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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
序章・ヒトの慟哭 獣の如く
4/73

ドラゴンイーター

夜が明けるまで罠の準備をした。

そして、少し仮眠を取って、ヤツを待つ。


どこまでやれるかはわからないが、こっちは既に死ぬ思いをし、さらには空腹を中途半端に満たして餓狼も真っ青の興奮状態で背水の陣だ。死ぬ覚悟も出来ている。怖くない。


そういえば、背水の陣って本当は追い詰められたって意味じゃなかったんだっけか。


そんなツッコミを自分にいれて肩の力を抜く。



…と、地を揺るがすような足音が近づいてくる。

巨体を揺すり、ヤツがきた。



「フロロォ…」


喉の奥を転がすような唸り声。

いつもは離れて聴いていたその声を今日は真っ正面で受け止める。

俺はくの字に折れた機体の中央、そこに足場を造りトカゲを見下ろしていた。


「よう、トカゲ。悪いがてめえに喰わせる今日のランチはねえ」


言葉は解るはずもない。だが、生物的な本能かで挑発されているのは判ったのか、牙を剥いてこちらを睨みジリジリと近づいて、一気に駆け出した。


予想外に素早い突進に一瞬ヒヤリとする。

だが、一瞬だ。


どんっと飛び出したトカゲはすぐにつんのめり、前足から[大穴]に飛び込んでいく。


落とし穴。

あまりに原始的だが、自分よりデカイ生き物を狩るときにはいつだって有効な罠だ。

一晩かけて縦の深さを追及した。


縦2メートル半、横1メートル強の大穴だが、もちろんこれは転ばせる程度で充分だ。

まあ、中に埋められてる尖った危ない破片やらで怪我をしてくれたらいいな、くらいだ。


「いっけぇ!」


本命はこっち。

折れた左翼。


縦に不安定な状態で立ったまま残っていたので、その近くに穴を掘った。

ヤツがそこに嵌まったならその翼の一部をそこに倒す。

バランスの状態を考え、上手く行くように計算した。行けるはず。

いや、上手くいく。


足場を蹴り、勢いをつけて翼に括った手製のロープを飛びながら引っ張った。


勢いに負け、翼が傾く。

いままさに頭を出そうとしているトカゲに。


そして、翼は倒れ、トカゲはその重みで潰れてしまう。




そのはずだった…



「ウロロォォァァッ!!」



確かに翼はトカゲを勢いよく押し潰した。

だが、生きていた。


体全体で受け止め、それでも生きていた。

翼はさらにひしゃげ、トカゲの背から落ちる。


「ウロロォォァァツウロロォォァァツ!!」


かなりダメージはあるだろう。

例えばヤツがナイフ程度では傷つかない体を持っていたとしても、生物である限り体内へ衝撃は伝わる。

であれば、生物としてはかなりキツいはずだ。

だがそれがかえってヤツの怒りをさらに燃やしてしまったらしい。


恐らくはふらついている頭をブンブン振りながら、けたたましく咆哮する。


……ふらついて?



「………くっ!」


思いいたるより先に体が動いた。

もう、打つ手はない。


なら、いま、直接やるしかない。

目を回している今このときに!


俺は腰に差していたナイフを右手に取り出しながら全力で駆けた。


このプランは最終最悪の手段だと用意していた、使わないことを祈っていたもの。


一番シンプルに、このナイフで、ヤツを殺す。


狙うは傷口。

特に深く、鱗の剥がれた部分。



いまだ回復せず、狂ったように咆哮するトカゲに臆する心を踏み越え駆ける。


逃げればよかった。

だが、本能が戦えと言った。


感情のまま飛びかかる。


「っぁぁぁあああ!!」


まずは、目の無い側から首を擦るように下から上に斬り上げ。

ザリッと、硬い手応え。しかし、ヤツの首から血が滲む。


「グロォォッ!!」


当然襲いくる前足をその勢いで跳んで避け、腹の傷へひと突き。

また浅い。

しかし、刺さった。

そのまま突きいれようと踏み込むが体をよじられ逃げられる。


距離を取ろうと少し離れるが、鼻をひくつかせたトカゲは的確に俺の居場所を捉え牙を剥いてきた。


「いっ!?」


間一髪、避けるには避けたが鼻先で腹を打たれたことで、一瞬頭が真っ白になってしまい隙ができる。

そこを、さらにトカゲは鼻を使い捕捉して、牙の追撃してきた。


「んのぉ!!」


丸太で突かれたような痛みをこらえ、ギリギリバックステップでかわしながらその鼻っ面にポケットから取り出した制汗スプレーを噴射してやる。


「ギァァァァッ?!」



咆哮をあげ頭を再びブンブン振り回す。


鼻はすこぶる良いらしい。

なら、鼻を潰すまでだ。


さらにあたりに噴射して、自分とは反対側にスプレーを投げ棄てる。

それはちょうどヤツの右前足に当たるように。


「グァォゥ!」


ピタリと、頭が、俺と真反対を向いて制止する。

一瞬だが、完璧にヤツの視界からも、嗅覚センサーからも外れ、牙は何もない空間で剥かれている。


いまだっ!

本能が叫んだ。

脊髄反射のように、右手が、ナイフが、刃が、ひらめき、ヤツの最後の弱点に、吸い込まれていく。


「ロォォッ!?」


捉えてももう遅い。

お前の脳がその映像を解析するより速く、俺のナイフはお前の眼を穿つっっ!!!



硬いゼラチンでも刺すような感覚。

刃はこちらを向こうとしたトカゲの眼球を突く。


躊躇も制止もない。

勢いのまま。


「ウォォォォォァァァァァッ!!」


まるで俺も獣になったかのように叫び、刃を押し進め、その先に在るであろう脳へと、腕ごと、突き刺した!



「ッギァァァァッ!!…ァゥウ…ゥウ……ゥ…」


トカゲは一瞬激しく暴れ、そしてどぅ…と音をたてて倒れた。

断末魔の叫びは激しく。


短かった。








▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽





トカゲを倒したあと、すべてを燃焼しきったような疲労に襲われ、しばらく眠っていた。

目が覚めたのは双子の太陽がオレンジに揺らめき、双子の月にバトンタッチしようかという頃だった。


ハッとして目覚めた俺はトカゲの死骸に背を預けて寝ていたことにゾッとした。

気味悪かったのではなく、もし動き出したりしたらと考えたら恐ろしかったのだ。


だが、改めてそれか死んでいることを確認したときには大袈裟なくらいに胸を撫で下ろした。


そして、死骸に向き合い、一度手を合わせた。

殺し合い、父を喰われたとはいえ、こいつもこんな環境で生きるのに必死だったのかもしれない。

終わってみればそんなことを考えたのだ。


一分ほど祈ったあと、俺は誰かに確認するかのように頷いて「これから、喰うぞ」と告げた。



生き物の解体は何度も経験があった。

猪、鹿、豚、蛇などは何回切ったか覚えていないくらいだ。


ばかデカイトカゲの解体は初めてだが、手順はだいたいおんなじだろう。


外側から斬るにはナイフじゃ刃がたたなかったけれど、傷口から切る分にはさくさく進んだ。中から刃を入れれば簡単に剥がれたのだ。


胃などの内蔵は見る気にならなかったのでさっさとばらし別にして、中身をスッキリさせる。


手足、心臓、腹や肩、わりと食べられそうな部位が多かった。


さっさと解体…といった割には欲張りすぎたのか全て終わる頃には夜中も夜中な具合になっていた。



結局、そこから洗ったり焼いたりさばいたりで朝になり、血だらけの自分を身綺麗にした頃には昼になっていた。





▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽



それから、また10日程が過ぎた。


トカゲの残りを掘った穴に入れ、供養し、飛行機内と周辺の探索を行った。


当然機内に生き残りはおらず、多少焼け残った荷物と死体が散乱しているだけで大した進展はなかった。

あの夜、かなり火は強く燃えていたように思えたが、意外にも中は”焦げた”程度だった。

そして、結構な数の人数が乗っていた割には死体の数や誰かが身に着けていただろう品が少ないように思えるのだ。

無論、あのトカゲが丸呑みしたと考えれば、”無くはない”かもしれないが。



「とにかく、母さんたちがいないか探そう」


使えそうな物を集めながら、捜索は夜遅くまで行われた。




…事故、そして遭難からおよそ20日。



あらかためぼしい物はかき集め、周りの探索も限界が見えてきたその日、この場所に来て初の雨が降った。

慌てて着ていたものを脱いで雨の中に身を晒して体を洗っていると、何やらこちらを見ている気配に気づいた。

まさかトカゲの仲間かと身構えたが、どうやらまだ随分穏やかだ。


「……あ、鹿?じゃなくて…トナカイ?」


木々の間からこちらの様子を伺っていたのは、大きな角をもったトナカイのような生き物だった。

初めてまともな生き物に会えた瞬間だった。


思わず一歩そちらに近づく。

すると、かなり離れていたのにも関わらずトナカイは森の奥へと逃げてしまう。

それを目で追いながら小さな喜びにふるえ、ふと思った。


…俺、全裸だ。




ここに来て25日ぐらいが経った。

日増しに生き物の数が増えていくのが分かる。

朝の静寂にはいまや小鳥たちの歌声がBGMとして採用されていた。


孤独な世界が急に生命に溢れた世界へと変わった。


それはどれほどに喜ばしいことか。

いままでの恐ろしさはなく、精神的な圧迫感もなく、世界が急に輝き優しく見えてきた。

正直これが、単にいつものサバイバル生活ならこのまま享受しても良いくらいだ。


だが、それじゃあダメだ。


俺の目的は変わらない。

生存者の確認と、その集結。

特に優先すべきは家族の安否確認。


生きてこの森を抜けてくれていればいいが…。


考えても仕方ない。俺は俺でいまやるべきことを確認しよう。


1、森からの脱出。

2、状況把握と情報収集。

3、食料や飲料水、安全に眠れる場所の確保。


森からの脱出は最優先だ。

というより、森を出て、人のいる場所の発見を目指さなければ。


次に状況の把握だ。

ここが、いままで居た世界とは違うことは理解したつもりだ。だから、ここがどこで、どうすればもとの場所に戻れるか…それにつながる情報を集めていかなければ。


最後に衣食住に関することはまだ危険だとは思っていない。

倒壊の危険はあるが飛行機内は雨風がしのげるし、飲み水は湧き水がある。トカゲの肉はもう尽きようとしていたがこれだけ生き物が増えたなら今後に見込みはある。


しかし、よく考えたら食べ過ぎだ。

あれだけデカイトカゲの肉をひとりでもう平らげようとしている。

腹が減っていたとはいえ、自制が利いていなかったのは我ながら情けない。


ググゥ…クゥ…


「そんなことより、飯だっ!」とでも言うように腹の虫が鳴る。


「まてまて。我慢だ」


俺は腹にそう言い聞かせて手元にあったトカゲの肉を焼いて乾燥させた物をかじった。



…………………がっでむ。



止まらない。ダメだと思ってもひょいひょいと口に肉が運ばれる。


そして、遂に肉は尽きた。



「おーまいがっ!やっちまった!」



食欲に対して自制が利かない。

初めてだ。そしてこんな環境じゃ最悪だ。

やめられない止まらないじゃ許されない。



森からの脱出と食糧確保が最優先事項の座でせめぎあっている。

いかん。


俺は即座に決意し、ショルダーバッグを肩にかけてジャンバーに袖を通した?。


「さっさとここから脱出だ」


グッと拳を握り、気合いをいれる。


すると、微かだがどこか遠くから人の声が聴こえた気がした。


まさか。空耳だろう。

そう思ったが目を閉じて耳を澄ます。


「………スケ!…………ツ!……」


ヒトだ!

しかも何人かの声が混じっている。

そして、何か焦っている様子だ。


脳裏にデカいトカゲの姿が甦る。


思い出すが早いか、俺は声のする方向へ走り出していた。


「…ダー!…シケーテ…!」


聞いたことのない言葉だが、間違いなくヒトだ!

近づいてくる声に目頭が熱くなる。


ヒトだ………!

ヒトだ!

ヒトだ!

ヒトだっ!!


グッと下唇を噛んで涙は堪える。


「速くっ…速くっっ!」


踏み込む一歩が強くなる。

爪先が地にめり込むほどに。


ランナーズハイというのか、トップアスリートの言うゾーンというのかは知らないが、急に視野が狭まり音は最小限になって、すべてがスロー再生のように感じられながらも物体は高速で流れていくという不思議な感覚に入り込んだ。


グンッ!グンッ!グンッ!とどんどん速度は速くなり、木々を滑るように、そして時に薙ぎ倒し進む。



「ロバスダージェ!アッシ!スケーテ!」


声が近い!

木々の隙間。視界に複数の人の影と、大きな影を捉えた。


獣の臭い。


途端に怒りと、獰猛なほどの食欲が腹の底から湧いてでた。


「ガァァァァァァァッ!!」


ヒトらしい思考は止まり、ただ狩ることが、喰うことが俺を支配する。


あと、数十メートル……。

そこで、大きな影が人影に襲いかかろうと手を振り上げた。



フザケルナッ!!ソレハオレノエモノダッ!!



刹那、ズドゥッ!と地面がおよそたてることのないような音で抉れ、俺の体は弓から放たれた矢のように緩い放物線を描きながら[超高速]で影へと跳んでいく。


開けた視界。

あまりの事に一瞬正常化する思考。

目の前には俺を見上げる数人の白人の男女と、尋常ならざるデカさの、熊。


体は反応する。融けた鉄を流し込まれたような熱が駆け巡る。


グルォァ!だかブルァッ!だかわからない熊の咆哮が終わる寸前に、俺は、その横っ面に指を熊手のようにして思いきりの力で跳んだ勢いのまま、突き立てる!



「って、あら?とまらなぁぁぁっぃ?!」



勢いがつきすぎたのか、止まらず、俺は熊の横っ面に引っ掻かりきれないままきりもみしながらぶっ飛んだ。


砂煙が上がり、何度か地面を跳ねながら最後には木の根本にて犬○家よろしく天地が逆になってようやく止まる。


「オォ…フェディ?シア、フェディ?」



逆になった視界に、さっきのなかにいた白人の女性が心配そうな顔をして現れる。


と同時にドウッと重たい物が倒れる音。


熊だ。


「オォ!イヤァ!レムザム!」

「イヤァハァッ!レムザムディ!」


歓声が上がる。

女性も驚きと喜びが混ざった顔で手を叩いた。


そして、すぐにみんな駆け寄ってきて、俺を助け起こしてくれた。


「レハ、フェディ?オシュデア?」

「フェディ?シアフェディ?」


多分怪我はないかとか大丈夫かと訊いているのだろう。


あれだけの勢いで転げたが、うん、あまり痛くない。あっても擦り傷くらいだろう。


俺はこくりと頷いて、


ググゥ…クゥゥ…


腹を押さえた。


静寂が訪れ、俺は恥ずかしさから伝わるかも考えずに、


「腹の虫はダメみたいです」


と笑ってみせた。



遅れて、ドッと笑いが巻き起こった。

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