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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
序章・ヒトの慟哭 獣の如く
3/73

空腹と狩猟と怪物

あれから、幸いなことに安全そうな住み処を得て、少しばかりの物資も確保した。


ハンカチ、ポケットティッシュ、小銭入れ、携帯電話、百円ライター、制汗スプレー、漫画、黒の革ジャケットとそして大型のナイフ。


ナイフの確保はかなり幸運だった。


明らかに飛行機の乗客の物ではなかったが、この際どうでもいい。柄はどっかの民族が持ってそうな模様が彫られており、刃は全体的に少し錆びてはいたがこれがあるか無いかでだいぶ違うし、文句は毛ほどにもない。


ハンカチなどはショルダーバッグが落ちていてその中にあった。


ジャケットも木に引っ掛かっていたのを見つけたのを拾ったのだがこれもいい拾い物だ。


割りと過ごしやすかったから気にしなかったが、こういった生活をする上では体温には注意しなければならない。厚着は精神的に守られている感覚になるのもいい。


俺の格好といえばワインレッドのアロハ風シャツに[出会えば兄弟]と書かれたダサい白のTシャツと、なんの飾り気もないジーパンだ。軽装にも程がある。こういった長袖で厚手の素材の服はとても有用だ。


まあ、少々傷があるが。


ショルダーバッグは小ぶりで汚れていたけれども、革が使われていてしっかりとした造りだったのが幸いしたのか、中身は無事だった。



なかなか幸運だ。出来すぎているようにさえ思える。手ぶらで森をさ迷い、これだけの品が見つかるなんて運が良いなんてものじゃない。


というか、あれだけ燃えていた飛行機から爆発か何かで飛ばされた………にしては、状態が良すぎる。


何だ?何か変だ………。






………いや、余計なことは考えるまい。とにかく、有用な品が手に入ったことを喜ぼう。何より、現実は逼迫しているんだから。



ここまでで水場発見から四日も経っていた。

墜落から一週間。

食べ物は石や木の枝を噛んだり蟻の尻を噛んで誤魔化した程度で、まともには口にしていない。


そうそう、バッグに飴玉が二つ残っていたのがあった。あれはかなり助かった。


だがもう、飴はない。

体も段々言うことをきかなくなってきた気がする。


何か動物を捕らえられればと最初こそは思っていたが、どうにもおかしい。


この森、生き物の気配がかなり希薄だ。

虫はそれなりにいたし、鳥が飛んでいるのもみた。

いるにはいる。だが、この一週間で覚悟していた危険な生き物はおろか小動物にすらお目にかからない。


いや、そんなこともあるだろう。


しかし、だとしても静か過ぎた。



嫌な予感しかしない。

そして、こうなるとかなり困る。



グゥ…グクゥ…グクゥ…グクゥ…


腹の虫が限界を告げる。

早くしろと急かしていた。


そうして腹減れば減るほど精神が澱んでいく。


しばらくした頃にはもう食べる事への執着しか残っていないような気さえしてくる。

母さんの手料理が無性に食べたい。

もうそれっきり何も食べられなくていいとも思う。


千智チサトと食べたサーターアンダギー美味かったな。

俺が千智の分まで手を出して怒られたっけ。


これだけ歩いても、そしてこんなに静かな森なのにも関わらず、誰かが…いや、母さんたちが俺を呼ぶ声は聞こえない。


もう……食べられてしまったんだろうか?


グクゥゥ……


嗚呼……もう、なんでもいい。


兎でも潜んでいれば。猪でも走っていれば。


「なんでここにはこんなに生き物がいない……」


生き物……そう呟いたその時、ふと最初の光景が脳裏に浮かんだ。

吐き気が込み上げてくる。

だがそれを飲み込んで耐え、鮮明に焼き付いたその姿を思い出した。


ヒトをバクンとひと飲みで喰う化け物。

巨大なトカゲ。

むしろ竜とでも言うべき恐らく全長3メートルか4メートルのモンスター。


「なんだ……ハハッ、いるじゃないか」


思わず凄絶な笑みが零れた。

それが馬鹿なことだと正常に判断できていない。

それすら、判断できない。


たった一週間だがほぼ水だけで過ごし、睡眠もほとんどまともに取れず、緊張が続く閉鎖的な森の中での生活。それは既に精神を蝕んでいた。


もう、アレを喰うということに意識が集中し始める。

どうしよう、ではなく、どうしなければならないか……なら、ヤツを喰わなければならないと激しく俺自身が主張する。


大事な家族を喰われた怒りと、空腹と、ヒトの持つ狩猟する本能が結び付く。


狩りの準備だ。






▼▽▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽





トカゲであるならば日中は陽当たりのいい場所を探すのではないか、そう考える。

現状の外気は朝晩は少し冷えるが昼は暖かい。

人間であれば大したものではない。ましてこういった環境に慣れた俺ならばなおさら。


だが、爬虫類からすれば寒くて動けないだろう。夜などは特に。


では、なぜ夜中に飛行機の側に居た?


恐らくはまるで真昼のように夜を焦がす大火があったからだ。


そこへさらにこの場所では珍しく食べ頃の生き物の臭いがした。で、あれば当然動く。食いに来る。


ならば、いま、ヤツはどこにいるか?


恐らくはまだ、あの飛行機の近くだ。

乗客はかなりいた。

あの巨体でも食べきるには時間がかかるだろう。だから開けた場所で、陽が当たり、餌があるあの場所から近いところにいる可能性はある。



そうと決まれば飛行機を探す。


そうひとり頷いて、俺はショルダーバッグがあった辺りへと向かった。





▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽




探し物は見つかった。その日のうちに。

焼け焦げた飛行機と、それを漁る巨大なトカゲ。


思わず足がすくむが己を奮い起たせるには僅かな時間もかからない。

頭のなかを[喰う]という単語が埋める。


俺はじっくり時間をかけてヤツの行動を探り、その日の夜はふけていく。




………翌日、ほとんど寝ずにヤツを観察した俺は早速プランを練った。


やはりヤツは夜中に動かなくなり、陽が充分昇って起き出してくる。


動きは緩慢だが、飛行機の外壁を噛み砕く力があった。鼻は利くようで、離れて見ていた俺の方をちらりと見たときはかなり焦ったが、気づいてもこなかったことから食欲が優先されるらしい。


潰れているのは右目で、モスグリーンの体のいたるところに切り傷があった。ほぼ全身がワニの背中のような凸凹した硬そうな皮に覆われていたが、首と腹は滑らかで、傷ものどに近い部分と右脇腹に深いものが見える。


あの傷を狙えればいけそうだ。


だとすれば手持ちのナイフで突くのが思いつくがなにせあの巨体だ。突いても刺さるかどうかすら疑わしい。

記憶より若干デカく、5メートルは余裕で超えている。ここまでくると見た目はもうドラゴンだ。

コモドドラゴンも名前を返上したくなるに違いない。太さはクロコダイル何頭分だろうか。


ここは罠を作るしかないだろう。


そう考えながら再びヤツの観察を始め、そして日が暮れる。


この日は誰かのお土産だったのか、単に自分用か。

偶然にもスパムの缶を一缶みつけ、鋭気を養うことができた。


決戦は明日だ。




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