりと近づく。
「キミは――」
「ヒッ!」
すると、たったそれだけでユーラは飛び上がり、そしてすぐに地にひれ伏した。
カチカチと歯を鳴らし声を震わせ、完全に怯えてしまっている。
「あ、あの、アタシ、ボーっとしてて。す、すいません。いま、ご準備いたしますからッ。ゆ、ユーラで存分にご遊戯くださ――」
「――いいんだッ。そんなことしなくていい」
「ヒッ!?……えっ?」
ユーラを抱き締めた。
思うよりも先に体は動いていた。
「あ、あの、お客様?あの……ユーラで、あの……」
「いいから。そんなことはもうしなくていいから」
「は、はい」
ユーラの髪を手櫛で梳きながら、ゆっくりゆっくりと優しく撫でてやると、彼女の体からは強張りが無くなっていった。
「キミは、どこから来た?」
「え?えっと、ずっと西のシャンバハルから、です」
「ヤツらに連れて来られたんだな?」
「……はい」
「そうか。きっと、帰してやるからな」
「え?あの、帰して……え?」
「他にも同じ様な子がいるよな?」
「は、はい」
「みんなここに?」
「はい。あ、いえ、テントか、もうひとつ別の馬車に八……いえ、最近二人増えたから十人くらいいます」
「そうか。やっぱりここだったか」
怒りで釣りあがる唇から牙が覗く。
じわり、じわりと抑え込んだ竜の【憤怒】が鎌首をもたげ、扉をこじ開けようとしていた。
「おや?なんだ、お兄さんはそういう甘酸っぱいのがお好みだったかい」
「ざ、座長!これは、その」
そこにあの女が数人の女の子を連れて帰ってくる。
このときも俺はユーラを抱き締めたままで、ユーラはそれに怒られると感じたのか慌てて取り繕おうとした。
だが、女は苦笑しながら手で制した。
「ああ、いいよ。そのまま、そのまま。そういう趣味のお客さんもいるさ。同情だってなんだって、客が“気持ちが良い”なら何でもアリだ。愛でようが、嬲ろうが、痛めつけようが。ああ、ちょっと前には食いたいって気味の悪い趣味のヤツもいたね。まあ、それで金がもらえるならアタシらは干渉しないし、できるだけ叶えてやる。ほら、統一教会の有り難い教えにもあるだろう?『汝、与えよ。欲するならば』ってさ」
「良い言葉だ」
俺は密かに拳を固めながら皮肉を込めて笑い、振り返った。
それに何を思ったかは知らないが、座長と呼ばれた女は『だろう!』と興奮した様子で何度も頷いた。
「教会の教えは本当に素晴らしいよ!いつだってアタシらに答えをくれる。もしかして兄さん、アンタも信者かい?いやぁ、こんなところで素晴らしき同志に逢えるなんて――」
「おい」
こちらが一言も発していないのに勝手にテンションを上げていく女の言葉を遮って、俺は手に持った袋を放った。
ズジャッと聞きなれた者には聞きなれた、大量の金貨の音がして、一枚、確かに袋の口から零れ落ちた。
「…………ッ」
女はそこで沈黙し、ゆっくりと視線を足元の袋に落として、数秒。
そして勢いよく顔を上げると目を限界まで見開いて俺を見る。
「な、なんだい、コレは?」
「『汝、与えよ。欲するならば』だ。……そこに金貨二百枚ある。とりあえずアンタが用意できる“品”を全部見たい。今すぐここに用意できるか?出し惜しみ無しで」
「お、おぉ……」
女の口が裂けるように広がり、釣りあがっていく。
そして、金貨と袋を丁寧に拾い上げ、ユーラの座っていたイスに置くと深々とお辞儀して、いままでの様子からはまったく想像できない気品のある声で微笑んだ。
「今すぐお持ちいたします。もうしばらくお待ちくださいお客様」
だが、その目はギラギラと濁った光りを発していたのを俺は見逃さなかった。
……………
女が二、三、四……六人。男が三人。全部で九人男女混合。
それと布のかけられた籠が一つ。珍しい動物ってのは持ってこられていない。
ユーラ達は全員が全員、ほとんど裸の状態で手械足枷をはめられて、俺の前に整列させられていた。年齢は見た感じで最低十二歳、最高十八歳くらいか。ユーラ以外は俺を見て怯えたようにすぐに目を伏せた。
抵抗する力も逃げる力も持たない者を狙うとは。本当に人攫いってのは腐りきってやがる。
「これが今ウチで扱っている“商品”ですお客様」
女が恭しく頭を垂れる。
その横には身分の高そうな雰囲気のある男も立ち、同じ様に頭を垂れている。
なんだこの変わり身はと一瞬思ったが、流石は外道。ひとのことをお客と呼ぶ割に、この部屋の周りには血と刃物の臭いが幾つも潜んでやがる。
だが、そんなものは俺には脅威ではない。
まるで気付いていない風に俺は満足そうに見えるであろう笑みを繕った。
「想像していたよりも健康そうで傷も無く良いな」
「品質を保つのは商売の基本ですので」
俺の言葉に男のほうがにこやかに答える。
良かったよ。本当に。
これで鞭の痕でもあったらお前達を即座に千切ってしまうところだった。
「本当にこれで全部なんだな?」
「はい、こちらにあるもので間違いなく全てです」
「そうか。……で、その鳥かごは?」
「はい、こちらは私共の一押し商品で、世にも珍しい人語を話す魔物【妖精】でございます」
女と男が交互に解説し、鳥かごを持って俺の目の前に差し出すと、籠にかかった布を外した。
「――なっ!?こ、コレって」
籠の中にいたのは素肌に鳥の羽毛を巻きつけた、真っ赤な髪の少女。
小さなハープを手に持って、止まり木に腰掛けぼんやりと遠くを見ていた。
魔物?
いや、俺の声に緩慢な動作で顔を上げた少女の瞳は赤くは無い。これは――
「黒い瞳!?」
この世界には黒い瞳は少ない。それこそ地球人の特にアジア系の血縁者がいないと出ないんじゃないかってくらい少ない。黒髪黒目とかになるとほぼ間違いなく地球人と断定してもいいだろう。
妖精と呼ばれた少女は髪こそ絵の具を垂らしたような赤だが、その瞳は間違いなく俺と同質の黒。絶対に何か俺につながりがあるだろう。
「おや?そういえばこの魔物もお客様と同じ瞳の色ですな。縁を感じますな。ハッハッハ」
「この魔物は自分を人間だと偽るので、ちょっと賑やかし程度にここに混ぜてみました。いかがです?もしお気に召したならコレもお安くしますよ?」
何やら二人が鬱陶しい。
少女に意識が行き過ぎて最後のほうしかよく聞こえていなかったが、俺はとりあえずと頷いた。
「ああ、そ、そうだな。とりあえず、この子も含めて全部貰おうか」
「おお、それは素晴らしいお買い物になりしょう。よいご決断です」
「ええ、本当に。でも、お客様、申し訳ありませんが全てお買い求めいただくには金貨二百枚で少々足りません。せめて二百五十枚はいただかないと」
「そうかなら、そこの二百枚は手付けの前金だ」
「ほう」
「あら」
俺は金貨の袋を持って男の方に再度手渡した。
「今は無いのでこのあと残り百枚を持って来よう。金貨三百枚だ。安売りしてくれるというならこれで文句は無いだろ?」
「三百枚?三百枚ですか。ええ、もちろんですお客様。素晴らしい。いや、素晴らしいの一言に尽きます。ハイ」
男はその感触を楽しむかのように袋を大事そうに抱えた。
よし、それでテメェの両手はふさがったな。
俺は何を考えているのかウンウンと頷く女の方を向き、並んだ少女達を指差した。
「金はアンタ達か部下が一緒に取りに来ればいい。ただ、何度も来るのは面倒なのでこの子達は今連れて帰りたい。枷は外してくれるよな?」
「逃げられてしまうかもしれないですよ?」
「アンタ達がついて来てくれればいいだろ」
「ふむ……そうですね。では外しましょう。――おい!誰か鍵を持って来い!」
「へい!」
女が外に向かって声をかけると、禿頭の男がすぐに鍵を持って駆けて来た。
やっぱりいたか。
そして女が指示をしていないのに、男はせっせとユーラ達の枷を外していく。
皆一様に戸惑いの表情を浮かべ、お互いを見合っていた。
期待と、不安と入り混じっているだろう。
本当は俺が引き千切っても良かったが、そうするといらぬ怪我をさせてしまう恐れもあり、それは躊躇われた。
妖精少女は人間のような気もするが魔物ということなので、可哀想だが真実が判明するまでは鍵を開けられない。
「オラ、足浮かせ。よし、コレで全部っと」
さて、全員が解放されたようだ。
互いに思いが食い違っているだろうが、俺は人攫いの男達と頷きあった。
ここらで終いにしようか。
――っと、その前に、と男に向き直る。
「あぁ、ところでアンタ達はいつもここら辺で“商売”とか“入荷”とかやってんの?」
「え?いいえ。元々私共はハンデールの方で商売をしておりまして」
「……ほう」
ハン……デール?
ハンデールで商売?
他に商売仲間がいるか探ろうかと思ったが、聞き捨てなら無い言葉が聞こえた。
「大口のお客様がいらしたのでそこで長らく“お仕事”させていただいていたのですが、お客様が“事業”に失敗なされてそのあおりを食らってしまいましてね」
「へえ……」
俺を殺すつもりだからなのかどうかは判らないが、ペラペラと重要な情報を垂れ流す男。
女の方も特に気にした様子はない。もしかしたら同志とでも思っているのか。
「一度は財も土地も権力も失ってしまいましたが、これでも末端とはいえ“料理人”の名を戴く者。まだまだ再起を諦めてはおりませぬ」
「これからもお客様のようなお方とは末永くお付き合いさせていただきたいところです」
「ブレモンド……か」
ブレモンドな。
そうか、お前らがあのブレモンドか。
「おや?お客様はブレモンドをご存知で?」
「まあな」
「ほう。それは、どこで?」
男の目が細められる。
女の方も少し右足を引いた。
「なぁに、ちょっと俺の連れがブレモンドとは親しくさせてもらってね」
そう薄く笑って見せると、二人の顔は途端に柔らかくなり、男など両手を広げて大げさに手を叩いた。
「なんと、お連れ様がブレモンドのお知り合いの方でしたか」
「ああ、やはり素晴らしき我が同志。おい、お前ら、入ってこい」
女がそう言うと、テントの周りから漂ってきた臭いや気配が次々に中に入ってきた。
全員が全員、良い笑顔だ。クソッタレ。
「でさ、その連れってのがね」
「ん?ええ、お聞かせください。もしかしたら私共とも接点があるやも」
ああ、そうだな。
長いこと。本当に長いことお前達を親だと信じて生きた、哀れな哀れな女の子だよ。
「エルザ・ブレモンドって言うんだわ」
「え?」
「エルザ……ブレモ……ン……」
男が何か引っかかったように首を捻る。
女も眉根を寄せ、
「聞いたこと、あるよな?」
俺が唸った瞬間、至り、目を剥いた。
「くっ!!こ、こいつをころぇ――ッブォ!!」
「ぎ、ひぃ!?」
男が喚いた直後、骨を砕く鈍い音と悲鳴がテントの支柱がへし折れる音に重なる。
元・ブレモンド夫妻は後ろに立っていた部下を巻き込んで場外へ。
俺は倒れてきたテントがユーラ達を傷つけぬよう支柱を引っつかみ、空き家らしい隣の家の屋根の方に向かってぶん投げた。
ズゴンという破砕音とともにただの空き地に戻った場所へ、屋根の破片が落ちてくる。
「危ないからみんなは離れてな」
ユーラ達に指示を出すと、みんな何度もコクコク頷いて、俺がギリギリ視界に納まるくらいの位置まで離れて行った。手にはあの妖精少女入りの籠も持ってくれている。
「よし、次は……」
ちらりと目を横に向ければ四人居た部下の内、幸いに怪我無く残った二人が足を震わせながらも立ち上がり、逃げ出そうとしていた。
だが――
「そうはいかねえよ?」
悲鳴を上げる大男二人の背に追いつき、シャツとズボンをまとめて掴み上げると、びゅうんびゅうんと勢いつけてテント同様隣家に向かって投げつけた。
ズボン、ずぼん、と音が鳴り、男達は頭から壁に刺さったまま動かなくなる。
汚ねえオブジェクトだな。
さて、と俺は一足飛びで空き地の端に転がった元・ブレモンド夫妻の真横に降り立った。
「まだ、死んではいないはずだぜブレモンド。息を潜めて死んだフリなんかすんなよ」
「ひぐぃっ」
「い、い、いや。許して」
「え?許して?ハ、ハハハ、ァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!面白い冗談だな、おい」
ズ、ゴゥンッ――
ただの踏みつけ一発が、爆薬でも使ったかのように土を抉り、吹き飛ばす。
そのすぐ傍に転がっていた二人はその衝撃を受け、顔に小石や木片をめり込ませていた。
「あ、アガ……」
「い、いひゃい。いひゃいよぅ」
手で顔を覆い、涙を流す二人。
だが、俺はその姿に一ミリとて心を揺らされたりはしない。
「聞いてくれよ。俺さ、今、怒るとか通り過ぎて体中が冷たいんだわ。どう思うよ、コレ」
「ご、め。ごえんなひゃい」
「もうしましぇ。もう……もう……」
「オバサンさ、俺の国にな、こんな言葉があるんだよ。『ごめんで済んだら警察は要らない』ってのな。謝ったら許されると思うなよ?ああ、それとオッサンさ、もうしませんじゃねえのよ。あのな…………」
失禁し、歪んだ顔で慈悲を乞う男の胸倉を捻り上げる。
「エルザは、俺のメイプルは、“もう”傷ついてんだ。アイツは強いからな、平気そうに見えるけど。でもな、心の中はズタズタなんだよ!大きく大きく、大事な何かが無くなっちまったんだよ!いいか、クソッタレ!お前のそれは“もう″遅えんだよッ!!」
全力で。
いや、それは、魔人ではなく人間・柄倉重悟としての全力で、地に再び叩きつけ、拳を振るう。
何度も、何度も。
そして、男の息の根が止まった頃、俺はようやくその手を離した。
「ジュウゴ……」
「旦那さま……」
そして、気付いた時には俺の体を廻る冷たさは消え、代わりに温かな重みを背負っていた。
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