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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
36/73

百夜の大神・後編・1/3

悩みに悩み、再構成したお話。

今後の為、後編二部構成を三部構成にしこの一話挟みました。


地下道を出た牙遊撃隊アタシたちは西区から東区へ、大通りを駆け抜けていた。


前衛は赤いスカーフを巻く[牙]の団長クルィークと褐色の腕に黒の布を巻くガッソ。

左右はセナとカブラと言う名の体格の良い少年二人が睨みを利かせ、後方をネル、アシュレー、アーヂモが固める。魔物に反応することが出来て、対処法も知るアタシがその中央で周囲を警戒する形だ。


通りに出てしばらくは何事も無く首を傾げたものの、東西南北を結ぶ点である中央通りの広場に近づくにつれ漂ってきた甘い臭いにアタシは警戒を強めるよう促した。


ゆっくり、楕円の陣形を保ったまま進む。



「…この臭い…強くはないけどあの少女の姿をしたウィスクムの出していた臭いに似ている」


嫌な臭いだ。


アタシは眉を寄せ、あまり効果はないと判ってはいたのに思わず鼻と口を手で覆った。


「全員気分が悪くなったりしてないわね?」

「「「「はいっ」」」」


アタシ以外誰もこの臭いに反応している者はいないみたいだ。


まあ、そうでなくては困るのだけれど。


攻撃を担当する迎撃部隊は全員”未経験者”で構成させた。

最も魔物達に近づくことになる彼女や彼らは、戦闘することを考え全員がまともな武器を持たされているため、操られてしまうとそのまま敵の戦力強化に繋がり危険度が増す。アタシはそれを避けたかった。

当然遊撃部隊の人員も条件を満たしている。


ああ…ただ、この選考を行った上でアタシは可哀想なことをしたなと少し後悔していた。


自己申告とはいえ、一番年長の団長のほか多くの年長男子がまさかの未経験者だった知れたことで、”花売り”をしている一部女子から彼らが思い切りからかわれてしまったのだ。


男子の結束は深まったようだけど…申し訳なかったわ。


アタシは前を行く二人の、どこか哀愁を感じる二人の背中に向かって、心の中で謝った。



「ひっ!?ひゃぅっ!!」


突然後方から悲鳴が上がる。


「アシュレー、どうしたのっ!?」

「あ、姉御あねごぉ…踏んじゃいましたぁ…」


何事かと振り返れば、アシュレーの足にべっとりと肉片と血がへばり付いていただけだった。

何かの臓物でも踏んだらしい。”何の”かは想像したくもないけれど。


「そんなものいちいち気にしていたら、動くことも出来ないわよ」


アタシだって血や肉片の跳ね返りで汚れた靴や裾を見ると泣き言の一つくらい言いたくなる。コレ結構お気に入りなんだもの。


血って落ちないわよね…多分。


そう思うと悲鳴が出そうだ。



「うぎゃっ!!」

「ひええっ!!」

「ふぇえええっ!?」



時折遭遇するボロボロの…最早肉塊や肉片と表現するのが正しい死体に団員たちから悲鳴が上がる。特にアシュレーは毎度毎度驚き過ぎだ。流石と言うか前を行く団長はビクッとはなるものの声を上げたりしないけれど。



「いちいち反応しない。我慢なさいな」



アタシは割りと平気だけど、ああでも、我慢できるほうがおかしいのかしら?



時々自分の感覚がずれているのか正しいのか判らなくなる。



「まあ、気味が悪いのは確かよね…」



通りをぼんやり照らす軒先の灯り。

所々で火の手も上がっているがそれでも闇をはらうほどの光量には至っていない。


それを良しとするかどうかは家主にでも聞いてもらえばいいけれど、ああ…この妙に黙りこくった街並みの中を抜けて行くというのは、この明るさではなかなかに身のすくむものがある。

時々遠くに聴こえる悲鳴や芯に響くような咆哮が生き物の気配のしないこの通りの不気味さをより際立たせていた。


だけど、一番不気味なのは”何”も出てこないということね。


時々ふわりふわりと甘い臭いが濃さを増しながら鼻腔を刺激するのに、魔物はおろか寄生体にも遭遇しないなんてことが、今この町に於いてありえるのかしら?


「……どこかに移動したの?」


アタシとネルが地下に入る前まではかなりの数の寄生体や魔物ウィスクムが通りを闊歩していたハズだった。他の場所からもかなりの数が町に侵入してきていたと聞いたから最大限に周囲を警戒しつつ地下を出てきたのに、東西南北が交差する中央通りの広場にあと僅か、もう差し掛かかろうとしているというのに、未だ魔物はおろか寄生体にすらっていない。



いや、遭わなければ遭わないでその方が良いのだけれど。



『――ィィッ!――ガァッ!!』



そんな甘い考えがいけなかったのか、突然怒ったような調子の金切り声が頭の芯に届いた。


「なに、今の!?」

「なんか気持ち悪い…」

「鳴き声?」


皆も聴こえたようだ。明らかに異質な音に戸惑い、全員身を硬くして足を止める。



「多分ウィスクムよ」



淡々と告げるアタシの言葉に、皆息を呑む。

各々自分の得物の所在を確かめるように強く握り締めた。


とは言ったけれどどうしたことか、不快な音はそれっきり。何故か臭いも途切れ魔物の姿は現れない。


変化したのはそう…なんだか嫌な気配が膨れ上がったことかしら。



「っ!?姉さん敵です!しかも沢山!」

「姉さん後ろもです!!」


ガッソが叫ぶ。ネルが重ねる。


期待に応えたとでも言うように建物から、路地から、アタシ達の前後を挟んで虚ろな目をした町人達がぞろぞろと顔を出した。


「四の五の…ああ、面倒くさいわね」


さて、その他大勢エキストラは何十人登場するのかしら?

あんまり大勢っていうのはあまりいただけないわよ。


でもまあ、焦らして焦らして、何もないのかと思ったところで、皆仲良く凶器を持ってのご出演とは。


なかなかどうして…、



「気の利いた演出ね。ねえ団長?」

「冗談言える余裕ねえっス!!」

「あらそう」



ちょっと危なげな感じの空気を和まそうと思ったのだけれど。

まあ、そう言うなら冗談はこのくらいにしましょう。



「ここじゃ袋小路が多過ぎるわ。このまま真っ直ぐ…ん?」


と、そこまで言って、ふと、違和感を覚えた。



「どうしたんですか姉さん?!」

「姉さん。指示を!」

「メイプル姉さん!?」



いや、待ちなさい。



「様子がおかしい」



凶器を持って危険極まりないけれど、町人達はアタシの見たことのある寄生体のようにきびきびと動く様子が無い。まるで夢現ゆめうつつといったようにぬるりぬるりと動いている。

気味の悪い虚ろな目も、別の見方で言えば泥酔したような…。



「あぁっ!!メイプル姉さん!目が…目が紫じゃない!!」



団長が叫んだ。



その声に町人達が一斉にこちらを向く。

そうして向けられる数十の瞳は全て、人である輝きを残していた。



「…へえ、い展開ね。こういうの、嫌いじゃないわアタシ」



助けられるとか、まだ間に合うとか。

そんな言葉好きだわ。



「ぉぉおお…」

「ああ…ああ…」



徐々にアタシ達を目標として捉えはじめたのだろう。二人、三人と歩くような速さでこちらへ向かって来る。



「どうします、メイプル姉さん!?」


「もちろん『目を覚まさせてやる』しか選択肢は無いわよ団長。ここで逃げ出すわけにはいかない。皆もいいわね?」


「は、はい!」


「よ、よぉし…相手が化け物じゃないなら喧嘩と一緒だ。やってやるぜ!」


「うぅっ…怖くない…怖くないぃ…」


「アシュレーったら…もう」



全員が頷く。

アタシもそれに頷き返して、目を伏せ、深く一呼吸。

次いで眼帯を取り外すし、両の目を見開いた。



「アタシが先行する。円を作って背後を取られないように。前方から叩いていくわよ!」


アタシは団長とガッソの間を割って飛び出して行く。


「「「「了解!!」」」」



背に受ける声に、何だか力が宿ったように感じた。


前に読んだ戦記モノの本で書いていたことを真似してみたけど、作り話でもバカにはできないわね。



「お、おぉぉ…に、ニク屋め。こ、ころ、殺し、コロシテやる…」



飛び出したその先に、痩せ柄の壮年の男が店から出てきた。

そして、男はアタシを視界に収めるや否や持っていた大振りの包丁を振り上げた。



どんな幻覚見てるんだか。



「失礼っ!」



得物の長さはこちらが有利。アタシは懐まで入らずに、充分な安全圏からモップの先端で、男子諸君には悶絶モノの一撃を。



突っ!



「がぃっーーンンッ!?」



うん。アタシには解らないけれど、とんでもなく痛いのは知っているわ。



男は苦悶の表情を浮かべて股間を押さえ低く呻いた。


痛みのおかげか、その目にはハッキリと生気が戻っている。



「こんばんは小父様。ご機嫌いかが?」



よろしくなければごめんなさいと呟いて、アタシは再びゆらりとモップを構える。



コレ締まらないけど、善くないモノのを綺麗にするに洒落が利いてて良いわね。



「さあ、お次は何方どなたをお掃除しましょうか」



襲い来る狂気にアタシは小さく微笑んだ。






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