百夜の大神・中編・(メイプル)
―――ねえアンタ、ちょっとお使い頼まれておくれよ
酒場の店主にそう言われて、アタシが[胸元の星明り]を追い出されたのは十分か二十分か…少し前のこと。
お使いと言いながらも、その実がアタシやジュウゴを庇ってのことだとは察したので素直に応じたけれど、買ってくるように頼まれた品は”美味しそうなもの”、”元気が出そうなもの”とか抽象的で何を買えばいいか、どこで買えばいいのか、まったくもってさっぱりだった。
まあ、渡されたお金で適当に買い物して適当に時間を空けて戻ればいいのだろうけど。
本当は何が起こるか分からないジュウゴを置いて酒場を離れるのは不安だったけれど、あのまま軍やギルドの連中やらにあれこれ責められ続けたらアタシも何を言い返していたか判らなかったから店主の出してくれた助け舟は素直に有り難かった。
「まあ、その”おかげ”で大ピンチなんだけど」
スノクの西側。
飲食店や商店の集まる通り。
平時なら酔い客や仕事を終えた人達の行き交う橙の光りに照らされた街並みを、今は紫の目を鈍く光らせる”寄生体”が大挙し暴れまわっている。
それらの多くはつい先ほどまでこの通りや店の中で楽しげに笑い合っていたこの町の住人たちだ。
すでに町の住人が寄生されているというのは可能性として浮かばなかった訳ではないけれど、まさか本体と思っていたあの少女の姿をした魔物を倒して終わりにならないとは予想外も予想外だ。
「ウィスクム…まだ他にもいたのね」
最悪なことにその寄生された人々の中に馬鹿デカイ山羊の顔した巨人や、赤紫の触手をうねらす犬の様な気味の悪い化け物、濃緑の体で腹に大きな口を持つ巨漢の男などの完全に魔物化した生き物などが多数混じっていることだ。
いや、あの親玉であれなのだからコレがウィスクムという魔物の幾つかの形態なのかもしれないけれど。
「――っ!!」
「――イヤァッ!!」
「――さ―ん―」
悲鳴があちらこちらから上がる。増える。近づいてくる。
路地の中に隠された地下の小部屋から戸を少しだけ開けて外を窺うと、外はまさしく地獄のような光景が広がっていた。
アタシはそっと戸を閉めて、息を吐きながらゆっくりと床に座り込む。
「どうしたものかしら…コレ」
この周囲に魔物とその配下しかいない窮地という場面において、この[メイプル・キャロディルーナ]という役者に与えられたのは、
竜血で染まった大振りのナイフが一振りとそして、
通りを逃げる過程で助けることになった青い布を腰に巻く少女が一人。
少女の方を見やれば小さな火種しかない薄暗い室内でも判るくらいにガタガタと震えている。アタシと同じくらいの年恰好だったがアタシの手を握って放そうとしない。
この地下室はこの町に詳しいと言う少女が教えてくれた場所だったが、ここは隠れるだけで移動することができない。移動しなければずっと状況は変わらないし、そう提案したいのだけどこの子がこの状態じゃあ嫌と言われるのは分かりきっている。
さて、どうしようか…。この状況、どうやって打破してくれようか…。
アタシは深くため息をつきながらも口の端が持ち上がるのを感じた。
最近、妙に好戦的な自分がいる。
ジュウゴの傍に居るようになってから、こんな窮地に在ってもワクワクしていることに気が付いた。危ないなと自分に苦笑することもあるけれど、ジュウゴの狩りに付き合ったりする時なんかはそれも忘れて嬉々として付いていく。旅の道中、猛獣が目の前に現れた時には自らナイフを持って飛び出して怒られたりして…。
でも、だって、楽しいんだもの!
実を言うとジュウゴがお金を使ってしまって明日の生活にも困る状況になったあの時も内心では少しこの先のことを夢想して心躍らせていた。もちろんジュウゴには内緒だけど。
まるで物語の中にいるみたいじゃない!
旅も危険もトラブルも、一瞬一瞬がアタシの胸を高鳴らせる。
いまこの状況も不謹慎だけど、正直言ってしまえばアタシにとっては物語の一ページだと感じてしまうくらいだ。
早くこの物語を進めたい。早く。もちろん最後は幸せな結末しか認めない。
それにアタシは怒ってもいた。
ジュウゴの体はもう再生してしまっているが、胸には浅くない穴が五つも開いていた。
それは魔人であるジュウゴがそうさせてしまうほど危険な状況にあったということで、下手をすれば命すら危うかったのだろう。
アタシはそれを許すわけにはいかない。許してやらない。
あの時はジュウゴが一気に倒しきってアタシとピエタは残りを倒していっただけだったから、アタシの中に宿った炎は不完全燃焼もいいところだ。
だからこの状況はある意味アタシにとってはその炎で焼き尽くすチャンスだった。
「…どうする…さあどうするアタシ…」
やらなければならないことを大まかに整理する。
1、ジュウゴと合流。
これは最優先の目標。
ウィスクムはジュウゴがピンチになる相手だ。ラハイラ氏の話から推測する危険度は特級。あの少女型の魔物がそうだったとすれば、他のウィスクムもそれに近いものだと考えたらあの数だ、ジュウゴでなきゃ相手も難しい。
2、町の人の救助。
できる限り助けたい。
幸せな結末を望むならそれはやるべきことだ。それこそ今すぐにだって外に出て助けに行きたいけれど、そうもいかない。犬死になるのはごめんだもの。
3、ウィスクムの討伐。
全てが上手く運ぶなら、一匹残らず駆逐する。
完全に燃やし尽くして…そうだ、こんな惨劇を体験してるんだから、軍も動くだろう。
ことが終わったら禁忌の森を燃やし尽くすぐらいのことはしてもらおう。
さあ、アタシのやることは決まった。あとは動くだけ。
「…よしっ、やってやるわ」
アタシが気合を入れてひとり頷くと、青い腰巻の少女は心配そうに声を震わせる。
「ね、姉さん?何をする気なの?」
姉さんって…アタシと貴女の歳は変わらないはずなんだけど。
「こんな所でガタガタ震えて籠もっていたって何にも変わらないわ。相手は魔物。いつか見つかるかもって考えたらここに居るほうが危険よ」
「で、でもっ、今は外にまだ!」
「”今”だからこそ行かなきゃ。まだ外は混乱している。今ならまだそれに紛れて動けるわ。ここを出て体勢を立て直すの」
「うぅ…だけどぉ…」
いやいやと首を振る少女。
アタシは彼女の肩を掴んでその目を見つめる。
「それに、アタシにはこの状況をひっくり返すことができる仲間がいるの。彼のところが今この町で一番安全なのよ」
「か、彼?」
「そう。最近この町で噂の剣士は知らないかしら?黒髪で黒い瞳の――」
「ジュウゴの兄貴ですねっ!!」
食い気味で少女が胸の前でピエタがそうしていたように手を組んだ。
「…………ええ…そうよ………」
何でこの子はこんな急にキラキラした目になるのかしら?
何でジュウゴの名前を知っていて、何で兄貴なんて呼んでいるの?
ああ、何で期待や憧れに満ち満ちた顔になって、何で声が一段高くなるのかしらね?
「………あとでやらなきゃいけないことが増えたわ………」
覚悟なさいジュウゴ。
まあいい。
いや、良くないけどそれは後にしよう。今はここから出ることだ。
アタシは咳払いをひとつ。
下を指差し、次いで少女を指差す。
「ンンッ!…とにかく、そのジュウゴに合流できれば反撃に出てこの町を救うことだってできる。何よりアタシ達の安全の確保の為にはここを出て東区に行く必要があるの。奴らに反撃することになれば人手も武器も逃げるため道の確保も必要になるでしょう。ああ…できれば人手は若い方がいいんだけど…。どちらにせよここではそれも集められない。
余所者のアタシはこの町に疎いんだから、ガタガタ震えていないで貴女が協力してくれなきゃ。詳しいんでしょうこの町に?」
少女はコクンと頷く。
ジュウゴの名が効いたのだろうか、その目には怯えはもうほとんど見えない。
本当に何があったのかしらね…ジュウゴ?
「姉さんの言う人手と逃げ道に心当たりが」
覚悟を決めた。そんな目で少女が見つめ返してくる。
「へえ、良いわね。教えて」
「はい。この場所から――」
アタシ達は作戦を練り、五分後、この地下室から飛び出した。
……………………
西区、商店街三番通り。
「姉さん!その先の路地を右です!!」
「了解!アタシが先に入る!ネルは入ったら後方を警戒!」
「はいっ!」
幾つかの路地を抜け、一旦開けた通りに出る。東区からは少し離れたが青い腰巻の少女[ネル]の言う人手と逃げ道の確保に走る。
その逃げ道とは町の住人でも知る者はほぼ居ない秘密の地下道で、町のいたる所に伸びていると言う。
何故そんなことを知っているのかと訊ねたら、ネルはこの町の悪ガキを集めた[牙]という集団の一員でその地下道を根城にしているからだと苦笑していた。
『いや、もうジュウゴの兄貴に叱られて今は悪さもしてないし、そこも単なる溜まり場なんですけどね』
えへへ、と笑うネルの”叱られた”という言葉の辺りに少しばかり恋する女の子特有の甘い響きがあったのは聞き逃していない。
とにかく、アタシ達はその地下道の入り口を目指して来たのだけれど、その道中何度も寄生体に襲われて正直生きた心地がしなかった。
でも、それもここで一息つける。
この路地にその地下道の入り口があるらしい。
「ネル!?」
「後方問題なしです!合図します!」
狭い路地の真ん中で、ネルが目を細めて地面を擦っていく。
そして、あるところで止まり、トトントンと一定の間隔で叩き始めた。
すると、
――ドン、ドドン…ドン、ドドン…
下は石畳でただの地面のはずなのだが、明らかにその下から一定の間隔で音が返ってくる。
「仲間が居ます」
そう言ってネルはトトン、トトンと間隔を変えて返事をした。
この下に話の通りの場所があるらしい。
――がごっ
すると間もなくして石畳がゆっくりと持ち上がり、下から体格の良い小麦色の肌の少年が緊張した面持ちで顔を出した。
「アーヂモ!!」
ネルは少年を見て手を叩いて喜ぶと、石畳を持ち上げる少年に飛びついた。
少年も最初こそ何が起こったのか分からないという顔だったが、仲間であるネルだと判りすぐに安堵した表情を浮かべる。
「ネル、無事だったか!良かった!」
「うんっ!そこに居るメイプル姉さんが助けてくれたの!」
そう言われて少年がアタシと目が合わせると、アタシはどうもその姿に笑ってしまっていたのか、少年はハッとすると気恥ずかしそうに頬を掻いて目礼し、早く中へと促した。
「へえ、ジュウゴ兄貴のお仲間なんですか」
地下道は思ったよりも明るく、狭かったのは入り口から階段を降りるまでで中は広々としていた。
「ええ。二人で旅しているの」
アーヂモの先導で奥に向かうに連れどんどん広さが増してくる。
そして進むにつれてどうにもここが元・地下”水”道であったらしいことが分かってきた。
「ジュウゴの兄貴なら魔物も上の魔物もやっつけられるって!」
「そりゃすげえ。…まあ、この場所を見つけて俺たちを全員シメちまったあの人なら…それくらい出来そうだ」
しばらく歩いた後、苦笑するアーヂモが扉の前まで来ると高級な料理店の給仕のように頭を垂れて横にそれ、扉を開けてアタシ達に道を譲る。
その扉をくぐると、その先にはかなり広く明るい空間があった。
「ネルぅぅぅっ!!」
「きゃあっ!?って、アシュレー?もう、びっくりしたぁ」
そこに入った途端、先に入ったネルが小柄な少女に飛びつかれた。幼い顔立ちで、下着姿のような格好をしてネルと同様に腰に青い布を巻いている。
ネルに頬擦りする少女の目には涙が浮かんでいた。
「ネルぅぅぅ…あたし心配したのよぉぉぉ。皆無事に集合したのにネルだけ居なくってぇ…生きてて良かったぁぁ」
「うん、うん。ありがとうね。分かったから、お客さん居るから、離れよっか?」
「ふぇ?」
涙でぐしゃぐしゃになったアシュレーという少女がネルの後ろに居たアタシに漸く気付く。
「こんばんはアシュレー?お邪魔するわ」
「あ、あわわっ!す、しゅいません!」
慌ててネルから飛びのくアシュレーを見て、アタシの後方からアーヂモが小さく『ばか…』とため息をついた。
なかなかそそっかしい女の子みたいね。
さらにアシュレーが退いたことでアタシ達はさらに中へ進む。
部屋の中は大きなホールのようになっていた。もしかしたらこの地下水道の管理何かのために使われていた場所なのかもしれない。今は生活用品を無理矢理持ち込まれていて、似つかわしくないチグハグな空間になっている。
そしてそこには赤や青やら黄色やらの布を身に着けた少年少女が集まっていた。
四、五十人は居るだろう。見た感じでは皆十代半ばといったところか。皆驚いたような顔でアタシ達を見ていた。
その中の一人、一番奥で酒樽の上に座っていた赤いスカーフの少年が立ち上がり、眉根を寄せて誰何する。
「誰だ、その女」
もちろんアタシのことだろう。
言葉遣いは気に入らないけど、でも、この状況で自分たちの縄張りに知らない奴が入ってきたらピリピリするのは分かるしそこは許そう。
「アタシ?アタシはメイプル。メイプル・キャロディルーナ。西の通りでこのネルを助けたのがきっかけで一緒に居るのだけど、いけなかったかしら?」
許すけど、上からな目線は許容しない。
厳しい目つきの赤スカーフの少年にアタシもフッと鼻で笑って睨み返す。
そのやり取りに慌てたのはネルと事情を知っているアーヂモだ。
二人がアタシの前を庇うように立った。
「だ、団長!このメイプル姉さんはアタシの命の恩人なんです!連れて来たのもアタシの判断です!」
「そ、そうですよ団長!それにこの人はジュウゴ兄貴のお連れさんなんです!」
「な、なにぃっ!?ジュウゴさんの!?」
その言葉には赤スカーフの団長?も、他の仲間たちも驚いていた。なかには何故か姿勢を正している子もいる。
「ぁいやっ!そ、それなら、問題ねえ!お前ら、ちぇ、ちぇい、丁重にオモテナシしろ!」
「て、テーブル作るぞ!」
「椅子!一番綺麗なのどこ?!」
「果物何個かまだあったよね!?」
「こっちシーツあります!!」
何なの?ここでも効果覿面?本当に何をしたのかしらジュウゴは。
大慌てで片付けられ彼らなりのお持て成しの場が出来上がっていくのを呆れ半分で見つめながら、アタシは用意された簡易テーブルに着く。
まあいいわ。ジュウゴの名前でさくさく話が進むならそのほうが手っ取り早い。
「ねえ団長?ちょっと、貴方に…いえ、貴方たちに協力をお願いしたいのだけど?」
テーブルの対面に緊張した面持ちの団長が座ったところで、アタシはそう切り出した。
…………………
「なるほど。あの化け物にはそんな弱点がなぁ。…ああ、でもよ、倒し方は理解したけどよ姉さん、俺らでどうにかなるもんなのか?」
アタシの知りうる魔物の情報、倒し方を簡単に伝えた。そしてその魔物を駆逐し、この町を守ろうと持ちかけたのだ。
アタシが喋り終えるまでのその間、悪ガキ集団[牙]の団員達は黙って聞き入り誰一人口を開かなかった。その後団長と質疑応答を繰り返す間も誰も口を挟まない。
アタシと団長のみが言葉を交わしていた。彼らの総意は全て団長の意思に直結しているのだろう。子供の集団だけどかなり統率が取れているみたいだ。
「言ったでしょ?最終的にジュウゴが何とか出来る。ジュウゴとさえ合流できればアタシ達が負けることも死ぬこともほぼ無い」
「どんだけ化け物なんだよジュウゴさんは…」
「言葉には気をつけなさい。でも、そうね…奴ら…ウィスクムとそれに寄生されて魔物になった人間三百を一人で相手にして、生きていられるくらいには怪物よ」
その言葉にはさすがに周囲から呻くような感嘆の声が上がる。もちろん、黄色い声を小さく上げた少女達の顔は覚えた。
「だからアタシ達は主にジュウゴの取りこぼしを倒すことが仕事になるわ。とは言っても現時点ではジュウゴの捜索と生きている人たちを回収、保護、避難をすることになるけど」
「でもよ、それは軍や衛士隊のやるこったろ?どうにかできるんじゃないのか?」
「貴方、中級以上の危険度の指定を受ける魔物がどれくらい手強いか知ってる?複数人で一体倒せるかってところよ。
ここにいる軍の総員は恐らく居ても八百程度。衛士も百も居ないんじゃないかしら。千にも満たない戦力で数百にもなる手下を連れた魔物の軍団を倒せると思う?奇襲を受けて、仲間も寄生されて指揮もぐずぐずになっているであろう人の群れがこの町を守れると思う?」
「うう…それは…」
「アタシは確信して言えるわ。確か軍はこの町の南に関係施設が集まってたわよね?多分そこから動けていないんじゃないかしら。だからアタシと貴方たち[牙]が協力し、この地下道を駆使して軍が出来ないことをするの。何も魔物と真正面からやりあえって言ってるわけじゃない。繰り返すけどそれはジュウゴが何とかできる。アタシ達の戦闘は最低限必要な分だけ」
「うぅん…」
南に軍が居るというのは、居ればフェビン夫妻も無事である可能性が高いというアタシの希望も入っている。
「団長、話の途中にすまねえ…いいか?」
「ん?おお、ガッソか。いいぞ」
話し合いを見守っていた団員の一人が手を上げる。
丸刈りで腕に黒い布を巻いた男子でアーヂモのより色黒で体が大きい。
「俺は南の入り口から入って来たんだが、軍は大量に入り込んで来た魔物の相手で精一杯みたいだったぜ。見たことも無い数の化け物がぞろぞろやってきてたし、町の人間もおかしくなっちまってたから現状、恐らくはその人の言う通りのことになってると思う」
その上、南の出入り口には見張りでもするかのように寄生体や魔物が並んでいたそうだ。
そこで、さらに別のところから少女が手を上げる。
「あたいも!あたいは東側だったけどあっちも潰されてた!出入り口辺りには群れが居て滅茶苦茶怖かったよ!」
また別の少年は、
「俺は北だ。あっちもヤバイ。他のところと同じで出入りは出来ない。魔物だらけだ。あっちは衛士隊が出張ってたけど結局中身は素人に毛が生えたようなもんだろ?まったく歯が立ってなかった」
つまりは四方を潰されているってことか。
魔物の癖になかなか頭を使うわね。物量もかなり危険な状態。
「スノクから脱出できる道は無いの団長?」
町中に道があるなら、外にも通じていないだろうか?いや、あるはず。
団長はアタシの質問にコクンと頷く。
「ある。一箇所南東の川の方に続いている場所がある。ちょっとボロくなってて危ねえし、かなり迷路になってるけど…俺達なら案内できる」
「そう、やっぱりあるのね。なら、これは絶対に貴方たちの協力が必要よ」
そう言うと団長も団員も困った顔をして唸り始める。
そして団長が申し訳なさそうに目を伏せ重そうに口を開く。
「姉さん、でもよ、俺はこいつらの安全も守らなくちゃならねえ。だからやっぱり魔物とやりあうようなことは…」
この子にも悪ガキの集団の長なりの責任がある。それは良く分かる。
でも、それではアタシは納得しない。
今は足を洗ったようなことを言っていたけれど結局この子達が悪さをしていたのは、こんな組織を作ったのは自分は大人たちとは違うと言う思いからではないのだろうか?
ここで待っていれば何とかなる。大人たちが何とかしてくれる。そう思っているのではないか?
この言葉に隠れているのは、怯えよりも甘えだ。
「アンタ達はそれでいいの?」
「へ?」
「こんな時ばかり大人を頼るのか、悪ガキのまま大人になっていいのかって言ってるの」
団長も団員もきょとんとして首を傾げる。
「あ、あの、姉さん意味がよく…」
へらへらとした窺うような笑い顔が癇に障る。
アタシはナイフを腰から引き抜き、目の前にあった赤い果実を真ん中からテーブルごとダンッと貫いた。片側はテーブルから転げ落ち、ぐしゃっと潰れた。
「いい?今!たった今!アンタ達の前には選択肢が出ている!落ちた果実のように[クズ]で終わるのか、この光りの下残った果実のように[英雄]で終わるのか、その二択が今、ここに出ているの!アンタ達の物語の終わりに締めくくられる言葉はどっちにするか選びなさい!」
そしてそのナイフを団長、それから団員に向けてゆっくりと一人一人睨みつけていく。
「アンタ達にはこの町の人を救い出せる手段がある、魔物に立ち向かえる情報を持っている、奴らを駆逐できる仲間達がいる。こんなにも貴方たちの手札は充実しているのにどうして悩むのかしら?」
アタシが床を蹴って立ち上がると、団長も団員たちも思わずたじろいだ。
「剣を執れ!火を持て!拳を振り上げ立ち向かえ!たったそれだけで英雄と、勇者と呼ばれるのに、アンタ達はなぜ何もしようとしない!?大人に反発し、反抗し、自分たちは大人と違うと喚くのに、こんな時だけなぜ大人任せだ!?なぜ誰かがどうにかしてくれるのを待ってる!?」
「あ、ああ、その…」
唇を噛んで言葉に詰まる団長。
彼を見据え、アタシはゆっくりと言葉を届ける。
「…大人たちはよく子供を希望だと例えるけど、今まさにこの瞬間、アタシ達が唯一の希望かもしれないのよ?」
「…………っ」
[牙]の団員全員がお互いに顔を見合わせる。
そして、その中の誰かが、声を上げた。
「団長、やろうよ!」
すると、それを追うように一人、また一人と『やろう、やろう』と声を上げていく。
その声を背に受け止め、驚いたように周りを見回した団長は何やら恥ずかしそうに頬を掻いてアタシに右手を差し出した。
「姉さん…俺たち、姉さんに協力します」
アタシはその手を握り返し、微笑んだ。
「そうこなくっちゃ」
………………………・
スノクの元・地下水道の一画。
[牙]総員47名が完全武装で整列している。
完全武装とはいっても全員が全員武器を手にしているわけではない。
なかには長い棒にボロ布を巻きつけた物を何本も持っていたり、壷をいくつも所持していたりと種類も豊富だが武器とは到底呼べない物もある。
アタシに至っては持っているのが腰のナイフと肩に担いだモップときている。
動きやすい格好だけど別に掃除をするつもりじゃない。
まあ、魔物のお掃除はするかもしれないか。
アタシは内心苦笑しながら整列した[牙]の団員たちを一段高い場所から団長と一緒に見下ろしていた。
「団長、用意は?」
「完璧です。迎撃隊各六名で四組、東西南北に向かいます。同じく救助隊各四名で四組迎撃隊と共に行動し東西南北から南東に避難誘導を行います。各所計十名、魔物の討伐方法及び注意事項伝達済みです」
「バッチリ、ありがとう。では予定通り団長を含めた残りの七名はアタシと遊撃でこの上から出て東の酒場[胸元の星明り]に向かうわ。各員、自身の命を最優先に。寄生体は倒せるだけ倒し、魔物は無理はせず危険だと思ったらすぐ逃げること。でも、もしも逃げられないのなら、クラージュモール…この言葉を思い出し、勇敢に死になさい」
「「「「「「応ッ!!!」」」」」」
よく訓練された兵士のように研ぎ澄まされた表情で応える[牙]団員達。
それを指揮するなんて何だかこれはクセになりそうな快感がある。
「じゃあ団長、最後お願い」
「はい、姉さん」
団長がアタシより少し前に出て手を後ろに組み、胸を張る。
そして大きく息を吸って思い切り叫んだ。
「俺たちは、この街を守る[牙]だ!」
「「「「「応ッ!!!」」」」」
「魔物に遭えば!」
「「「「「ぶっ殺せ!!!」」」」」
「襲ってくる奴!」
「「「「「ぶっ飛ばせ!!!」」」」」
「町の奴らを!」
「「「「「守りぬけ!!!」」」」」
「合言葉は!」
「「「「「勇敢に死ね!!!」」」」」
「勇敢に死ね!!!」
「「「「「勇敢に死ね!!!」」」」」
雷鳴の如く響く少年少女の喊声。
メイプル・キャロディルーナという登場人物はこの瞬間に牙を手にした。
さあ、悪役にはそろそろ退場してもらわないと…怖い狼が出てくるかもしれないわ。
「総員、出撃!」
「「「「「応ッ!!!」」」」」
スノクの町を侵食する闇の根。
その中に今、若き炎が宿った。




