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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
転・ヴァイセントの異世界道中
50/73

ヴァイセントの異世界道中4(2/2)

寝落ちという悪魔が……

疲れを知らぬ心臓が、張り裂けそうなほどに脈を打ち続ける。


呼吸を止めて魔獣と激しく戦ったはずの俺の肺が、まともに空気を受け付けない。


ひゅう……ひゅう……


そんな息遣いが耳に届いていた。


息苦しい。


だが、それでも俺はさらに力を込めて速度を上げた。



夜の街を駆ける俺は風のように速く、人が足音に振り向いた時にはその横をビョウと抜けていく。



さすがにもう深夜になる。


人通りは少なく、娼婦や怪しげな客引きとベロベロに酔った酔い客を見かける程度。

それが幸いし、隠すこともなく全速力で駆けていた俺の姿は誰の目にもとまることなく、俺は町の中央やや南側にある、小さな公園の像の前に辿り着いた。



杖を掲げ、本を片手に天を仰いで微笑む女。


《世界創造の女神・ヘヴロニカ》


その像の下には、白いローブを纏い、フードを目深に被った女がいた。


何をするでもなく。

ただぼんやりと虚空を見つめ、俯くようにして薄く微笑んでいた。


まるでよくRPGに出てくる魔法使いのような格好だ。


そこで思い至る。


「……アンタは……いや、アンタが奇術師……か?」


俺が荒い息を吐きながら近づくと、女は少しだけ顔を上げ、その白い顔に浮かぶ薄紅の(つや)やかな唇をスッと裂いた。


「はい。私は奇術師ヴェルニカ。長い間、あなたを待っていました」


俺と女……ヴェルニカの距離は四メートルは離れていただろう。


なのに彼女が軽く発した言葉は、まるで周りにその音以外が無くなってしまったかのように、俺の耳へ一部の雑音も無く届いた。


その音には経験があった。

スノクでウィスクムから受けたあの頭から体から染み入るような音。ただ、アレとは違い気持ちの悪さは無かったが。


「っ?」


何か特殊な魔物の仕業かと辺りを見回し警戒した。


だが、周囲の様子は変わっておらず、少ないながらも人通りもあることから、異変ではあっても危険ではないことが判り、ホッと小さく息を吐き出した。


ならば、と俺はよりヴェルニカとの距離を詰め、ヴェルニカの前に握り締めた手紙を突きつける。


「待っていたってどういうことだ?俺がここへ来るのが判っていたのか?それに……この手紙は何なんだ?」


「解答します……第一の質問ですが、私はあなたを導きに来ました。第二の質問ですが、私はあなたがここに来ると判っていたわけではありません。ここに来る確率が最も高いことを知っていただけです。第三の質問ですが……解りかねます……」


「解りかねますじゃねぇよ!」


俺は怒鳴りつけると、思わずヴェルニカの胸ぐらを掴み上げていた。


「アンタがヴィオレッタさんに託した便箋には母さんの手紙が入っていた!あとは訳のわからん手紙も。アレはどういうことだよ!?何なんだ!?それにアンタが報酬で置いていった樽。アレに入っていたのは俺の世界の物のはずだ。何故アンタが持っている?どこで手に入れた!?日本人がこの近くにいるのか!?いったいアンタは何を知っている!?」


ガクガクと力に任せて前後に揺さぶるとフードが落ち、ヴェルニカの素顔が露になる。


ヴェルニカの顔は雪のように白く、目鼻は整い、月の光りを流したような金の長髪はキラキラと輝いていた。


息が止まりそうになるほどの美貌。


だが、掴み上げられたにも関わらず眉ひとつ動かさず、悲鳴すら上げずないヴェルニカはまるで人形のようでもあった。


ただただ、その光のない冷たい緋色の瞳で俺の“向こう側”を見つめるだけ。


「なっ……あ、アンタ……その目」


「説明します。……私は人々が[賢者の石]と呼ぶ力を持つ者ではありますが、そうでないとも言えます。私は魔人に似ていますが、違うとも言えます。ただ、魔物ではありませんから安心してください」


「いや……その……」


「私は、物を見ることはできませんが、全てを見通す力があります。故にあなたがどこから来たどのような人間なのかも知っています。同時に音も聴こえませんが、小さな羽虫の羽の音まで感じることができますし届けることもできます。故に、あなただけに声を届けることも、私以外の者の声を届けることも可能です。尚、あなたがどれだけ凄んでも、私がどれ程危険な目に遭っても、私は全てを客観的にしか物事を捉えることができず、故に[恐怖]を感じません」


「あぁ……い、いや、すまん……」


「構いません。ですが、あなたの質問に答えるにもこの体勢では会話を続け難いので放していただけると助かります」


「あ、ああ……」


俺が力を抜くと、ヴェルニカは一度だけヨレた胸元を払って整え、再びフードを被った。


「先ず第一の質問に関してですが、私はただの[導き手]に過ぎませんので手紙の内容云々(ないよううんぬん)に関してあなたに何かを伝えることはできません。第二の質問ですが、あの樽は西のある都市から運んで来ました。元は魔道協会が所持しています。私がアレを手に入れ運んで来たのは、ここであなたに食べさせるためです」


「どういうことだ?何で食べさせる必要がある?」


「…………それは…………」


今までスラスラと機械的に答えていたヴェルニカが言い淀む。


恐らく目はまた虚空を見ているだろうが、何故か顔を僅かに逸らした。


「あなたを……アナタに……」


「???」


「……あなたの【呪縛】に綻びを作るため……」


「【呪縛】?ああ、この体の呪いのことも知ってるんだっけか。それのことか?」


「……………………」



再びヴェルニカは語らない。

多分言葉を選んでいるんだ。


さっきの行動を恥じて少し冷静になれた俺は、彼女の次の言葉を待つ。


そして、彼女がまた小さく唇を開けた時ーーー


「ジュウゴ!!」

「ジュウゴさん!!」



ズンッ!と音を立てて夜空からメイプルとピエタが降ってくる。


メイプルはピエタの背に負われた状態からいそいそと降りて、目の前の怪しげな奴を警戒するように俺の横に陣取った。


「何があったの?コイツは?」

「心配しました。突然飛び出したりして……」

「二人とも……すまん。心配かけたな。……あの手紙に母さんの手懸かりがあったからいてもたってもいられずに」

「お母様の!?」

「じ、ジュウゴさんのお母さんは今どこに居るんですか?」

「それを……今訊いていたんだ。……彼女、奇術師ヴェルニカね」


三人の視線がヴェルニカに集まる。


メイプルはより警戒を強めて俺のジャケットの右袖を掴み、ヴェルニカを睨み付け、鼻で笑った。


「ふぅん……【初めに生まれた乙女(ヴェルニカ)】か。随分と御大層なお名前だこと」

「メイプル?」

「貴女、統一教会信者なのかしら?」

「メイプル、どういうことだ?」

「……【ヴェルニカ】ってね、創造の女神ヘヴロニカと同一視される、この世で最初に生まれたと言われる生命のことよ」


アダムとイヴのイヴか?

いや、リリスだっけ?


「昔の書物では度々同じ扱いになっていて、ヘヴロニカはヴェルニカの尊称とされるんだけど、統一教会の出す本ではヘヴロニカに作られた聖女ってことになってる。信者の女ならヴェレノとかベリーカとか、こんな名前はよく付けるのよ」


そうなのか?

さっきは魔道協会からどうのって言っていたが。


すると、その言葉を否定するようにヴェルニカは首を小さく横に振った。


「説明します。……私はどちらかと言えば魔道協会寄りで、統一教会側ではありません。むしろ彼らをあまり好みません」

「同じ神を信奉するのに違いはないわよ。それに好みませんって、どうせ縄張り争いでしょ?キョウカイ同士で文化侵略。醜いことね」

「違います。魔道協会はヘヴロニカ神ではなくヘヴロニカを讃えています。また、私は魔道協会に協力をしてもらったことはありますがーーー」

「同じじゃない。ていうかごめんなさい。悪いけど、何となくアタシ、アンタのこと嫌なのよ。女の勘ってやつかしら?何故かアンタをぶっ飛ばしたくなる」

「私も何だかモヤモヤします」

「お、おい………」


何故か二人が警戒心というか敵愾心といか、黒いオーラを出してヴェルニカを威嚇する。


すると、ヴェルニカは少しだけ肩を落として、ため息をついた……ように見えた。


「……ま…く……エル……は……ムカつ…………」

「ん?」


なんだ?怒った?


多分人形のようなヴェルニカでもさすがにイラッとしたんだろう。何かボソボソっと呟いたと思ったら怒気が膨らんで、でもすぐに萎んでいく。


「……幾つかの質問に答えようと思いますがよろしいでしょうか?時間がありませんからできれば邪魔はされたくないのですが……特に、そこのウンチク御嬢様(・・・)には」

「な、なんですって!アンターーームグゥ!?」

「わ、分かった!黙らせるから。……頼むメイプル。母さんの手懸かりが手に入るんだ……だから、な?」

「ムャッ!ム、グゥ……………むぅ……」

「ありがとう」


母さんの……と言うとぷしゅぅと音がするように怒気を抜くメイプル。

俺は押さえていた口から手を離し、その頭を優しく撫でてやった。



……チッ………



「???」


どこからかネズミの鳴き声のような音が聴こえたが、周りを見ても何もいない。


騒いでいた俺達を迷惑そうに見ている奴らもいたが、もしかしたらそいつらの舌打ちだったか。


俺はメイプルをピエタに預けて再度手紙をヴェルニカに向けて見せた。


「さて、色々脱線したけど、今度は落ち着いて始めっから訊ねたい」

「できるだけしか答えられませんが」

「ああ、それでいい。……先ず、この手紙は誰にもらった?」

「解答します。……これは統一教会で保管されていた物で、魔道協会が奪い、さらに私が協会から持ち出した物です」


またキョウカイか……。

何でキョウカイが手紙なんか欲しがるのか。


ヴェルニカは俺の手からスッと手紙を抜き取ると、ぐしゃぐしゃになった手紙の表面を指でなぞっていく。


すると、


「なっ?」

「うわぁ……」

「………なにそれ?」


指を追うように手紙が光ったかと思うと、手紙はもと在った形へと戻っていった。


ヴェルニカは『魔法です』とだけ答えて俺に手紙を返した。


「この手紙はこのまま大事に持っていてください。これもまたあなたを導きます」

「あ、ああ。……なあ、『この手紙の続きが知りたいならここへ来い』みたいなことが手紙に書かれていたんだが、アンタが持っているのか?」

「いえ、私は持っていません」

「“私は”ってことはどこかにはあるのか?」

「肯定します。手紙は各地に散っています。探してください」


言われなくてもそうするさ。


「探す方法ですが……その手紙には固定の魔法がかかっています。この魔法は仕掛けた物がバラバラになっても、もとの形に戻そうとしますから、近づけば必ずなんらかの反応を示すでしょう。ただ、あなたが力任せに魔法を破ったので……危なかったのですが………」

「え……マジか……」

「はい。あなたやそこの狼は、存在が魔法のようなものです。魔力はより強い魔力に引かれますから、術のかかった物に力を込めたら当然壊れます。魔力を大量にぶつければ物体も壊れます。あなたは魔力を爆発させた時の威力を体感しているはずですが?」


……魔力の……というと……ああ、トラウディシアの魔神像のアレか?


「理解したようですので続けます。……先も言ったようにこの手紙はあなたを導きますので必ず大事に持っていてください」

「解った」


俺は手紙をポケットにしまおうとして、いま言われたばかりのことを思い出し、メイプルに預けた。


メイプルも理解したようで、小さく頷くとそっと胸に抱えた。


「次に訊きたいのは俺と同じ世界の人間のことだ。俺以外にもこの世界の人間ではない[異世界]の住人はいるんだよな?……沢山、しかも昔から」


時々思っていた。


中世の西洋文化的なように見えて、細々したところで文明のレベルが合ってない品が目につく。


精密な時計。

ネオン。

上質なのに消耗品の紙。

高い印刷の技術が必要なはずの本の普及。


さらにはヴェルニカが持って来た味噌。


もしかしたら石鹸やよく考えたら風呂があちこちで見かけるのも、この世界でないところから持ち込まれた知識かもしれない。


文明の利器から食品まで。

魔法では片付けられない物が多すぎる。


信長さんの存在で、この世界には俺達と同じ世界の住人がまだ何人もいる可能性を知ったが、これは何人どころじゃないだろう。


「……肯定します」


なるほどな。


もしかしたら、キョウカイが手紙を取り合ったのはそれが異世界の物だと判っていたからかもしれない。


「会うことはできるか?もしできるなら、居場所を教えてくれ」

「一部肯定します。ですが、居場所を答えることはできません」

「そうか……」


まあいい。

キョウカイに関わればいずれ出会えそうだ。


よし。

じゃあ、あとは肝心な話をしよう。


「さて、次だ。アンタは全てを見通す力があると言った。なら訊こう、母さん達はどこにいる?」


さらりと答えてくれることを願った。


だが、ヴェルニカは長く沈黙し、そして首を横に振った。


「………………答えられません……………」

「何故よ!」

「答えられません」

「そこまで色々知ってるアンタが答えられないはずがないでしょう?」

「答えられない」

「ちょっといい加減にーーー」


掴みかからんとするメイプルを俺は手で制した。


「ーーー解った。“答えられない”ならしょうがない」

「ジュウゴ!?」

「ジュウゴさん……?」



ヴェルニカの言動は矛盾が多い。


俺を導くために待っていたと言うわりにはやたらとボカした言い方をしたり、今みたいに答えられませんという。


だが、彼女が俺に何かの重要なことを教えようとしていることは伝わった。

それが彼女にとってもどかしいものだということもあの沈黙から読み取れた。


よく考えたら気づく。


彼女は『答えられません』と言った。


『られない』と言ったんだ。


何か理由があって知っていても口にはできないらしい。


そして、そう答える以上、母さん達がまだ健在である可能性は残っているとも取れる。


それにもしかしたら“この聞き方では答えられない”のかもしれない。


「なら、聞き方を変えよう。……アンタは奇術師で、稀に占いもすると聞いた。さらには俺を導くために待っていたとも言う。であれば、“占って”くれないか?俺達がどうするべきか」


さあ、どうだ?


少しの沈黙。


そして、彼女はその唇を再び開く。


「はい」


よし、ビンゴ!

これで良かったみたいだ。


その証拠に彼女の口許がうっすらと笑っているように見える。


「あなた達が取るべき行動を占うことはできます」


ヴェルニカがスッと手のひらを上にして差し出してくる。


俺達はその手に注目し、ごくりと唾を飲み込んだ。



「……………が、解答するには金貨が必要です」



ガクッ



「って自販機かっ!そんなオチか!」

「今までの不思議な感じとか謎めいたアレコレとかどこいったのよアンタ?ただの俗物じゃない!」

「何が出てくるか期待して損しました~」


擬音が聴こえそうなくらい間抜けに俺達は三人揃ってズっこける。


「必要ですから」


だが、ヴェルニカは大真面目に手のひらを差し出したまま。


「アンタは俺を待ってたんだろ?何かしてほしいから待っていたんじゃないのか?なのに金を取るのか?最初は色々教えてくれただろ?」

「答えられません」

「そこで使うのかよ!」


もう、どうしよう。

確かにこの人は未来予知とか過去をみたりとか、さっきの不思議な魔法の力で見ることができるのかもしれないが、急に胡散臭くなってきたぞ。


「………でも、まあ、人間だから生きるのには金がいるしな。占いだって商売だ。……ごめん。メイプル、いいか?」

「……ハァ……アタシの勘は当たってたみたいね。ほら、金貨一枚あれば充分でしょ?」


そう言ってメイプルは不承不承、小銭入れから金貨を一枚取り出し、勢いをつけてヴェルニカの掌に叩きつけた。


だが……


「この程度では占えません」


何となく、何となくだが『バカかお前は』といったようなニュアンスで首を振るヴェルニカ。


手のひらに乗った金貨を見えない力を使いメイプルの顔に向かう軌道でパンッと弾き返した。


「は、ハァァァッ!?って、ちょっ、危な!」

「なにぃ?」

「程度ですかぁ……」


占いに対しての対価が金貨一枚。

日本の価値観でだいたい一万円を差し出してどうだって言ってるのに『この程度』とは。


「あなたが最も望む未来に辿り着くための糸。それを得るためのきっかけを示すためには、金貨“二百枚”が必要です」


は?


な、なんだって?


二百枚?


聞き間違いか?



「き、金貨二百枚ですってぇぇっ!?」

「ちょっと法外です」


聞き間違いではないようだ。


「アンタな、そんな無茶苦茶な金持ってるわけないだろ!」

「なら稼いでください」

「はいぃ!?」

「私はずっと待っていました。あなたに会うという私の第一の目的は果たせましたから、あとは一週間……いえ、一ヶ月くらいなら待ちましょう。稼いで来てください」

「アンタ、ふざけたことばかり言ってると本気でぶっ飛ばすわよ!」

「到底無理です」


一ヶ月……一ヶ月あっても無茶だ。


ギルドで依頼を受けまくったりしても足らない。


だいたいキンベル三兄弟も言っていたじゃないか。仕事が無いって。


誰かに借りるか?

いや、金貨二百枚なんて額貸してくれる人はいないだろう。


返すあてもない。


「尚、この町から二里以上離れた場合、私はこの町を去ります。また、一ヶ月以内に用意できなくても去ります。加えて、借金は認めません」

「そんな……なおさら無茶だぞ」

「……ジュウゴ、もう行きましょう。こんな奴に頼らなくてもその手紙を使いながら探せばいいわ」

「そうです。こんなところで時間をかける必要はありませんよ」



確かにそうだ。


だが、目の前にいる女が確実に情報をくれるのも確か。



その時だ、悩む俺を急かすように、この日最後の時を告げる鐘が鳴り響き始めた。


「さあ、もう時間はありません。私はこの鐘が鳴り終えるとともに去り、あなたが行動を起こすまで姿を消すことにします」

「そんな、ちょっと待ってくれ!」


慌ててヴェルニカの手を取ろうとするが、俺の手はホログラムでも掴もうとしたかのように空を切った。


六回目の鐘が鳴る。


ヴェルニカの体が光りに包まれ始める。


「やりますか?やりませんか?」


ヴェルニカが問いかける。


その声は頭の芯に響き、周囲の音を消し去っていく。


「俺は……」


情報は欲しい。

だが、時間をかけるのも……。


なにより二百枚もの金貨を稼ぐ方法がまったく思いつかない。


どうしよう……どうしたら?



九回目の鐘が鳴る。



……と、そこで、ヴェルニカが今までにない大きな声を上げた。


「しゃんとなさい、重悟!」


「へっ?」


その声は今までとは違う人間味に満ちた声。

俺は驚いてすっとんきょうな声をもらしてしまう。


ヴェルニカはフードの奥からしっかりと、その“輝く瞳”で俺を見据えていた。


「お父様やお爺様に教わってきたことはなんだったの?」

「え……えぇっ?な、なんでーーー」


十一回目の鐘。

もう消えかけた瞳でチラリとメイプル、ピエタの二人を見やる。


「全てを失うか、糸を掴むかはあなた次第です。柄倉重悟」


「え、あ、あの、俺ーーー」


最後の儚い微笑みに、俺は、反射のように答えていた。


十二回目の鐘。


そこで、まるでそこには初めから存在していなかったかのように、奇術師ヴェルニカは光の中に姿を消した。


零時の鐘はここで止む。



僅かに残った残響の中、俺はメイプルとピエタに改めて告げるのだった。



「稼ぐぞ!」



金貨二百枚分の幸福な未来を掴むために。






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