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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
転・ヴァイセントの異世界道中
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ヴァイセントの異世界道中3

バシリタを出て北北東へ、八日目の昼過ぎ。


俺とメイプル、ピエタの三人は街道脇に立てられた


『この先、国境の町オラバルト』


と書かれた看板の横で少し遅い昼食をとっていた。


“この先”とは書かれているが、実際にはここから徒歩では早くて1日半といったところだろう。


だが、それでも予定していたよりも早くここまで来ることができていた。


今までの旅は体力の無いメイプルのことを考えてスローペースでやって来たのだが、旅慣れてきた為か急に体力や筋力をつけてきたメイプルが俺やピエタのペースに合わせられるようになってきて、あまり気遣わなくてよくなったのが要因だろう。


成長を望まれている部分は成長していないが、別の部分は強く逞しく成長したらしい。


とりわけ驚いたのが、ピエタのフォローがあったとはいえ、つい昨日メイプルが一人で狩りを成功させたことだ。


獲物は額に一本太くて短い角の生えた大型犬サイズの鹿のような生き物だった。


名前は[突き小馬(ヘネヘン)]と言うらしい。


鹿だと思ったらポニーだったようだ。


動きは鹿と違ってそんなに速くはなかったが、力は強く気性が荒いとのことで魔物ではないにしろ危ない獣。俺が臭いに気付き、ピエタが獲りに出たのだが、なんとそこでメイプルが自分にヤらせろと言ってきたのだった。


さて、その成果はというと先に述べた通りだ。


「馬って身は堅いけど脂身が少なくて次々いけるから良いわね」


今は俺達のお昼御飯になっている。



天気が良く、気温も過ごしやすいものだったが、今日は少々風が強い。


舞い上がる白砂や口や目にかかる髪を気にしながらも、木筒から塩を塗った馬肉を取り出し、ナイフを串がわりに次々焼いては口に放り込んでいくワイルドなメイプルを横目に見ながら、俺は気付かれない程度に苦笑した。


「焼いて食べてるからなおさら堅く感じるけど、刺身ならもう少し柔らかい食感を楽しめていたかもね」

「生肉を刺身で食べるの?でも昨日も焼いて食べたわよね?」

「馬刺しって言って俺の住んでいた国では食べてたよ。一般的ではないけどね。他にも鹿とか牛とかも生か生に近い状態で食べることはよくあるんだ。タレとか付けてさ。ただ、新鮮じゃないとダメだしこういう環境では衛生的に問題があるから焼いたんだよ」

「ふーん………(もぎゅもぎゅ)……」

「食べてみたいですねぇ」


鹿刺しも美味いよなぁ。

もみじおろしか生姜を添えて醤油とかにちょんとつけていただいて。

ユッケとかもいいよな。色々あって食べられなくなっちまったけど。


………食べたくなってきたな。



ホームシックは食べ物の違いから望郷の念にかられかかることが多いらしい。


人が死ぬ時によく口にするのは、家族のことか故郷の食べ物のことかというくらいだから、食べ物の存在が人の心の中を占める割合というのは如何に大きいかということが分かる。


空を見上げれば青い空と白い雲。


元の世界と大して変わらないような気がする風の匂い。


それはどこかの田舎に来ているだけのように思えるが、空に輝く双子の太陽が残念でしたと言わんばかりに否定する。


今頃みんなどうしているだろうか?


じいちゃんや近所の人達、友達やクラスのみんな。


飛行機とともに一家まるごと消えちまって心配してるだろうな。


こちらに来てまだ一年と少しだがもう随分会っていない気がする。


一人一人名前と顔を思い出そうとするが、名前が出てきても顔が朧気にしか思い出せない。

俺って奴は薄情なことにじいちゃんの顔すら記憶が曖昧になっているようだ。


色々あったせいか、それとも竜やらなんやら食べてしまった影響か。

何にせよ、このままだと母さんや千智の顔も忘れてしまいそうで怖い。



「…………」


とにかく、早く母さんと千智を見つけて元の世界に……元の世界……元の………。


でも、俺は元の世界へ帰るのだろうか?



こんな体で。

居場所はあるだろうか?


メイプルと別れても。

失うことはできるだろうか?


ピエタを置き去りにして。

彼女には自分が必要なのに。


もし、“その時”が来たら俺は………。


「どうしたのジュウゴ?」


空を仰いだまま、苦い顔にでもなっていたんだろうか。メイプルが食べるのを止めて心配そうにこちらを見詰めていた。

ピエタも何かを察したように尻尾と一緒にシュンとしている。


「ん、何でもないよ。馬刺し食いてえなって思ってさ。ただ、それだけ」

「そう。なら……いいけど」

「ジュウゴさん……」


まあ、アレコレ・たられば・もしもしと、仮定の未来を考えてもしょうがない。

俺はあんまり物事を深く考えたりするのは得意じゃないし。



「さぁて、腹がふくれたら出発するぞ。夜の分も残しておけよ、メイプル」

「……(もぎゅっ)……じ、ジュウゴじゃないんだからそんないっぱいは食べないわよ!こ、これくらいでもうお腹いっぱいよ!」

「あ、私はもう少し頂きますね」

「じゃあ俺も」

「あ、あぁ、ちょっとアタシも!」



結局全部平らげて、俺達は道中今夜のオカズを探すはめになった。





………




オラバルトはプラブドールとシーリカの国境の町。


白砂の大街道を進めば必ず立ち寄ることになるその町は、町と言うよりも都市と言ったほうが正しいくらいに広く、賑やかだ。


とても1日で見て回るような場所じゃないらしい。



さて、オラバルトというのは


山を越えて北西に進めばプラブドール、

街道に沿って東に進めば次の町ナーゼ、

森を通る北東ルートなら湖上の町セタ、


この何れにも行ける交叉点としてあり、始まりと終着点のような場所柄、人種が多彩で物流が多く、商業がとても盛んなんだそうだ。


そのお蔭か文化の面でも王都に勝るとも劣らず発展が進み、町の職人達の技術力は高くどれもこれも質が良いらしい。


食べ物の種類も豊富だということだから俺はそっちに期待しよう。

この体になってから“食べる楽しみ”が今まで以上に感じられるようになった気がする。


まあ、それはいいとして。


なんでもお隣プラブドールは今どうやら国内の問題を抱えていてるそうで、その問題のせいでシーリカ国内にじわじわとプラブドール国民が避難、移住してきているらしい。


その主な移住先。

それがオラバルトとなっているそうだ。


普段から賑わっている町がさらに人で溢れかえって、溢れた人が町の外周に簡素な住居を造り、そこからまた溢れて外周に掘っ建て小屋が並んでいって、今はどこまでがオラバルトの町と言えるのか判らなくなっているとは道中出会った商人のオジサンの談。


この事には町の管理者はもちろん、シーリカ王国のお偉いさん方も頭を抱えているらしい。


治安の問題もあるし、多方面に需要と供給の差が出るしってか。


だが、俺にとっては人が多いのは好都合だ。


人の数だけ情報は集まる。


奇術師の占いだけじゃなく、自分の目や耳で得られるものも多そうだ。


もしかしたら母さんや千智もそんな中に隠れて住んでいるかもしれない。時間があったら難民の住居も見て回ろう。



「……なんて、軽く考えていた時期が俺にもありました」


あの看板を過ぎてからオラバルトに着いたのは翌日の夜。


意外にも早く着いたと喜んだのも束の間。

俺達の顔はひきつっていた。


「商人のオジサンが言ってたのはコレか」


地面に棒を突き立て、板を置いただけの小屋。

テントとしか言えない簡略的な寝床。

お世辞にも家とは言い難い建物がズラリと奥の奥、ずっと向こうまで並んでいる。


確かに人は多そうだ。

予想以上に。


だが、話などまともに訊けるだろうか?


その中を往き来する人はみな一様に疲れた顔で、ボロを身に纏い、肌は汚れて髪は脂ぎっている。

輝きの弱いあの瞳をみると、難しそうな気がしてきた。


「栄えた町の一角にしてはあまりに酷い光景ね」

「ああ、そうだな」


パッと見て浮かんだのは[スラム]だ。


別にスラムがどうこうと悪く言うつもりはないが、俺の中のネガティブなイメージの街としてその言葉は浮かんできた。



進むことを少し躊躇(ためら)ったが白砂の街道はその中に延びている。行くしかない。


奥に行けば行くほど周囲の建物が少しずつ見れるもの(・・・・・)に変わっていっている様子からコレが難民の一次、二次の差なのだろう。


人の身なりもだいぶ違う。


それでもごちゃごちゃし過ぎて一度大通りから外れたら二度と帰ってこれそうにないその場所は、さながら九竜城か。


「あ、どうやらやっと本当のオラバルトに着いたみたいです」


ピエタの指差す先、そこには橙色の灯りで照らし出された門があった。


『ようこそオラバルトへ』


門には大歓迎!といったように笑顔で手を広げる男女の絵が描かれた看板が吊り下げられている。


「こりゃすげぇ……」

「外の様子とは大違いね」

「うわぁ~キラキラしてます」


門の下に立ち、俺達は感嘆の声をもらした。

メイプルの言う通り、門からのアッチとコッチじゃその光景は天地の差だった。


恐らくはもう夜の九時は過ぎているだろう。

だというのに街は光りと笑い声に溢れていた。


光量は弱いがこの世界では初めて見る街灯。

広場には噴水と時計。

どんな仕組みになっているのか、電気もないのにネオンの如く色とりどりにキラキラ光る看板。

街路樹や草花も植えられ綺麗に整えられている。


長崎の一部で見られそうなオランダを連想する建物が多く、驚いことに水路も有るようだった。


俺は驚いたのと同時にどこか懐かしい感じもしていた。


違う部分も多いが、その文明の光りに元の世界を見た気がしたからだ。


「ゴ……ウゴ……ジュウゴってば」

「え?あ、ああ、どうしたメイプル」


いつの間にかボーッとしてしまっていたようだ。

メイプルが眉を寄せ、俺の頬をぺちぺちと叩いていた。


「どうしたじゃないでしょ、それはコッチのセリフよ。アナタ、昨日からちょっと変よ」

「お疲れなのですか?それとも………」


俺は『いや』と首を振る。

メイプルの手を取り、昨日みたいにシュンとしているピエタを心配ないと撫でてやる。


「俺の世界でよく見かける物があってさ。技術力高いなぁとか思って見入っていたんだよ」

「……まったく。心配になるからそういうの止してほしいものね」

「まったくです」

「ハハハ……いやぁ、すまんすまん」


二人の膨れっ面に苦笑で返す。

少しばかり元の世界を想って寂しくなったりしたがそこは内に隠した。


「さて、さっさと宿を探そう」

「こんな時間だから宿では食事出してもらえるか微妙ね」

「まだ開いているお店も沢山あるみたいですし、その時は食べに出ましょうか」

「そうだな。今夜はちゃんとした食事がしたい」


チラリとメイプルを見ると彼女も俺を見詰めていた。


「メイプル?」

「今日は豪勢にいきましょうか」

「おっ!マジでか!?」

「うわぁ、楽しみです!」

「ふふふ………」


メイプルは何か察したのかもしれない。


俺は心配させないようにその言葉に乗っかって、ピエタと二人、はしゃいで見せた。




異世界道中4


予告



ついにオラバルトに着いたジュウゴ一行。

宿を探そうと歩き回って辿り着いたのは年季の入った小さな酒場。


旅人の為に部屋も貸しているとのことで入ったその酒場には思いもよらぬ人物が待っていた。


「あなたが来るのを長い間待っていました」


奇術師に占いを頼むジュウゴ。

しかし、奇術師は代償にとんでもないことを要求してきたのだった。


「金貨二百枚ですってぇっ!?」


次回、ヴァイセント異世界道中4


“金貨二百枚分の未来”


「全てを失うか、糸を掴むかはあなた次第です。柄倉重悟」




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