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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
38/73

百夜の大神・後編・3/3

ズズズ………



砂埃が盛大に舞う。

石造りの家屋が砂場に作った砂の家だったかのように、子供のやんちゃの如き暴虐によって音を立てて崩れていく。



倒れてきた壁や柱をものともせず、その中に二つの影が立つ。



竜人ジュウゴ人狼ピエタ



どちらも腕を一振りすれば、城の壁をも砂のそれと変わらぬように打ち砕く、ヒトでありながらヒトの身を超えた、ヒトならざる者、[魔人ヴァイセント]。


その身には人が持つことを許されない強大な力と、それを宿した者への呪いという罰が刻まれている。


この二人が争えばどちらかが死に絶えることは必至であった。


だがその状況にありながら、竜の少年は、狼の少女を救おうとしていた。

例え自分がどれ程傷つけられようと、死ぬ思いをしようとも、少年に娘を殺す選択肢は無い。


救うのだ。きっと彼女は苦しんでいる。


少年の想いは強い。


何故なら少女は少年にとっての仲間であったから。

異界からやって来た孤独な存在である少年の得た、真に苦しみを理解できる数少ない仲間。


何故なら少女の手は血に汚れていなかったから。

屋根の上に居た先程の少年も、まるで初めから助かると解って下に落としたようだった。


だから、少年の意志は揺るがない。

少女がまだその意思を残しているのなら、助けられる筈だと。

必ず助けるのだと。



しかし、少年は急がねばならない。

一度ひとたびその内に宿る獣が暴れ出せば、ヒトの心身では耐えられない。いずれはその命を落とすか、魔物に変わってしまうのだ。



早く。

早く。

そう、早く。


機会を誤ってはならない。


少年と少女に残された最後の分岐。

そこに辿り着くまで、もう僅か。










「『ピエタ。戻ってくるんだ。正気に戻ってくれ』」



ピエタの動きが止まった。

頭突きのせいじゃないことは判っている。彼女の金の瞳が俺を不思議そうに見つめているからだ。


今なら、想いが届くような気がする。

言葉に力が宿ったようなそんな感じがするんだ。



「『ピエタ、もう戦う必要は無い。大丈夫だ、俺がいる』」


「ウゥ…」



小さく呻いたピエタ。

その手からスッと力が抜ける。


俺はその手をやんわりと解いて、動きの止まったピエタの両の頬にそっと手を添えた。



「『ピエタ、もうそんな力を求める必要ない。君は優しい。優しい女の子だ。気持ちを落ち着けて』」



優しく、ゆっくりと語りかける。

すると、ピエタの体から徐々に強張りが解けていき、その鋭く冷たかった瞳に穏やか色が宿った。



「ジ…ウ……ジュウゴ…さん?」


夢にうなされるように、ぼんやりとした声色で、だが確かにピエタが俺の名を口にした。


「『ピエタ!!そうだ、俺だ!!判るか!?』」


「ジュウ…ゴさん…私……守らないと…あの子…助けないと…」


「『ピエタ、もういい。俺が全部やるから!だから、もういいんだ。君はもう戦おうなんてしなくていいから。とにかく心を穏やかにして、自分を取り戻すんだ』」


より強く、肩に手を乗せて、想いを言葉にする。


だが、


「ぅう…ウィスク…ムを…魔物を…だ、ダメッ!!」


「―――っく!?」



ピエタは苦悶の表情で頭を振って俺を突き放すと、体勢を崩しながらも回し蹴りを放った。


俺はそれに反応できず、強烈な衝撃を脇腹に受けながら、残った壁を突き破って通りに飛び出てしまう。



「ご、ガ、ハァッ!!」



何度も跳ねてようよう止まったのは、出てきた家屋の真正面の家の壁にぶち当たってから。


呼吸がまともにできない。


ひゅうひゅうとか細く出入りする空気で喉から音が出る。



「オォォ…」



倒壊した家屋から唸り声を上げてピエタが出てきた。

ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながらこちらへ向かってくるその姿に先程の穏やかさは無い。



「ぴ、ピエタ…」



立ち上がらねえと。


四肢に力を入れ、どうにか起き上がろうと体を起こした。


しかし、その瞬間、脇腹に刺すような強い痛みが走った。



「いっ!?……ハッ……ハッ…あ、肋骨あばらぼねが」



蹴られた瞬間、鈍い音が頭に響いたのには気付いていた。

ぼぐっという情けない音だったが、この痛みからして骨が折れた音だったのか。



「下のほうか。ああ、クソッ…すげえいてぇ…何本イッたかな…」



呼吸の度にズキズキと脇腹が痛む。

骨折なんかは亀裂骨折程度も含めれば何回もやったことはあるが、肋骨アバラをやられたのは初めてだ。


この体になってなかなか痛いと感じることは少ない。


あの[トラウディシアの魔神像サタナディオス]と戦った時にはこれは死ぬなって痛さダメージだったが、ピエタの一撃もそれ並みだ。しかもピエタは面じゃなく点で来る上に滅茶苦茶速いときた。少しでも目を離したら先ず反応はすることができない。


正直止めるどころか勝てる気がしないぞ。


だが、そんなもの考えたって対策を考える時間は無い。



「声は届いたんだ、まだ希望はある」



痛みをこらえ立ち上がる。



「俺しかピエタを戻せねえんだ……集中しろ集中」



右足を前に、左足を引き、両手を挙げて、柔道でも始めるかのような構えをとる。

俺が、無手で集中できる構えといったらコレしかない。


その構えにピエタが反応し、足を止めて同様に構えた。



「クォオオオ…」


「スゥ…はぁぁぁ……」



深く吸い、深く吐き、繰り返す。


視界は狭まって痛みも音も無くなり、時間がゆっくりと流れ始める。



腕に力を込めた。―――【剛腕】



足に力を込めた。―――【剛脚】



呼気にあわせて腕や足に溜まった力が全身に巡り、その力が俺の中心で集まり留まるイメージを意識した。さっきまで感じていた力がより大きくなる。そして、その力が、体から飛び出そうなくらい膨れ上がり、それが頂点に瞬間、




「ちょっと痛いけど我慢しろよ」




爆発させた!!―――【 剛 力 】




「うぉおおおおおおおおっ!!!」




「ガァゥアアアアアアア!!!」




俺が飛び出すと同時、ピエタも飛び出す。

ピエタは風を置いてけぼりにするようなデタラメな速度だったが、初速なら俺だって負けていなかった。


矢よりも速く繰り出された拳が互いの拳を打った。



ドゥンッ!!



凡そ生き物同士のぶつかり合う音ではない音が、衝撃となって辺りを揺らした。


巨人の足音か、戦車の砲撃か、何度も何度も空気が音に殴打される。


右に左に、互いの背後を取り合うように。



魔人と魔人の拳の応酬。蹴りの剣戟。互いに一歩も譲らない。

その速度はヒトの目にも見ることはできるだろうが、そこは既に目も開けていられないような力と力が巻き起こす暴風の最中。誰も近寄れはしない。



ゴウ…ドウゥ…ドドゥ…と轟音は鳴り止まない。


時折拳が、蹴りが、互いの体を捉えてお互いに苦しげな表情を浮かべるが、しかしそれでも止まらない。



「カァッ!!」



ピエタが痺れを切らして青白い炎を吐き出した。

俺はすぐさま体を反らしてワザと後方に倒れこみ、顎につま先で蹴りを入れる。


「カッグッ!?」


そのまま完全に倒れながら左受身をとると、右足でピエタの右の足を内側から蹴り払い、体勢を崩させた。


すぐさまその上に跨り体を固め、腕の関節を決め、顔を横に向けて抑えこむ。

力は拮抗している。いや、まだピエタのほうが上かもしれない。


だが、ヒトの体をしている限り、絞め技、関節技、寝技、立ち技……やわらの技を前にして、力の差など意味を成さない。



「『ピエタ!判るか!?正気に戻るんだ!!』」

「グゥ…アァッゥ…」

「『ピエタ!!』」



ピエタ戻って来い!


正気を取り戻せ!



「『命を奪うことに涙した、誰かが傷つくことを恐れた、俺を優しく抱きしめてくれた、本当のお前を取り戻せ!!』」

「ア、ア、アァァァァァァ!!!」



俺の声に反応したピエタが…いや、ピエタを蝕んでいる狼の血が俺を拒絶する。

無理矢理に関節が決まったまま腕を動かそうとしていた。



「止めろピエタ!腕が折れる!!」

「ガゥァッ!!グルゥァ!!!」

「くっ!!」


ピエタが腕力に任せて振りほどこうとした瞬間、ギシッと骨が軋む感触に俺は思わず関節を解いてしまった。


「ガ、グアァゥゥゥッ!!!」


「うぉぁっ!!?」



拘束が緩むと同時、体を入れ替えるように下から這い出たピエタが牙を剥き出しにして俺に覆い被さってくるが、俺はそれを巴投げのようにして後方へと流した。


ピエタは背後にあった家の扉を破り中に入るとすぐに体勢を整えた。


だが、遅い。

彼女が俺を睨んだ時にはすでに体勢を整え、俺はピエタに向かって突進していた。



「 ウ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ッ ! ! 」


「ッ!?」



【 四 肢 剛 力 】



石畳を蹴り割り小さなクレーターが出来上がるほどに全力を込めた突進タックル

反応が遅れまともに喰らったピエタはミサイルにでもはねられたかのように宙に浮いて壁を四枚突き破り、その家のさらに裏手の家の部屋に飛び込んだ。


その部屋は寝室なのだろう。

部屋の飾りや匂いからして女性の部屋か。


ピエタは体を震わせながら脱力し、ベッドの上に倒れていた。


俺が近づくと、苦しげに息を吐き、どうにか起き上がろうと必死にもがく。しかし、力が入らないのか、シーツを掻くだけで、起き上がることはできそうにない。



「『ごめんな、痛かったろう』」


俺はピエタを抱き起こし、抱きしめると、再度想いを込めて耳元で優しく囁いた。

ピエタは力ない唸り声を上げ俺の背に爪を立てようとするが、俺の体に立つほどの力が指に入らず、ただ浅く掻き毟るように動かされる。



「『ピエタ、もういいんだ。俺が全部片付けるから』」


「アアッ…ウアァぁ…あぁ…」


「『メイプルも、他の皆も協力してくれてる。町の皆も避難させているんだそうだ。ウィスクムだってすぐ居なくなる』」


「ああ……」


「『沢山頑張って疲れたろう?』」


「うぅぅ……」



ピエタの体から力が抜け、俺の背を掻く指も止まる。



「『ちょっと、休憩しよう』」


戻れ。戻れ。もう充分だ。


俺はその体をより強く抱き締める。


「……ゅ…じゅ…ぅ…ご」


「ん?」



すると小さく、ピエタの唇が動いた。

その声は穏やかで、唇から音が零れるように落ちていく。

俺はそこへそっと耳を寄せた。



「……………」


よくは聴こえなかったが、きっとピエタはありがとうとでも言ってくれたのだろう。

唇は小さく笑みを作っていた。


「おう。相棒だからな。気にすんな」



俺はそう言って笑うと、すっかり変わっちまった白銀の髪を、小さい頃妹にそうしてやったように撫でてやった。

ピエタの体からは力が抜けきり、気を失ったのか、完全に脱力してしまう。



「さてと…俺は、自分のやったことを償わなきゃならない…だよな、父さん?」



俺の後ろには大穴。

その向こうには幾つものぶっ壊れた街並み。


まあ、ほとんどはピエタがやったんだけど、俺、自分が片付けるって言っちまったし、相棒の責任は俺の責任か。


俺が奪った町の人の命の分も働かなきゃならん。



「さて、さっさとウィスクムを片付けに行こうかね」





ウィスクムを駆除したその後の方が骨が折れそうだ。






俺はピエタを抱えてその場を後にする。
















間に合った。

選択を誤らなかった。


竜の少年は狼の少女を確かに救うことが出来た。


ああいや、まだまだ選択することは残っているが、それは本人達の意思次第でどうにでもなる。



双子の月よ、笑ってやるな。

確かにきっとあの少年には明日のほうがもっと酷い戦いになるだろうが。

ああ、お前がお気に入りのあの月色の娘なら、きっとちゃんと理解してやるだろう。



双子の月よ、祝っておやり。

今はただあの少女が助かったことを。

今はただ町の人々が救われたことを。




しばらくの後、空に漂う雲が消え、青い炎もいつしか消える。





双子の月がキラキラ笑い、世界を照らす。



町が歓声に沸く頃には、このスノクでは数十年に一度しか見られない、流星群が空を流れた。





次回二章エピローグ。


ウィスクムが、この夜スノクを襲ったのは、この流星群のためだったり。

それについては、まあ、次回の人物紹介で。

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