魔が潜むのは
スノクの町を遠目に見ることのできる南の草原。
さわさわとそよぐ風を受け、白馬に騎馬した隻眼の少女の金髪が揺れる。
少女は活発そうな格好とは裏腹に物憂げな表情でどこか遠くを見つめている。
少女の他にもその場には口ひげを生やしベレー帽を被った画家風の男が一人。
黒炭を手に一心不乱にキャンバスに向かい、少女のすべてを書き写すことに没頭していた。
素晴らしい。
男は心の底からそう思う。
少女の時折伏せられる翠の瞳に、噛まれる唇の震えに、漏れ出る悩ましい吐息に、筆舌に尽くし難い芸術性が溢れ出ている。
男が少女を見つけたのは数日前の夜。スノクの酒場からの帰り道。町の中央の噴水の前だった。
妖精だ。
そう思えた。何をするでもなく、寂しげに空を見上げるその姿を見て月に帰れなくなった月の妖精ではないかと本気で思った。
男は自分が酒臭いと自覚してはいたが、赤ら顔を誤魔化す心の余裕も無く、誘蛾灯に吸い寄せられるかのように少女の足元に片ひざをついて声をかけていた。
”麗しき妖精よ”、貴女の絵を描かせてはいただけませんか?
そんな言葉を吐いたのは二十年も前に妻を口説いたとき以来だった。
その翌日から彼女の絵を描き始めてすでに八枚完成させている。その入れ込みようは寝る時間でさえ惜しんで、妻に小言を言われたほどだ。
少女に多くの服や装飾品を贈り、着てもらって絵に描いた。男とその妻の間には子供ができなかったせいか、男の妻は喜んでその衣装を選び着せ替えた。
少女の『親はいない』という言葉を聞いたせいもあるだろう。
そして、久々に情熱を持ってキャンバスに向かう夫の姿が見ることができ嬉しかったのかもしれない。
いまも男たちの近くで敷き布を敷いてニコニコとその姿を眺めている。
あなた、そろそろお茶にしませんか?
そう言う妻に男はハッとしてキャンバスと空を見た。
絵はほとんど形になっている。陽も始めた頃よりだいぶ傾いていた。
そうだな。休憩しよう。
そう言って男は少女の下に駆け寄り馬の手綱を取りながら小休止を告げた。
しかし、少女は応とせず、代わりにこう返してきた。
小父様、少しお訊ねしたい事があるのですが。
突然のことではあったが、男は頷き笑顔で応じた。
いいとも。何でも聞きなさい。
……………
あの酒場でのピエタの発言はメイプルにとってもジュウゴにとってもそれはとんでもなく衝撃的で身近なことだった。
私は化け物なんです。
そう言ったピエタはずっと怯えたままで二人に近づこうとせず、ただそのまま訥々と”そう”なった経緯を話し始めた。
「私は旅のお方、[モルガン]様という奇術師の女性に窮地を救われました」
モルガンと言う女は様々な不思議な術を使い、剣を振るってピエタを助け、息も絶え絶えな少女を抱えて逃げたという。
「簡易な治療はすぐに行われ、本格的な治療も薬品や道具の揃ったモルガン様のご自宅にて執り行われました。しかし…」
傷は回復し、動けるようになったものの、日常生活を過ごすのがやっとで今のように走り回るなどできなかったらしい。
「重症を負った私が命を取り留めたばかりか立ち上がれるようになったのが奇跡です。ですが、私はどうしてもこの場所に戻り、ウィスクムを討ちたかった」
そうして何度も縋るように願い、努力し続けたピエタにモルガンは手を差し伸べた。
「それが、神と呼ばれた大狼の伴侶、高潔の狼の血。それを飲めばあらゆる敵をねじ伏せる腕力と風を追い越す脚力。そして、すべてを滅する炎を得ると教えられました。傷などしばらくすればおまけがついて回復してしまうと」
だが、同時にそれを飲んだらもヒトには戻れないとも。
「私は迷い無くそれを飲みました。しかし、すぐに後悔したのです」
飲み干した瞬間から狼の力を得たピエタの暴走が始まり、周囲の物を破壊しはじめ、モルガンがどうにか取り押さえるまで多くの死傷者を出しながら暴れまわったという。
「モルガン様は私の体に封印を施し、鍵となるこの剣を渡してくださいました」
この剣を抜かない限り、剣はお前をヒトの身に止めるお前のための救済となる。
この剣を抜くときには、お前の身は二度とヒトに戻れず、敵を殺し敵に侵された者の救済になる。
だからこそこの剣は[救済]の剣と呼ぶ。
「私は、ウィスクムを討ちたい。ですが、それは間違いなく多くのヒトに危険を及ぼすことになる。私はそれが堪らなく怖いのです」
今まで剣を抜かなかった理由はそれか、とジュウゴは得心したように頷いた。
ジュウゴが怒ると地が血で染まる殺戮がお菓子作りよりもお手軽に行われるのだ。同じ神獣などと呼ばれる埒外の化け物の血を持つこの少女の暴走も相当なものだろう。
それにしてのそれを止めたモルガンと言う女もかなりのものだ。しかも力の封印まで行うなどデタラメ過ぎる。ピエタは呪いも緩和されていると言うから余計に凄い。だがそれはジュウゴにとっての光明にも思えた。いつか会う必要があるかもしれない。
「この剣を抜くか否か、正直に言えば…その時が来ても私は迷うかもしれません。たとえウィスクムを倒しても私は同等以上に危険な存在ですから。
でも、もし、できることならば。私を信じ、私に力を貸していただけませんか?」
そう言って折れそうなくらいに体を折って願うピエタに、二人は手を差し伸べたのだった。
そして、昼を告げる鐘が鳴り、酒場の店主キャナスが手料理を持ってジュウゴを呼んだところで話は一先ず終え、食事にした後、解散となった。
ジュウゴは北東の森の例の商家の別荘へ。
ピエタは軍の待機所に行き過去の討伐隊の参加者の資料などを確認しに。
メイプルは絵のモデルの依頼者のもとへ向かったのだった。
……………
町の南側。庭の草木の香る窓辺。
シンプルで主張しない美しさの調度品の並ぶある家の応接室。
そこに置かれたふかふかの長椅子に腰掛けながらアタシは感嘆の声を漏らした。
「メイプルちゃん、お茶もお菓子も遠慮なくどうぞ。あのひと、”この手”の話になると長いから」
そう言って柔和な笑みを浮かべアタシの前に高価そうなカップやお菓子を並べる初老の女性。
彼女はこの家の家主である画家、ラハイラ・フェビンの奥方だ。
ラハイラ氏は人物が、風景画を多く描いてきた著名な画家で、数年前までは意欲的にその感情豊かな絵を世に送り出してきた大人物だ。
彼の描く絵の風景・背景のほとんどはこのスノク周辺のものが描かれている。
山や森に入り、長年絵を描き続けてきたならばこの地の異変に気付いているかもしれない。
それに彼には少し変わった趣味があった。
それが気になったアタシはラハイラ氏に話を窺い、ならウチで詳しく話そうと少年のような目で言う彼の勧めでこの家にやってきたのだ。
「ありがとうございます奥様。でもそんな気遣いなさらないでください。アタシが無理を言ってお邪魔したのに」
「あら。それこそ気遣い無用よ。お客様のおもてなしは淑女の嗜み。それにあのひとが嬉しそうだと私も嬉しいの。そんな喜びを与えてくれたメイプルちゃんに少しでもお礼がしたくて」
「奥様…感謝します」
それでも畏まって礼を言ってしまうアタシに苦笑しながら、奥様はアタシの横に腰掛け、『さあもうすぐ来るわよ』と応接室の入り口を指す。
どたっどたっと重い足音とともに入り口から山積みの本…もとい山積みの本を持ったラハイラ氏が部屋に入ってくる。そのあとに使用人らしい男性が二人キャンバスやら紙束を抱えて入ってきた。
ラハイラ氏はそれをテーブルに更に別のテーブルをくっつけてその上にすべて乗せると、汗を拭き拭き苦笑した。
「いやはや、どれから話そうかと思ったら資料選びに時間がかかりそうだったんで関連するもの全部引っ張り出してきてしまったよ」
「あなた、あとで片付ける人の身にもなってくださいな」
「ははは、いやぁ、すまない!なにぶん”魔物”の話をしてくれなんて求められたのは何年振りかってくらいだったからね。若い頃に戻ったようで興奮してしまった。反省反省」
そう言う顔には反省の色など浮かんでいない。もう喋りたくて喋りたくてうずうずしている顔だ。
そう、彼の変わった趣味とは魔物の研究だった。
「いやぁメイプルくんが魔物に興味があったなんて…私は嬉しいよ!妻も私の話は長くて嫌だとあまり聞いてくれないものでね」
「王国中に棲息する魔物の名が暗記できるようになるくらい聞かされたら誰でも嫌気がさすでしょうに」
「そうかい?私はどの地方に棲んでてどんな生態かまで調べ尽くしても、情熱は尽きないよ。メイプルくんもその”クチ”だろう?」
はいとも言えずいいえとも否定できずアタシは曖昧に微笑むしかできない。
「で、君のご所望の[村食い]の資料がこれらなんだがね。いやぁ、若い君からそんな珍しい魔物の名を聞くことになるなんて夢にも思わなかった。関心関心。しかし、よくこんな名前を知っていたね」
「え?ええ、最近友人たちとその魔物について調べていまして」
「ううん、素晴らしい!!今度その友人たちも連れてきなさい。朝から晩まででもみっちり語り明かそうじゃないか!最近の若い子は知識欲が無くてダメだ思っていたが、捨てたもんじゃないな。うん。私はね、そういう探求する心が人を育てていくのだと常々――」
「おほんっ!あ、な、た?」
「あ、うむ。すまない」
どうにも厄介な性質の人らしい。奥様が同席していて良かった。
「さて、ウィスクムについて私に訊ねてきた君の判断は実に正しい。なぜかと言うとこの資料に載っているような知識だけでなく、私自身にウィスクム討伐隊の一員として同行した経験があるからね。あれは一年ほど前のことさ」
「え!?討伐隊に同行されていたのですか!?」
「ああ。現場の状況を資料として残すための非戦闘要員だったがね。私は絵を描く速さが人より抜きんでていたし、もともと若い頃は魔物の絵を描いて生態観察しては国に買い取ってもらったりしていたからその経験を買われて組み込まれたのさ」
思わぬところにかなり生に近い情報が転がっていたことに思わず身を乗り出しそうになった。
ややこしい手順を踏まずにさっさと経験者から話が聞ける。
そう考えたときにふと、ジュウゴと言葉の勉強をしていたときに”縁”だの”因果”だののニホン的な用法を話し合ったことを思い出した。
ああ、ヒトの”関係性”とはこんなにも詩劇的なのか。
「ぜひ、詳しくお聞かせください」
「お?いいよっ。いやぁ嬉しいなそんな風に言ってくれるなんて。ああ、ただ、人の死にも関わるからちょっと女の子には耳を塞ぎたくなるようなものを見せたり、話もしたりするかもしれないよ?」
「平気です。慣れています」
早く、という催促を言葉に乗せると、どう受け取ったのか奥様はなぜかアタシの肩を抱き寄せてくれた。
「そうか。うほん…では、話そう。先ず、ウィスクムという魔物のことからだ」
ウィスクムは植物の魔物。火に極端に弱く、子供でも初期段階であれば退治できる。
その姿は紫色をした大きな木の実のような形をしており、非常に硬いが、中身の液体は大きな傷にもよく利き、昔は駆除を兼ね乱獲されたこともあったという。
ラハイラ氏は資料の一冊を手に取り広げて見せてくれる。
そこには医学書で読んだ心臓のような形の気味の悪い実があった。
「過去にこの国でもウィスクムの狩猟が流行ったことがあってね、なかなか高価に売れたか私も食い詰めたときに森を探して歩いたこともあったよ」
魔物ではあるが危険視されないその生き物はほぼ成長を遂げることなく駆除されていく。
「でもね、ウィスクムはなめちゃいけない。詳しく調べたら、過去には国さえも脅かして国食いなんて呼ばれた話も出てきた。不謹慎だが条件付きでもさすがは特級指定種だと思ったよ」
「とんでもない生き物なんですね」
「ああ。魔獣なんて呼ばれる化け物はどれも国家を揺るがす存在さ。この国には東のほうに地竜の幼体が棲んでいる話があるが、一対一の怖さは竜の方が上でも、このウィスクムという魔物にはそれとは別種の怖さがある。
ウィスクムは生き物の精神を操り生き物に種子を植え寄生する。その寄生は一度に沢山はできないみたいだけど、ゆっくりじわじわと子を増やしていくんだ。そして増えた子が餌を集めて親に持っていく。親は力をじわじわ蓄えて気付けば魔獣のできあがりだ」
完全に成長するにはさて何年かかるかは知らないが、とラハイラ氏は付け加える。
東の地竜とは…ああ、多分そうだろう。思い当たる。今はその化け物はジュウゴのお腹の中だ。
苦笑しそうになるのをこらえつつどうにか顔に出さずに話を続ける。
「その精神を操るような力は恐ろしいですね。いつ操られたのかなんて判らない」
「そうだね。ただ、これが正確な情報かは判らないけど対策はあるんだ」
「あるんですか?念のよう何か不可思議な超常の力では対策なんて無理でしょう」
「不思議な力…ではないかもしれないよメイプルくん。お答えしよう。ああ…だが、少しその…乙女の前では言い難い…」
「?」
なんだろうか?
ラハイラ氏は頬を掻きつつ苦笑している。
アタシは気にしませんよと告げると、ならと頬を赤らめ咳払いをひとつしてこう言った。
「ウィスクムは”穢れ無き体の男女を操ることはできない”という説がある」
ああ、なるほど。
つまりは童貞と処女。性交を行っていない男女はウィスクムの影響下にならないということか。
ん?そうなると、ピエタが自分の秘密をバラしてしまうほどに口にするのを躊躇ったのって…。
「…少し悪いことをしたわ…」
誰にも聴こえないくらいの声で、口の中で懺悔した。
でもそうならそうと言ってくれてもいい…いや、さすがにそこは貞操観念の違いというか、乙女らしい反応なのか。
…むぅ…アタシがそんな軽薄な分けじゃないわよ。
アタシが黙っているとラハイラ氏は取り繕うように何度も咳払いをして、ウィスクムの話を続ける。
「こ、この説を信じてウィスクム討伐は”条件”を満たした者が先頭に立って行われていた。また、そ、そのことからいくつか予想が立てられて、どうやってウィスクムが生き物を操るのかひとつの仮定的結論が出た」
「それは?」
「臭い、だよ」
「臭い?」
そう言ってまたラハイラ氏は別の資料を取り出し、ほんのページをめくる。
そして半ばほどで止まると、そこを開いて見せた。
そこには先ほどのウィスクムの絵に解剖図などを載せて説明が書き込まれている。
「植物ではあるがウィスクムには知性があると考えられている。その知性でもって複数の臭いを使い分け、ある種の求愛臭を出して生き物をおびき寄せたり、危険な香りのする臭気を出して遠ざけたりするのではと著名な研究者は語っている」
「つまり、性交をした男女はその臭いの受け取り方が変わり、操られるようになると?」
「う、うむ。いまのところはそれ以上それらしい考えが出ていない。精神は臭いで結論づけても寄生はなぜしないのかわからないままだ。…まあ、現在ではそれこそ一年前の北の村に出現した一体以外に出現した話は聞かないし、研究が進んでないのも仕方ない」
「そうですか」
臭い…臭いか…。
マズイわ。かなりマズイ。もし真正面からぶつかることになったならジュウゴの強みが最大の弱点になりそう。
そこで一区切りしし、奥様に促されてアタシはお茶に口をつける。
もしも本当に存在し、危険度の高い状態であるなら、ピエタには悪いけど最悪この町の脱出も考えておこう。
あそこまで真摯に頼まれては否とは言えないし、彼女の力を封印したという謎の奇術師の件がある。最大限協力はしてあげるつもりだけど、ジュウゴの命が最優先だ。
お菓子もひとついただいて、飲み干したティーカップをテーブルに置くとちょうど喉を潤したラハイラ氏がこほんと咳払いし、次の話に移ろうと切り出した。
「では次に私が実際に見た、ある程度成長した段階のウィスクムの話を、討伐時の絵を交えながら語ろうか」
「よろしくお願いします」
アタシが生徒のようにぺこりとお辞儀すると、ラハイラ氏もその気になったようで、うむと鷹揚に頷いた。
「私たち討伐隊の派遣された村はスノクから北に進んだ鉱山跡地の傍の村、カホウというところだ。この村はかつて鉱山で働く者たちの寝泊りする場所として始まり、その後村となって、ウィスクムに滅ぼされる前には鉱山は廃坑になって住む者も減っていたがそれでも四十二人の人間が住んでいたと記録にある」
ラハイラ氏は紙束から一枚取り出し紐を解いて広げてみせた。
絵と一緒に細かな状況説明のついた紙も出てくる。
そこには簡素だが明らかに人の死体と判るものが多数並べられているのが描かれていた。
首の無いもの。胴の切れたもの。潰れたもの。切り刻まれたもの。
村人と思われる布の服を着た人々と、何人か鎧を着た人もいた。
「すまないね。気分は良くないだろうが…これはその当時の討伐後を描いたものだ。死体の身元も八割は村人であることが確認できている。人数も一致していた」
「これはウィスクムに?」
「操られていた。それを倒したのは討伐隊だ。ウィスクムは人の心を操り、人に寄生するという言葉通り、彼らの体の中にはさっき見せた種子の小さいものが植えられていたよ。ここに並んでいる者は兵士を除いて全員操られていたものと考えていい。全部で二十四人。操られていたのは村の半分以上だった」
「他の方は?」
そう訊ねるとラハイラ氏は首を横に振る。
「一名を除いて全員死亡だ。その内容は十代や二十代の若い男女に一部の未婚者や子供。痛ましい結果だよ」
一名とはピエタのことだ。
次に別の紙束を二枚取り出して順に広げる。
一枚目にはヤギか牛かというような角を持った大きな人間の枯れた姿が描かれ、二枚目は森の中に隠れるように設置された祭壇のようなものが描かれていた。
「これは?」
「一枚目の魔物の乾燥死体がウィスクムの寄生した動物のなれの果て、だと思う。成長過程でもとになった動物が変化したのかもしれない。何が基になったか考えたくはないが。とにかくこいつの体内に核となる種子が出てきた。一際大きく禍々しかったからそれが親だったんだな。
寄生した体を作り変えるなど恐ろしい力だよ。だが、その変化に耐えられなかったのか、もとの肉体が朽ちてしまって動きが鈍く倒すのに時間はかからなかった。こちらにも死傷者は出たんだがね。
二枚目はそのウィスクムが鎮座していた場所さ。まるで何かの儀式でもするかのように祭壇なんて設けてあってね。気味が悪かったよ」
「これが…」
その絵に多少の色付けがされているのは元・魔物絵師の性ゆえだろう。
目には薄気味悪い紫が塗られている。
「あとはそれらの死体を焼いて、しっかり燃え尽きるのを確認してから土に埋めた。この死体の絵の紙に書かれている通り、合計四十一名の死体と魔物の焼却。気分は最悪だったよ。せめてもの救いがウィスクムが”生餌”を残していたことだけとは」
「生餌…ですか」
ピエタの言っていた他の人間を誘うための餌。
『残酷なことを考えるものね』と奥様が自分の肩を寒そうに抱く。
「そう。ウィスクムの特性として獲物を殺さず手元において、たまにわざととも思えるように逃がすんだ。そうして生き残った者が次の獲物を連れてくるのを待つ。人間ならなおさら排除しにやってくるだろう。もしそこまで考えていたなら、そら恐ろしい」
ラハイラ氏はこの子が保護された女の子だともう一枚紙束を取り出し、アタシはその絵を手に取った。
そこには今のピエタより若干幼い感じのおさげの女の子がうっすら笑っている絵が描かれていた。
体の差異は神獣の血のせいで体つきが変わったと考えれれる。
「…前はそんなに大きくなかったのね…」
思わず黒い笑みが浮かびそうになる。
それをどうにか隠し、話の続きを―――
…いや…いや待てアタシ。
おかしい。何だこの違和感。
ピリピリする気持ち悪い感覚が警鐘を鳴らす。
ふと、絵に付属した詳細の書かれた紙を手に取った。
スノク北部・カホウ村入り口にて保護
性別(女)・年齢・不明・髪色(茶)・瞳(茶)
氏名・不明
「お、小父様この子は”保護された”のですか?」
紙を持つ手が震える。
「ああ、そうだよ。可哀想に頭を打ったのか恐怖のせいかこの村の子だってこと以外記憶が無くてね。何か気になることがあったかい?」
「メイプルちゃん、大丈夫?顔色悪いわよ?」
どういうこと?
ピエタは命からがら逃げ出して、モルガンと名乗る女とこの町から離れているのよ?
あの子が嘘をついていないなら…これは…。
「小父様、この子はこの後どうなったの?!」
「え?あ、ああ、確かコルソー家って大きな商家の養子にもらわれていったよ。武器から日用品、雑貨服飾、色々品を扱う家さ。町の北東に大きな別荘を持っていて、別荘とは言いながらこの半年はそこに棲みっぱなしみたいに聞いたがね。その子もそこにいるんじゃないかな」
「…っ」
酒場での話が思い起こされる。
場所は北東、商家の宴会、八名の行方不明者。
その家にはありえない生存者が居る。
そいつが居る商家が開いた宴会で行方不明者が出ていた。これは偶然?
いや、違う。
犠牲者はみな十代や二十代の若い女性。
貴族でもないのにそうそう既婚者はおらず、まさかそれなりの家の娘が姦通済みなどとはありえないはず。
男が入っていないのはアタシを苦しめたドワノフ家のお坊ちゃまの如く親から女でも贈られ”卒業”をさせてもらったのだろう。もしくは娼婦でも抱いたか家のメイドでも抱いたか。そう考えられる。
ウィスクムが寄生しないのは”穢れない体の男女”。
犠牲になったのも純潔の乙女。
絶対に偶然ではない。
だいたい考えればおかしい。
何故宴の参加者は”行方不明者”で通報したの?
攫われたと何故言ってこないの?
皆がバラバラに帰ったはずなんてないのに。
そして偶然ではなかったら恐ろしい。
そのパーティー参加していた行方不明者以外がすでに全員ウィスクムに操られている人間だったか、もしくはその場で操られたかになる。どれくらいの人数かはわからないけどとんでもない数の敵がいることになるかもしれない。
そこはウィスクムの巣に相違ない。
カチ、カチと頭の中の違和感が形になって噛み合っていく。
同時にそれらが答えの出口を見つけ出し、滅茶苦茶に奔走する。
頭の中が焼き切れ停止しそうだ。
そして思い至る。
「――あぁっ!!」
思わず床を蹴破るような勢いで立ち上がっていた。
なんてことなの!?ジュウゴはまさにその”巣”に向かった!!
最悪だ。
とんでもなく最悪だ。しかも予想が正しければ本体そのものがそこに居る。
ああ、ああぁ…ジュウゴ!?本当になんて所に!!
心臓が張り裂けそうなほど鼓動し、息が苦しくなる。世界が暗くなって足元が覚束ない。
「め、メイプルちゃん?どうしたの急に」
「な、なにかあったのかいメイプルくん?」
フェビン夫妻が心配そうにアタシを見上げている。
ふらつくアタシの手を握る奥様の手を支えに、アタシは震える唇でどうにか言葉を紡いだ。
「…ウィスクムはまだ生きているわ…」
「な、なにっ!?」
「そんな!?本当なの、メイプルちゃん?」
何を根拠にというラハイラ氏に生存者の少女の絵を突きつける。
「カホウ村にこんな子は居ないの」
「そんなバカな!?なぜ君にそんなことが?」
「分かるのよ。ウィスクムを調べているアタシの友人の話したでしょう?その子の名前はピエタ・リコルス。一年前にウィスクムから逃げおおせ、先日その村の敵を討つためにこの町に戻ってきた…カホウ村唯一の生存者よ」
フェビン夫妻は唇を戦慄かせ言葉を失う。アタシの手を握る奥様の手も擦り落ちた。
「あ、あなた…?」
「そんな…じゃあ、あの子は。いやまさか…ウィスクムは純潔の乙女には寄生しないはず。もしもを考え身体検査を行い問題なかった。だが…だが、言われてみれば…」
「最悪の…そう、最低最悪の事態を想定しなければならないわ。考えれば考えるほど嫌な答えしか出てこない。何より最悪なのは…アタシの大事な人が…化け物の巣に一人で向かっていること…」
今まさに窮地にいるかもしれない。命が危ういかもしれない。
魔神との死闘の時に感じた恐怖が甦る。
「恋人か?まさかウィスクム退治に?」
ラハイラ氏はうろたえながらも立ち上がり、か細く言葉を絞り出す。
「いいえ、彼は知らないでそこに向かっている。いえ…もう、着いている頃かもしれない」
「ど、どこなんだいその場所は。どこにいるんだい、ウィスクムは!?」
「言ったじゃない。分からないの小父様?」
もう一度”ありえない生存者”の絵を見せる。
「本当に…あの子が”そう”なのか?」
「”特級”って、”そう”いうものなんでしょう?」
あぁ…と呻いてラハイラ氏は力なくソファに沈む。
『尋常な事態では済まない』
ピエタの言葉が思い出され、力が抜けそうなる。
けれど、アタシは自分の頬を張って喝を入れた。
「め、メイプルちゃん?!」
へたってる場合か。動揺してる場合か。
気付いたアタシがどうにかしなきゃだろ!
動かなきゃ!
とにかく動かなきゃ!
放心するラハイラ氏の肩を掴み揺さぶった。
「小父様、馬を貸して。時間がないの。アタシ、助けに行くわ!」
今すぐ行くから…無事でいてジュウゴ…。
強く、強く祈った。




