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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
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百夜の大神・中編・(ピエタ)

――逃げ遅れた人たちを連れて東へ向かえ



ジュウゴさんを一人残し、キャナスさん達と私は逃げ遅れた人達が居ないか声をかけながら東へと向かって駆けていた。


目指すのは東側の出口。


スノクはもともと城砦じょうさいを築く予定で建設されていたものが取り止めとなって町に造り替えられた為、ほとんどの場所が壁に囲まれている。門と呼ぶようなものではないけれど出入り口は東西に四つで固定されている。


先ほど逃げて行った人もそこを目指していたのだ。



東の草原まで抜ければ安全。



そう声をかけながら私は走り続けた。

遅れている人は居ないか、見逃してしまった人は居ないか後ろを振り返りながら。


私達はすでに何十人という人の集団になっていた。

お年寄りや子供たちも沢山居る。


体力の無い人達の速さに合わせるとどうしても遅くなるけれど私は彼らを置いていくなんて出来ない。


速く、速く。


そう心では願いながら、最後尾で遅れ始めたお婆さんの元に駆け寄り背に手を添えて。



もうすぐ、もうすぐ。


助かる、きっと助かる。


互いに声を掛け合って走ってたどり着いた東の出口。





けれど、そこには、絶望が立ちはだかっていた。




「キヤァァァァァッ!!」


「グォァァァァッ!!」


「『グゴァアアアアア!!』」




あと僅か、あと少し行けば出口という場所。

そこには何体もの魔物と、百を超えているであろう寄生された人達の群れが出口の周辺にずらりと揃っていた。



「う、嘘…何で?何でこっちにも…?」



魔物は西からやって来ていたのに何故もうこんなところに!?


つたの塊の頭を持つ紫紺しこんの巨人や頭が割れ大きな口が開いた馬、触手を揺らめかせる猪のような獣など見ただけで竦んでしまう化け物たちが十体以上見える。

破壊された建物の瓦礫の上、奴らは寄生された人達と何かを貪っていた。



「人だ…アイツら人を食ってやがる…」



誰かがそう呟いた。

そんなに大きな声ではなかったのに、その声に乗った恐怖は伝播でんぱし、周囲に伝わっていく。



「いゃぁぁっ!!」



誰かが、悲鳴を上げた、その時―――魔物たちの目が、私達の姿を捉えた。



「『ゴガアァァァァ!!』」



その時、魔物の一匹が吼えた。

ジュウゴさんの部屋で聴こえた芯に残るようなあの奇妙で不快な音。


「ガッァァァ!!」

「シャァァァッ!!」

「オォォォッ!!」



それに呼応こおうして周囲の魔物たちも一斉に奇声を上げ、私達に向かって走り出す。



「ひ…ヒィィッ!!!」


「嫌だっ!!死にたくないぃ!!」


「助けてぇっ!!」




次の瞬間、恐慌が起きてしまった。


皆大声で泣き叫び、我先にと逃げ惑う。



「み、皆さん落ち着いて!!西に!!西に走って!!」

「アンタ達!!話をっ!!」



私とキャナスさんが叫ぶが誰も聞く耳など持ってくれない。

路地に飛び込む者、建物に逃げ込む者、とにかく助かりたい一心で皆一目散に逃げていく。

…子供も親も兄弟でさえも関係なく、置き去りにして。



でも、逃げ出していく人達を魔物達は見逃さない。



「キィガアアア!!」


「ゲアアアアッ!!」



次々に捕まり、一人また一人と食べられていく。


目の前でもまた一人。


私にも寄生された大柄な男性が飛び掛ってくる。


「い、嫌!ダメッ!止めなさい!!」


「ゲアッ!?」



手に持った救済サルヴァサオンの剣を盾にして、思い切り突き飛ばす。


すぐに、男の体から青い炎が上がり、悲鳴を上げて男は別の寄生された女性にぶつかり、炎が燃え移っていく。

それは密集してきた寄生体の集団には効果抜群で一人、また一人と青い炎が広がっていき、すぐさま青い炎の林が出来た。


それには後ろから近づいて来ていた魔物達もたじろぎ私を警戒しているようだった。



「やるじゃないかピエタ嬢ちゃん!凄いもん持ってるね。…って、そうじゃない、さあ、今のうちアタシ達も逃げるよ!」



キャナスさんが私の腕を掴み、西を指差した。


でも、



「ママぁ!!」


「ああ、お助けください神様っ…」


「おねえちゃぁぁんっ!!」



後ろには子供達やお年寄りが逃げ遅れ、残っていた。


子供達もお年寄りももう走る体力も気力も残っていないはず。

子供達など地面に座り込んで泣き出してしまっている。



なら、私がやることは一つだ。



私はキャナスさんの手を解き、首を横に振った。



「私は残って時間を稼ぎます!キャナスさんはこの子達を連れて西へ、ジュウゴさんの下へ逃げてください!」

「ば、馬鹿いうんじゃないよ!あんた一人で何が出来るんだい!」

「このまま逃げれば追いつかれます!私にはこの剣があるんです、時間を稼ぐくらいならできます!」



さあ、早く!


私は西を指差した。




「…っ…嬢ちゃん…死んだらダメだよ」

「はい」



魔物達を牽制する青い炎も弱まってきている。


さあ、と促すとキャナスさんは子供達の手を引き、お年寄りの背を押して西に駆けて行った。



オオオォォォォ……



まるで地鳴りか嵐のような音が近付いてきた。


向き合えば目と鼻の先で魔物の群れが牙を剥き、涎を垂らしてとアタシを睨んでいるのが見えた。



怖い…怖い怖い怖い。



足が震え、歯がカチカチと音を鳴らす。


今すぐ逃げ出したい。

でも、それはダメ。


私が逃げたらキャナスさん達が危ない。少しでも時間を稼がなきゃ。

ジュウゴさんだってたった一人であんな化け物に立ち向かったんだもの、私だって勇気を出さなきゃダメ。


「…これは、神様が私を試す為に用意された試練なのよ…」


そう、力を持つ者に与えられた試練なんだ。



神様はその人が乗り越えられない試練など与えない。きっと乗り越えられる。



―――肝心なのはどこかで踏みとどまって、向き合い戦おうとすること、その機会を誤らないこと



ジュウゴさんの言葉が背中を押す。


ピエタ…ピエタ・リコルス。


機会は与えられた。

勇気を持って立ち向かいなさい。

今こそ家族の敵を自らの手で討つ時。


…震えが止まる。



「来るなら来なさい、ウィスクム。今度は逃げたりしない」



全身に力を込め、剣の柄を強く握った。


恐怖は消え、使命感が残る。



「とにかく先ずは時間を稼ぐ」



囲まれないよう通りに下がりながら辺りを見回し、何か使えそうな物は無いか探す。


早く、早く。もう炎も消える。



「アレは!」



運がいい。

私は近くのお店の入り口に置いてあった灯りに使う油壺を見つけ、二つ、引きずり倒して通りの出入り口に向かって転がした。


大きな壷だったけれど中身はどちらも半分ほどしかなかったらしい。それでも充分に多量の油が流れ出す。


とくとくと流れ出した石畳に広がり始めた油に向かって私はすぐさま戸口の火種を取って投げ入れた。



――――ゴゥフッ



道が火の海になる。



…と同時、魔物の前にあった青い炎が消え、私を追って通りに出てきた。


寄生された人達はまた現れた火を嫌がり、進むのを躊躇ちゅうちょしている。だけど、魔物は嫌がるそぶりは見せたものの、すぐに炎に飛び込んで私の前までやってきた。



一匹、二匹、三匹。



つたの巨人や頭が全部が口の馬、そして触手の猪。

他の魔物は警戒しているのかまだ後ろで様子を見ていた。



ああ…私はここで死ぬかもしれない。



じりじりと周囲を距離を詰められる緊張感に冷や汗が流れる。首筋がピリピリして、呼吸は荒くなり、心臓は潰れてしまいそうだ。



それでも、私がここに在る限り時間が稼げるなら。



短く息を吐き、剣を構える。



「さあ、かかって来なさい!」


「グォオオアアア!!」


私の気に当てられて、巨人が拳を振り上げて飛び出してくる。


「ガァァァァ!!」


「ギィヤァウ!!」


それに遅れて猪と馬も飛び出した。


「フッ…」


とにかく避けることに専念すればいい。この剣がある限り私は攻撃を行う必要がないのだから。


私は猪に向かって走り、その横をすれ違うように跳んで避ける。そのとき、剣を胸の前にかざし、私を追って伸ばされた触手に鞘を触れさせた。


僅かに遅れて触手から青い炎が上がるのを視界に収めながら突進してくる馬もヒラリ避ける。


その後ろから被さるように振り下ろされる巨人の拳も鞘を当てて逸らすようにしながら体を捻って回避して、魔物達から距離を取った。



「私は一年間、体の養生だけをしていたわけじゃないんです…」



剣の扱いも習った。格闘術も習得した。

情けないことにいざとなると怖くなって何も出来なかったけど、それなりに戦う技術は身につけてここに来た。


封印の効果で大して力も出せず、ジュウゴさんほどに戦うことは出来ないけれどそれでも避ける、見切るだけならどうにかできる。



「グォアアアッ!!」


「ギヤァアアアッ!?」



猪と巨人が悲鳴を上げる。

猪は触手から触手に炎が移り、振り払おうとして結果燃え広がっていた。


けれど、驚いたことに巨人は悲鳴こそ上げたもののすぐさま腕の半ばからを自ら引きちぎって投げ捨ててしまった。



「っ!何てこと…」



目を背けてしまいそうになったけれど、どうにか我慢する。


するとそこで、ボタボタと赤紫の体液が滴るその残された腕から根のようなモノが伸び、瞬く間に腕を再生してしまった。


「そんな…再生するなんて…」


炎は少しでも触れたら燃え移る。

でもあんな風にそこから切り離されれば効果は無いし、さらには再生されてしまうのなら腕や足をどうこうしたって意味がない。

胴体に直接当てても効果があるのかも怪しい。


幸い猪はもう全身が炎に包まれ燃え尽きるのも時間の問題だけれど、この巨人は手強そう。



「クォオオッ!!」



そこで再び馬が飛び掛って来る。


馬は頭が異形な形であるだけで突進は単に馬のそれでしかない。

危険なのはその後ろから被せるように殴りつけてくる巨人の拳。


先ずは馬の左手にサッと避け、鞘を胴に擦るように当てながら、次に来る巨人の右拳をーーー



「マーマ…どこぉ?」

「っ!!?」



子供ッ!?



突然、巨人の背後の宿屋の戸を開けて寝間着を着た小さな男の子が眠そうに目を擦り現れた。


その子に気を取られた私は、眼前に迫っていた紫紺の拳を避けられず直撃してしまう。


「ハっ!?しまっ、かはぁっ!!」


鈍い音が響き岩石で殴られたような激しい衝撃が体の中心を打ち抜いた。


拳は振り抜かれ、私の体は石畳の上を毛糸玉ように

ポンポンと跳ねて転がって行く。


二転三転止まった時には地面を舐めるように地に倒れ伏し、体は痙攣(けいれん)して体の中身が飛び出てきそうな苦しみに息をすることもままならない。



「『グォァアアアアッ!!』」



勝利の雄叫びだろうか、どうにか頭を上げ睨みつけた先では巨人が胸を張って高らかに咆哮していた。


その声に残った魔物達も奇声を上げながらじわじわと火を越えてやって来る。



なんてことなの…まさか子供がまだ居たなんて…。



どうして子供一人残っていたかは分からないけれど、早くここから連れて逃げなきゃ…。



唇を噛み、拳で足を打ち据え、震える体をどうにか起こすとどうにか手放さなかった剣を杖に立ち上がる。


あ、あの子は…!?


揺らぐ視界で先程の男の子を探す。

すると男の子は巨人を見上げ、何かを叫びながら尻餅をついていやいやと首を振っていた。


そこを巨人が戦利品だとでも言わんばかりに捕まえて高くかかげ、その頭部に大きな口を現した。


食べる気だ!


「や、やめ、でっ!」


声が出ない。息が詰まったように声が掠れて出てこない。



ジタバタと暴れる男の子を弄ぶようにゆらゆらと揺らした巨人は遂に口の真上に男の子を持ってきた。



「ゃめで!や、やめ、でっ!」



ダメ、その子を殺さないで!


体が前に倒れそうになるほど手を伸ばす。


届くような距離ではないのに。





………本当に?






手の内から焼けつくような強い熱が生まれる。



そこには救済(サルヴァサオン)の剣が握られている。



時間がどんどんと減速していくような感覚。



世界が黒く塗り潰されて、無音に変わる。



そこへ、声が響いてきた。




ーーーこの剣を抜かない限り、剣はお前をヒトの身に止めるお前のための救済となる。


ーーーこの剣を抜くときには、お前の身は二度とヒトに戻れず、敵を殺し敵に侵された者の救済になる。




化け物になるのは怖い。

自分が傷つけた人の怯えた瞳が、殺した人の肌を裂いた感触が、襲いかかった人達の悲鳴が、私の中にこびり付いている。



でもジュウゴさんは言っていた。




ーーー俺達は沢山背負って生きて行かなきゃならない。




罪も、想いも。





私は、柄を強く握った。


熱が剣へと伝わっていく。




ーーーピエタ、お前は救われたいのか?



また誰かの声が響いた。




…いいえ、私は救われたいんじゃない




…もう救われてるんです




…だから今度は私が




「救う!!」




私は、サルヴァサオンの剣を一息に引き抜いた。




蒼白の鞘から、白銀の刀身が現れる。




瞬間、剣が鞘と共に砕け散り、蒼白い炎に変わって私を包み込むと、強烈で強大な力が身体中に溢れだした。



「さあ!この身に宿れ、百夜眠らぬ戦の大神(オオカミ)よ!私の全てを捧げましょう!願わくば、慈悲の心でもって罪なき人々を救いたまえ!!」




刹那、私は地を蹴り砕き、風を置き去りにした。












「マーマッ!!パーパッ!!」



少年が叫ぶ。

今は亡骸と変わり果てていると知らず父母(ちちはは)を呼ぶ。



少年を捕まえた化け物は無慈悲にも大口を開けて、少年をその上で揺らしてみせた。



「いやぁだぁぁっ!こわぃょぉ!マーマぁっ!パーパぁっ!」




そして悲鳴をさんざ楽しんだ後、ひょいっ…。



その口へ放り投げた。




「マァマぁっ!!!」




それが少年の最後の言葉。

(あわ)れ少年は巨人の口の中へ………


その時、


一陣の風が吹き抜け、少年が掻き消えた。



「グァァァッ!グォァアアアア!?」



どこに消えた!



とでも言うように喚き散らす巨人。



そして、巨人は遅れて気づいた。



少年だけでなく、少年を持っていた右腕が肩口までごっそり消し飛んでいることに。


「ゴッ、ゴァァッ!!」


そしてそこから青い炎が燃え上がり巨人の体はみるみるうちに炎に包まれ、一気に燃やし尽くしてしまう。


核まで炭となって倒れた巨人が最期に仰ぎ見たのは、屋根の上に立つ少年と長身の女。



白銀の長髪を月光の下なびかせ、褐色の豊満な肢体を惜しげもなく風に晒すその女の眼光は鋭く、金色に光る瞳が眼下の生き物達を射抜いていた。


ヒトの女。


だが、その両の手足は白い体毛に覆われ、鋭い爪が生えている。


まるで狼のような。



「ォオォォォォォォォ……ン!!」



女が吼える。


それから僅かに数十秒。



その場に居た生き物は少年と女以外、(ちり)も残さず消えさった。












次回、後編!


なお、ここに出ている油は揮発性が高いとかうんぬんでとりあえず、よく燃えるとご理解くださる助かります。また外にあんなものがあったのも理由はありますが、物語では触れませんのでご容赦ください。

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