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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
37/73

百夜の大神・後編・2/3

遠く。

全てが遠く感じる。


この身に宿ってい*はずの五感は曖昧で操り人形を操っているようだ。


体は芯まで冷え切って、最初こそ感じた焼き尽くされそ*なほどの痛みも、熱も、苦しさももう無く、そこに在ったはずの俺と言う…カラ*ラジュウゴという存在はもうそれで燃え尽きてし*ったのではないだろうかと、酷く不安になる。


ああ、寒い。


寒さにメイプルを呼んで求めたけれどそれが言葉にな*ているかも判らない。

確かにどこかに居るはずなのに、俺の目はメイ*ルの姿を見つけ出すことが出来なかった。


ああ、メ**ル、どこに居るんだ?


手を伸ばし*ら、魔物ウィスクムが俺の前を通せんぼする。



邪魔をするな。



俺は手に持った刀でそれを切り払った。

魔*が何事かを叫んで地に倒れ伏した。

死体がひとつ増える。



***ル、どこに居る?



また手を伸ばし先へ進むと、今度も誰かが壁を作った。



邪魔をしないでくれ。



再び刀を振るう。

*体がひとつ、ふたつと増えた。


壁が消えたと思ったら今度はまた化け物が現れる。

山羊のようなその顔にピ*タのことを思い出した。


***は無事だろうか?

何事も無く、皆と逃げてくれていれば良いが。


あれ?でも、***って何だっけ?

まあ、良いや。


俺はまた刀を振るい、前へ進む。


すると今度は沢山の魔物達が*の行く道を通せんぼする。

俺は迷わず斬った。


誰かがコントローラーで動かしているような感覚で。

構わず切った。


殺意も無く、壊したかったわ*でもなく、ただ邪魔だったから。

伐ってけた。


斬った。

切った。

った。


斬って切って伐り続けた。


十回斬った。二十回切った。三十回伐った。


俺が斬る度に*かを*んで次が現れる。



邪魔なんだよ。俺は、****の所に早く行きたいのに。



…あれ?****って何だっけ?


まあ、良いや。


*はとにかく周りの邪魔な奴らを片付ければそれが解ると思った。


…あれ?*って何だっけ?


まあ、良いや。


とにかく斬って切って伐って、ずっと続ければ何かが解ると思った。


**達は…**って何だ?


ここは…どこだ?

何でここに居る?

何をしてるんだ?


解**い。怖い。寒*。***しい。


**で、***くて、壊*て***そうだ。


*あ、早く。早く行**きゃ。


*は***で*****、**********が**…******、**************。


******た************************え***********す**********。

************して*************。


*********、**********だから、******************、************が*****************、****************か?


****ニ************、*******ク*****************************イ**、*********************。


****!!







***!!!






【 憤 怒 】



……………

…………

………

……




△▲▽▼△▲▽▼





噎せかえるほどの血の臭い。


嵐の爪痕か、大爆発でも起こったのか。

はたまた竜でもやって来たのか。


恐らくは、というよりもほぼ間違いなくジュウゴだろう。こんなことが出来る存在が彼以外にぽんぽんそこらに居るような世界であって欲しくはない。まあ、ピエタの線も考えられなくはないけれど。


「どちらにせよ酷いわね…コレは…」


凄惨とは、その上・・・を表現するにまだ足りない言葉であることを知らしめる場が、そこに在った。


比較的精神の強かった[牙]団長クルィークでさえ目をそむけ口許を押さえている。ネルは一目で気を失ってガッソに抱えられていた。


これでアシュレーなんて連れて来ていたら大混乱パニックね。


かく言うアタシも過去の経験が無かったら倒れてしまっていたかもしれないくらいの衝撃的な光景だ。



ここは東西南北の大通りを結ぶスノクの中央広場。


少しぬるめの水が出る噴水が設置された、スノクの中心。

恋人たちの待ち合わせに活用されるここには普段露店や屋台なんかが並び、朝から晩まで賑わっている。


それは今夜だってそう。

普段ならばまだ愛を語らう者やそれを冷やかす酔い客が居て騒いでいる時間だ。

でも今ここには誰かの息遣いなんてなんて感じられない。


ただ、”生き物だったもの”がそこかしこに転がり山を作って、ここに百…いや二百…相当数の”何か”や”誰か”が居たことを物語っていた。



「め、メイプル姉さん…」

「…ガッソはネルを連れて皆と同じように一度安全な場所まで下がりなさい。救助が済んだ区画の団員は他の手の回っていない部隊に加勢に行くように通達。人手が足りないようなら町人で動ける人に有志を募って救助活動に加わってもらって。魔物の特性の周知も忘れないこと」

「りょ、了解しました」


アタシがそう言うと、ガッソはネルを背中に背負い、一礼して去っていく。

顔にこそ出していなかったけれど、彼も小さく震えていた。ここで下がらせるべきだろう。


幻惑されて操られていた町人達の正気を取り戻させ、四人を使って避難をさせている。

ここでさらに二人抜けるのに不安はあるけれど…。



今ここに在る魔物ウィスクムの死骸の数からして、恐らくはここら辺に居た奴らが皆ここに集まりジュウゴと戦って死んでしまった。そう考えて良いように思う。

臭いが途切れたのも、あの不快な声が消えたのも、恐らくはここで駆逐されてしまった故だろう。



「団長はまだ付き合ってもらうけど…大丈夫?」

「う…うっす。大丈夫です。やれます」



精神的にきつそうだけど流石は団長といったところね。


顔はしかめたままだけど、しっかり持ち直してちゃんと辺りに気を配っている。


目的を達するために悪い予想や嫌な現実を意識から外して行動することができる人間、それが大物になるのだとジュウゴのお父様が言っていたことがあるらしい。


『よし!じゃあ俺も考えないようにする!』


…と、ジュウゴが夏休みという長期の休日の終わりに、ナツヤスミノトモ?だとか言う学習用の本が真っ白なのを前にしてそう言った時には、お父様に大きな雷を落とされたと言っていたから、考えなしと大物は紙一重なんだろう。


「団長」

「はい?」

「貴方、将来大物になるわよ」

「はあ。ありがとうございます?」



保証はしないけどね。


そう付け加えて血溜まりに足を踏み入れ、死体の山の間を縫っていく。





「ここも全部焼き払わないとね」

「油はネルとアシュレーが持ってるのしかなかったし、後回しにはなっちゃいますけどね」

「それでも良いわ。とにかく焼いておかないと、ああやってほら…」



モップの柄で死体の山に埋もれている一つを指す。

胴が半ばから落ち、胸を切り裂かれた男。

裂け目からその心臓が見えるのだが、心臓はぼんやりと赤紫の光りを宿し、体と一緒にぴくぴくと小さく動いている。



「動いてる!?」

「多分もうすぐ動かなくはなるでしょうけど、それで死んだとは言えない恐ろしさがあるわ。頭を削られても、腹をバッサリ切られても、動いたりすることがあるからね。完全に焼いてしまうまでは安心はできない」

「…とんでもない化け物なんだな」

「本来は雑魚も雑魚って話なんだけど……一応止めを刺すわ」



竜牙の鞘からナイフを抜き取る。

やってみるかと団長に訊ねたら、思い切り首を横に振られた。


まあ、当然ね。

”死体を殺す”という謎かけみたいなことだとはいえ、やってみたい者などそうそうはいない。


アタシはそうすることには罪悪感は感じない。早く開放してやることがこの体の持ち主のことを想う行為だと信じている。


死体に近づいて屈み、心臓に刃の先端を当て力を入れると、ナイフの鋭さ故かスッと何の抵抗もなく刃は奥まで飲み込まれた。


ビクンッ


一度死体は大きく跳ねて完全に動かなくなった。



「お休みなさい」



アタシは一度目を伏せる。祈りは捧げない。


この世に神は居ない。神の御許も無い。天国も地獄も存在しなければ、祈りは届くものではない。

彼はただ眠りについて、またどこかで目覚めるのだ。それが彼にとって喜びの朝になればいいと、ただそう想う。



さて、



「団長お待たせ。行きましょ…ぉっと」



そう言って離れようとした時、アタシは何かにつまづいてしまった。

どうやら一番下に埋もれた死体の持っていた剣が、その上に重なった死体の背中から飛び出していたようだ。


危ないわね。もう少しで怪我をするところだったわ。



「大丈夫ですか姉さん?」

「ええ、問題ないわ。…それにしても珍しい形の武器ね」


細身の長剣のようだが片刃で反りがある。

その反りの刃が無いほうで躓いたから怪我をせずにすんだのね。


「本当だ。見たことない剣だけど高く売れっかな…って、所々赤錆びが出ちまってら」

「あら本当。ん?でも、これ錆びてるんじゃなくて染められてるんじゃない?」

「血か?…いや、そうですね、色が入っていますね」

「でしょう?」



ジュウゴの持つカタナも同じように色が入っている。あれは確か竜の血だったけど。そうか、剣に色で模様をつける技法もあるのね。


「まあいいか。とにかく先に進みましょう」

「はいっ」


アタシと団長は足元に注意を払いながら死体の山の谷間を進む。


びちゃびちゃぬちゃぬちゃと音を鳴らす足元に不快感を感じながらも中央広場を抜けて、東の通りに入った。



「…そう言えば、ジュウゴの剣もあんな形だったわ」

「あぁ、あぁ、そうだ。確かに細長い剣だった」

「彼の剣もああやって赤い血みたいな色が刀身に入れられているのよ」

「へえ、ジュウゴさんの剣にも?」

「ええ、同じ片刃で刀身が反っていてね。珍しいものだからこの国にどころか大陸探しても無いんじゃないかしら」



そこでふと自分の言葉に違和感を覚える。


あれ?そうなるとあの剣は?



「へえ、そんなに…って……あ…あの…メイプル姉さん?俺ひとつ疑問があるんスけど」

「……言ってみて」

「大陸探しても無いような剣なんですよね?」

「そうね」

「同じ形で、同じ模様なんですよね?」

「そうよ」

「じゃあ、アレって何なんスか?」

「………」

「………」



団長と視線が合う。

団長の頬は引きつっていた。

アタシの頬もそうなっていると思う。



くるり。


くるり。



二人は無言で振り返ると、




ダッ!!


ダッ!!




慌てて来た道を引き返した。






△▲▽▼△▲▽▼






誰かが俺を呼んでいる。



頬を叩き、体を揺さぶり、誰かが俺を呼んでいる。


それはとても心地良い音だ。


抱き起こされているのだろうか?

背を支える温もりが冷え切った俺の体に熱を与えてくれる。


そして匂いだ。匂いがする。


血と汗の臭いに混じって、花のような匂いがする。

その匂いはどこかで嗅いだことがあった。いや、正確に言えば俺の傍にいつも在った匂いだ。


嗚呼ああそうだ、思い出した。俺はコレを探していたんだ。求めていたんだ。


その匂いが、俺の心と体にへばり付いた粘つく冷たい汚れを洗い落としていく。

そう感じた。



何度も何度も誰かが俺を呼ぶ。



俺は誰が呼んでいるのか知りたくて、重たい瞼をどうにか持ち上げた。


目を開けるとそこには金髪でオッドアイの少女が居た。

彼女が俺を抱き起こしていた。


俺を覗き込む翠と朱の両の目には涙が浮かび、その目は驚いているのか大きく見開かれている。


俺はこの子を知っていた。


この匂いも、この顔も、この声も。


知っていたんじゃない。求めていた。



「メイプル」



そう言葉にすると同時、俺はメイプルを抱き寄せ、その首筋に顔を埋め頬をり寄せた。



熱が、匂いが、感触が、俺の中へと浸透しんとうしていく。


瞬間、俺の世界が、俺の感覚が、ハッキリと俺のもとへ戻ってきた。



「な、ちょ!?なんっ、何してるん、アッ…んっ…だめっ」

「めいぷる…メイプル…」


擦りつく度にメイプルの体が小刻みに震える。

その存在を確かめたくて、俺は思わず首筋にかぷっと歯を立てた。


「こ、こらっ。ちょ、ちょっとくすぐったいって。甘噛みダメ…あぁぅ…止めなさいジュウゴ!!」

「ああ、温かい。柔らかい。メイプル…生きてて良かった」

「わかったわかった!分かったから放しなさいって!…んっ、くぅ…ああもう、団長!?」


メイプルが近くに居たどこかで見たことのある赤いスカーフの少年に助けを求めたようだが、少年は頬を掻きながら良い笑顔でサムズアップした。


「姉さん俺、席外しましょうか?!」

「ばっかじゃないの!?こんな時に空気読むんじゃないわよ童貞!!…って、痛い痛い痛い、強く抱き過ぎ!団長、早く剥がしてっ!剥がすの!剥がしなさい!!」

「は、はいっ!」


もう一度メイプルの感触をしっかり体に刻もうと力を入れたら、少年にメイプルから引き剥がされてしまう。


座らされたのは噴水のふちの部分。

動物にそうするように少年から、どうどう、となだめられてしまった。


むぅ。


「ムスッとしない」


ぬぅ。


「はぁ…まあ良いわ。とりあえず、無事で良かった」

「お互いにな」

「ええ、お互いに。まあアナタは無事とは言えるのか怪しいけど。大丈夫なの?」

「ん?」



言われて見れば上半身は裸で血塗れ。ズボンはボロボロで赤黒くなっている。


もう塞がりかけちゃいるが割りと深い傷もあったようだ。

魔神の影響で強化された体が深く傷つくってのはよっぽど無茶したらしい。


まあ、周りを見れば何をやってこうなったかは想像できる。

何せ目の前には昨今のスプラッタ系映画でも見ない、やり過ぎなくらいの舞台が出来ていた。


きっと俺がやったんだろう。死んでる魔物沢山いるし、群れの中にでも特攻したかな。

…俺は服を脱ぎ捨てた辺りまでくらいしか記憶に無いんだが。



「ちょっと無茶したみたいだな。大した怪我は無いし、痛みも無いし…うん、大丈夫だろう」

「いや、そうじゃなくて」


メイプルは俺の両頬を持って、ぎゅいっと後ろ…噴水の水面を向かせる。


「見える?自分の顔におかしいところは無いかしら?」


薄ぼんやりと広場を照らす灯りの橙と双子の月の白が揺れる水面。

ちょっと判り難いが俺の顔が映っている。


『おかしくないぜ、いつものイケメン』なんて冗談で返そうと思ったのに、俺の目はすぐにおかしなところを捉えた。


パシャパシャと揺れる水の鏡に映った俺は、真紅の瞳を輝かせていた。



「…なる、ほど」

「分かったわね。…で、もう一度訊くけど、大丈夫?」



俺の体はまた随分と危ない状態になってるらしい。

実際自分の目で見るのは初めてだが思考は寝起きぐらいにはクリアだ。



「どうしたことか、全然平気だ。ちょっと気だるいけどむしろ疲れが取れたような気がする。正直前より力がみなぎってるんじゃないかと」

「さっきまでぶっ倒れていたのに?意識もハッキリしててキツくないなら良いけど、逆に今の状態で安定してるって方が不安で仕方ないわ」

「なんで?」



俺が首を傾げると、メイプルは俺の耳を引っ張ってそこへ少年に聴こえないように音量を小さくして怒鳴った。



「バカ!そんな異常な状態で安定しているってことは、魔人となった体にさらに何か大きな変化が起こってるってことよ?!力が漲るってことは、肉体が作り変えられている恐れもあるの!もっと怪物に近づいてるってことなのよ?!」

「お、おう…」

「今はまだウィスクムも居る。だから安定しているなら、今はそのままにしておくけど、終わったらすぐにでも【服従アレ】使うわよ」

「り、了解」



何だか少し見ないうちにメイプルの迫力が増したなあ…。

俺を睨みつけて、よしっ、と腕を組む姿はなかなか凛々しいじゃないか。


何だか孫娘を見るような目で俺がホクホクしていると、スカーフの少年が小さく手を挙げ、少し困ったような顔で伺いをたてた。


「で、メイプル姉さん、これからどうします?」

「メイプル”姉さん”!?」


なんだそりゃ!仁義なきなんとかか!?


「そこ、考えてることがなんとなく判るからあとでお仕置きするわね」

「なんでさっ!?」


アナタはエスパーか!


「ああっと…それで、ジュウゴさんも見つかりましたし、これからは本格的に迎撃に移りますか?」

「そうね。北か南に向かって、軍もしくは衛士隊を組み込みたいわね。正直ジュウゴさえいればどっちもすぐ落ちるでしょうし…ここは南から開放して他に回すべきかしら?」


ううん…と眉根を寄せて熟考するメイプル。


何か部隊でも率いているのかのように、司令官みたいなこと言っている。


ああ、しかし、それより一つ気になることがあるんだ。


「君、何で俺のこと知ってるの?」

「酷くないっスか!?」


少年が全身を使って受けたショックがいか程か表す。


いや、見たことはあるけど。


「ジュウゴが何かしたんでしょう?[牙]って言うこの町の悪ガキ集団。彼はその団長よ」


悪ガキ?


「おおっ!それで思い出した!そうか、そう言えば君はあの子達のリーダーだった子だ!」


町の人の依頼で捕まえてお仕置きとお説教した子達がいたっけ。確かにあの子達は全員が体のどこかに単色の布を巻いていた。


「クルィークっス。忘れないでくださいよぉ…。俺はあの時からジュウゴさんの強さに惚れ込んで、剣の使い方習ったり、体を鍛えたりしてるんですから。あ、ギルドにも登録したんスよ」

「ああそうなんだ。まあ、健全な方向に余ってる元気を向けてくれるならいいよ。頑張って」

「はい!目標はジュウゴさんを超えることッス!」


何だか自分が目標というのはこそばゆいな。

まあ、悪戯やらがエスカレートして餓狼バ・ルーみたいな集団になってしまう、そんな未来を断てたと思えば、この背中のかゆみなんてのは安いものか。


「で、何で二人は一緒に?」


俺はあってもメイプルに接点はない筈だ。


「アタシがここの団員を一人助けて、その流れで団長達に会ったの。そこで色々と話をして、今はアタシが指揮をる形で団員達と町の人の救助と避難にあたってる」

「で、もしジュウゴさんと合流できた場合は、ウィスクムを倒してしまおうってことに」

「なるほど、把握した。じゃあ俺はさっさと奴らを駆除してしまえば良い訳か。じゃあメイプル、例の【服従アレ】で――」

「ダメよ」


さくっと自動操縦で駆除しよう。

そう言うつもりが、メイプルは厳しい顔つきで却下する。


「何でだよ」

「理由は三つ。一つはあの状態だとこちらと連携が取れないから。この規模だと条件設定が難しくなるしね。二つ目は複数の意味で人に見せるものじゃないから。そして三つ目は、今のアナタにあんな強制力を働かせて、何かあった時が……アタシは怖い」


メイプルの指が、俺の頬を労わるように撫でる。


「協力者がいるから、今のままでも充分戦える。アタシの見えないところでさっきみたいに倒れられてる方が問題があるの」

「そりゃあ……そうだな、分かった」

「???」


クルィークはほとんど何の話か分からないだろう。俺達の間でのみ通じる隠された言葉のやり取りに首を傾げていた。


「よし、じゃあやることは分かってるんだ、行動に移そうぜ!そんで、チャッチャと片付けたらメシでも喰おう。なあ、クルィーク!!」

「え?ええ、そうっスね!ご馳走になります!!」

「奢らねえよっ!!」

「えっ、そこは奢りじゃねえんスか!?」

「アンタ達、この場所でよく食うのなんの言えるわね」


俺とクルィークはメイプルの呆れ顔での突っ込みに苦笑を浮かべる。

それは互いの無事という事実がもたらした心の余裕から生まれたものだった。



しかし―――





ゾクゥゥッ!!!




「何だっ!!?」


「何っ!?どうしたの!?」


「ちょっ、ジュウゴさん?」




強烈な悪寒が背筋を走った。


俺の中の動物的な本能が、バカでっかい音量で警鐘を鳴らしている。



何だ!?


東を見る。

通りの向こうの屋根の上、東の夜空の端っこが、青白く揺らめいている。



どうした!?


南を見る。

通りの向こうの町の端、南の夜空の端っこが、青白く焦げている。



何が来る!?


西を見る。

通りの向こうも曲がったその先、西の夜空の端っこが、青白く燃えていた。




「は、放せええっ!!!」


「誰だっ!!?」




誰かの怒声が降り注ぐ。

北側に通りの入り口、二階建ての屋根の上にある夜空の端っこで、丸刈りの少年が吊られていた。



「ガッソっ!!?何でアイツがあんなところに!?」

「避難してたハズじゃなかったの!?」


少年は二人の知り合いらしい。ああ、確かに腕に黒い布を巻いている。


そして、その少年を吊り下げているのは白い女の影だった。


褐色の肌に、白銀の長髪、鋭く冷たい金色の瞳。

惜し気もなく風に晒される長く整った肢体は、大事な部分が申し訳程度に布地で隠されているくらいで、胸の大きなふくらみはそれすら邪魔だと押し上げている。


奇妙なことにその女の手足は大部分が白い体毛で覆われ、腰の辺りでは太い尻尾らしきものが揺れている。


驚いた。それは漫画やゲームだけではなく、古いホラー映画なんかでも良く見かけた、狼男の姿。いや、まだ人の部分を多く残すそれは”人狼ウェアウルフ”とでも言えばいいのか。



だが俺はその女の姿より、そんな姿をした女に驚いた。



「ピエタッ!!?」


「っ!!何ですって!?」


「え?!え、なんスかっ、知り合い!?」



ピエタ・リコルス。


女性にしては体が大きいことくらいしか特徴の無い彼女だったが、短くも共に過ごした仲だ。灯りの少ない暗がりだって、その人狼が自分の相棒だということくらい判る。



「まさか……まさか剣を抜いたのか?」



東に逃げたはずの彼女が、何故ここに居て、何故こんな姿になってしまっているのか?


ああ…容易に想像できるぞクソッタレ。



「メイプル…悪いが」

「…やるの?」

「ああ。あの子がこれ以上何かする前に、俺が止めなきゃ。だから、あとは自力で頼む」

「……分かった。でも、アナタにあの子が殺せる?」

「……」



彼女を止めるのには、それしかないのだろうか?


だが俺は、俺の意思は、傍に立てかけてあった俺の刀を、メイプルに手渡した。




「『める』」




殺さない。けして死なせない。

多くの命を奪った俺が言葉にしては偽善的で、自己満足の塊になるかもしれない。

でも、救える可能性があるならば、と俺はその想いを一言に乗せた。



「そう……」



メイプルは小さく頷き刀を受け取った。



「ピエタ。絶対もとに戻してやるからな」



俺が想いを込め、ピエタを見据えると、ピエタはそれに応えるかのように狼のそれと同様の遠吠えを夜空に響かせた。


そして、俺をギラリと光る双眸で睨みつけると、手に持った少年を何気ない動作でぽいっと放った。



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」



「「ガッソ!!」」



二人が慌てて駆け出して行くが、間に合わない。少年は屋根の上からまっ逆さま。


俺も反応が遅れ、もうダメかと思われたがしかし、運良く真下に在った屋台の平たい革の日除けにズボッと落っこちた。



「い、いってぇぇぇっ!!」



すぐさま声が出せたなら、無事か。


俺は助け起こされる少年の姿にホッと胸を撫で下ろしたが、



「しまっ―――」



眼前にはもう、ピエタの姿が迫っていた。




ガゴゴォォォォォォォッ




凄まじい破砕音と衝撃。


ピエタは俺の喉を掴んで地に押し当てると、噴水から広場の石畳、その向こうの建物へ一直線に抉り、砕き、ブルドーザーのように進んでいく。


壁についても僅かも止まらず、そのまま一棟、二棟、連なる家々の壁を突進で割り砕き、俺を押し込み叩きつけていく。


「グォァアアアアアアアアッ!!!」


粉砕、粉砕、粉砕。


全身に強烈な衝撃が続き、俺は堪らず二度三度蹴りで反撃するが不安定な態勢ではピエタに何のダメージも与えられない。


「カハッ!!」


押しつぶされた喉が咳と血を押し出す。


どうにかその手を外そうと力を入れるのだが、その力は片手で俺の両手のそれと拮抗し、首輪のように俺を捕らえたまま。


「ガアッ!!」


ピエタは鬱陶しいとでも言うように、近くにあった大きな花瓶へ俺の頭を打ちつける。

当然、高級そうな花瓶は見事に割り砕け、俺は盛大に水と花を顔に被った。


「あぶぁっ!?っぺっぺ……ぉおい、チクショウ、嘘だろ、おいっ!」


力負けするなどとは夢にも思わなかった。


メイプルに言ったように体には力が漲っている。竜の力と魔神の剛力が合わさってさらに力は増している筈なのだ。だのに、まったく歯が立たない。



止めるとか言っておいて、何だコレ!?まったく歯が立たねえ!!



俺はあっちこっちに振り回されながら何度も何度も不安定な態勢で蹴りを入れ、腕を叩く。


それでもピエタの動きが止まることも、力が弱まることもない。



「やべぇ…マジでやべぇっ!」



だが、これほどの力があれば即座に俺を殺せてしまいそうなものなのに、ピエタは何故か俺を痛めつけるだけで殺そうとしない…ああ、もちろんただの人なら何回死んだか判らないが…どうしてか直接命を奪おうとしないのか。



…きっとピエタが、ピエタである部分がまだ残ってるんだ。



あぁ…だからといって安心なんて出来ない。

俺の体に徐々に刻まれる傷が、ダメージが、再生に追いついてこなくなっている。



「くっそぉぉぉっ!!」



加速度を増す攻撃の中、俺を振り上げようとしたその瞬間、俺はどうにかピエタの顔を掴み振り向かせると、想いを込めて頭突きをお見舞いした。



「『戻って来い、ピエタ!!!』」



轟々音を立てて崩れる家屋の中。



俺の腹の底からの反撃こえが、ピエタを止めた。







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