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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
転・ヴァイセントの異世界道中
44/73

ヴァイセントの異世界道中2

連続投稿1本目。


二本目は文化に触れるお話で本編にはあまり深く関わりません。

暗闇の中に一筋の光りが射す。

俺はその光りを目指し、進んで、暗闇を裂くようにこじ開けた。




「…………っ」




目を覚ませば、そこには見慣れぬ天井があった。


まどろむ頭でここが何処かと記憶を探ると、脳内検索が該当の記憶を引っ張り出した。


ここはバシリタの町の高級宿[金の風見鶏ファンモテア]の一室だ。



視界の端から漏れてくる淡い山吹色の光が朝だと教えてくれていたが俺は思わず目を細めた。


俺はこの異世界[ヘヴロニカ]に来てからこっち、眠りから目覚め目を開ける時、初めに見えてくるのが蛍光灯だったり好きなバンドのポスターだったりすれば良いのにとよく夢想した。


目に浮かぶのは俺の部屋だ。


パソコンとテレビとゲーム機と、申し訳程度に参考書や辞書の入った漫画中心の本棚。

休日は日課のトレーニングと提出しなきゃならん課題を片したら、ジュースとお菓子を準備して、折りたたみ式のベッドに寝転びゲーム三昧。


近所に住んでいる年下の幼馴染に呼び出されて遊びに付き合わされることもあるが、だいたい空いた時間にはゴロゴロだらだらと過ごしてまた次の朝を迎える毎日だった。


そして一日の終わりには恨み言のようにこう零すのだ『ああ、明日は学校か』って。



そんな日々が懐かしい。



だが、視界を揺らして見えるのは俺の愛した近代日本の一室ではない。


それはいつものことで、いつ終わるか判らない、受け入れ難い現実だ。



俺は今日もまた、違う世界の朝がやってきたことを知る。





「………っぅ………」




こっちの世界に来てからあまり良い目覚めの朝を迎えたことがない。

低血圧でもないのに大抵体に気だるさの残るようなスッキリしない目覚めが続いている。


特に夢を見た日は良くない。


そして今日も……ああ、今日なんかは随分長いこと夢を見ていた気がする。


あまり夢を覚えているタイプではないから詳細には思い出せないが、良い夢ではなかったのだろうとは思う。ドロドロとした黒いものが体内を巡る感じがまだ微かに残っていた。


加えてぐっしょりと濡れたシャツの襟の周辺が胸に貼り付いた感触が気持ちの悪さに拍車をかけている。

非常に過ごしやすい気候の土地ではあったけれど夜はまだ冷える。

だというのにこれほど汗を掻いているんだから、悪夢を見たということは容易に想像できた。


「……また……か……」


首を少し傾けただけで額から一筋雫が垂れる。

手を伸ばすと額はまるで霧吹きで水を吹きかけたみたいに汗で濡れていた。


体温がさほど高いわけでもないのによくこんなに汗を掻くもんだ。

そのせいか喉も渇いている。


ああ、勘弁してほしい。



スノクでウィスクムを退治してからというものほとんど毎日悪夢を見ている。

特に独りでベッドに入っていた最初のほうは最悪だった。


強烈な孤独感。

喪失感。

苦しみや訳もわからない憎しみ。


吐き気のするような感情の嵐の爪痕が胸に残ったまま毎度目覚める。

堪ったもんじゃない。


メイプル達と話し合った結果、恐らくはそれがウィスクムの呪いではないかという結論に至った。


寂しいとか、悲しいとか、罪悪感だったり怒りだったり、何かネガティブな感情を持って眠ると発動してしまう呪い。


【悪夢】


多分こんなところだろう。


魔人化が進んだことが原因とも考えられたが、能力が増えたことやそのタイミングなどを考慮するとウィスクムの呪いであるとするのが妥当だと思われた。


まあ新たに増えた力のお蔭でピエタを抑え込めたんだし、もしかすると暴走が一時的に制御下に置かれたのもウィスクムを取り込んだためかもしれない。

それは良かったと思うしかないだろう。


だが、神というような奴が実際居て、そしてそいつがこの世の生物を魔物を含めて作ったのだとしたならば、そいつに対して文句の一つも言ってやりたい。


アンタ性格悪いな、と。



俺は小さくため息を吐く。



とはいえ、そうであっても、スノクで体験した悪夢より今日のコレはあの時ほど酷くはなかったのではないだろうか、そう思った。



何故なら、俺の体には布団以外の心地いい温もりが『寂しさなんて感じさせない』とばかりにピッタリと寄り添っているからだ。



「……メイプル……」


「……んぅ……すぅ……」



右を見下ろすように見れば、そこには俺の胸の横に猫のように丸まって顔を埋めているメイプルの姿があった。


夜着とか持っていたはずだが、着ているのは俺が着る男性用の絹のシャツ一枚。

そう、素肌の上にその一枚を着ているだけだ。


布団をめくってみると冷たい空気が入るのが嫌なのか不満げに唸ってもぞもぞと足を縮めて額を俺の胸にこすり付けてきた。


小動物でも見ているようで、思わず笑みが零れる。



「おはようございます。旦那さま」



そこへ突然メイプルとは逆の左手側から、白い布を持った手と一緒に竪琴ハープを鳴らすような優しい声色が降ってきた。


手はポンポンと俺の額や首筋の汗を拭う。


それを邪魔しないよう声のした方へ首をゆっくり動かしてみると、そこにはダボダボの青い布の服シャツに身を包んだ人狼の少女、ピエタが居た。


横座りで朝日を背にして微笑むその姿は、後光が射しているようであまり信心深くない俺でも拝んでしまいそうだ。



「あぁっと……ピエタ?」

「はい、旦那さま」



確かめるように呼んでみると、頭の上のピンと尖った耳と真っ白の尻尾がぴくぴくフリフリと嬉しそうに動く。


喜びを表現するその尻尾が動くたび、丸くぷりんとした褐色のお尻がチラリチラリと見え隠れする。

こっちもシャツ一枚らしい。


「ピエタ……寒くない?」

「いいえ。私もついさっきまでお布団に包まれて旦那さまにくっついていましたから」


問いかけには答えているが手は止まらない。ピエタは丁寧に汗を拭っていく。


ていうかこの汗、二人にくっつかれていたから掻いた汗じゃなかろうか。



「……”また”今日もうなされていました」



俺の胸中の苦笑を否定するようにピエタが心配そうな顔でそう告げた。



「そうか……やっぱりか」

「はい。ただ、いつもよりは穏やかな時間が長かったようです。体の異常もあの時ほどではないのでは?」

「そうだね。そんなにキツくはないよ」


あの時というのはスノクでのことだ。


俺はピエタの手をやんわり止めながら『もう大丈夫だよ』と笑って見せた。



「二人がこうやって傍に居てくれるからだろうね」


俺が悪夢のことを二人に話してからというもの、メイプルかピエタのどちらかが必ずと言っていいほど傍に寄り添ってくれる。

特に寝る時はこうやってピッタリと傍に。


「だ、旦那さま……」



ぶんぶんぶんぶん



ピエタが頬を染めてくねくねし始めると、同時に尻尾の揺れが勢いを増した。


ああぁっ……ピエタ、嬉しいのは判るがその格好では嬉し――あいや、恥ずかしいアレコレが見えてしまうのでどうか落ち着いてほしい。


ていうか思ったんだが、確か狼って尻尾振らないはずだよな?

違ったっけ?


もう何だかこのを見ていると狼というより犬にしか見えないぞ。



ぶわんぶわんぶわん



尻尾がさらに勢いを増し、ピエタが潤んだ瞳で俺を見つめてきた。


いかん、状況がこれ以上進展するのは危険な気がする。

いま伸ばされようとしているピエタの手が俺に触れれば”こと”に突入し昨夜のリベンジマッチとなりそうだ。


ピエタ的に。



「そ、そう言えばいま何時かな~?」



俺はガバッと勢いよく上体を起こすとピエタから目を逸らすようにして背伸びをした。

俺から剥がれたメイプルが小さく唸り、もぞもぞと小さな体をさらに丸めて小さくするのが感じられた。


「は、腹の減り具合からして七時くらいかな~?」


俺としてはリベンジマッチを受けたくないわけではない。

世の男子の端くれがそんな据え膳を放っておくことができるだろうか。いや、できない。反語。


だが、だが……だ。そこは我慢だろう。

メイプルという相方が居て、ピエタという相棒が居て……孤独に塗れた異世界でこれだけ幸せな環境を得ることはそうそう無い。それこそ、もう何も考えないでしまえたら、この幸せに浸り続けられたらどれほど心が楽かと思う。きっと悪夢も見なくなるんじゃないだろうか。


だが、だが……だ。俺にはやらなきゃならないことがある。見つけなきゃならない人がいる。


『ちょっとしたガス抜きは必要だが、そればっかりじゃダメだ。メリハリをつけろ』


よく父さんに言われていた言葉だ。

ここはその言葉通りメリハリをつけるべきだろう。


うん、つけなきゃ環境に甘えて溺死しそうだ。



俺はチラリと横目でピエタの様子を窺う。

日の入り方が少し高いように感じたのでとっさに出た言葉だったが、我ながらあまりにわざとらしかったのではないかと思う。傷ついていないだろうか。


だがそんな俺の心配は杞憂きゆうだったようでピエタは特に気にした風もなく、窓の外をチラリと見ると、少しの間首を傾げ、次いでニコッと微笑んだ。


「多分、八時くらいだと思います」


尻尾の勢いが平常運転に変わる。


するとタイミングよくバシリタの時を告げる鐘が鳴り始めた。


コォン……コォン……と八回だ。


凄いなピエタ。

俺の腹時計より正確だ。


何故判ったのか訊ねてみると『勘です』と返ってきた。


この世界は元の世界と同じ時間の単位と感覚が統一された知識として周知されていたが、作りというか、そういうシステムはあっても時計というものが非常に高級だったり発達していなかったりするため時間を知らせる物が一般層に普及しておらず、鐘などで正確に時間を知る術のある町の住人でさえ時間感覚がアバウトな人が多い。


「もともと村には時間を正確に知るものがありませんでしたから、太陽の位置や体感で時間をなんとなく知る術が身に付くんです。そこからあとは町に居るときに自分の感覚と擦り合わせていくとこうなります」


それはそれで凄い。

俺の腹時計ならいつだってベルが鳴るぜ。


「もう少ししたらメイプルさんを起こして食堂に行きましょう。昨日聞いた話ではこの部屋を取った客は朝食を無料で頂けるそうですが、外でも食べられるように包んでくれるそうですし、折角ですから包めない物だけ食べて……」


ピッとピエタが人差し指を立て、少し後ろ――外を指す。


「あとはお祭りの出店でお腹を膨らませましょう」


「ふむ、それはナイスアイディアだな、ピエタ」


「はい。『ないすあいでぃあ』です」


おっと、久しぶりに元の世界の言葉が出たみたいだ。


飯の話をしたら腹の虫が騒ぎ始めたが、そこはやっぱりグッと我慢。


何せ”空腹は最高のスパイス”と言うくらいだからな。







………





多分時間は九時半くらいか、


「もうすぐ十時ですね」


「…………」


もうすぐ十時だ。



まだ朝早いように思うが、


「少し起きるのが遅かったから人が多いわね」


「…………」


少し起きるのが遅くなったので通りはすでに多くでごった返している。



くすん。



通りに連なる多くの店の主人や店員達は通りにまで出て声を張り上げ呼び込みをし、出店や露店の店主達もあの手この手でアピール合戦をしていた。



俺達は軽く食事を取った後、宿の受付に少し祭りを見て回ることを告げて部屋に荷物を置かせてもらったまま、財布だけ持って通りに出てきた。


時折肩がぶつかるくらいに人通りは多く、荷物が無いだけ動き易くて助かる。ピエタはあまり他の人に不用意に触れるわけにはいかず、俺の後ろを歩くことになるから荷物があると不便でよろしくない。


高級宿だけあってということなのか、あとは出て行くだけの俺達に宿が融通を利かせてくれて良かった。



ああ、もちろん・・・・俺は財布を持たせてもらっていない。


……持たせてもらっていないんだぜチクショウ。


「アナタすぐ使うでしょ」


「旦那さ――こほん、ジュウゴさんのお腹は浪費家ですからねぇ」


ごもっともです。


それでも二人は朝飯を我慢してお腹を空かせた俺にちゃんと配慮してくれているようで、通りに出るなりでメイプルが子力飴というアレの形のアメを、ピエタが子宝パンという甘い木の実のいっぱい入ったパンを買ってくれた。


すごく……美味しいです。


でも子力飴は見た目的にも食べるのに非常に抵抗がある。

抵抗があるんですよ。

俺、飴は舐めて無くすより噛んで食べ終わるタイプなんで。


あ、でも文句は言いません。


買ってもらえなくなるんで。




「さあ安いよ安いよ!今日は特別の大安売りだ!旅に必要な物は全部揃ってるよ!」


「ちょいと!そこのお兄ちゃん!バシリタ名物[乙女のほっぺエンデ・ロアラ]焼きたてだよ!買ってきな」


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!装飾品から日用品、書籍や武器・防具に至るまでシーリカ王都で今一番の流行品を取り揃えているよ!」


「このあと12時から中央広場にて催し物がございま~す!毎年恒例のあの大会や、大道芸、スノク青年団による演奏会などもありま~す!」


赤鳥モモンのモモ肉一個銅貨一枚半だ!三個一緒に買えば銅貨三枚の大サービス!」



何だとっ!?

それはお得じゃないか!!



「オヤジ!モモ肉さんじゅ――」

「はい、ストップ!」

「ダメですよ、ジュウゴさん」

「んむぐぅ……」



メイプルに口を押さえられ、ピエタに羽交い絞めにされる。

ピエタの身長が高いせいで俺の体が地面から少し浮いた。


焼き鳥屋のオヤジは捕らえられた俺の姿に目をぱちくりさせている。



「ちゃんと買ってあげるから、アナタは黙ってなさい」

「欲しくなったら私かメイプルさんに言ってくださいね」

「むむっぐぅ……(訳:わかった)」



何だ、やたらと二人の連携が取れてきているのは気のせいか?


俺は恨みがましい視線を二人に送るが、どうしようもないのですぐに頷く。


だってお金を持っているのはメイプルとピエタだもの。

無一文の俺に従う以外の選択肢など無いんだもの。



「じゃあ小父様、モモ肉三つくださいな」

「あ、あいよっ!モモ三つな!すぐに食べるかい?」

「ええ。でもこのまま見て回りたいんだけど」

「そうか、じゃあ器に入れてやろう」


メイプルの注文に気を取り直したオヤジは手早く恐らくは厚く切った木の皮で出来た器にこぶし大の肉を入れていく。


メイプルが銅貨を三枚差し出すと、オヤジはそれを受け取りその手に器を置いた。

器の下には掌より少し大きな茶色の紙を一枚敷いている。


「器は持って帰ってもいいが、必要なければ広場のほうに器を回収してる箱があるからそこに入れてくれ。間違ってもそこいらに捨てるようなことはしないでくれよ」

「広場ね、わかった」

「ああそれと下に敷いてあるのは油拭きだ。食べ終わった後に使うといい」

「油拭き?ああコレね、ありがとう」


あれ油取り紙だったのか。

この世界の”紙”の普及率と質の高さは知っていたが、こういった手拭に使われるほどの消耗品があるとは驚きだ。



「はい、ジュウゴ」


メイプルはオヤジから受け取ったそのままで俺に器ごと肉を手渡してきた。


「おおっ、熱々だ」


受け取ると器は結構な熱さで、中身ができたてであることを主張していた。


鳥肉ということだがその肉から溢れ出す”じゅーしー感たっぷり”のお汁は、牛や豚の肉にも負けていない。塩ではなくタレで味をつけているためなかなかの照りっぷりを見せつけてくれている。


やるなお主。


「あ、メイプル達は?」


忘れるところだった。

二人だってまだお腹が減っているはずだ。


「アタシはいいわよ。欲しかったら自分で買うし」

「私もです。それにジュウゴさんが美味しそうに食べてるのを見るほうが楽しいですから」

「そ、そうか?じゃあもらうよ?後で欲しいって言っても無いかもよ?」

「ばーか。言わないわよ。冷えないうちにさっさと食べなさい」

「ふふふ。どうぞどうぞ」


二人とも何だか微笑ましいものでも見ているようにコロコロ笑う。


何だかヤな反応だが促されるまま俺は肉を頬張った。


美味ウマし。

これは美味ウアし。



あと六つは欲しいところだが、


「ダメよ」


ダメらしいので諦めます。




……




それから催し物があるという広場に向かいながら店を見て回った。


珍しい食べ物や芸術的な細工物、貴重な本など今までの町では見たこともないような品々があちこちに並んでいて見るだけでも楽しい。


メイプルは露店に出された本と装飾品に気に入った物があったようだ。店主にあれこれ質問しながら一つ一つ吟味して品を選んでいる。ああ、選ぶのは良いんだが、妹曰く”通好み”のセンスしか持ち合わせない俺にアクセサリー類を見せて、コレはどうか、アレは似合うか、と訊ねるのはどうかと思う。


意見を言ったら『やっぱり通好みね』と首を傾げられたし。

なあ、ほんと通好みって何なんだ?

褒めてないよねそれ。


ピエタはどうも編み物とか細工物に使う品に興味があるらしい。確かに眠ることができないピエタにとって何かを作るというのは時間を有効的に使う手段でもある。糸と布を数種類買い、小さな金具のような物や裁縫道具も揃えていた。

お揃いで何か作りたいらしい。


多分きっとそれが完成したら旅のお守りとかになって、装備していると命が危うい場面とかで急死に一生を得るアイテムになるんだぜ。


これ、生存フラグ?



俺はと言えば、ちょくちょく名物やらこれからの旅に必要そうな道具を買いながら、遠くの町からやって来た商人達やこの町の住人に母さんや千智チサトの目撃情報は無いかも聞いて回っていた。


だが結局は他の町と同じだった。

特にこれといった情報は得られず、何人かにはやはり例の占いをする奇術師に会ってみればどうかと勧められた。アレはもう予言だと。


「何かもうね、やっぱこれだけ勧められるとその奇術師だとかいう人に会うのが本当に一番の近道な気がしてきた」

「一応その人に会うのがオラバルトへ向かう目的だけど、アナタそんなに占いとか信じないでしょ?」

「うん。まあ信じないっていうか、何か言われても気持ちの問題程度にしか受け取らないね」

「私は信じちゃうほうですねぇ」

「ハハハッ、ピエタはそういうの好きそうだもんな。……それでさ、さっき『アレは予言』って言われてふと思ったんだけど、魔法とかがあるこの世界じゃ占いっていうより予言のほうが信憑性があるような気がしないか?俺は何だか色々訊ねて回るよりその人のとこに行ったほうが早いような気がしはじめた」

「確かにそうね。魔法なんて不思議なモノが存在するんだから予言もあるでしょうし」

「ですねえ……」


俺自身の体が胡散臭うさんくさいほどに不思議の塊だからな。正直言うと占いだってなんだって信じられそうだが。



「……っと、話してたらいつの間にか会場に着いたみたいね。ジュウゴ、さっきの器かして。捨ててくる」

「ああ、すまん。頼む」


そうこうしている内に中央広場に着いた。

かなり広いスペースだがここも結構な人が集まっていてあまりその広さを感じられない。


メイプルに器を渡し、中央に向かって進む。

人ごみを抜けて一番最初に目に入ったのは、広場の真ん中で忙しなく動き回り何かを組み上げている男達の姿だった。


どうも舞台を設置しているようで、今の感じだと二~三十人は余裕をもって立てるくらいの大きさになりそうだ。


「先程演奏がどうのと言っていましたから大きめに作っているんでしょうか」

「かもね。大道芸もやるって言ってたし、何かの大会もするみたいだしな。この感じからすると結構な規模になりそうだな」

「大会ってなんでしょうね」

「”あの”なんて言ってたし有名なのかもな。まあ大会って言うくらいだから事前に登録しなきゃならないと思うけど、当日飛び入りとかできないもんかなぁ……って、まだ何をするのかも知らないけど」

「そうですね。何だかドキドキしますね」

「だなぁ」


トンテンカン、トンテンカンと舞台は組みあがっていく。


もうすぐ十二時だから怒号のように声を掛け合って急ピッチで作業が進む。


もうすぐだよな?


「そろそろ時間ですから皆さん大忙しですねぇ」

「だなぁ」


ほらな?


「ジュウゴ!ピエタ!」


――と、そこにメイプルが慌てて帰って来た。

人ごみを掻き分けてきたのか少し髪や服が乱れている。


器を持って行ったはずなのに何故かその手には何かが書かれた紙を二枚持っていた。


「二人とも大会!大会出るわよ!」

「は、はぃっ!?」

「えっ?」


何だ、いきなりどうしたんだ?


メイプルは俺達の前に来るとニヤリと笑ってその紙を突きつけた。



旅神祭ライゼンデ名物”郷土料理大食い大会”……優勝賞金金貨二十枚。賞品と一緒にぺろりと頂くわよ」



その紙にはデカデカと『当日参加歓迎!』と書かれていた。






…………





「さあ、今年もやってきました旅神祭ライゼンデ恒例大食い大会ぃっ!」


「いぇぁぁぁぁぁぁぁっ!!」×民衆


「お前ら、腹は空かせてきたかぁっ!?」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」×出場者


「料理は山ほど出てくるぞぉ!!」


「ひゃっはぁぁぁぁっ!!」×出場者


「作った奴、運んできた奴ご苦労さんっ!!」


「イエァァァァァァァッ!!」×料理人&商人


「準備はできてるかぁっ!?」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!!」×全員


「賞金が欲しいんだろぉっ!?」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!!」×全員


「賞品が欲しいんだろぉっ!?」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!!」×全員


「ならば死ぬほど食いやがれぇ!!」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅっ!!」×全員


「お前らじゃねえぇっ!!」


「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」×民衆




「何……だコレ……」



バシリタ中央広場、特設会場。

そのど真ん中に設置されたステージの上、地鳴りのような歓声に包まれて、俺は涙を流し頭を抱えていた。


タダで浴びるほど食える大食い大会という俺にとっては願っても無いシチュエーション。

好きなだけ食って上位三名入れば賞金と副賞の品々がもらえるそうで、優勝賞金はなんと金貨二十枚。二位でも十枚という大盤振る舞い。


さらにそこへ副賞としてバシリタ商店街より高級石鹸カモナスを含めた旅のお供十点セットや各地の料理や郷土史を収めた非常に貴重な本、王都の有名ファッションブランドの服など数点が追加されるという。


とんでもない豪華さだ。


司会者の青年とそれに応える民衆と参加者のバカ高いテンションの意味が解る。


そして俺ならば、俺とピエタならば難なくワンツーフィニッシュを決められるだろう。

メイプルは確信でもって俺達を送り出したし、俺も最初は・・・そう思っていた。



俺はステージ上に並べられたテーブルの中央の一つに着き、ガテン系の男とタンクトップを着たガチムチの男に挟まれるようにして立っている。


ピエタはというと、彼女もステージの右端のほうでムキムキの男と熊のような男に挟まれるという暑苦しい状況でスタンバイしていた。


どちらも暑苦しい、むさ苦しい。



こんな精神的に優しくない状況の中、ステージには既に料理が運び込まれて参加者の前に置かれている。


皿は直線にしておよそ八十センチ。

幅三十センチ。


その上にぎっしりと並べられたのはタレの付いた魚の刺身。

その周りを囲むようにして豚肉、漬物、そして緑と白のマーブルのパンケーキのような物が並ぶ。

加えてテーブルの脇にはどういうわけか白濁した酒の入った中瓶が置かれていた。



「メイプル……」



助けを求めるように、そして恨みよ届けとステージ前に陣取ったメイプルに視線を送る。


ガンバレ!


するとそこには薄情にも鼻を摘まんでサムズアップするメイプルが居た。



「……コレを……どうしろとっ……」



俺はを見回して再び涙を流した。


それを見て何を思ったのか分からないが、横に居たタンクトップの男が


「兄ちゃん、この程度で泣いちまうなら悪いことは言わねえ、吐いてぶっ倒れる前に今から棄権しな」


と愉快そうに背中を叩いてきて陶しい。


……分かるものか。


お前なんかに何が分かるものか。




俺はお前の体感している数十倍もの臭さ・・を今感じているんだぞ!!



「くぉぉぉ……」


そう、ここに並べられたバシリタの郷土料理、これがとんっっっでもなく臭いのだ。


何て言えばいいか……そう、オシッコだ。アンモニア臭。


その臭いが立ち込めている。


特にこの刺身が臭い。


臭い魚の刺身と言えば思い出すのは韓国料理の[ホンオフェ]だがコイツはまさにそれだ。


ホンオフェとはガンギエイの刺身を壷なんかに入れて発酵を促進させた、アジア圏最高位の臭さを誇る刺身だ。祭事で振舞われることが多く高級料理でもあるのだが、俺からすればとんでもない。


テレビでやっていたのを観ただけで実際に味わったことなどないから”そこまでないだろう”とか思っていたが、今なら言える、”よく解った”と。


これは食えん。



「さあ、今回も沢山用意しましたバシリタの名物料理[帰巣魚ハーサンの壷出し]。彩りはいつものように各地から持ち寄られた食材を使っております。……いやぁ、毎年思いますが凄い臭い。臭気に当てられて既に涙の止まらない参加者もいるようです。毎年何人かぶっ倒れる人もいますが、皆さんはそんなことで怖気づいたりしませんよね?」



ホンオフェは口に入れて深呼吸すると場合によっては失神するらしい。

そんなものをこんなに大量に食うと言うのかコイツらは。



もう一度『棄権してもいい?』とメイプルに視線で救難信号を送る。



ダメよ。



無情にも首は横に振られた。


「では、そろそろ皆さんの覚悟も決まった頃でしょう」


決まってねえよ!?


「時間は今から一時間。大会の合間には広場右手と左手で大道芸の一座が芸を披露してくれますのでお楽しみください。なお多くの方はご存知かと思いますが、勝敗は消化した皿の枚数分の重さから食べ残しの重さを引いたその重量で競われます。大会最高では皿四枚分を消化した猛者もいます皆さん記録更新を狙って頑張ってください」



いったいそいつはどんなバケモノだ。

まあ間違いなく言えるのは、俺が女だったら絶対にキスはしたくねえってことだな。



「……それでは、郷土料理大食い大会…………開始ぃぃぃぃぃぃっ!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」×出場者


「……お、おぉぉ……」



俺の覚悟が決まらぬまま、大会は始まった。







………二十分後………




参加者のほとんどがどうにか二枚目の皿に突入する中、俺の皿の上はほとんど手付かずのままだった。


周囲の豚肉やら緑と白の何かとかは消化したが刺身だけがバッチリしっかり残っている。


「ジュウゴ!気合入れなさい!」


メイプルはさっきからそう言って声援を送り続けているが、”気合”で簡単にどうにかできるものじゃないと言いたい。



ちらりとステージ端を見ると、熊のような大柄の男が係員に運ばれていくのが見える。


奴は先程二枚目の皿に突入した際、観客の声援に応えるべく雄叫びを上げた。

愚かにも口の中に刺身が入った状態でだ。

その結果がアレだ。


ああそして奴だけじゃない。

参加者三十二名。内、七名が既に失神やリバースでリタイアしている。


ノーマルな人間でアレなのだから、俺がこんなものを口に入れたらどうなるか目に見えているじゃないか。



俺はメイプルに向けて涙目で首を横に振った。





………四十分後………




やはり俺の皿は減っていない。


周りの参加者は相当に減ってきているが、残った奴はほぼ全員が二皿目を終えようとしている。

だが俺は進んでいない。


この時点での生き残りは十四名。


ほとんどが失神かリタイヤしていた。

ここで俺がもう少し食べ進めば入賞の可能性はあるかもしれない。

だが俺の手は進まず、メイプルの見ている手前リタイアもできないでいた。


幸いピエタがペースは遅いながらも安定していていつの間にかトップ争いをしていた。

確実に上位に食い込むだろう。

司会者も女の子がトップ争いをする光景にはトークの熱も入る一方だ。


メイプルはと言えば俺を見て諦めたというような顔をしていた。


すまん。コレばっかりは無理です。


時間は刻々と過ぎていく。





………残り五分………





司会者が広場の外の係員から何かを合図されている。

恐らく終了時間が近いのだろう。


参加者のほとんどはここでストップしていた。

みんな三皿目の半ばに辿り着くかどうかというところで腹をや口を押さえて耐えている。


残り十三名。


ピエタとムキムキの男は張り合うように食べ進み三皿目を終えようとしていてる。


なるほど、恐らく他の人間は三位を狙っているんだろう。


時間が残り少ないのだから彼女達に追いつこうとするような愚行はしないということか。


観客も今は他の参加者を煽るようなことはしない。

ピエタとムキムキに向け、声を張り上げて声援を送っている。



もうこの際だ、どうせ上位にも食い込めないんだしウィスクムのあの力でも使って俺もピエタの応援を………。


そう思って、言葉に想いを込めようとしたその時、俺の中に悪魔のような考えが浮かんだ。



「こ、これは……いや、ダメだ……人としてやっちゃいかんだろ……」



俺の良心がその案を拒絶する。


ダメだ。それは非人道的だと。


だが……だが、しかしだ。

これを使えば優勝は無理でも上位にはなれるかもしれない。


「いや……でも……」


葛藤をどうしようもできず、俺は思わずメイプルに視線を送った。


すると、俺の考えが読めたわけでもないだろうに、メイプルは目が合った瞬間にグッとサムズアップで返した。その目は言っている。



『やってしまえ』と。



いいのか?いいんだな?やっちまうぞ?



俺はメイプルの意志を確認した瞬間メイプルにサムズアップで応え、心の底からみんなに謝りながら……けれど良心は箱にしまいこんで言葉に力を込めた。



「『思い出せっ!!』」


「ジュウゴさん?」


「なんだぁ?」


「お、おっと、どうした!?」


「ぐも?」


何事かと参加者も観客も司会者も俺に注目する。

俺に棄権しろと言っていた隣のタンクトップの男も口の中の物を少しずつ飲み下しながら首を傾げていた。


俺はテーブルに手をつき、なるべくみんなの顔を見ないようにし、そして自分も吐き気に耐えるような気持ちになって大声で続ける。



「『母ちゃんのハダカ!!』」


「うぐっ!?」


「『オヤジの尻!!』」


「が、ガハッ!!」


「『一日働いたあとの足の臭い!!』」


「げぁぁっ……」


「『ベッドに染み付いた加齢臭!!』」


「な、なんてこと……おぉおぉおお……」



ウィスクムの言葉の力を発動。

次々と想像したくないであろう事を強制的・・・に想像させる。


参加者だけでなく観客までも口を押さえ目を剥いていた。


効果が少ないのはピエタやメイプルくらいじゃなかろうか。

メイプルなんかは最初の一声で気付いてしゃがみ、耳を塞いでいる。


よし、ならば全開で。



俺の頭の中を、俺自身が気持ち悪いと思う物でいっぱいにしながら、叫んだ。




「『自分が一番気持ち悪いと思うモノを思い出せぇっ!!』」



「……っ!?……ぉ……ぉおろろろろっろろ……」×生き残り十一名プラスα




目を閉じ、吐き気に耐える俺の耳に、リバースの声が連続して届く。

そしてその後にどさっ、どさっと言う音が続いていった


嗚呼、俺は悪党だ。

こんなに冷たい奴だとは自分でも驚きだぜ。


だが、悪かったとは思ってる。

食材にも、それを調理した人達にもごめんなさいだ。



え?本音はどうだって?



目を開けちらりと足元を見ると、苦悶の表情で横たわるタンクトップの男の姿。




「ざまあみろ」






時を告げる鐘が鳴り、これにて今年の旅神祭恒例”郷土料理大食い大会”は幕を下ろした。



終わった後に知ったが、今年の大会は”初づくし”なったのだそうだ。


優勝者はピエタ・リコルス。

大会優勝者、初の女性。


準優勝者はその大会終盤での他の参加者を妨害するような発言や食べた量が少ないことから審議となったが、俺に決まった。


大会史上初の一皿も完食していない上位入賞者だ。


そして、大会終了間際でのリタイヤ続出により初の”三位無し”が決定した。



これでどうにか俺達は目標のワンツーを決め賞金も賞品も手に入れることができたのだが、体に染み付いた臭いがあまりに臭いということで、結局風呂の手間賃に余計な出費を重ねることとなったのだった。


嗚呼、どうも今夜は一人寝になりそう。


くすん。

ジュウゴくんマジ外道。


ちなみにピエタさんは刺身→酒→刺身→酒で食べました。


それがホンオフェの通な食べ方。



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