ヴァイセントの異世界道中4(1/2)
話を加筆修正したらやたら長くなったので前後で分割します。
続きは今夜中に投稿。
俺達はこの町の状況を甘く見ていた。
「あ~ごめんね。今は部屋がいっぱいでさ」
もう何件目だろうか。
これだけ広い町のあちこちを探してるのに泊まれそうな宿が見つからない。
いや、部屋の空きはあるにはあったが、
「いま一人分しか空いてないんだ」
「二人なら一部屋ギリギリ案内が……」
というような状況だった。
なら、と俺は別で泊まることを提案したが、俺の呪いの性質上一人にはできないと二人に止められた。
「だいたいピエタとジュウゴが長時間離れるのはマズイでしょう?」
「かといってメイプルさんだけ別では身の安全に不安があります。治安はあまり良くなさそうですし。街の外はもちろん……中も……」
街は光りに溢れ人通りも多く、一見夜でも安全そうにも見えるが、実際周囲に気を配ればガラの悪いのがそこかしこに居ることに気付く。
なかにはこちらを見て……いや、メイプルやピエタを見て、下卑た笑みを浮かべながら刃物を弄ぶような奴も居た。
確かにメイプルだけ、ピエタだけ、という状況にするわけにはいかないだろう。
どんな危険があるか判らない。
トラブルは突然やって来るのだ。
例えば、俺達の足下にいるような奴らみたいに。
「ひぎっ、あ、痛い!痛いです、すいません!」
「痛いっす!いだぃぃっ!」
「もうしませんから助げぁはぁっ!!」
ほんの五分ほど前だ。
赤髪と緑髪と金髪とを体現したようなチャラチャラした感じの若者がナイフや鉄の棒を手にニヤニヤと近づいて来た。
信号機頭の三人は俺達の前に立ちはだかり道を塞ぐと、得物をチラつかせながらこう言った。
「金と女をよこせ」
多分俺達よりは年上だろうと思う。
見た目を踏まえて、さらに女連れというのがなめられたのかもしれない。
広くはなかったが、まさか路地裏でもない明るい通りでこんな風に言われるなんて驚いた。
コイツら馬鹿だろ。
真っ先にそう思った。
確かに丸腰の女の子……メイプルはナイフを持っているが……二人に男が一人で勝てそうには思えるが、俺の腰にはナイフよりリーチがあり、鉄の棒より殺傷能力の高い刃物が下がっている。
どう考えても脅すには足りない。
襲うにも少々リスクが高い。
ああ、でも三人とも俺くらいか俺より背が高く体格もいいからそこら辺とかで“カモ”と思われたのかもしれない。
「俺たちゃ泣く子も黙るバシリタの魔獣、キンベル三兄弟。アンタら、泊まる宿が見つからないんだろ?なら金なんて必要ないよな?貰ってやるから女と有り金置いてきな」
「は、はぁ……」
俺はその“魔獣”を食べる“魔人”ですが。
余程強いのかと思ったが、長男っぽい赤信号が両手両足を横に広げた体勢でナイフを左右にキャッチボールしているのを見てすぐに弱いだろうと判断した。
まあ、実際に弱かったんだけど。
なにせ、
「ナイフをそんな持ち方しちゃダメよ」
「です」
「へっ?ーーがっ!?」
メイプルにナイフを空へと蹴り飛ばされ、ピエタに編み棒でノされるくらいだ。
ていうかピエタ、どこから出したのそれ。
……で、まあそれで、残りの鉄の棒を持った二人は俺が片付けて、今は兄弟仲良く地面に転ばされているって状況だ。
赤信号と黄信号はしゃがんだ俺に膝関節を極められている。グッとより深くしゃがめば痛みが強くなる状態だ。
青信号はメイプルに踏まれ、起き上がろうとするとピエタに編み棒で叩かれている。
赤と黄は辛そうだが緑が少し嬉しそうに見えるのはどうしてだろう?
「さて、二人ともどうする?とりあえずメシを先に済ませようか?」
「ちょっ、あ、あの!」
「私はどちらでも。お二人に任せます」
「痛いって!マジ骨が折れちまう!」
「アタシは……そうね……先に食事にしましょう。それから宿が見つからなかったら、その時はその時に考えたら良いわ」
「おぅ、おぉぅっふ」
メイプルが諦めたようにため息を吐き出して肩を竦める。メシも食べられない、宿も泊まれないよりはマシといった判断だった。
俺とピエタも仕方がないと肩を落としため息をつく。
すると突然、赤信号がエビ反りをしながら苦しそうに叫んだ。
「あ、あのよぉ!アンタら、宿、宿なら、あるからよぉっ!」
聞き間違えだろうか?
俺達は顔を見合わせる。
「こ、この先の[日の出]って酒場!」
今度は地面でタップしながら青信号。
「ぉお、オレたちの“家”が、宿もやってるぅ!」
最後に黄信号が身悶え叫ぶ。
俺達は再度顔を見合わせた。
「「「それなら普通に誘え(ってください)!」」」
どうやら今夜の宿はどうにかなりそうだ。
………
オラバルト北区七番通り。
沢山の職人が店を構えているこの通りは、金物を作る店が特に多く、鉄を打つ音が朝から晩まで響き続けたことから鐘打ち通りと呼ばれるようになった。
キンベル三兄弟[赤信号・黄信号・青信号]の家、[日の出]という酒場はその通りの一番奥にあった。
二階建てで奥行きがあり、建物は少々古いが宿屋も兼ねているだけあって大きい。
ただ、外から見た限り活気は無いが。
「立地が悪いんだよ。ここは街の端っこだからな。別に店は悪くない」
「ウチのは元々鍛冶屋だったんだ。お袋が店番して、親父はずっと剣やら槍やら作って軍に卸したりもしてた。店も大通りの方にあったんだぜ」
「でも四年前に親父が病気で死んじまって……店は売り払ったんす。母ちゃんは宿屋の娘だったからそれを活かすつもりでこのボロ家を買って酒場兼宿屋をやり始めたんすよでも……」
上手くはいかなかった。
近隣住民がたまに酒場へ落としていく金で日々を過ごすので精一杯。
だいたい宿が密集しているのは反対側、入り口に近い南区の方で旅人はそこへ集まる。
酒場や飲食店も東側に多く、わざわざ北区の端まで来る者はいないのだから当然ではあった。
「客が来ないどころか、旅人はもちろんのこと町の住人でもここにこんな店があることを知らない奴だっているかもしれない」
「じゃあ、アンタらが宣伝して呼び込めば良いだろ」
「いや、それが……」
「オレたちは……」
「あまり評判が……」
これまで好き放題に生きてきた三兄弟は、この町では悪いほうで結構顔が知られていた。
宣伝し、呼び込みもしたがむしろ逆に店の悪評が立つ始末だったらしい。
三人は宣伝を諦めた。
自分達が直接宿に関わってはいけないと思い家も出た。
だが、どうにかして母親を支えたいという思いは強く、ならばとギルドに登録して仕事を始めたが、依頼者側とトラブルを起こして登録抹消、出入り禁止に。
結果、三人はこういった形で旅人からカツアゲをして宿の運営費を工面しようとしたのだと言う。
「でも、女は?必要ないよな」
「いや、それは……」
三人はメイプル達を見て恥ずかしそうに頬を掻く。
「お二人が美人だったもんで……」
「つい欲しくなって……」
「なら仕方ないわね」
「です」
「おいっ」
メイプルがうんうんと満足げな顔で頷いている。
ピエタも顔には出していないがゆらゆらと隠れた尻尾が揺れているのが判った。
「……ったく。まあ、何にせよ犯罪は良くない。そんな金を貰ってもお袋さん喜ばないよ。それに、そんなことしたらいつか痛い目に遭う。今夜みたいにね」
「そりゃもう、痛いほど解ったよ」
「でもよぉ、オレたちは頭良くねえし、ガラも悪いし、仕事先まで封じられたらこんな方法しか金を稼ぐ方法が思いつかなくてよぉ……」
「ギルドでさえ仕事が少ない状況で、個人的に仕事を貰うなんてできねぇっす。……どうしたら良いもんか……もうわかんねえっすよ」
三人は肩を落とし、明日の稼ぎをどうしようかとため息をついた。
俺はそんな三人の様子に苦笑しながらベルメリオの肩を叩いた。
「何言ってるんだよ。仕事ならやってるじゃないか。まさに今」
「え、それはどういう?」
「真面目に生きればってこと」
さあ行こう、と俺が促し酒場へ入って行くとピエタがすぐあとに続いた。
三人はその背を見送りながらキョトンとして首を傾げている。
メイプルは酒場の入り口に足をかけると振り返り、腰に括った小銭入れから硬貨を一枚取り出してベルメリオに指で弾いて渡した。
「案内の代金よ、おつりはいらないわ」
キャッチしたベルメリオの手にあるそれは金貨だった。
それに気づいた三人はギョッとして首を振る。
「こ、こんなには!」
「いいから受け取りなさい。そして、そのお金で身嗜みを整えて、もう一度貴方達にやれることを探してみなさいな」
「いや、しかし!」
「過去の貴方達を変えることはできないわ。なら、今の貴方達が変わりなさい。そしてどんなに白い目で見られようと、馬鹿にされようと、血と涙を流すことになっても、一つ一つやり遂げなさい」
「アンタ……」
「それと……支える家族がいるってことはそれだけで幸せなことよ。大切になさい……」
「「「???」」」
最後のほうはか細く、三人にはよく聞き取れなかったが、それでも三人はメイプルの笑顔に頷いて、俺達の背に手を振った。
カランカロン……
胸の位置にある小さな戸を押し開き店内に入れば、小気味良いカウベルの音が客の入店を告げる。
店内の広さは見た目以上だった。
カウンター席有り、テーブル席有り、更には小さいがステージまであった。
全体的に年季が入った……悪く言えば古くさい造りだがどれも味があるように思う。
テーブルはいくつか片付けられているみたいだが、多分全席稼働で五~六十人のキャパは有るんじゃないだろうか。
とはいえ、今入っている客は三人で、広さがある分それが悪目立ちしているのが残念だ。
だが俺はここを一目で気に入った。
懐かしい感じがしたからだ。
酒場から直接二階に行けるように階段も作られているのがスノクの[胸元の星明かり]を思い出したのかもしれない。壁の乳白色と木の深みのある茶色に田舎の建物の温もりを感じたのかもしれない。
いや、何より入った瞬間に感じた“匂い”が良かった。それを一目と表現するのもどうかとは思うが、まるで家に帰ってきたような心地好さがあった。
「見た目より感じのいい店ね」
「ああ、俺は気に入った」
「確かに『店は悪くない』って言葉通りですね」
二人の受けた印象も良いようだ。
「いらっしゃーい。好きな席にどうぞー」
カウンターの奥の調理場であろう所から、威勢のいい女性の声が飛んできた。
どうやら三兄弟のお袋さんは料理を作っているらしい。
俺達は顔を見合わせると、客が珍しいのかこちらを見ている三人組の男性客から離れるようにホールの奥へと進み、テーブルに着いた。
すると、男性客の一人がおもむろに立ち上がり、俺達の方に近づいて来るじゃないか。
なんだなんだ?もしかして貸し切りだったとか?
文句でも言われるかと俺達は思わず身構えた。
……だが、はて?俺はその男に見覚えがある気がする。
「失礼、もしかして……ジュウゴ・カラクラ君ではないかな?」
刈り上げられた赤毛に琥珀色の瞳。
長身で旅装束の上からでも判る、引き締まった体。
戦士や武人といった言葉が似合うような壮年の男は微笑んでいるつもりなのか厳つい顔をニヤリと歪めて俺の前に立った。
「えっと………って、アンタは!」
思い出した。
忘れるはずなかった。
彼はスノクの駐在軍の戦闘教官。
俺はこの人と拳で語り合った仲だ。
「ブリック!?ブリックさんじゃないか!」
「ハハハ、やっと判ったか。店に入ってからずっと視線を送っていたのに気づいてくれなかったからどうしようかと思ったよ。ヘイツ、アルバーも来ている。ほら、訓練でキミに突っかかって、真っ先に殴り飛ばされた奴らだよ」
ブリックさんがいたテーブルを見やれば確かに見覚えがある青年が二人。
お互いに手を挙げて挨拶に代える。
「ブリックさんはいったいどうしてこんな所に?スノクから異動になったんですか?」
「いやいや、そうじゃない。今回のスノクの騒動についての報告書等の書類をここの駐在に提出に来たんだよ。あとはこっちから人員を回してもらえないかって相談にな」
「そうなんですか。軍は結構被害が大きかったみたいですからね」
「ああ、死傷者で半壊状態だ。まあ、それでもあんな状況だったんだ、奇跡的だと言える」
私もよく助かったよ、とカラカラ笑うブリックさん。
その体には沢山の傷痕があったが、今回はそれがまたおびただしい数で増えている。まだ包帯もとれていなかった。
「なのにあの夜から一週間も経たない内にオラバルトにお使いだ。流石に死ぬぞって思ったよ」
いや、そもそもなんで動けるんだアンタは。
「まあ、書類と要請の返信を貰うのにしばらくかかるから、観光と治療を兼ねてゆっくりさせてもらうがな」
「それが良いですよ。これからは息子さんを鍛えるんでしょ?体は労らなきゃ」
「ああ、アイツには教える事が山ほどある」
「ほどほどにしないと」
「善処はするよ」
ハハハとお互い笑い合ったところで、メイプルが俺のジャケットの袖を引いた。
「ジュウゴ、アタシ達にもそちらの小父様を紹介してくれるかしら?」
「あ、ああ、すまん。こちらはスノクに駐在してる軍の戦闘教官でブリックさん。一度話したことあったよな。以前ギルドの依頼で知り合ったんだ」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません美しいお嬢さん方。ブリック・ウエストと言います。以後、お見知り置きを」
似合わないと言ったら失礼だろうが、ブリックさんは騎士もかくやというような所作で二人に挨拶をした。
すると、メイプルも椅子から立って、ワンピースの裾を掴み軽く膝を折って浅くお辞儀し、元お嬢様らしく優雅に返した。
ピエタも慌てて立ち上がりペコッとお辞儀する。
「メイプル・キャロディルーナと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「あ、あの、ピエタ・リコルスです!どうもご丁寧に!」
二人への紹介が終わるとブリックさんは一緒に食べようと誘ってきた。
ピエタのことがあるしあまり一緒は好ましくなかったが、断るのもどうかと思い、テーブルを寄せ合い座ることになった。
それからしばらくスノクでの話や旅の話などをしながら談笑し、女将さんが来るのを待った。
どうやらここの女将さんとブリックさんは幼馴染みらしい。
そんな話が、占いがよく当たるという奇術師の話に差し掛かった、ちょうどその時だ。
「はいは~い、お待たせお待たせ~」
空きっ腹を刺激する香りを放つ料理が明るい声とともに運ばれて来た。
運んで来たのは紫がかった髪の四十歳くらいの女性だ。彼女がここの女将のキンベルさんだろう。
小柄で痩せてはいたが目に活力があり、雰囲気は肝っ玉母さんだ。
「はいっ花摘鳥の香草包みと三種キノコの野菜炒めね。麦酒は後で、発酵豆のスープはシメに持って来るから。……って、今夜はどうしたことだろうね、有難いことにお客さんが六人も来るなんて。いらっしゃい、お嬢ちゃん達」
ニカッと笑う顔には皮肉や自嘲の翳りは無い。
太陽のように明るいキンベルさんの笑顔につられて、俺達も笑顔で返した。
「ヴィオレッタ、この子達は私の友人でね。宿のほうのお客さんでもあるらしいから、良くしてやってほしい」
「おや、まあまあまあ、そうなのかい!?嬉しいねぇ、有難いねぇ。部屋は全部綺麗にしてあるよ。どうせ全部空いてるんだ、好きな部屋に泊まって行くといい。値段は幼馴染みの友人価格でどの部屋でも三人で一泊銀貨三枚にしといてあげよう!」
安っ!?
一人銀貨一枚とかタダ同然じゃねえか。
「あ、あの女将さん、流石にそれは安過ぎますのから一人銀貨三枚に」
「いいからいいから。その分ここで料理を頼みな。アタシは料理を作るのが好きなんだ」
「あ、いや、でも……」
「ジュウゴ君、ヴィオレッタはこうと決めたらなかなか曲げないから、キミは厚意を受け取っておけばいい」
「そうそう!店主のアタシがいいって言ってるんだからいいんだよ」
「はぁ、ならお言葉に甘えて」
三兄弟の話を聞いた手前、気持ちの問題で適正な
価格を支払いたかったが仕方ない。
メイプルも豪勢にって言っていたことだし、ここは高い料理を頼むとしよう。
それからメイプルにお願いして高めの料理を中心に頼んでいき、ブリックさんと軍の二人を交えた遅めの夕食は酒も入って久しぶりに愉快で賑やかなものとなった。
そして、11時の鐘が鳴ろうとする頃、シメのスープが運ばれて来た。
スープはこの世界では初めて見る茶色いもので、少しの野菜が入ったシンプルな物だった。
平たいスープ皿に入ってはいたが、俺はそのスープの醸し出す匂いに懐かしい物を思い出し、ひどく心を揺さぶられた。
「発酵豆のスープだよ。変わった味だけど、なかなか貴重な品でね。この国では多分ウチしか扱わない特別な品さ」
「…………そ、そうですか………」
「……?どうしたの、ジュウゴ?」
「いや、なんでもない。いただきます」
俺は改めて手を合わせると、匙で一すくいして口に運ぶ。
「……っ!?」
味噌だ……。
この味。
この匂い。
嗚呼……これは味噌汁だ。
そう思った瞬間に、俺の手は皿の中の味噌汁を一心不乱に掻き出し始めていた。
はっ、はぶっ……ずっ………ずずっ……
運ぶ、運ぶ、運ぶ。
掬っては口に。
作法だとか、マナーだとかあるだろうけど、俺の手は止まらなかった。
最後は皿ごと持ち上げてすすり、皿の中身は綺麗に無くなった。
「嬉しいねぇ………そんなに泣くほど美味しいかったのかい?」
「え?」
「ジュウゴさん……」
ピエタが手を伸ばし、ハンカチを俺の“目許”にあてた。
「お、俺……何で……?」
いつの間にか泣いていたらしい。
気づけば涙が後から後から溢れ落ち、止まらなくなっていた。
唇は戦慄き、手足が震える。
それは戦いでもなかなか感じない、制御できないものだった。
俺はそれを隠すように俯いて、顔を両手で覆い、震える唇でどうにか一言だけ言葉を紡いだ。
「美味し……かった……です……」
その震えが止まったのは、鐘が十一回鳴り終えてしばらくしてからだった。
………
「しっかし、アタシが言うのもなんだけど、よくもまあこんな場所に宿があるなんて知ってたね」
ヴィオレッタさんがそう切り出したのはブリックさん達が部屋を借りている軍の寮へと帰っていった頃だ。
泣き腫らした目もすぐに再生して元通りになり、今はその涙の跡もない。
俺はどう伝えたものかと悩んでいると、メイプルが代わりに答えた。
「息子さん達の紹介です」
素直にそう言うと、ヴィオレッタさんは驚き目を見開いた。
「まあまあまあ、あの愚息どもがアンタ達をかい!?そりゃ驚きだ。帰ってこないと思ったらこんな殊勝なことをねぇ」
「小母様の為にと仕事を探して頑張っていましたよ」
「へぇ、そりゃ嬉しいねぇ。でも、そんなことしなくてもさっさとウチに帰ってきてアタシの手伝いでもしてくれたほうが助かるけどねぇ……」
ヴィオレッタさんの笑顔が少し寂しげに曇る。
どれだけ気丈に振る舞っていても家族のいない寂しさは耐え難いものだろう。
「自分達が店に居たら迷惑がかかると思っているようですよ」
「バカな子達だねぇ……気にすることないのに……」
「いずれ戻ってきますよ。きっと」
「そうかねぇ。そうだと良いねぇ」
戻って来なかったら引き摺ってでも連れて来てやる。
「……って、なんかしんみりしちゃったね。さ、もう夜も遅い、そろそろ部屋を決めて寝な。あ、お嬢ちゃん達は湯も使いたいだろ?用意するよ」
「ええ、では頂きます。あと、できたら部屋は三人で使いたいのですが、大部屋はありませんか?」
「三人で?」
「ええ」
メイプルが頷くと、何故かヴィオレッタさんはニヤニヤ笑って俺の背を叩いた。
「大きめの湯桶を用意するよ。部屋も一部屋広いのがある。二人部屋だけどそれで良ければベッドをくっつけて使いな。……しかしまあ、なかなかやるねぇ色男」
「は、はい。どうも」
「アハハハ。今夜は耳栓して寝なきゃねぇ~」
なんでやねん。
いや、そりゃするけども。
頑張るけども。
「あっと、そうだ。何泊するんだい?まとめて三日分から先払いもできるよ。ちなみに食事は毎回別料金だけどまとめ払いなら朝食一品か湯の薪代はタダだよ」
「えっと……」
「とりあえず三日分でいいんじゃない?どうせお母様達の話を訊いて廻らないといけないでしょ?」
「占いもすぐできるか分かりませんし、私もそれが妥当だと思います」
「そうだなぁ」
まあ、多分外まで話を訊いて廻ってたら二日や三日じゃ終わりそうにないけど。
「なんだい、アンタ達も奇術師の占いが目当てなのかい?」
「ええ、俺が家族を探しているんです。でもどこにいるか何の手懸かりもなくって。それで探しているうちにここの奇術師の占いがよく当たるって聞いてここへ」
「なるほど……なら、アンタ達にも見せないとね」
「見せる?」
「ちょっと待ってな」
そう言うとヴィオレッタさんはカウンターに入り、奥の棚から何か取り出してまた戻ってきた。
その手には一通の古びた白い便箋。
「この町に例の奇術師が現れた時かな。その奇術師がウチに来てねぇ。それを置いて行ったんだよ。これからここに来てワタシに会いに来たと言う人がいたらこれを読ませてくれって。あの発酵豆のスープの素を二樽とレシピを報酬に置いてね」
俺はその便箋を恐る恐る受け取った。
何故か心臓が早鐘のように脈打ち始める。
「その中は多分、誰かに宛てた手紙が入ってるみたいだね。何人かに見せたけど、誰も読むことができなかったけど」
ゆっくりと、その封を開ける。
中には二枚、古びた物と新しい物、確かに何か書かれた紙が入っていた。
俺は、その紙を開いて………
「………っ!?……ヴィオレッタさん、[ヘヴロニカ像]ってどこに在りますか?」
「え?ヘヴロニカ像ならここから中央通りに出て南に行けばーー」
「ーーっ!!」
外に……ヘヴロニカの像の下へ、駆け出した。
「ジュウゴ!!」
「ジュウゴさん!?」
背中にメイプル達の声が追い縋るが、俺はそれを全速力で振りきる。
風がビョウビョウと鳴いては景色とともに後方へと流れていく。
「くそっ……どういうことだよ……どういうことなんだよ!」
噛んだ歯がぎしりと軋み、拳には掌を破らんばかりに力が入った。
手の中では手紙が音を立てて歪む。
これは俺へ宛てた手紙だった……。
新しい手紙には何故か[日本語]でこう書かれていた。
ーーーやあ。この手紙を読んでいるということはキミはやっとこの場所に辿り着いたんだね?
大分時間をかけたようじゃないか。
いつもワタシが口を酸っぱくして言ってたのにキミってヤツはいつまで経ってもノンビリしてるんだから。
まあいいや。
それで、ちゃんと選択肢を間違えずに[運命の人]を手に入れられたかな?
そこではまだ二人……いや、三人だったか。
他にもまだ手に入れなきゃならない[幸せな結末に辿り着くための糸]は沢山あるよ。急がなきゃ。
ああっ、でも、急ぎ過ぎて選択肢を間違えたらダメからね。
キミはとっても慌てん坊だから。
さて、あまり長々書いているとどうも逢いたくなってしまう。だから、話を進めよう。
二枚目の手紙を読んでくれ。
これを読んでいるキミがワタシの愛する人ならば、きっと続きが知りたくなるはずだ。
もし、知りたくなったなら、すぐにヘヴロニカ像の下へ向かえ。
零時の鐘が鳴る前に。
ーーー
最初は誰に何を言ってるのか分からなかった。
だけど、二枚目を読んだとき、理解した。
二枚目に書かれていたいたのは……いや、恐らくは一枚目も、俺[柄倉重悟]に宛てた手紙だと。
ーーーこの手紙を読んでいるということは、あなたはわたしと同じ[日本人]であるか、もしくは[日本語]を理解できる人であることと思います。
で、あるならば、あなたにこの手紙を託したい。
そして叶うなら、私の家族に、愛する息子に、この手紙を届けてほしい。
私の名前は[柄倉万葉]。
異世界[地球]から召喚された[日本人]です。




