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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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時のまよひビト

言葉は通じなくても身振り手振りと表情で大概のことは伝えられる。

そんなことを英語の先生が授業中に言っていたのを思い出した。それをあんたが言ったらダメだろとクラス中が心の中でツッコんだに違いない。


だが、真理ではある。

言葉の壁があっても、僕たちは地球戦宇宙号の仲間だ。共通の感情や常識がある。

伝わらない事なんておよそ、ない。



ここが、地球ならな。



「エルベリータ、アッシボィ?ダハラーシ」

「い、い、いぇぁ」


筋骨隆々の腕毛の濃い白人男性が愉快そうにバンバン背中を叩いてくる。他のひとも天を仰いで両手を広げたり手を回して何かを喋っている。

何か誉められているようだ。

だがまったくわからない。怨むぞ英語教師。


とりあえず、外人さんっぽく親指をたてて笑って返した。



さて、熊を成り行きでブッ飛ばした後、腹を減らした俺は恥ずかしくも腹の虫の叫びを抑えられず彼らの前でぐーぐー熱唱させてしまう。

だが、逆にそれが良かったのか、彼らの危機を救ったことに恩を感じたのか、彼らは笑って俺をメシに誘ってくれた。


あくまで推測だが。



どうやら何かを運ぶ最中だったのか、終わったあとなのか、荷車を押していた彼らと協力し熊を乗せて今、じわじわと彼らの街に向かっているところだ。


どこに行ってるかは希望的観測だが。



しかし、よく観察すればかなりこの熊かなりのデカさだ。ヒグマやツキノワグマなんてめじゃない。

そのうえ、長い牙や鋭くも太い爪をそなえているのがなんとも凶悪で、腕も脚も首までも丸太だ。

そんな姿が小さい頃に古本で読んだ熊殺しの犬たちの漫画に出てくる熊を連想させるが、はて?そんな熊が横っ面を張られただけで死んでしまうのだろうか?


人間は極限的環境で本来発揮できる能力を超えた力を出すことができるというのはよく知られる。

俗に火事場の馬鹿力なんて呼ぶが、これは人間が本能的に使わないようにしている力の一部が開放された結果によるもので、人間はだいたい自重の三倍程度の重さを担げる力を持っているのだそうだ。


俺の体重が65キロ位で、その三倍の重さを持つ力で張り倒される………勢いがあったし200キロくらいか?


…うん、痛そうだ。人間すげぇ。

それを顎の辺りに受けたらそりゃ当たりの具合によってはかなり危険だろう。

偶然にもその当たりどころが悪かった熊は人の細腕に倒されたのだ。

いやぁ、運が良かった。


そんなこんなで白人さんたちの言葉を右から左に聞き流しながら俺はそっと胸を撫で下ろした。



▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽




30分くらい歩いただろうか?

かなり開けた場所に出た。森を切り開いたのだろう場所に家が点在している。そこには人や家畜の姿がチラホラ見えた。

村だ。

生憎と期待した場所ではなかったがそれなりに人が居そうなコミニティだ。

そう思うと、ここが見知らぬ土地であるのにも関わらず[帰ってきた]と口にしそうになった。

それくらい強い孤独感やストレスを感じ、溜め込んできたんだなとひとり苦笑した。


「ア、ルブルディアーマフ。ソト、ダマトフィタアーマフ」


ここが俺たちの村だ。

腕毛のお兄さんが俺の肩を叩いて手振りで示したのは多分そういう事だろう。

怨んでごめん英語教師。


次いで「さあ、コッチだ」と大振りに手招きをするお兄さんとその仲間たち。

俺は導かれるまま村に足を踏み入れた。


森の中に拓いた村だけに、ほぼすべての建物は丸太で造られていた。煙突から煙の立ち上る小屋などは石造りだったが、それもざっと観た感じでは二~三軒で、キャンプ場とか野外学習で泊まるような自然の家的な施設を思い出す。


村に入ってすぐに腕毛のお兄さんが大声で何か叫びだした。それは誰かを呼んでいるようで、他の人たちも叫び始める。


すると、


「ウェリィ!?シュバラージア!?」

「イーダッシ、ルーベイ!」

「ウェリィ!ウェリィ!」


なんということでしょう!…………ごほん。

家々から、そして、外に居た人たちも口々に何かを叫びながら満面の笑みと驚きの顔で集まってくる。



出てきた人たちはみな牧歌的な格好で、アルプスやらフランダースやらというような単語が頭に浮かんでくる。

特に女性の衣装は民族衣装のようで、赤と白が基調の前掛けやローブを着ている人が多く、衣装の縁取りは三角形が噛み合った形の柄になっている。

男性はアイアム木こり!とでもシャツに書いていそうな屈強な人が多く見られるが、どうにも腕毛やら胸毛、果ては顎髭までモッサモサなのは彼らのトレンドなのだろうか?


「ダルジェ、イタウェリィ!?」

「オー、ディモア。シィ、イタ、ウェリィ!」


どこにこんなに居たのかと言うくらい集まってくる人の群れを掻き分け、やはり民族衣装を着たかなり綺麗めな金髪お姉さんが腕毛のお兄さんに駆け寄ってきて、喜色満面、驚きも多分に含んだ顔で熊を指差す。


多分お兄さんはダルジェさんで、お姉さんがディモアさんかな?で、熊はウェリィ?

とりあえず、腕毛爆発しろ。


まるでアクション映画のラストシーンよろしく、ダルジェさんとディモアさんはうっすら涙を浮かべて抱き合うのをジト目でひと睨みし、俺は集まってきた人たちを見回した。

白人さん…というのは便宜上そう呼んだが、それっぽい気がするだけで微妙に違う。なかには黄色人種に近い顔立ちや肌色の人もいる。

似通っているのは服装くらいで、ちゃんと観察すれば最初に会った人たちも顔立ちや肌色、髪の色も瞳の色も共通してないようだ。


「ディモア、ディヒ、マーベル?ア、ラチダモアフェベン」

「マーベル?マーベルディハ…セバンネ。オルベティヒ、オダセバン。ヘダ、ラチダモア?」


キョロキョロしていると、何やらダルジェさんが俺を指して何かをディモアさんに訊ねた。

ディモアさんは可愛らしく首を傾げたあと村の奥の方を指差して、次いでこちらを向くとニッコリと笑う。

うん、綺麗なうえに可愛らしい。

腕毛燃えろ。


そう内心毒づきながら愛想笑いで返した。


「アァ、ラチダモア。ン~、マーベルディハオダセバンティア。…デハ!マーベルザスディ?マーベル、ディハ、オダセバン」

「イタ、オーシュ、マーベル!」


ダルジェさんが何か納得した顔をして、すぐ、野次馬に声をかける。すると、一人の少年が手を挙げ走り出した。

マーベルとかいう何かを持って来てくれ、とか言ったのだろう。


俺は何が何やらさっぱりなまま、成り行きを見守った。



▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽



少年が走り出してすぐ、荷車に乗せられた熊は村の中央広場らしき所に移動した。

広場には井戸があり、そこだけは大きく円に石畳になっていた。


熊は捌かれるのだろう。包丁やら何やらを持ったマッチョやら恰幅のいい元・お姉さんたちがわらわらと熊に群がっていく。

元・お姉さんたちは調理担当なのか現・お姉さんたちにバンバン指示を飛ばして広場に調理場を作ってしまう。

マッチョたちはカッコいいところを魅せたいのか腕捲りをしながら興奮気味に熊の解体に入った。

何だか楽しそうだ。解体なら俺もできる。

いや、むしろしたい。


熊の解体をウズウズしながら見つめていると、突然袖がくいっと引っ張られる。


「ん?」

「ぃた、あぶぇるぺぁ。しぇあどぅぃたぁん?」


舌足らずな声で何かを伝えようと小さな金髪の女の子がくいくいと袖を引っ張っていた。くりくりの大きなブルーアイがお人形みたいで可愛らしい。

だが、何を伝えたいかが解らない。

俺は女の子を怖がらせないよう、しゃがんで目線を合わせると首を傾げてみせた。


「どうしたの?」

「ぃた、あぶぇるぺぁ。いた、はず、ふぇす、しぇあどぅぃたぁん。うぶぶふぅ。でぃはしぃ」


女の子は伝わっていないのが判ったのか、俺が理解出来るようにジェスチャーで顔や手を洗う仕草をやってみせ、そのあと広場から少し離れた所を指差した。


そこでは熊を倒したときに最初に声をかけてくれた女性が桶を持って立っていて、目が合うとニッコリ笑って桶を掲げてみせた。


…なるほど、汚れを落としませんかってことか。


おっと、お背中流しましょうかだったら良いななんて思ったのは僕らの秘密だぜ。


「お湯が借りられるのかな?お願いしよう。ありがとう、お嬢ちゃん」

「あぃ♪」


言葉は伝わらなくても想いは伝わったのだろう。女の子はニッコリ笑って俺の手を引いてくれた。


何だろう…この村の女性って笑顔が素敵だ。




結果として言えば風呂でも湯でもなく、温めの水だった。

だが、桶いっぱいの水と清潔な布を用意してくれた事に感謝しながら顔や手足、頭などを拭いて体も心も爽快だ。


「ありがとうございました!」


そう言って頭を下げるとお姉さんは首を横に振ってまた笑って去っていった。

どうやらさっきの女の子お母さんらしい彼女はやはり金髪のブルーアイで、その笑顔はまるで聖母のような…


「イェァッ!!カディバアル!!」

「カーディバルイェァ!!」


って、うるせえな!


どうやら熊が解体し終わったらしい。

男たちが拳を振り上げ雄叫びをあげている。

女性陣はここからが本番だ。

まるで戦場に居るような顔つきでどんどん調理していく。

気がつけば広場は軽くお祭り状態だ。

熊だけじゃなく、鳥や豚の肉らしき物も並び、魚や野菜も次々運び込まれていた。

酒も運び入れられているようだが手を出そうとする男たちをお姉さんたちが巧みに阻止している。


「まあ、あんな大物だからなぁ。お祭り騒ぎになるも分からないでもないけど、ちょっと大袈裟じゃないか?」


楽しい雰囲気は好きだがどうしてこれ程喜ぶのかイマイチ理解できない。

誰かが答えてくれるわけでもないが、口に出さずにはいられなかった。

すると、答えは以外なところからやってきた。


「ソレは、アル理由かラ、この辺りデハ動物達ガ激減シてしまっタからデス」

「っ!!?」


いつの間にか近くに二十歳くらいの色白の青年が立っていた。

彼の俺を見る瞳は黒。髪の色も黒。

現代日本でよく見る顔つきで、体型も農耕民族である日本人に近いように見える。


そして……日本語。


「ワタシは、マーベル・オダといいまス。アナタがワタシの祖父と同ジ国かラ来た迷い人ですカ?」


カタコトな、典型的な外国訛り。

だが、間違いなく日本語だった。


俺は突然のことに驚きながらもなんとかコクりと頷き「はい」とだけ答えた。


「ついて来テくださイ。祖父がアナタに会イたがっテいまス。そして、アナタも会いたイだろうト」

「…お、お願いします」


今度は彼が頷く番だった。

俺はその背中を追いながら広場をあとにした。





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